伯爵家の美しきバラと可愛い小鳥

希紫瑠音

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秘密の会話 2

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「あの素晴らしい刺繍は君の作品だよな」

 刺繍、そう言ったのか?

 ヴェルネルの心臓が煩いくらいに騒ぎ、サーと血の気が失せた。足に力が入らず地面にぺたりと座り込んだ。

「大丈夫か」

 彼の手が腕をつかんで簡単に引っ張り上げられた。なんて力強いのだろう。いくら木の枝のようでも男なのだ。

「どうして」

 だが今はそれ所ではない。知られてはいけないことを知られてしまったのだから。

 軽蔑される。男が刺繍をしていることに。

 お仕置きされる。今までよりも酷い扱いをされるだろう。

「お願いです。そのことは知らないことにしていただけませんか」

 体の震えが止まらない。またくずれてしまいそうになったが、セルジュの腕が支えてくれる。

「どうした、何をそんなに恐れているのだ」
「私には刺繍しかないのです」

 虐げられていることを話し、そのことがバレてしまったらと思うと言えなくて、そちらのことは伏せておいた。

「君が私生児だから、刺繍をすることを軽蔑されると思って?」
「それも知っているのですか」

 家の者は誰も口にしないはず。使用人が口を滑らせたのか。

 どちらにしてもデニスに知られたらおしまいだ。

「どうか、どうか、秘密にしておいてくださいませ」
「わかった。なぁ、伯爵家から逃げ出したくはないか」
「ここから、逃げる……」

 そんなことができるのか。

 じつはここに連れてこられてから一度逃げ出そうとしたことがある。だがすぐに捕まって三日間食事を抜かれ鞭で叩かれた。そんなことがあって、逃げるのを諦めてしまったのだ。

「そうだ。ヴェルネルが手を貸してくれるのなら、俺が君を連れ出そう」
「ほんとう、ですか」

 セルジュならヴェルネルを連れ出すことができるだろう。デニスが何かを言ってきたとしてもうまく話をつけてくれそうだ。

「あぁ。どうだ」

 手を差し出して答えを待つセルジュに、

「私は何をすれば」

 ヴェルネルはその手にそっと触れると、セルジュがニィと口角を上げた。

「なぁに、彼女たちの課題を手伝ってやればいいだけだ。同じ図案を手渡したから」
「わかりました」

 きっと姉妹からは刺繍をするように言われるだろう。だが今回は同じ図案。仕上がりは同じになってしまう。それにどちらかを選ぶように言われても無理なことも解るだろう。その後は自分たちでどうにかするしかないのだから。





 ふたりが何を話しているのか気になっているのだろう。先ほどから互いの侍女が様子を伺いにきていた。

 ただ、邪魔をしようものなら少し離れた場所にたっているセルジュの側近が何かを話し、使用人たちは帰っていく。

「どうやら俺たちの会話が気になるようだな」

 その通りだろう。知られたら間違いなく縁が切れてしまうから。だが既に知られてしまっているのだが。

「そろそろ戻るとしよう」
「はい」

 屋敷の中へと戻るとセルジュは姉妹に誘われてお茶をしに、ヴェルネルはデニスに連れていかれた。

「おい、セルジュ様とは何の話をしたんだ。余計な話はしていないだろうな」
「庭の案内を頼まれただけです。庭師だと思われていたので」

 あの場所で話したことは二人の秘密、けして知られてはいけないことだ。

「それならいい。部屋に戻っていろ」
「はい」

 頭をさげて部屋を後にした。
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