花散る男女

トリヤマケイ

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第2部 名古屋編

🎵17 面壁九年

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   その日、レイは、ちょっと凹むような出来事があって、公園で拾った競馬新聞を逆さまにして判読していた。

   こうすると右脳が鍛えられるらしい。右脳は幸せになるための脳なのだ。

   それから、ゲーセンに行った。そして、クレーンゲームをして、へらへらしていたらモデルをやらないかと不意に言われた。

    女の子ならば、アイドルやモデルをやらないかという勧誘は、売れない場合、アイドル→グラドル→AV→キャバ嬢→ソープとかいう、おきまりの流れになるんだろうが、いちおうレイは男子だし、多少の胡散臭さもあったが、ヒマだから事務所に行くことにした。

   そして、書類を書いて登録用の写真を撮ったら、モデルの仕事とは別にバイトをやらないかと言われた。

「動画なんだけどどう? 」
「いいですよ、いつですか? 」
「これからすぐ」

   というわけで別な部屋に通された。
   
 やがてDだかカメラマンが入ってくると「これからHしてもらうから。相手はJK。ただし仏心とか出さないように。借金のカタでやるんだからあっちもわかってる」

「え!」とレイ。

   すると、女子が入ってきた。マジヤバイくらい可愛い。コスプレーヤーという職業もあることを最近レイは知ったが、TVで観たそのコスプレヤーのえなこに少し似ていた。

 ソファにふたりで座らされる。Dは黙ってキューを出した。カメラが回りはじめる。

   レイは何か話さなきゃと思いながらも、なんにも言葉が出てこない。覚悟を決めていたのか、JKは理解を超えた不可思議な笑みを浮かべた。いわゆるモナリザの微笑みってやつだ。

    これにはマジに困った。泣き出しそうな顔をしているのはレイの方だったかもしれない。とにかくレイは一刻も早くこの場から消えてなくなりたかった。

    そしたら、窮鼠猫を噛むみたいに、不意に異世界転生して女子にトランスしてた。

 みたいにはならなかった。

   で、結局役立たずのレイは、その場でデルモの仕事ももらえなくなった。おとといきやがれということらしい。

   こちらも願い下げだ。カメラの前でおちんちんしゃぶらせるなんて、どんだけ神経鈍いんだ。ていうか、麻痺しているのか、或いは神経などというもの自体ないのかもしれないとレイは思った。

   そして、その帰りだった、レイが羊飼いに会ったのは。レイは街中でアルペン帽を被った彼とすれ違った。

   むろん、羊は連れてはいなかったし、何故また彼を羊飼いと思ったのかレイにもわからない。ただ、何か惹かれるものがあり、咄嗟に彼の後を追っていった。

   陽気な感じで揺れながらゆっくりと離れていくその帽子を見送りつつ、もともとはどんな色だったのか見当もつかないくらい色褪せ、ところどころ擦り切れているアルペン帽を被った彼と話がしてみたいと唐突に思った。

    なぜなのかまったくわからない。わからないが、そうだったのだから仕方ない。レイが見知らぬ人に声をかけるなどという行為は、レア中のレアだ。今思えば、人生において一度あるかないかの運命的な出会いを感じたということなのかもしれない。

   とにかくレイは彼から、あることないこと虚々実々な様々な話を聞いた。寡黙なはずの彼もレイには話し易かったのかもしれない。

   レイ自身も、自分が何か普通の人とは違うところがあるのかもしれないと思うことがしばしばあったが、これほど話をしてみたいという人物に出会ったことはなかった。

   インディアン嘘つかない、のインディアンの亡霊がケモノの姿となって蘇ってくるのをマニトウというらしいことも彼に聞いた。

「知ってるかな?   ラフマニノフでもなければマニフェストでもない、マニトウだ。なにやらメタルのバンドにありそうだよね」

   そういえば、片目をつむり舌を出した被り物をしているのはマニトウだとも言っていた。

   その時はマニトウがいったいなんなのかまったく知らなかったが、いわゆる亡霊というやつだから、むろん往生できない理由があるわけで、いろいろな怨みや無念さを晴らしたいというのがあるんだろう、とレイはそう理解した。

「つまり、その執着によって自らを貶め救われることのないようにしてしまっている。

   怨みや無念を晴らせば救われるどころかますます罪を重ねるだけだということに気づけないのだから仕方がないが、覚るまでは苦しまなければならない。つまり覚る苦しみによって穢れを払拭するわけだ。 

   そのシステムは、もうだいぶ前から人類には知らされてあった。バラモン行者がそれだ。あえて苦しみの渦中へと身を置く。針の山に座るだとか、一日中逆立ちするとか、とにかくありとあらゆる責め苦で身体を痛めつける難行苦行が波羅門の掟だ。知らんけど。

   あの誰もが知っているダルマもそのひとり。座禅したまま面壁九年。嵩山少林寺の裏山の洞窟で壁だけを見つめる面壁黙座を己れに課した。普通の人なら先ず気が触れてしまうだろう、確実に。だから立てなくてダルマと呼ばれたらしいよ?

 ちなみに座禅は戒律とともに仏教の修行の基本中の基本であり、どの宗派であってもやっていたけれど、禅のみを重視する宗派が現れた。それが、禅宗であり達磨がその始祖と言われているらしい。
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