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第1部 アイドル編
♬ 6 ミリアの失踪
しおりを挟む握手会が出来なくなったアイドル業界は、大打撃を被り、あくまでも握手にこだわるならば、ビニールやらゴム手袋着用での握手くらいしか打開策はないなどと京は考えていたが、まったくそんなことはなかった。
握手会は、アプリを使用してオンラインでのミーグリやら個別お話し会へとカタチを変えただけだった。スマホやタブレット越しにビデオ通話で1対1の会話ができるらしい。
むしろ、剥がしやら外野がいないぶん、推しメンと2人きり感はハンパないかもしれない。
まあ、それは誰もが知っているメジャーなグループでのやり方であって、京はミーグリとかは知らないので、想像するしかないのだが、ビデオ通話できるのは、まるで恋人同士みたいだなと思った。
しかし、地下アイドルのヲタクたちも、物販でCDやらグッズやらチェキ券を購入し、少しでも支えになればと思っていることは同じだった。
去年の11月頃から再び感染者の増加が見られ感染症の第3波かと騒がれはじめていたが、都内を中心にアカシアも順調に対策を万全に講じたライブをいくつかこなして、認知度も上がってきたそんな矢先の出来事だった。
如月ミリアが体調不良で立て続けにライブを欠席するという状況が続いて、年内は5人での活動で終えたアカシアだったが、年明けに運営から突然如月ミリア脱退の発表があった。
様々な憶測が飛び交っていたが、ヲタクとの愛の逃避行という線が濃厚らしかった。そして、その相手とはなんとあの、依田ちゃんらしい。
これには、京もブッとんだ。依田ちゃんは京の知らない顔を持っていたらしい。いったいどうなっているのか、2人の間に何があったのだろうか。
まさかとは思うが、ミリアももしかしたなら、以前のゆりあみたいに死にたい死にたいという気持ちで一杯になってしまったのかもしれないと京は思った。
その相談に乗った依田ちゃんが、自死を諦めさせるべく教えさとす内に、まんまと真綿で首を絞められるようにして、いつしか自分がミリアの死出の旅路に付き添うことがヲタクとして推しメンに出来る最上級の支えであり、それが即ちヲタクの務めだとの使命感めいた何かに引きずり込まれてしまったのかもしれない、そんな風にも思いはじめていた。
如月ミリアの魅力は、なんといってもサラサラの黒髪だろうか。そして、見つめていると吸い込まれてしまいそうな、澄んだ大きな眸をしていた。
現場でいつも会っていると、顔見知りになり、とりあえずヲタクは認知され、ツイートにイイネを貰えたりし、ヲタク自身はもう知り合いになった気になっているが、実は何ひとつ推しの事など知らないのだった。
大好きな推しメンのツイートに一喜一憂するその様は、まるで風が吹いてその風向きによって右に左にへとなびく、草木のようだ。
それは、依田ちゃんと如月ミリアの関係も同様であり、アイドルとヲタクという範疇での関係性があるだけのはずだった。
だから、一線を超える何かきっかけがあったとしか思えない。例えば意外な場所で見かけて、つい声をかけてしまったとかは依田ちゃんに限ってないと京は思う。
ヲタクは自分に都合のいい勝手な想像しかしないが、プライベートのアイドルに声をかけるなどという無粋なまねはしない。つまり、如月ミリアの方から声をかけてきたのだろうことがわかる。
京は、自分がアイドルになる前のゆりあに一緒に死んでほしいと持ち掛けられたという実体験があった。
さすがに依田ちゃんは、一緒に死んでほしいなどと衝撃的な事を言われたわけではないと思うけれど、相談に乗っているうちにほんとうにミリアが消えてなくなってしまいそうで、心配で離れられなくなってしまったのかもしれない。
人とはほんとうに死にたいという病いに取り憑かれたならば、見守る者の一瞬の隙をついてまで死のうとするからだ。
もう何がなんでも自死をやめさせようとしていた依田ちゃんも結局ミリアを説得できずに、ならば自分の出来ることといえばミリアと一緒に死んであげることではないか。
どうしても死にたいと頑なに言い張るミリアを救うには、どうしたらいいのかを依田ちゃんは必死に考え、ミリアの考えを翻意出来ないならば、いっそ自分が付き添ってあげよう、という考えに至ったのかもしれない。
或いは、まったくそんな風な闇落ちしたミリアなんかではなく、単におじさんと火遊びをしたかったのだろうか。
京は、自分自身がゆりあに一緒に死んでほしいと懇願された経験から、そんなレアなケースをどうしても思い浮かべてしまうのだった。
しかし、少数派には違いないけれど、おじさんが好きという女子も確かにいるだろうし、若くはない依田ちゃんもミリアの恋愛対象の範疇にギリギリ入っていたのかも知れない。
だが、こういってはなんだけれど恋人として考えるとビジュアル的に難がありそうな気がするので、となると頼れるお父さん的な人にターゲットを定めたような気がしないてもなかった。
京の想像が当たっているなら、ミリアは他にも何人か声を掛けてあたりをつけているのではないかと思ったが、たとえ死ぬにしてもエネルギーが必要であり、京には、以前のゆりあの際にもむろん現在も、死に対してそんな熱量はなかった。
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