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第1部 奈美編
♬ 21 妊娠
しおりを挟む17時にバイトが終り、京が瞑想に耽りながらメトロのホームに佇んでいると、シルベから電話が入った。
案の定、飲みに行かないかという誘いの電話だった。いつもならば急な誘いは断るのが京の常だったが、明日はバイトが入ってなかったので、シルベが自由が丘まで来るというのでその気になった。
自由が丘の南口でシルベを待ちながら、京は駅前を行き交う人々の様々な顔を見ながら、どうしてまたシルベはわざわざ自由が丘までくるなどと言い出したのだろうかと漠然と思った。
飲むというのは口実で、何か電話では話せないことがあるのか、なんて考えてもみたけれど、そんなことより駅前の売店を背にしてさっきからずっと改札口を見つめながら悲しそうな表情をして佇んでいる女の子のことが気になって仕方がなかった。
綺麗な横顔のその子は悲しさを湛えた表情ゆえに更にその美しさを増しているようで、京はこんな子に悲しい思いをさせている奴は誰だろうかと、シルベのことなど忘れて彼女をじっと見つづけていた。
というのも、どこかで見たことがあるような気がして、京は思い出そうとするのだけれど、思い出せないのでもやもやするばかりなのだった。
と、ついに彼女の待ち人が登場したようだった。彼女の肩が小刻みにふるえているように見える。
彼が来て安心したのだろうか。ずっと我慢していたのに、安心してついに泣き出してしまったんだろうと京は思った。
そして、ほんとうに許せない奴だと思った。俯いてしまっている彼女に何か彼が言っている。
そんな理不尽な野郎の顔をどうしてもみてやりたかった。なんか横顔がシルベに似ていた。男が、顔を上げた。
京は、絶句した。
それは、なんとシルベだったのだ。シルベは、右手で頭をかきながら、途方に暮れたように自由が丘のビルでおおわれた矩形の狭い夜空をあおぎ見た。
そして、視線に気づいたのか、ふと京の方を見て安堵の笑みを浮かべると、ちょっと待ってというような仕種をしてみせ、京に頭を下げた。
いったい、どういうことなんだ、これは。京は憮然とした表情で、ラッキーストライクに火を点けた。
紫煙を勢いよく吐き出しながら、そうか、たぶん、別れ話にちがいないだろうから第三者として、仲介に入ってくれないかということに違いないと思った。
そのために修羅場に俺をわざわざ呼んだのか。つまらん役回りだな。今夜の酒は、アイツのおごりに決定。
京は、そう独りごちながら、スマホを取り出して時間潰しにSNSを見はじめた。
「やあ。悪いね。とんでもないところ見せちゃって」
シルベが憔悴しきった様子で、京に話しかけてきたのは、10分ほども経ってからのことだった。
「で? なに、今夜は彼女と3人で飲むってこと?」
シルベは「そんな悪い冗談いわないでくれよ」と、泣きそうな表情を浮かべる。
「実はさ、彼女、できちゃったんだ」
京は、鸚鵡返しに訊く。
「できちゃった?」
「そう。もう9週目くらいらしい」
「ふ~ん。で?」
「いや、だから……。彼女産みたいって言うんだけど、彼女と知り合った数日後にやっちゃったんだし、彼女のこと実はよく知らないんだよ、俺。でさ、ダメなら堕胎する費用を出してほしいっていうんだよ」
「そうか、そういうことか。俺はてっきし別れ話だと思ってたけど。別につきあってたってわけじゃないんだ?」
「一応、つきあってたんだけど。でも、急に子供できたから、産ませてくれっていわれてもさ」
「ま。仕方ないだろうね。いい思いしたんだから」
「っちょ。ちょっと待ってくれよ。そりゃ、身に覚えないとはいわないけれど、ほんとうに俺の子かどうかなんて誰にもわからないような気もするんだよね」
「おまえ、すごいこといってるね。そう彼女にいったのかよ?」
「まさか。でも、あんな可愛い顔してるけど、実はすごいさせ子なのかもしれないし……」
「そうか。おまえには愛が全然ないってことね」
「いや、好きだよ。好きは好きなんだけど。子供となるとさ……」
「で、結局、どうしたいわけ?」
「いや。中絶費用の相場っていうの、よくわかんないし、ネットで見てもいろいろあるみたいで、週によって高くなっていくみたいなんだけど、とりあえず9週だと10万以上かかるみたいだし、出せるわけないじゃん、俺に」
そういわれて、京は、はたと気がついた。
そうか、こいつ、俺にその金を貸してくれといいたいわけか。さてと、どういう風に切り出してくるのかな、ええ? シルベよ。
京は、腹の中でこっそりとほくそえんだ。
「でね、ものは相談なんだけど」
「なに? あいにく安い産婦人科なんて知らないぞ」
「いや、そうじゃなくって。ほんとうにいいにくいんだけどさ」
「なんだよ、じれったいな。シルベ、おまえのそういう、はっきりしないところは昔から変わらないな」
「あのね、あの……京、彼女に見覚えあるだろ? 今さらしらばっくれんなよ、彼女に相談されたんだ、私もうどうしたらいいのか、わからないって。あのね、あの彼女のお腹の子は……京、実はおまえの子なんだよ!」
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