花散る男女

トリヤマケイ

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第1部 アイドル編

♬ 5 最前管理

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 薄暗がりで行われるライブは、不思議な事も結構ある。なんといえばいいか、ライブの行われる場所というのは、異世界なり異空間なのだと思う。非日常的な事が当たり前に起こる空間なのだ。

 京は、女子を含むバンドメンバー全員が、全裸でステージに登場し、ライブ後半にはメンバーが観客を煽って、観客の男はほぼ全裸、女子も半裸といった凄いライブを経験したことがあった。

 ギターやベース、タイコの渦巻くような音が、直接顔に音圧となってぶつかってくる中、頭上には色とりどりのブラジャーがビュンビュン飛び交っている、そんな信じられない光景を今でも京は鮮明に憶えている。

 また、京は不思議な人物をライブで見かけることがたまにある。まだアカシアのライブでしか見かけたことはないが、それは京がアカシアの現場にしか行かないからであり、どこにでもいそうな感じが京にはある。

 その人物は、厳密に言うと人ではないのかもしれないのだが、京はいつのまにか、メディスンマンと彼の事を呼んでいた。何かの本で読んでその印象が彼に重ね合わせ易かったのかもしれない。

 とにかく強烈なキャラであり、その存在を信じてほしいが、それには非常に困難が伴うだろう。いわゆる常識というやつが邪魔をして。

 彼は、有り体にいえば物理的にありえない状態で、ライブを観ていた。打ちっ放しの剥き出しのコンクリートの天井から、逆さまにぶら下がり、ペンライトを振っていた。

 まあ、確かに普通に考えるなら、少なくとも人類ではないのかもしれないが、ヒトの形態をしていた。となると、元人類か?   と京は思った。つまり、いわゆる幽霊というやつだ。

 幽霊ならば地球の重力に逆らって逆さまのまま、天井を移動できるだろう。幽霊にとったら上も下も関係ないのではないか。知らんけど。

 或いは、重力場がつくる時空の歪みをキャンセルしてしまうという反重力を自在に操れる存在なのかもしれない、などと京は考えたが、いずれにせよ、幻やら見間違いなどではなかった。というのも、彼の方から京に声を掛けてきたからだ。

 まあ、厳密にいうと薄暗がりの中でアイコンタクトしてきたというわけなのだが。
 その少しだけ小首を傾げ京にウインクしてみせた時に、京には、彼の声が心の中で聞こえた気がした。

 そして、また彼は逆さ吊りの状態のまま、ツツツーと音もなく移動しながら、フッと消えてしまう。いつもそんな感じなのだ。

 3度目だったか、その時は確かに彼は、京に話しかけてきた。不思議そうな顔をしていたように思う。なにせ、顔も逆さまだから微妙な表情の変化はよくわからない。

    彼は京の斜め上あたりにやってくると、「あなたは僕の姿が見えるんですね?」そういった。









   感染症は、相変わらず世界のあらゆるところでその猛威を振るい、人類は未曾有の危機に瀕していた。

 日本では、第一波がなんとか落ち着きを見せ、Go to ナンチャラが開始されるまでは、小康状態といった段階に突入した。

 それでもライブなどいつになっても出来そうにない日々に、京は悶々としていた。興味のない京ですら知っていたメジャーである坂道グループの乃木坂46を牽引してきた白石麻衣の卒コンは、当初東京ドーム3daysを予定していたらしいが、無観客配信という形で行わざるを得なかった。

 外食関係、ホテル、航空はもとより、プロスポーツの世界も壊滅的な打撃を受けたが、経済が立ち行かなくなるのは目に見えていたので、少しずつ規制が緩くなりはじめ、地下アイドルのライブも、通常通りとまではいかないものの、パーソナルスペースを確保しながらマスク着用で、静かに応援することは可能になった。

 その日も、京はアカシアの現場である渋谷の小さな箱の壁際から、推しの一挙手一投足を見逃すまいと熱い眼差しで南条クロエを見つめていた。たまに早乙女ゆりあをチラ見しながら。

 そして一曲目が終わり、次の曲紹介をリーダーの一色ナナがはじめようとしている時、それは始まった。

 ステージとの境にある柵の前で、小競り合いが始まり、止めに入ったやつらも、飲み込まれて、やがては誰彼構わずそばにいるやつを殴るというカオス状態になっていった。

 後ろで眺めていた京も知っているヤツが何人かいたので、止めに入ったが誰かのヒジが顎にきれいに決まり、脳が揺れて昏倒した。

 というわけで、呆気なくKOされてしまったため、どのように収拾したのかその経過を見ていなかったが、騒ぎが収まるにはだいぶ時間がかかったようだ。

 騒ぎは最前管理の一部のヲタク同士での小競り合いが発端らしかったが、なかなか収まらなかったし、何か異常としか思えない雰囲気に、京は寒けすら覚えた。

 その日は、たまたま依田ちゃんは現場に参戦していない日であったため、後日京が依田ちゃんに話たのだが、性根の腐っている最前管理のごく一部の者が、ただ酔っ払って暴言を吐き、喧嘩を吹っかけたというのは、表のシナリオだと依田ちゃんは言うのだった。

 酔いに任せていざこざを起こしてしまったというのは、カモフラージュで、ほんとうの理由はたぶんほかにあるという。

 女性アイドル業界は、確かに運営の多くは男性がやってはいるが、宝ジェンヌではないにしても、女の戦場であることに違いないのだった。

 つまり、そこには陰湿な恨み、妬み、嫉みといった黒いどろどろとしたコールタールのような負のエネルギーがとぐろを巻くように渦巻いている。

 京は、なんとなく察しがついて、恐る恐る依田ちゃんに聞いてみた。

「というのは、やっぱり?」

「そうなんだよ、残念なことにそれが現実。イヤガラセが目的だね」

 その日は、6つのチームの対バンライブで、つまり、その中の誰かが、アカシアの誰かに対して、嫉妬やら逆恨みを抱いて、ライブの進行を阻害するよう、ヲタクに間接的にイヤガラセをやらせた、そういうことなのだろうと、京は見当をつけた。

 確かに、ヲタクが推しの為ならばなんでもやるというのはわからないでもないが、そんな人を貶めて楽しむような悪辣な頼みをヲタクに依頼できるということは、相当な間柄ではないのかと勘ぐってしまう。

 つまり、そういうヤツらは、アイドルとヲタクの垣根を超えた男女の関係にあるのはまず間違いないだろうと京は思った。


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