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第1部 アイドル編
♬ 20ゴスロリ少女
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「ね、それからそれから?」
「そうだな、それから…」
それからジローが、大通りを渡ってどでかいマンションの脇道をすり抜けていくと、小高い丘の上の原っぱで、ゴスロリ風メイド服の少女がひとり、テーブルに皿を並べていた。
ジローは、「いそしぎ」から「シャレード」に曲を変えながら、少女に近づいていった。時間的には、ブランチ用のはずだろうけれど、なぜか本格的なテーブルセッティング。
少女は、一生懸命やっているのだけれども、何度やっても、ナイフとフォークの数が合わないらしい。ナイフが余ったり、フォークが足りなかったり。
やけを起こした少女は、終いに皿をすべて叩き割ることにしたようで、原っぱの下を走るアスファルトの道路めがけて一枚、また一枚とつぎつぎにフリスビーみたいに皿を投げていく。
赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが、陽光に映えていた。タロウは、そのテーブルのひとつに座り、エアタイプを打ちはじめた。
超ミニを穿いたコケティッシュな女のコたちが、かいがいしく立ち働くオープンカフェの傍らで、ジローは、まるっきり海綿体になったみたいな気分で、平たいプラスチックのスプーンをシャベルに見立て、プルプル震えまくるフジヤマトコゼリーを春を掬うような気持ちで、いじくりまわしながらちんたら食べていた。
ゼスプリのキウイがゼリー宇宙の中空にフリーズしたまま浮かんでいる。
ジローは、それを高度9千メートルの上空から鳥瞰しながら、キウイの種が犬歯の先端で砕かれる様を思い浮かべ、太陽の黒点が爆発し、フレアを放っているのを想像した。
やがて彼は、赤いミニの集団のなかにひとりだけ全身黒尽くめのゴスロリ少女? が混ざっているのにふと気付き、眸を瞠いた。
あのコは、なに? なにか特別な存在なのだろうか。しかし、店内の誰ひとりとして彼女に注目しているものなどいない。
あるいは、ジローだけに彼女は見えているのかもしれなかった。それはちょうどフェリーニの「甘い生活」に出てきたマルチェロと天使の少女のように。
すると彼は俄かに顔をほころばせた。映画では、少女とマルチェロが会話するくだりがあるからだ。
もう完全にマルチェロ気取りの彼は、ゴスロリ少女が自分のテーブルに近づいてくるのを今か今かと待ち構えていた。
だが、現実がスクリーンのなかのようにうまくいくはずもない。トコゼリーも胃の腑に収まったことだしと身支度を整えはじめると、一気にゴスロリ少女への思いが冷めていくのがわかった。
再びジローは、映画のなかの少女に思いを馳せる。
ところが、いかんせんあの少女が現われないのだった。渚で亜麻色の髪を潮風になぶらせながら、水平線を眺める少女は、振り返るとゴスロリ少女に変身してしまうのだ。
彼は、想像力を総動員し、波打ち際にれいの少女を百人並ばせてみた。
そうして、奥から手前へと順にこちらを振り返らせていく。だが、後姿は確かにあの少女なのに、振り返った途端、次々とゴスロリ少女の顔にすりかわってしまう。
これは、いったいなんだろう。てか、単純にオモロイけど……。
業を煮やしたジローは、ついに自分を波打ち際に送り込む。
少女とともに波打ち際に立ち、真っ赤に燃えながら水平線へとゆるゆると沈んでゆく太陽を黙して眺める。
やがて彼は、後ろからそっと少女に目隠しした。
「振り向かないで。きみを絶対捕まえてみせるから」って、もう捕まえてるじゃん!
という声なきツッコミで彼は現実に立ち戻る。
眼前には、ゴスロリ少女。
さかんに何かを訴えている。
けれどもどうしたことか音が聞こえない。
声が出ていないのではないらしい。
彼の耳が聞こえないわけでもない。
ゴスロリ少女は、眼前に見えるのだけれども、ここに存在はしていないかのようだ。
やがて、少女は言葉で伝えることをあきらめて、彼の背中に指で文字を書きはじめた。
好き。
大好き。
少女は、彼の背中にそう書いた。むろん、彼にはその文字がわかったけれども、知らないふりをした。
ジローは、立ち上がりカフェを後にする。そして、もくもくと皿を投げ続けている少女を横目にさらにずんずん歩いていく。
丘をくだり、林を抜けて池に沿って進んでいくと忽然と鉛色した巨大な壁が現われた。
その壁に向かって手を合わせている母親らしき人影がひとつ。なぜまた母親と思えたのかは、わからない。
その華奢な背中の肩越しに、鰯雲が流れていく。壁の向こう側にはなにがあるのだろうか。
ジローは、チョークで線をひきながら壁づたいに歩く。エアトロンボーンが歌いはじめる。
♪オブレネリアナタノオウチハドコ? ワタシノオウチハスイッスランドヨォ。
地球の果てまでもつづいていくかのような灰色の壁にチョークの白い線が伸びていく。
ふーんと、飛鳥ちゃんがいう。
「絵が浮かんでくる気がする。なんかその気持ちわかるな。きっとつらいんだよね。
ジローに、ゴスロリ少女の言葉が聞こえないのは、ジロー自身が遮断してるからでしょ?
でも、なんでだろ? 自分で想像しておきながら、告白を聞こうとしないなんて。なんか後ろめたさ、みたいなのがあるんだよね。罪悪感みたいな?
ジローには、好きな人がいるんだね、きっと。想像の世界でも、自分を厳しく律してるのかな? 相当な自制心だね。
そして、チョークの線。その一本だけ伸びてゆく白いチョークの線は、忍耐を表わしてるんじゃないかな。
たぶん、何かを待ってるんじゃない? その時が来るのを、じっと耐えて待っている。ね、ちがう?」
「そうなの? ははは。自分で言っててわからなかった。面目ない」と京は、ちょっとばつが悪そうに笑った。
「いえいえ。で、それから?」
京は、書棚からたまたま目についた分厚い花の図鑑を開いて眺めた。
アイリスのビロードみたいな紅い花びら。
「そう。やがて…」
「そうだな、それから…」
それからジローが、大通りを渡ってどでかいマンションの脇道をすり抜けていくと、小高い丘の上の原っぱで、ゴスロリ風メイド服の少女がひとり、テーブルに皿を並べていた。
ジローは、「いそしぎ」から「シャレード」に曲を変えながら、少女に近づいていった。時間的には、ブランチ用のはずだろうけれど、なぜか本格的なテーブルセッティング。
少女は、一生懸命やっているのだけれども、何度やっても、ナイフとフォークの数が合わないらしい。ナイフが余ったり、フォークが足りなかったり。
やけを起こした少女は、終いに皿をすべて叩き割ることにしたようで、原っぱの下を走るアスファルトの道路めがけて一枚、また一枚とつぎつぎにフリスビーみたいに皿を投げていく。
赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが、陽光に映えていた。タロウは、そのテーブルのひとつに座り、エアタイプを打ちはじめた。
超ミニを穿いたコケティッシュな女のコたちが、かいがいしく立ち働くオープンカフェの傍らで、ジローは、まるっきり海綿体になったみたいな気分で、平たいプラスチックのスプーンをシャベルに見立て、プルプル震えまくるフジヤマトコゼリーを春を掬うような気持ちで、いじくりまわしながらちんたら食べていた。
ゼスプリのキウイがゼリー宇宙の中空にフリーズしたまま浮かんでいる。
ジローは、それを高度9千メートルの上空から鳥瞰しながら、キウイの種が犬歯の先端で砕かれる様を思い浮かべ、太陽の黒点が爆発し、フレアを放っているのを想像した。
やがて彼は、赤いミニの集団のなかにひとりだけ全身黒尽くめのゴスロリ少女? が混ざっているのにふと気付き、眸を瞠いた。
あのコは、なに? なにか特別な存在なのだろうか。しかし、店内の誰ひとりとして彼女に注目しているものなどいない。
あるいは、ジローだけに彼女は見えているのかもしれなかった。それはちょうどフェリーニの「甘い生活」に出てきたマルチェロと天使の少女のように。
すると彼は俄かに顔をほころばせた。映画では、少女とマルチェロが会話するくだりがあるからだ。
もう完全にマルチェロ気取りの彼は、ゴスロリ少女が自分のテーブルに近づいてくるのを今か今かと待ち構えていた。
だが、現実がスクリーンのなかのようにうまくいくはずもない。トコゼリーも胃の腑に収まったことだしと身支度を整えはじめると、一気にゴスロリ少女への思いが冷めていくのがわかった。
再びジローは、映画のなかの少女に思いを馳せる。
ところが、いかんせんあの少女が現われないのだった。渚で亜麻色の髪を潮風になぶらせながら、水平線を眺める少女は、振り返るとゴスロリ少女に変身してしまうのだ。
彼は、想像力を総動員し、波打ち際にれいの少女を百人並ばせてみた。
そうして、奥から手前へと順にこちらを振り返らせていく。だが、後姿は確かにあの少女なのに、振り返った途端、次々とゴスロリ少女の顔にすりかわってしまう。
これは、いったいなんだろう。てか、単純にオモロイけど……。
業を煮やしたジローは、ついに自分を波打ち際に送り込む。
少女とともに波打ち際に立ち、真っ赤に燃えながら水平線へとゆるゆると沈んでゆく太陽を黙して眺める。
やがて彼は、後ろからそっと少女に目隠しした。
「振り向かないで。きみを絶対捕まえてみせるから」って、もう捕まえてるじゃん!
という声なきツッコミで彼は現実に立ち戻る。
眼前には、ゴスロリ少女。
さかんに何かを訴えている。
けれどもどうしたことか音が聞こえない。
声が出ていないのではないらしい。
彼の耳が聞こえないわけでもない。
ゴスロリ少女は、眼前に見えるのだけれども、ここに存在はしていないかのようだ。
やがて、少女は言葉で伝えることをあきらめて、彼の背中に指で文字を書きはじめた。
好き。
大好き。
少女は、彼の背中にそう書いた。むろん、彼にはその文字がわかったけれども、知らないふりをした。
ジローは、立ち上がりカフェを後にする。そして、もくもくと皿を投げ続けている少女を横目にさらにずんずん歩いていく。
丘をくだり、林を抜けて池に沿って進んでいくと忽然と鉛色した巨大な壁が現われた。
その壁に向かって手を合わせている母親らしき人影がひとつ。なぜまた母親と思えたのかは、わからない。
その華奢な背中の肩越しに、鰯雲が流れていく。壁の向こう側にはなにがあるのだろうか。
ジローは、チョークで線をひきながら壁づたいに歩く。エアトロンボーンが歌いはじめる。
♪オブレネリアナタノオウチハドコ? ワタシノオウチハスイッスランドヨォ。
地球の果てまでもつづいていくかのような灰色の壁にチョークの白い線が伸びていく。
ふーんと、飛鳥ちゃんがいう。
「絵が浮かんでくる気がする。なんかその気持ちわかるな。きっとつらいんだよね。
ジローに、ゴスロリ少女の言葉が聞こえないのは、ジロー自身が遮断してるからでしょ?
でも、なんでだろ? 自分で想像しておきながら、告白を聞こうとしないなんて。なんか後ろめたさ、みたいなのがあるんだよね。罪悪感みたいな?
ジローには、好きな人がいるんだね、きっと。想像の世界でも、自分を厳しく律してるのかな? 相当な自制心だね。
そして、チョークの線。その一本だけ伸びてゆく白いチョークの線は、忍耐を表わしてるんじゃないかな。
たぶん、何かを待ってるんじゃない? その時が来るのを、じっと耐えて待っている。ね、ちがう?」
「そうなの? ははは。自分で言っててわからなかった。面目ない」と京は、ちょっとばつが悪そうに笑った。
「いえいえ。で、それから?」
京は、書棚からたまたま目についた分厚い花の図鑑を開いて眺めた。
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