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第1部 奈美編
♬19 出産の話
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奈美と映画を観た。
2016年に劇場公開されたものらしい。映画好きの友人からも確か薦められていた一本だった。
それは、『ルーム』という映画で母子監禁の話だった。7年間薄暗く狭苦しい部屋に監禁されているジョイと、彼女が監禁されているその部屋で出産し、外の世界を一切知らずに育った息子ジャックの物語。
他の映画で何度も逃げ出そうとして失敗し懲罰を受ける。そしてそれを何回か繰り返した後、ラストでやっと脱出するというストーリーは結構あるような気がする。
だが、この映画はそうではなかった。早めに脱出が成功してしまうのだ。だから何を狙っているのかを考えて京は怖ろしくなった。
TVのインタビューでKSBBAが、父親が別にいるんですかであるとか生物学的な父親の事ですとか無神経な事をほざいていたけれど、ああいう自分はいかにもインテリで常識人だからみたいなキ印が横行しているこの現実世界にいるよりは、監禁されていたけれどもママとふたりきりで平和な日々の方が、実は幸せだったのではないのか、そんな哀しいエンディングを用意してあるんじゃないかと、ハラハラして観ていた。
案の定、ママの方は精神的にやられてしまい自殺未遂するが、あの過酷な監禁生活ではいつか脱出したいという事が生きるモチベーションとして確かにあったはずで、救出されてからは安心しきってしまい、皮肉にも生きるという強いモチベーションはなくなってしまったのかもしれない。
そのように人の心とはほんとうに微妙なものであるのだと思う。恵まれていることが常態となると幸せである事など感じなくなってしまう。
なので、ある程度の苦しみや悲しみというものが、生きていくには実はとても大切で必要不可欠なのかもしれない。
たとえ監禁という過酷な環境下であったとしても母と子のふたりだけの世界は監禁ということを除いたならば平安で満ち足りた豊かな世界であったのではないか。
そしてそれは、母の胎内に似ている。子宮は狭いかもしれないが想像力により宇宙大にも広がる。そして子はやがて外の世界へと旅立つ準備をはじめる。
母は胎内に在る子と常に対話している。それは無論言葉ではないが阿吽の呼吸で全てを理解し合っている。母と子は一体であり言葉を介する必要もないからだ。
だが、やがて子は内の世界から外の世界へと旅立たねばならない。母子はすぐさま再会できるが母は自分の一部を失ったように少しだけ寂しい気がするらしい。
まだ幼いジャックは、まったく見知らぬ新しい世界の事象を、それこそ砂漠に落とされたひとしずくの水のように、あっという間に吸収し学んでしまうスポンジのようなビビッドな感性を持つけれど、母のジョイにとっては、世界にジャックを奪われてしまったような底知れぬ喪失感がハンパない上に、一気に他者との関係性が生じ脳は膨大な情報量を処理できずにキャパオーバーを来たして崩壊してしまう。
奈美は、これを観ていったいどんな風に感じたのだろうか。子を宿し十月十日胎内で育てる女性の、いや母の感覚は男である京には想像もつかない。
「よかったね。どうだった?」
京は、仔猫たちとじゃれながら奈美に聞いた。
「うん。よかったよ。わたしもまだママじゃないからわかんないけど、ジャックのママが監禁されていた部屋から脱出してから、徐々におかしくなっていってしまうのはわかるような気がする」
「脱出したいとずっと願ってたんだろうけど、ある意味、監禁という世界からの遮断は、外界からふたりを守っていたとも言えるんだろうね」
「なるほど」
「育ち盛りのジャックにとって、ほんとうの世界を知ることは大切だと思うけど、すでに自己を確立しているママにとっては、あの監禁部屋は、彼女のいわば子宮であってジャックを出産してもなお、自分の胎内に我が子を宿しているという感覚じゃなかったのかな。女性であるならば誰しも赤ちゃんの顔を早く見たいと思うんだろうけど、それと同時に出産は自分の一部を手放してしまったような、身を切られるような痛みと切なさがあるんだろうね」
「そうなの? 京くん赤ちゃん産んだことあるみたい!」
「んなアホな。聞いた話から想像しただけ」
「んーでもたしかに、女性にとって出産は一大事だからね、どこかの政治家が女性は子を産む機械という発言があったらしいけど」
「あー、あったあった。しかし、さすがに機械はマズイだろ?」
「ソフトマシーンですから」
「でね、結局この映画は、女性が胎内に子を宿して十月十日で出産することへのオマージュだと思うんだよね」
「オマージュ?」
「出産は、ほんとうに大変なことってことだよ。十月十日一心に愛情を注ぐなんてまねは、やっぱり男には出来ないんじゃないかな。どんだけ~ってくらい愛情を注いでるから出産した後安心感もあると思うけど、愛していた自分の一部が失われてしまったようで不安定にもなるんだと思う」
「そうなんだ、やっぱ京くん産んだことあるよね?」
2016年に劇場公開されたものらしい。映画好きの友人からも確か薦められていた一本だった。
それは、『ルーム』という映画で母子監禁の話だった。7年間薄暗く狭苦しい部屋に監禁されているジョイと、彼女が監禁されているその部屋で出産し、外の世界を一切知らずに育った息子ジャックの物語。
他の映画で何度も逃げ出そうとして失敗し懲罰を受ける。そしてそれを何回か繰り返した後、ラストでやっと脱出するというストーリーは結構あるような気がする。
だが、この映画はそうではなかった。早めに脱出が成功してしまうのだ。だから何を狙っているのかを考えて京は怖ろしくなった。
TVのインタビューでKSBBAが、父親が別にいるんですかであるとか生物学的な父親の事ですとか無神経な事をほざいていたけれど、ああいう自分はいかにもインテリで常識人だからみたいなキ印が横行しているこの現実世界にいるよりは、監禁されていたけれどもママとふたりきりで平和な日々の方が、実は幸せだったのではないのか、そんな哀しいエンディングを用意してあるんじゃないかと、ハラハラして観ていた。
案の定、ママの方は精神的にやられてしまい自殺未遂するが、あの過酷な監禁生活ではいつか脱出したいという事が生きるモチベーションとして確かにあったはずで、救出されてからは安心しきってしまい、皮肉にも生きるという強いモチベーションはなくなってしまったのかもしれない。
そのように人の心とはほんとうに微妙なものであるのだと思う。恵まれていることが常態となると幸せである事など感じなくなってしまう。
なので、ある程度の苦しみや悲しみというものが、生きていくには実はとても大切で必要不可欠なのかもしれない。
たとえ監禁という過酷な環境下であったとしても母と子のふたりだけの世界は監禁ということを除いたならば平安で満ち足りた豊かな世界であったのではないか。
そしてそれは、母の胎内に似ている。子宮は狭いかもしれないが想像力により宇宙大にも広がる。そして子はやがて外の世界へと旅立つ準備をはじめる。
母は胎内に在る子と常に対話している。それは無論言葉ではないが阿吽の呼吸で全てを理解し合っている。母と子は一体であり言葉を介する必要もないからだ。
だが、やがて子は内の世界から外の世界へと旅立たねばならない。母子はすぐさま再会できるが母は自分の一部を失ったように少しだけ寂しい気がするらしい。
まだ幼いジャックは、まったく見知らぬ新しい世界の事象を、それこそ砂漠に落とされたひとしずくの水のように、あっという間に吸収し学んでしまうスポンジのようなビビッドな感性を持つけれど、母のジョイにとっては、世界にジャックを奪われてしまったような底知れぬ喪失感がハンパない上に、一気に他者との関係性が生じ脳は膨大な情報量を処理できずにキャパオーバーを来たして崩壊してしまう。
奈美は、これを観ていったいどんな風に感じたのだろうか。子を宿し十月十日胎内で育てる女性の、いや母の感覚は男である京には想像もつかない。
「よかったね。どうだった?」
京は、仔猫たちとじゃれながら奈美に聞いた。
「うん。よかったよ。わたしもまだママじゃないからわかんないけど、ジャックのママが監禁されていた部屋から脱出してから、徐々におかしくなっていってしまうのはわかるような気がする」
「脱出したいとずっと願ってたんだろうけど、ある意味、監禁という世界からの遮断は、外界からふたりを守っていたとも言えるんだろうね」
「なるほど」
「育ち盛りのジャックにとって、ほんとうの世界を知ることは大切だと思うけど、すでに自己を確立しているママにとっては、あの監禁部屋は、彼女のいわば子宮であってジャックを出産してもなお、自分の胎内に我が子を宿しているという感覚じゃなかったのかな。女性であるならば誰しも赤ちゃんの顔を早く見たいと思うんだろうけど、それと同時に出産は自分の一部を手放してしまったような、身を切られるような痛みと切なさがあるんだろうね」
「そうなの? 京くん赤ちゃん産んだことあるみたい!」
「んなアホな。聞いた話から想像しただけ」
「んーでもたしかに、女性にとって出産は一大事だからね、どこかの政治家が女性は子を産む機械という発言があったらしいけど」
「あー、あったあった。しかし、さすがに機械はマズイだろ?」
「ソフトマシーンですから」
「でね、結局この映画は、女性が胎内に子を宿して十月十日で出産することへのオマージュだと思うんだよね」
「オマージュ?」
「出産は、ほんとうに大変なことってことだよ。十月十日一心に愛情を注ぐなんてまねは、やっぱり男には出来ないんじゃないかな。どんだけ~ってくらい愛情を注いでるから出産した後安心感もあると思うけど、愛していた自分の一部が失われてしまったようで不安定にもなるんだと思う」
「そうなんだ、やっぱ京くん産んだことあるよね?」
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