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第1部 奈美編
♬14 パラダイムシフトから〜の関西弁
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奈美と待ち合わせして、久しぶりに映画を観にいった。
その日は、朝からぐずついた天気で肌寒いくらい気温が一気に下がり、長袖のシャツにしておけばよかったと京はちょっと悔やんだ。
前日は不快指数100%と思うくらい蒸し暑くて仕方なかったというのに、このごろの気温の変化はまるで乱高下する株価のようだった。
いや、京は相場のことや金融というか経済のこと自体何も知らないし、仮想通貨がいつのまにか暗号資産へと呼称変更されたのかさえ知らなかったが、今回のパンデミックにより、富める者はさらに富を増やし、過去20年に渡って縮小してきた富と貧困の格差は再び広がってしまい、貧困層が困窮から脱出するには向後10年以上はかかるという。
富める者と貧困層の二極化が加速していく世界の情勢を鑑みると、世界から不平等がなくなる日など絶対来ないのではないかと京は思ってしまうのだった。
確かに働かざる者食うべからずなのはわかるのだが、働けど働けど貧困から抜け出せないワーキングプアな世界の現状を変えていくためには大きな変革が必要であり、これまでは当然とされていたいわゆる常識を覆さざるを得ない局面に世界は差し掛かりつつあるようだ。
それは、現在でも世界的に押し進められている、今までの常識によるSDGsの掲げる指針だけでは無理であり、もっと根本的なパラダイムシフトが急務となると思うが、それは500年先、1000年先の話だろうから、京も奈美もとっくにこの世から消えているが、子どもたちの子どもたちのさらに子どもたちの未来のことを考えると、安閑としてはいられないと京は思うのだった。
というのも、たとえ500年先の話であろうとも何事も急激に変貌を遂げられるものではないので、500年かけてパラダイムシフトしていくためには、500年前から用意しなければならないというわけだ。
そんなことを考えたのも、きょう観た近未来の世界を描いたSF映画の影響だろうけれど、奈美が京と一緒に観たかったという異世界転生モノの実写版は、大行列が出来ていて泣く泣く諦めるしかなかった。
異世界といえば、ファンタジー界の古典、言わずと知れた異世界ファンタジーの元祖、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』は、さすがに知らない人はいないと思うけれど、京は以前に姪っ子を連れて小さな劇場で観たことがあった。
その際に終演して劇場の外に出て行こうとしたら、アリスの登場人物たちがロビーにずらりと勢揃いして、お見送りをしてくれていて、子どもたちはそれぞれの好きなキャラに握手してもらったり、抱っこしてもらったりという、子どもたちにとってはうれしいサプライズが用意されていた。
そこで、京も姪っ子に、チェシャ猫に握手してもらう? と促したのだが、姪っ子はすげなく「いい」と言いソッポを向いてしまったのだが、その京と姪っ子の会話をしっかりと聞いていたチェシャ猫が、姪っ子のその素っ気ないひとことにひどく凹んだのが、京にははっきりとわかって何か申し訳ないような笑い出したくなるような、そんなこともあった。
高校の頃から京はSFが好きになって色々読み漁っていたけれど、そのせいかファンタジーにはあまり興味を持てなくなってしまい、読み始めても途中で投げ出してしまったりしていた記憶がある。
とは言え、ガチガチのハードSFは理系ではない京は読めなかった。ハインラインの『夏への扉』『月は無慈悲な夜の女王』『宇宙の戦士』、フィリップ・K・ディックの『ユービック』、クリフォード・D・シマック『中継ステーション』などは今一度読み返してみたいと思うほどの傑作だった。あとはサイバーパンクにも憧れた時期があった。
◇
映画の余韻に浸りながら、のんびり移動して青山のオープンカフェで奈美と話した。このところ、お互いに忙しくてLINEでしか話していなかった。
青山裏路地の隠れ家的カフェに着いた頃には、日差しが隠れトワイライトの柔らかな光に包まれる街並みが、ハッとするほど美しかった。
歳がそれほど離れているわけでもないのに、見事にふたりの読んできた小説や漫画、観た映画、ドラマは異なっていて、まあ、そんなものなのかもしれないとなった。
有名どころのアニメなんかはさすがにふたりとも観ているが、最近見たTVでは鳥人間コンテストがよかったと奈美は言った。
「番組の視点がレースだけじゃなくて、そのパイロットや設計者なんかの裏側のドラマもしっかり組み込もうとしていて、それが面白いんだよ」
「ああ、見たよ」と京。
「あれだろ、告白したやつ?」
「そう。アレはマジ、ヤバかった」
「男泣きする彼の一途な想いが、痛いほど伝わってきたから、もらい泣きしたよな」
「うん。思わず感極まって泣いちゃった」
「告られた彼女も、泣いてたけれど、いや、青春ていいっすね、尊いな」
「局としても、美味しいよね。告白タイムをがっつり用意して、彼女さんがピンとこない方がおかしい」
「それな! 」
「彼女さんは、告られた刹那、なるほどと切り返していたけれど、もうとっくのとんまに彼の好意を知ってたはずで、少しウザいぐらいに思ってたかもしれないよね」
「ああ、それはある。女の子がそんなに鈍いわけないもんな。チームの一員として応援したいとやんわりNG出してたけど、俺は結構イケてるんじゃないかと思う」
「え? けんもほろろに断わられたのに?」
「代表やってるくらいの女性だからね、結構自分を厳しく律してるところがあってさ、彼女のごめんなさいは、面接を受けた就活先から来る、心のこもっていない『お祈りメール』とは違って、代表である私はこうであらなければならないという、いわば建前を披瀝しただけで本心ではないと思うね。じゃなきゃ、彼女は絶対泣いたりしない」
「恥ずかしくて、いえなかったとか?」
「いや、自分でも自分の本心に気づいていないんだよ。あの答えは、ずっと前から用意してあった、私はこうあるべしというただの模範解答だろ」
「そうなのかな。あるいは好きな人がいるとかじゃないの?」
「ああ、いたとしても2次元彼氏なのでは? だから、脈はあると思う。そうでないとしても、まったくの空振りじゃなかったわけじゃん。彼も言ってたけど、君がいなかったらって。だから、彼も彼女をまっすぐ愛してたぶん、まちがいなく幸せだったんだよ」
「うん」
「ドルヲタと同じだよ。推しメンが自分のことを振り返ってなんてくれないなんて百も承知だけど、愛さずにはいられない。その愛によって自分が光に浴しているんだよ」
「ペットの癒しみたいな?」
「そう。愛せば愛すほど、その癒しも大きい」
「なるほど。なかなか告れなかった彼も辛かっただろうけど、その間、彼も不幸せではなかったということね」
「一途に愛されていると、時に重く感じることがあると思う。恋愛はそんな感じで、執着心が相手の心を逆に冷やしてしまったりするから一筋縄ではいかない。執着しすぎるとウザがられるので、そこは顔に出さずにフランクに接するというわけで、恋もかけひきが大切であって好きを感情の赴くまま爆発させてしまうのは戦略的によろしくない」
「恋愛も戦略が必要か。わたしにはどうだったの、京くんは恋のかけひきのテクニックを使ったわけ?」
「そんなんやってへんて」
「怪しいなあ、関西弁で誤魔化せるとでも?」
「いやいやいや。マジでそんな駆け引きしてませんて」
「京くん、なんかヤバいときって関西弁になるよね」
「いや、ネタやし、いや、ネタですから」
その日は、朝からぐずついた天気で肌寒いくらい気温が一気に下がり、長袖のシャツにしておけばよかったと京はちょっと悔やんだ。
前日は不快指数100%と思うくらい蒸し暑くて仕方なかったというのに、このごろの気温の変化はまるで乱高下する株価のようだった。
いや、京は相場のことや金融というか経済のこと自体何も知らないし、仮想通貨がいつのまにか暗号資産へと呼称変更されたのかさえ知らなかったが、今回のパンデミックにより、富める者はさらに富を増やし、過去20年に渡って縮小してきた富と貧困の格差は再び広がってしまい、貧困層が困窮から脱出するには向後10年以上はかかるという。
富める者と貧困層の二極化が加速していく世界の情勢を鑑みると、世界から不平等がなくなる日など絶対来ないのではないかと京は思ってしまうのだった。
確かに働かざる者食うべからずなのはわかるのだが、働けど働けど貧困から抜け出せないワーキングプアな世界の現状を変えていくためには大きな変革が必要であり、これまでは当然とされていたいわゆる常識を覆さざるを得ない局面に世界は差し掛かりつつあるようだ。
それは、現在でも世界的に押し進められている、今までの常識によるSDGsの掲げる指針だけでは無理であり、もっと根本的なパラダイムシフトが急務となると思うが、それは500年先、1000年先の話だろうから、京も奈美もとっくにこの世から消えているが、子どもたちの子どもたちのさらに子どもたちの未来のことを考えると、安閑としてはいられないと京は思うのだった。
というのも、たとえ500年先の話であろうとも何事も急激に変貌を遂げられるものではないので、500年かけてパラダイムシフトしていくためには、500年前から用意しなければならないというわけだ。
そんなことを考えたのも、きょう観た近未来の世界を描いたSF映画の影響だろうけれど、奈美が京と一緒に観たかったという異世界転生モノの実写版は、大行列が出来ていて泣く泣く諦めるしかなかった。
異世界といえば、ファンタジー界の古典、言わずと知れた異世界ファンタジーの元祖、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』は、さすがに知らない人はいないと思うけれど、京は以前に姪っ子を連れて小さな劇場で観たことがあった。
その際に終演して劇場の外に出て行こうとしたら、アリスの登場人物たちがロビーにずらりと勢揃いして、お見送りをしてくれていて、子どもたちはそれぞれの好きなキャラに握手してもらったり、抱っこしてもらったりという、子どもたちにとってはうれしいサプライズが用意されていた。
そこで、京も姪っ子に、チェシャ猫に握手してもらう? と促したのだが、姪っ子はすげなく「いい」と言いソッポを向いてしまったのだが、その京と姪っ子の会話をしっかりと聞いていたチェシャ猫が、姪っ子のその素っ気ないひとことにひどく凹んだのが、京にははっきりとわかって何か申し訳ないような笑い出したくなるような、そんなこともあった。
高校の頃から京はSFが好きになって色々読み漁っていたけれど、そのせいかファンタジーにはあまり興味を持てなくなってしまい、読み始めても途中で投げ出してしまったりしていた記憶がある。
とは言え、ガチガチのハードSFは理系ではない京は読めなかった。ハインラインの『夏への扉』『月は無慈悲な夜の女王』『宇宙の戦士』、フィリップ・K・ディックの『ユービック』、クリフォード・D・シマック『中継ステーション』などは今一度読み返してみたいと思うほどの傑作だった。あとはサイバーパンクにも憧れた時期があった。
◇
映画の余韻に浸りながら、のんびり移動して青山のオープンカフェで奈美と話した。このところ、お互いに忙しくてLINEでしか話していなかった。
青山裏路地の隠れ家的カフェに着いた頃には、日差しが隠れトワイライトの柔らかな光に包まれる街並みが、ハッとするほど美しかった。
歳がそれほど離れているわけでもないのに、見事にふたりの読んできた小説や漫画、観た映画、ドラマは異なっていて、まあ、そんなものなのかもしれないとなった。
有名どころのアニメなんかはさすがにふたりとも観ているが、最近見たTVでは鳥人間コンテストがよかったと奈美は言った。
「番組の視点がレースだけじゃなくて、そのパイロットや設計者なんかの裏側のドラマもしっかり組み込もうとしていて、それが面白いんだよ」
「ああ、見たよ」と京。
「あれだろ、告白したやつ?」
「そう。アレはマジ、ヤバかった」
「男泣きする彼の一途な想いが、痛いほど伝わってきたから、もらい泣きしたよな」
「うん。思わず感極まって泣いちゃった」
「告られた彼女も、泣いてたけれど、いや、青春ていいっすね、尊いな」
「局としても、美味しいよね。告白タイムをがっつり用意して、彼女さんがピンとこない方がおかしい」
「それな! 」
「彼女さんは、告られた刹那、なるほどと切り返していたけれど、もうとっくのとんまに彼の好意を知ってたはずで、少しウザいぐらいに思ってたかもしれないよね」
「ああ、それはある。女の子がそんなに鈍いわけないもんな。チームの一員として応援したいとやんわりNG出してたけど、俺は結構イケてるんじゃないかと思う」
「え? けんもほろろに断わられたのに?」
「代表やってるくらいの女性だからね、結構自分を厳しく律してるところがあってさ、彼女のごめんなさいは、面接を受けた就活先から来る、心のこもっていない『お祈りメール』とは違って、代表である私はこうであらなければならないという、いわば建前を披瀝しただけで本心ではないと思うね。じゃなきゃ、彼女は絶対泣いたりしない」
「恥ずかしくて、いえなかったとか?」
「いや、自分でも自分の本心に気づいていないんだよ。あの答えは、ずっと前から用意してあった、私はこうあるべしというただの模範解答だろ」
「そうなのかな。あるいは好きな人がいるとかじゃないの?」
「ああ、いたとしても2次元彼氏なのでは? だから、脈はあると思う。そうでないとしても、まったくの空振りじゃなかったわけじゃん。彼も言ってたけど、君がいなかったらって。だから、彼も彼女をまっすぐ愛してたぶん、まちがいなく幸せだったんだよ」
「うん」
「ドルヲタと同じだよ。推しメンが自分のことを振り返ってなんてくれないなんて百も承知だけど、愛さずにはいられない。その愛によって自分が光に浴しているんだよ」
「ペットの癒しみたいな?」
「そう。愛せば愛すほど、その癒しも大きい」
「なるほど。なかなか告れなかった彼も辛かっただろうけど、その間、彼も不幸せではなかったということね」
「一途に愛されていると、時に重く感じることがあると思う。恋愛はそんな感じで、執着心が相手の心を逆に冷やしてしまったりするから一筋縄ではいかない。執着しすぎるとウザがられるので、そこは顔に出さずにフランクに接するというわけで、恋もかけひきが大切であって好きを感情の赴くまま爆発させてしまうのは戦略的によろしくない」
「恋愛も戦略が必要か。わたしにはどうだったの、京くんは恋のかけひきのテクニックを使ったわけ?」
「そんなんやってへんて」
「怪しいなあ、関西弁で誤魔化せるとでも?」
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