花散る男女

トリヤマケイ

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第2部 名古屋編

🎵19 赤坂卍ジロー、タキオンゼルロペを語る①

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 そして、レイは紹介された人物、赤坂卍ジローに会い、話を聞いたのだった。

 というのも、レイが是非ともお話がしたいというと、すぐさま羊飼いはLINEだかメールして、10分も経たないうちに赤坂卍ジロー本人に対面できたのだった。

 

 むかしむかし、そのまたむかしのむかしむかし。

 とある村にタキオンゼルロペというホモセクシャルな男の子がいました。

 赤坂卍ジローは、挨拶もそこそこに立板に水の如く、講談師も真っ青の弁舌で滔々とまくし立てるのだった。

 レイは、兎にも角にもヒントを得ようと溺れるものは藁をも掴む想いで、一言一句聞き逃すまいと一生懸命、奇想天外な話を聞いていた。

 タキオンゼルロペは、誰にも理解されない自分のホモセクシャルな性癖を悔やみに悔やんで、とうとう恋人のヤンと駈け落ちする約束をしたのでしたが、駆け落ちの当日、ヤンはいつまでたっても約束の場所には現れませんでした。

 文字通り途方に暮れたタキオンゼルロペは、一緒に連れてきた愛犬のノアにこんなことを言うのでした。

「ノア、ぼくはもう生きてゆく気力がない。いっそのことあの谷底に落ちて死んでしまった方が生きていることよりも辛くないのではないかなどと思うんだよ。

 なぜぼくたちは愛し合っているのに男同士だからという理由で後ろ指を差されなければいけないんだろう。

 いや、もういい。どうだっていい。とにかくぼくはもう何も考えたくはない。くたびれてしまったんだ、心底この人生に。さあ、ノア死出の旅路の門出に何かおまえたち誇り高き一族の歌でも歌っておくれ」

 するとノアは、グルルルルと唸ったかと思うと、前足を揃え顔を見事な満月にまっすぐ向けて、朗々と歌うように吠えはじめました。

 ノアという名前はあのノアの方舟からとった名でしたが、輝く素晴らしいシルバーグレーの毛並みを誇るアフガンハウンドでした。今、その彼が崖っぷちに立つロンリーウルフのように遠吠えをはじめたのです。

 高く低くワォーン、ワォーンとノアはひとしきり遠吠えすると、今度は、声をひそめて詩を朗読するように、あるいは歌を歌うように語りはじめました。

 驚いたことにノアは主人であるタキオンゼルロペを勇気づけるために、人語を流暢に話し始めたのです。

 バウワウ!

 プラトンの「饗宴」のなかで、アリストファネスという喜劇作家がなかなか面白いことを言っていたのを思い出しましたよ。

 それは神話らしいのですが、もともと人間というのは、個の存在ではなく、コインの表と裏のように、ふたりでひとつだった、というのですね。

   つまり、その組み合わせは、男と女はむろんのこと、男と男・女と女の三つのパターンがあるわけですが、この三種類のいわゆるヒトは、とても強くまた賢く、神様をも凌駕するほどの存在になってゆき、そこで出る釘は打たれるというわけで、デウスさまから鉄槌を下されまっぷたつにされてしまうのです。
 

   それで、ヒトは失った半身を求め続けるということらしいのです。

   つまり、男女の組合せだったならば、男は女を求めるし、女も男を求める。

 男男だったならば、男性を、女女だったならば女性の半身をそれぞれ希求し続けるということのようなんです。バウワウ。

 そして、それっきりノアは口を閉じて地面にぺたりと腹ばいになったまま、もう顔を上げようともしませんでした。







 なぜまた、この絶対絶命のシーンで悠長にこんなことを思い出したのか、わけがわからない。それは、赤坂卍ジローが、かつて観たお芝居のワンシーンだった。


 赤坂卍ジローはいま、巨大な乳房がキャミソールからはみ出したバケモノ、顔はアイドル並みの美少女、首から下は熟れきったパイナップルが幾つも連なっているような鱗に被われた大蛇のギラギラしていながらもヌメヌメしている視線から、蛇に見込まれた蛙のように、足がすくんで逃げられないのだった。


 谷底からは、生ぬるく血生臭い風が、赤坂卍ジローの襟足を這いあがり、和毛を震わせた。


 見下ろせば千尋の谷には、びっしりと蒼白い燐光を放つキノコのようなものが生えている。赤坂卍ジローはチェレンコフ光を思い出した。


 その絶壁の谷を背にしながら、赤坂卍ジローは、とうとう行き詰ってしまったと観念するほかなかった。もう逃げる場所はない。

 冷や汗が伝う背中はもう悪寒がしてガタガタと震えはじめる、その一歩手前まで来ていた。

 だから、テクマクマヤコンとかバルス! だとか、あのくたらさんみゃくさんぼだいとか、エコエコアザラクとか知っている限りの呪文を唱えながら遮二無二異世界転生を祈った。この場からとにかく煙りのように消えてなくなりたかった。

   だが、その絶対絶命の危機を乗り越えるべくアドレナリンだかドーパミンが奇跡のように分泌したのだろうか、ジローは頭の中で何かがスパークした気がした。

   自分でも聞いたこともない、わけのわからない言葉が脳裏を駆け巡り、堰き止められていた奔流が出口を求めて間欠泉みたいに噴出するように霊的なエネルギーが一気に言葉となって、迸り出るかと思われた。

 だが、赤坂ジローは全知全能たる神に変身したり、ゴイスーな誰かを召喚できたわけでもなく、グングンと昇りつめてきたエクスタシーは、爆発することのないまま、何これ?  的な貧弱な内容、ぶっちゃけると気の抜けたような、すかしっぺで終わってしまった。しかし確かに爆発を予兆する本気汁は間違いなく出ていたにもかかわらず爆発寸前で寸止めされたような、異様な疼痛を覚えた。


 顔だけ超絶美少女の、ニンフォマニア的バケモノは、こう言った。

「ワロタ。気の抜けたサイダーみたいな顔してるよ、おまえ。ついでに何か面白い話でもしてくれない?  それが、もし本当に面白かったならば、命は助けてやってもいい。おまえどうせ、うまくはなさそうだしな。ケケケケ」

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