花散る男女

トリヤマケイ

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第2部 名古屋編

🎵1 幼なじみ

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   レイは星がひとつも見えない街で生まれた。まあ、それは言葉の綾だが、海は空を映しているから青いというけれど灰色の空の下では海もグレーに染まってしまうのだろうか。








   きのう、水樹に別れてほしいと言われた時、レイは目の前が真っ暗になった。水樹はレイの昏い心に一点だけ光り輝くシリウスのような存在だったからだ。 









   水樹はアイドルになりたいといい、なので自分は東京に行かなくてはならないと言った。









  そして、さらにそのためにはファンを裏切らないように今夜限りで自分と別れてほしいというのだった。










   レイは何と答えていいのかわからなかった。ただ身体が小刻みに震えるばかりで言葉が出て来ない。











   アイドルになりたいから、別れろ?   あまりにも理不尽にすぎるのではないか。まだ会ったこともない、いや、出来るかもわからない未来のファンの為に、交際相手をバッサリと切り捨てる、切り捨てられるアイドルという生き物にレイは恐怖した。









  レイは、袈裟斬りでザックリと切られた肩口から血が吹き出すような激痛に全身を貫かれていたが、なんとかやっと気を取り直し反撃を試みようとした。










「そんなん黙ってればいいじゃん、遠隔だし会うのは我慢する。それにまさかアイドル三十過ぎてもやらないだろ?   なら俺、水樹がアイドル卒業するまで待つから」そんな台詞が咽喉もとまで込み上げてきた。











   それを押しとどめて、レイはこう言った。











「水樹のそんな真面目な性格が好きだけれど、別れる必要はないような気がする。夢を応援したいけど。そんなに多くの人にチヤホヤされたいの?」











    しかし、水樹の気持ちは鋼のように揺らがないらしい。












「私、チヤホヤされたいからアイドルになりたいんじゃない。みんなを笑顔にしたい。その自分の気持ちに嘘はつきたくはないの。そして、もし、ほんとうにアイドルになれたとしたら絶対にファンを裏切りたくはないの。面白がるだけの無責任でアホなPの強力な後押しもあって結婚します宣言を総選挙でやったり、アイドルだっていろいろあるんだよ!   で開き直るクソアイドルなんてアイドルじゃない!」














「水樹それはそうなんだけどアイドルだってやっぱタダのヒトじゃん、そんな清廉潔白な子なんていないよ?  みんな恋人がいたり、それも二股だったり不倫したり既婚者だったり実は妊娠したりしてる子がほとんどなんだよ。だってさ並外れて綺麗な子ばかりなんだから目立つしモテるし、男が群がるからね。だから妊娠しとく東京行く前に?」












   水樹の怒気を含んだ物言いに、レイも感化されたようにそう一気にまくしたてた。









  すると、水樹は間髪を入れず思い切りレイをビンタした。












「ふざけないで!  アイドルは、天使みたいなものなのよ。妊娠してる天使なんて見たことある?   ないでしょ?   妊娠なんかしたら、空を飛べないじゃん。そんな薄汚い天使は存在しないの」










   レイは、ジーンと痛む頰を撫でさすりながら全然関係ないことを考えていた。










   陸軍中野学校の訓練時に、何か教官の気に食わない余計な一言をポロリとこぼしてしまい、前に立たれて歯をくいしばれ! と命令されるやいなや、横に吹っ飛びそうな強烈なビンタをもらった一兵卒という設定の自分が、何やら気にいっていた。












   軍隊自体は大嫌いだし陸軍中野学校がなんの学校なのかよくは知らないけれど。











   しかし、頰の痛みが確実にレイの中の何かにスイッチを入れてしまったようだ。












   レイは、まずいぞこれはと思いながらも、まだ冷静な判断ができる自分が怒りを抑え込められるだろうと高を括っていた。








  だが、一旦喋りだしたら怒りという感情にやすやすと飲み込まれていく自分がわかった。









「いいかい水樹、芸能界って本当に怖いところなんだ。売れてる子はほんの一握りに過ぎず、売れない子は政治家とかのお偉い先生方や大企業の重役さんの接待要員として肉体労働させられるなんていうのが日常茶飯事の世界なんだ。夢見ることは大切なことだけれど、その夢にかまけすぎないようにね」 












   レイは、これでも精一杯オブラートに包んで言ったつもりだったし、声を荒げてしまうことだけは、なんとか踏みとどまった。その名状すべからざる怒りは、哀しみから来ていた。










   確かに今は水樹も自分の歌やダンスで人々を笑顔にしたいと思っているのだろうけれど、やがては、そんな初心は忘れて承認欲求のモンスターになっていくのだろうと思えて仕方なく、それが悲しくて仕方ないのだった。個人差はあるのだろうが、普通に結婚するのが一番幸せなんじゃないのかと、レイには思えてならなかった。










   なんにせよ、水樹の人生で一番瑞々しく美しい時間をヲタクたちに捧げるようで、悔しくてたまらなかった。








    恋人である自分が綺麗な水樹を独占して何が悪いんだろう。それほどヲタクたちを救うことは、世界を救うことと同義のように重要なのだろうか。












   その見返りに水樹は何を得るのだろう。そんな見返りを求める水樹ではないとわかってはいるし、やがて歳を重ねアイドルを卒業する時後悔することになると決まっているわけでもないが、レイとしては心配でならないのだった。













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