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第1部 奈美編
🎵4 仔猫3匹と奈美とアイスティをザッハトルテで
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奈美がやってきた。気を利かせて近所にできて美味しいと評判らしいお店から カヌレを買ってきてくれた。
冷やしておいた紅茶で、カヌレを一緒に食べた。部屋にはコルコバードというボサノヴァが静かに流れている。京の大好きな曲だった。
仔猫たちはまだ眠っている。
「京くんちは、やっぱり猫飼ってたの?」
「うん。シロとチビがいた。仔猫の独特な匂いってわかる? その匂いをね、きょう久しぶりに思い出したよ」
「どんな匂い? ミルクみたいな?」
「んー。なんとも言えないな。シロがね、6匹くらいだったか、仔猫を産んだんだよ。そしたら、父さんが小箱の中に仔猫たちを入れて、どこかに行こうとしてて一緒にバイクに乗って行ったんだよね、わけもわからずに」
「誰かにあげるみたいな?」
「そうならまだよかったかな。で、そこは奥深い山間にある山村で、川も急流でね滝もあるし遠くからでもゴーゴー川の流れる音が聞こえるほどで、 バイクはどんどんその川の音の方へと近づいていくんだよ。で、ある場所でバイクを止めた父さんは、荷台に括り付けた小箱をバンドから外して、おもむろにそこからは見えない川へと放ったんだ」
「京くんは、その時どう思ったの?」
「憶えてない。でも一生忘れられない。家に帰ったら急にいなくなってしまった仔猫たちを見つけようとしてシロは、鳴きながらそこらじゅうを探してた」
「そうなんだ。悲しいね」
「まあ、もうどうしようもないんだけどね。で、その後、父と母は離婚することになるんだよね、関係ないけどさ」
「え?」
「今までこんな事は考えたこともないし、馬鹿らしいこじつけに過ぎないとは思うんだけど」
「まさか、シロと仔猫ちゃんたちの呪いとか、言わないでよね」
「やっぱりそう思った?」
「いえいえ、そんな馬鹿な。ただ、京くんはそう考えてるのかなって」
「さすがだな。そうなんだよ、その線もありなのかと思ったり思わなかったり。この子たちのお陰で、あの日の事をまざまざと思い出しちゃったんだけど、父も猫が嫌いなわけもないし、勝手にあんな事はしないと思うんだよ。その時の父と母のやりとりの中で、たぶん、そういうことになった、そんな気がする」
「処分するしかないって?」
「そうだね。それで、呪いの線もたしかにあるかもしれないとは思う。それは、その後に家族が離散することになるわけだから、シロと仔猫たちと同じ境遇になっているわけじゃん。なのでその線もなきにしもあらずかな」
「猫の呪いのために離婚?」
「誰にもその因果関係を証明できないけどね」
「京くんは、なんていうの? 神秘主義者だからね」
「そうなの? 自分じゃわからない。とにかく呪いなわけないとしても、一家離散する暗示があの日にあったということなのかもしれないとは思ってる」
「あー! じゃあさ、今日こうして仔猫ちゃんたちもまた一緒になれたということは、何かを暗示してるってこと?」
「何が言いたいの?」
「へへへ。わかってるくせに」
「はい?」
「京くんが捨て猫ちゃんたちを拾ってきました。そして、その日に私も一緒にいます。ということは、つまり、離散した家族がまた一緒になるっていうことでしょ? 即ち、京くんと私は結婚するという暗示です」
「なるほど。たしかに一理あるかも。そうなればいいけどね、茨の道だからなぁ」
「そんなこと言わないでよ。明るい未来が見えてるでしょ。京くんは勉強さえすれば医院長先生なのよ?」
「それな! 良くても悪くてもそれな! だよ。俺、先生って柄かな」
◇
奈美は、その晩は京のところに泊まらずに帰った。
暫くしたら起き出してきた仔猫たちと遊んでいた奈美は、童心に帰ったように目を輝かせ、うれしそうだった。
実は、冷蔵庫にザッハトルテの買い置きがあったのだが、せっかくの奈美の好意を無にしてしまうようで、京は結局最後まで奈美には言いそびれてしまった。
京は、奈美を駅まで送ってから帰りの道すがら、自分でもあれはおかしいのではないかと思った。何もザッハトルテあるんだよと言っても、気立てのいい奈美は嫌な顔をしなかったはずなのだ。恋人同士であるのに、何か他人行儀な遠慮をしてしまうのはなぜなのだろう。
思いやりと気づかいは似て非なるものなのではないか、と京は思った。相手を思いやることと、気をつかうこと。同じことなのだけれど、自然体で相手を思いやってさらりとできた言動と、相手に気をつかってとった言動は、同じ言葉や行為でも、むろん同じではないだろう。
ぶっちゃけ、奈美としても父の意向に逆らえない自分がいるので、京に対して強く言えないということは確かにあるし、また、独立心の強い京が、逆玉に甘んじるとも思っていないのではないかと京は思っている。
奈美としても、希望は捨てたくはないし、まだまだ時間はあるのだから長いスパンで考えてほしいということなのだろう。優しい子だから、無理強いをしない。そんな奈美を京は、愛おしいと思った。
果たして、仔猫3匹と暮らす未来の京の横には奈美がいるのだろうか。
冷やしておいた紅茶で、カヌレを一緒に食べた。部屋にはコルコバードというボサノヴァが静かに流れている。京の大好きな曲だった。
仔猫たちはまだ眠っている。
「京くんちは、やっぱり猫飼ってたの?」
「うん。シロとチビがいた。仔猫の独特な匂いってわかる? その匂いをね、きょう久しぶりに思い出したよ」
「どんな匂い? ミルクみたいな?」
「んー。なんとも言えないな。シロがね、6匹くらいだったか、仔猫を産んだんだよ。そしたら、父さんが小箱の中に仔猫たちを入れて、どこかに行こうとしてて一緒にバイクに乗って行ったんだよね、わけもわからずに」
「誰かにあげるみたいな?」
「そうならまだよかったかな。で、そこは奥深い山間にある山村で、川も急流でね滝もあるし遠くからでもゴーゴー川の流れる音が聞こえるほどで、 バイクはどんどんその川の音の方へと近づいていくんだよ。で、ある場所でバイクを止めた父さんは、荷台に括り付けた小箱をバンドから外して、おもむろにそこからは見えない川へと放ったんだ」
「京くんは、その時どう思ったの?」
「憶えてない。でも一生忘れられない。家に帰ったら急にいなくなってしまった仔猫たちを見つけようとしてシロは、鳴きながらそこらじゅうを探してた」
「そうなんだ。悲しいね」
「まあ、もうどうしようもないんだけどね。で、その後、父と母は離婚することになるんだよね、関係ないけどさ」
「え?」
「今までこんな事は考えたこともないし、馬鹿らしいこじつけに過ぎないとは思うんだけど」
「まさか、シロと仔猫ちゃんたちの呪いとか、言わないでよね」
「やっぱりそう思った?」
「いえいえ、そんな馬鹿な。ただ、京くんはそう考えてるのかなって」
「さすがだな。そうなんだよ、その線もありなのかと思ったり思わなかったり。この子たちのお陰で、あの日の事をまざまざと思い出しちゃったんだけど、父も猫が嫌いなわけもないし、勝手にあんな事はしないと思うんだよ。その時の父と母のやりとりの中で、たぶん、そういうことになった、そんな気がする」
「処分するしかないって?」
「そうだね。それで、呪いの線もたしかにあるかもしれないとは思う。それは、その後に家族が離散することになるわけだから、シロと仔猫たちと同じ境遇になっているわけじゃん。なのでその線もなきにしもあらずかな」
「猫の呪いのために離婚?」
「誰にもその因果関係を証明できないけどね」
「京くんは、なんていうの? 神秘主義者だからね」
「そうなの? 自分じゃわからない。とにかく呪いなわけないとしても、一家離散する暗示があの日にあったということなのかもしれないとは思ってる」
「あー! じゃあさ、今日こうして仔猫ちゃんたちもまた一緒になれたということは、何かを暗示してるってこと?」
「何が言いたいの?」
「へへへ。わかってるくせに」
「はい?」
「京くんが捨て猫ちゃんたちを拾ってきました。そして、その日に私も一緒にいます。ということは、つまり、離散した家族がまた一緒になるっていうことでしょ? 即ち、京くんと私は結婚するという暗示です」
「なるほど。たしかに一理あるかも。そうなればいいけどね、茨の道だからなぁ」
「そんなこと言わないでよ。明るい未来が見えてるでしょ。京くんは勉強さえすれば医院長先生なのよ?」
「それな! 良くても悪くてもそれな! だよ。俺、先生って柄かな」
◇
奈美は、その晩は京のところに泊まらずに帰った。
暫くしたら起き出してきた仔猫たちと遊んでいた奈美は、童心に帰ったように目を輝かせ、うれしそうだった。
実は、冷蔵庫にザッハトルテの買い置きがあったのだが、せっかくの奈美の好意を無にしてしまうようで、京は結局最後まで奈美には言いそびれてしまった。
京は、奈美を駅まで送ってから帰りの道すがら、自分でもあれはおかしいのではないかと思った。何もザッハトルテあるんだよと言っても、気立てのいい奈美は嫌な顔をしなかったはずなのだ。恋人同士であるのに、何か他人行儀な遠慮をしてしまうのはなぜなのだろう。
思いやりと気づかいは似て非なるものなのではないか、と京は思った。相手を思いやることと、気をつかうこと。同じことなのだけれど、自然体で相手を思いやってさらりとできた言動と、相手に気をつかってとった言動は、同じ言葉や行為でも、むろん同じではないだろう。
ぶっちゃけ、奈美としても父の意向に逆らえない自分がいるので、京に対して強く言えないということは確かにあるし、また、独立心の強い京が、逆玉に甘んじるとも思っていないのではないかと京は思っている。
奈美としても、希望は捨てたくはないし、まだまだ時間はあるのだから長いスパンで考えてほしいということなのだろう。優しい子だから、無理強いをしない。そんな奈美を京は、愛おしいと思った。
果たして、仔猫3匹と暮らす未来の京の横には奈美がいるのだろうか。
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