花散る男女

トリヤマケイ

文字の大きさ
43 / 81
第1部 アイドル編

♬ 20ゴスロリ少女

しおりを挟む
「ね、それからそれから?」




「そうだな、それから…」



   
   それからジローが、大通りを渡ってどでかいマンションの脇道をすり抜けていくと、小高い丘の上の原っぱで、ゴスロリ風メイド服の少女がひとり、テーブルに皿を並べていた。

   


 ジローは、「いそしぎ」から「シャレード」に曲を変えながら、少女に近づいていった。時間的には、ブランチ用のはずだろうけれど、なぜか本格的なテーブルセッティング。




 少女は、一生懸命やっているのだけれども、何度やっても、ナイフとフォークの数が合わないらしい。ナイフが余ったり、フォークが足りなかったり。




   やけを起こした少女は、終いに皿をすべて叩き割ることにしたようで、原っぱの下を走るアスファルトの道路めがけて一枚、また一枚とつぎつぎにフリスビーみたいに皿を投げていく。



 赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが、陽光に映えていた。タロウは、そのテーブルのひとつに座り、エアタイプを打ちはじめた。




   超ミニを穿いたコケティッシュな女のコたちが、かいがいしく立ち働くオープンカフェの傍らで、ジローは、まるっきり海綿体になったみたいな気分で、平たいプラスチックのスプーンをシャベルに見立て、プルプル震えまくるフジヤマトコゼリーを春を掬うような気持ちで、いじくりまわしながらちんたら食べていた。




 ゼスプリのキウイがゼリー宇宙の中空にフリーズしたまま浮かんでいる。




   ジローは、それを高度9千メートルの上空から鳥瞰しながら、キウイの種が犬歯の先端で砕かれる様を思い浮かべ、太陽の黒点が爆発し、フレアを放っているのを想像した。




 やがて彼は、赤いミニの集団のなかにひとりだけ全身黒尽くめのゴスロリ少女? が混ざっているのにふと気付き、眸を瞠いた。




 あのコは、なに? なにか特別な存在なのだろうか。しかし、店内の誰ひとりとして彼女に注目しているものなどいない。




 あるいは、ジローだけに彼女は見えているのかもしれなかった。それはちょうどフェリーニの「甘い生活」に出てきたマルチェロと天使の少女のように。



 すると彼は俄かに顔をほころばせた。映画では、少女とマルチェロが会話するくだりがあるからだ。



 もう完全にマルチェロ気取りの彼は、ゴスロリ少女が自分のテーブルに近づいてくるのを今か今かと待ち構えていた。




 だが、現実がスクリーンのなかのようにうまくいくはずもない。トコゼリーも胃の腑に収まったことだしと身支度を整えはじめると、一気にゴスロリ少女への思いが冷めていくのがわかった。




 再びジローは、映画のなかの少女に思いを馳せる。
   


 ところが、いかんせんあの少女が現われないのだった。渚で亜麻色の髪を潮風になぶらせながら、水平線を眺める少女は、振り返るとゴスロリ少女に変身してしまうのだ。




 彼は、想像力を総動員し、波打ち際にれいの少女を百人並ばせてみた。




 そうして、奥から手前へと順にこちらを振り返らせていく。だが、後姿は確かにあの少女なのに、振り返った途端、次々とゴスロリ少女の顔にすりかわってしまう。




 これは、いったいなんだろう。てか、単純にオモロイけど……。




 業を煮やしたジローは、ついに自分を波打ち際に送り込む。



 少女とともに波打ち際に立ち、真っ赤に燃えながら水平線へとゆるゆると沈んでゆく太陽を黙して眺める。



 やがて彼は、後ろからそっと少女に目隠しした。




「振り向かないで。きみを絶対捕まえてみせるから」って、もう捕まえてるじゃん! 




   という声なきツッコミで彼は現実に立ち戻る。





 眼前には、ゴスロリ少女。


 さかんに何かを訴えている。


 けれどもどうしたことか音が聞こえない。


 声が出ていないのではないらしい。


 彼の耳が聞こえないわけでもない。




 ゴスロリ少女は、眼前に見えるのだけれども、ここに存在はしていないかのようだ。



 やがて、少女は言葉で伝えることをあきらめて、彼の背中に指で文字を書きはじめた。




 好き。
 大好き。




 少女は、彼の背中にそう書いた。むろん、彼にはその文字がわかったけれども、知らないふりをした。
 


   ジローは、立ち上がりカフェを後にする。そして、もくもくと皿を投げ続けている少女を横目にさらにずんずん歩いていく。



   丘をくだり、林を抜けて池に沿って進んでいくと忽然と鉛色した巨大な壁が現われた。




 その壁に向かって手を合わせている母親らしき人影がひとつ。なぜまた母親と思えたのかは、わからない。




   その華奢な背中の肩越しに、鰯雲が流れていく。壁の向こう側にはなにがあるのだろうか。



   ジローは、チョークで線をひきながら壁づたいに歩く。エアトロンボーンが歌いはじめる。

 


   ♪オブレネリアナタノオウチハドコ? ワタシノオウチハスイッスランドヨォ。




   地球の果てまでもつづいていくかのような灰色の壁にチョークの白い線が伸びていく。 



   ふーんと、飛鳥ちゃんがいう。



「絵が浮かんでくる気がする。なんかその気持ちわかるな。きっとつらいんだよね。



   ジローに、ゴスロリ少女の言葉が聞こえないのは、ジロー自身が遮断してるからでしょ? 




   でも、なんでだろ? 自分で想像しておきながら、告白を聞こうとしないなんて。なんか後ろめたさ、みたいなのがあるんだよね。罪悪感みたいな?  




   ジローには、好きな人がいるんだね、きっと。想像の世界でも、自分を厳しく律してるのかな?  相当な自制心だね。




   そして、チョークの線。その一本だけ伸びてゆく白いチョークの線は、忍耐を表わしてるんじゃないかな。



   たぶん、何かを待ってるんじゃない?  その時が来るのを、じっと耐えて待っている。ね、ちがう?」




「そうなの?  ははは。自分で言っててわからなかった。面目ない」と京は、ちょっとばつが悪そうに笑った。
 



「いえいえ。で、それから?」




  京は、書棚からたまたま目についた分厚い花の図鑑を開いて眺めた。



  アイリスのビロードみたいな紅い花びら。




「そう。やがて…」




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ピンクローズ - Pink Rose -

瑞原唯子
恋愛
家庭教師と教え子として再会した二人は、急速にその距離を縮めていく。だが、彼女には生まれながらに定められた婚約者がいた。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

25cmのシンデレラ

野守
恋愛
デパートに靴を買いに来た梨代は、自分の足に合う25センチのサイズが無くて落ち込んでいた。そこで偶然起こった暴漢騒ぎ。とっさに靴を投げて助けた男性は、まさに梨代が買おうとしていたブランドのメーカー「篠塚製靴」に勤める篠塚だった。しかも篠塚グループと呼ばれる現代財閥の御曹司だとか。 後日お礼として非売品の靴を届けに来た篠塚は、梨代にとある仕事の依頼を持ちかけて……。 御曹司が庶民を体験⁉ 王子様の「逆」シンデレラスト―リーが始まった! と思いきや、事態はあらぬ方向に。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...