短編集

希紫瑠音

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素直になれない恋心

灰_青葉(2)

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 引き止める事も、頑張れという言葉もかけられず、よりによって本人を目の前に妄想なんてなんて。

 自分が情けないくて、落ち込むばかりだ。

 結局、彼が病院を去る時も声を掛ける事が出来ず、彼を想いながら酒を飲む日々だ。

 看護士が噂をしているのを耳にした。

 院長が「町医者になるために育ててきたのではない」と言っていたそうだ。 

 自分の父親と折り合いが悪く、見た目を気にする院長と兄弟は恥だと彼を罵ったのだ。

 誰も彼の味方ではない。それを知ると、余計に、あの時声を掛けてやればよかったと後悔する。

 だが、その言い合いを聞いていた看護士が、

『俺は、患者、一人一人に寄り添う町医者としての祖父を尊敬してます』

 と、優成がいった時、よくぞ言ったと頑張れと思ったと口にした。

 そうだ。

 今からでも遅くはない。

 彼に会いに行こうと、その時は酒の力もあり、素直に彼の元へと足を向ける。

 ただ、その日は酒を飲み過ぎていた様で、途中から覚えていなかった。

 気がつけば診療所で寝ており、机に伏せて寝る優成の姿が目の前にあった。

 目の前に居る事が信じられず、だが、久しぶりにその姿を見ることが出来て嬉しかった。

 彼の項を撫でる。

 ここにキスをしたい、そんな衝動に駆られて頭を振るう。

 やはり優成を目の前にすると触れたくなる。

 きちんと告白して、了承を得てからでなければ駄目だと気持ちを押さえて、寝ている彼を抱き上げる。

 自分の寝ていた場所へと彼を寝かせて、かわりに自分は優成の居た場所に座る。

 デスクの上には医学書があり、沢山の書き込みがある。自分が優成に教え込んだものであった。

 今でもそれを読んでいる。それが更に愛おしい想いへとさせた。

「君って子は……」

 寝ていることを良い事に、そっと唇にキスをする。

 もっとこの距離を縮めたい。彼の傍に居たいと強く思った。



 優成には、

「君が親に逆らってまでここを継いだ事には意味があるのだろう?」

 と、それが知りたいと言った。

 きっとそれを知れば、優成との距離がもっと近づく。それに、傍に居る事も出来るからだ。

 少し強引だと思ったが、優成は自分を受け入れてくれた。

 しかも飯まで食わせてくれるという。

 彼の作る食事は家庭的で、とても暖かい。そして優しさも感じるとても美味しいものだ。

 診療所へと行くまでの間、家事をする優成を眺めながら膝の上のアオを撫でる。

 どうやら気に入ってもらえたよで、膝の腕ゴロゴロと鳴いている。

「妬いちゃうな」

 隣に座りアオを撫でる。

 自然と近づく、この雰囲気がたまらなく良い。

 アオでなく優成を撫でたい。

 彼女のように可愛い声で鳴いて甘えてくれるだろうか。

「優成」

 顔を近づければ、ふっと笑みを浮かべる。

「さ、そろそろ先生も病院に行かないと。今日は診察日でしょ」

 シフトを覚えていてくれているのか。

 そんな些細なことまでもが嬉しい。これは重傷だろう。

「あぁ」
「明日、待っているから」

 じっと見つめる目には、本当に良いのかといっている。

 青葉は優成の髪を掻きまぜ、

「時間までにちゃんと来るから。白衣を用意して待っていてくれ」

 と手を離す。

「うん。じいちゃんのだけど、良い?」
「あぁ。大先輩のをかして頂けるなんて光栄だ」

 そう冗談交じりに言えば、意外だという目を向けた後に笑顔を見せる。

 それが可愛くてムラッとするが、そこは我慢して起ちあがり玄関へと向かう。

「じゃぁ、また明日」
「うん。いってらっしゃい」

 アオを抱き上げて手を振る優成に、心臓を打ち抜かれ、朝からふらふらになりながら病院へと向かう。

 ガラス越しに写る自分の姿に、これでは自分がまるで病人のようだなと、苦笑いを浮かべた。
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