甘える君は可愛い

希紫瑠音

文字の大きさ
2 / 59
年下ワンコとご主人様

1・波多

しおりを挟む
 この頃、波多翔真波多はたしょうまにはお気に入りの喫茶店がある。

 オーナーである江藤えとうは自分よりも二つ上の三十二歳。

 彼から直接聞いたわけではないが、波多と同類だろう。それについては何となく気が付いてしまうもので、きっと彼も同じだと思う。

 彼の傍はとても癒され、もしも彼にパートナーがいないのなら立候補したいと思い、まずは近づくことからと名前を聞きだしたのはつい最近だ。

 名前は知っていても、まだ二人は喫茶店のオーナーとその客という間柄でしかない。

 それでも、あきらかに交わす会話は増えてきた。

「波多さん、そろそろ会社に戻らないと駄目じゃないですか?」
「あぁ、もうそんな時間か」

 ニッコリと微笑む彼に、名残惜しいが席を立つ。

「また来ますね」
「お待ちしております」

 その言葉に浮かれつつ、店を出て会社へと戻っていった。

 だが、彼に告白するまもなく失恋をしてしまった。

 次の日、いつものように喫茶店へと向かったのだが、カウンター席には江藤と親しげに話をする男がおり、しかも互いを見る目は明らかに恋をしているというような色を持つ。

 あぁ、既に恋人がいるのか。

 江藤のもつ雰囲気に惹かれたのは自分だけではなかったのだ。

 相手がいたのは残念だが、江藤の事は良いなと思った程度なので傷は浅い。これからは心を癒すために喫茶店へ通おう。

「波多さん、いらっしゃい」
「こんにちは。珈琲お願いします」
「畏まりました」

 カウンターから少し離れたテーブル席に腰をおろし、スマートフォンを取り出す。

 いつもは江藤と話をしているのだが、今日は珈琲が運ばれてくるまで仕事をしていよう。

 メールのチェックを始めた所で、ドアベルが来客を告げる。

「いらっしゃいませ」

 江藤の声の後に、

「波多さん、見つけましたよ」

 と声を掛けられ。その声は嫌というほど聞き覚えがあり、そこには後輩の久世大輝くぜだいきが笑顔で席へと近寄ってきた。

 あぁ、嫌な奴に見つかった。社内にいると久世が鬱陶しいので出来るだけ外に出るようにしていた。で、見つけたのがこの喫茶店だったのに。

 話す二人のタイミングを見計らい、

「何かご注文がございましたらお声かけくださいね」

 と江藤が声を掛けてよこす。

「はい! あ、ここって何か食べるものはありますか?」
「平日のみ、お昼のパンサービスをやっているのですが、今日はもう終わってしまいました」

 目立つところに「お昼のパンのサービス」の張り紙があり、そこには今日の分は終了しましたの文字がある。

「残念だな。じゃぁ、何か甘い飲み物をお願いします」
「お任せで良いでしょうか?」
「はい、それでお願いします」

 相当、お腹が空いているようで。腹を摩りながらしょんぼりと腰を下ろす。

「そんなに腹が減ってるなら他に行け」

 確か近くに牛丼のチェーン店があったはずだ。

 ここに居て欲しくないのでどうにか追い出そうとするが、

「波多さんが行くなら」

 とじっと見つめられる。

「はっ、俺は行かねぇよ。飯は食ったからな」

 ここに来る前にコンビニのおにぎりを食べてきたので腹は空いていない。なので一人で行けと外を指さす。

「うう、せつない……」

 久世がそう呟いてテーブルに頬をつけ、波多を見上げる。

 ここに会社の女子が居たら可愛いとチヤホヤされるだろうが、波多にはムカつくだけだ。

「お待たせいたしました……、えっと」

 江藤がお盆を手に、困ったとばかりの表情を浮かべている。

「あ、すみません。ここに置いて下さい!」

 それに気が付いた久世があわてて顔を上げてスペースをあけた。

「はい。カフェモカです」

 たっぷりなクリームがのせられたカフェモカに、

「わぁ、クリームがいっぱい。嬉しいです」

 とまるで女子のようにはしゃぐ久世だ。

 そういえばと女子社員からお菓子を貰って喜んでいたっけなと思いだす。

 長身でイケメンな甘党。しかもハイスペックで同僚にも好かれている。波多は久世よりも頭一つ分低く、そして平凡な顔達だ。仕事の面ではまだ辛うじて負けいていないというくらいだが。

「喜んで頂けて良かったです。では、失礼いたします」
「はい。ありがとうございます! では、頂きます」

 見ているだけで胸やけのしそうな甘い飲み物を一口。

「んん、美味しい」

 口元が緩み目がトロンと垂れる。

「今度は一緒に来ましょうね」

 パンも気になりますと、ニッコリと笑う。

 久世の言葉を無視し、波多はブラック珈琲を口にする。

 頬が熱いのは、温かい珈琲のせいだ。膝をつきながら、そう自分に言い聞かせる。

「ほら、さっさと飲め」
「はぁい」

 それでもゆっくりと飲む久世に、波多は自分が珈琲を飲み終わると席を立つ。

「ごちそうさまでした」

 自分の分の伝票を手にし、会計に向かう。

「え、待って」

 あわててカフェモカを飲み干し、伝票を手にする久世。それを放って外へ出た。

「波多さん!!」

 店を飛び出し走ってくるが、波多は足を止める事無く歩き続ける。

 途中でコンビニに寄らないといけない。久世は大飯食らいだ。昼を抜いたと女子社員が知ったらお菓子を手にまとわりついてきそうだし、上司や同僚からは、ちゃんと面倒を見てやれと言われてしまうだろう。

 甘ったれなこの男は、周りにも好かれているのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

処理中です...