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ワンコな部下と冷たい上司
3・松尾
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今の部署へは、寿退社をする女子社員がいたために異動となった。
個々のレベルが非常に高く、無駄なく仕事をこなしていく。ついていけるかと心配もあったが、君なら大丈夫と八潮に送り出された。
異動して初日に杉浦に言われた言葉は、
「松尾君がどんな人でも私には関係ないし、知ろうとも思いません。私が求めるのは与えられた仕事を無駄なくこなすことだけです」
だった。どうやら杉浦は自分の部下に興味がなく、仕事優先の上司らしい。
知ろうと思わないなら知ってもらおう。それが松尾が出した答えであり、しつこく昼食に誘う理由でもあった。
だが、相手は相当つれない。何度誘っても断られるが、それでもめげずに誘い続けた。
ある日、たまたま二人のやりとりを見ていた元部署の上司である八潮が、見かねて口を挟んできた。それが切っ掛けで金曜に一緒に食事をすることになり、杉浦が気に入りそうな店を探すのが日課となりつつある。
雑誌を読んだり、インターネットで評価を見たり、女の子から情報を得たりとしているうちに、誰か誘いたい相手がいるのだなとなり、恋人がいることになってしまった。
相手は誰ですかと聞かれ、杉浦だと素直に口にすればいいのに、嫌がるだろうと秘密だと答えた。
それが余計に周りを騒ぎ立てることになってしまった訳だ。
「貴方、私と行くことは決して口にしないでくださいね」
ミーティングルームに連れて行かれたと思いきや、間近で冷たい目で見られる。
「もしかして、聞こえてました?」
「えぇ。嫌でも耳に入ってしまいますよ。もしも私だとばらしたら、二度と一緒に行きませんから」
「はい」
確かに杉浦と食事に行くことを知られたら、一緒に行きたいと言いだすかもしれない。そんなことになったら一緒に食事をする機会が一生無くなりそうでこわい。
杉浦が誰かと一緒に食事をするのが楽しいと思えるまでは秘密にしておきたい。
金曜日の食事会が続いていることに、八潮は嬉しそうな表情を浮かべる。
他の部署の者まで良く見ている。そういう所が八潮の良い所だ。
「そっか、良かった。杉浦君って仕事第一ってカンジでしょう? ずっと心配していたんだ」
良く知っているような口ぶりだ。しかも八潮に対して杉浦は素直だ。それも気になっていた。
「八潮課長と杉浦課長って同じ部署になったことがありました?」
「うん。僕が今の部署に移る前にね」
「そうだったんですか」
「色々あって、あの子のことがなんだか放っておけなくてね。以前は懐いてくれていたのになぁ」
元々、あまり人と話すようなタイプではなかったらしいが、それでも八潮を頼ってくれていた。だが、結婚をしたのをきに、態度がよそよそしくなったそうだ。
「そうなんですか」
そこであれっと気がつく。そう、これはまるで――。
そんな訳はないと否定するように頭を振るう。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないですよ」
そうだ。結婚をしたから遠慮をしただけだろう。
先輩からよく友人が結婚をして付き合いが悪くなったとか、飲みに行くのを遠慮しているんだという話を良く聞く。
それと一緒だろうと、そう思い直すがいまいち腑に落ちない。
「松尾君」
八潮がいるのに黙り込んでしまい、肩を軽く叩かれて我に返る。
「あ、すみません、ぼっとしちゃって」
「また何かあったら聞かせて」
「はい」
手を上げて自分の部署へと戻る八潮を見送り、自分のデスクへと戻る。
昼の休憩が終わるまで後十分くらいある。だが既に杉浦は仕事を始めており、真面目だなと思いながら松尾も午後からの仕事の準備を始めた。
杉浦の部署へと移動してから、二人きりで残業をするのは初めてだ。
帰っていいと言われたのだが、手伝うといって残った訳だ。
そろそろ仕事も一段落といったところで、
「あと少しで終わるので、松尾君はもう良いですよ。お疲れ様でした」
と帰るように言われた。
「最後まで付き合います」
「結構です」
冷たく言い放ち、こちらを向こうともしない。
その突き放すような態度はいつもの事なのに、今日ばかりは頭に血がのぼり、余計なことを口にしてしまう。
「杉浦課長って、八潮課長のことが好きなんですよね」
その言葉に動揺した姿を見て、やはりそうだったのだと確信する。
「だから、八潮課長の言葉だけは素直に聞くんですね」
「別に、そんなことはありませんよ」
ゾクッとするような冷たい目を向けられる。これは完全に嫌われるやつだ。だが、気持ちは収まらずに言葉となってあふれ出る。
「知ってます? 八潮課長は三木本さんとお付き合いしているの」
その瞬間に見せた目は、今までみせた杉浦の表情の中で一番、人らしいものだった。
射殺すような目つきに武者震いする。
「……貴様」
口調が変わる。嫌われるかもしれないと言うのに、これが本当の杉浦なんだと、それを引き出すことができたことを嬉しく思っている自分がいる。
「同じ男なのに、冷たくて人の心が解らない貴方よりも、目つきが悪くても人を思いやれる三木本さんを八潮課長は選んだんですよ」
「黙れ」
ばしっと乾いた音がし、頬が燃えるように熱い。
それは平手打ちをされたからか、泣きそうなのに強気な目を見せる彼のせいか。
「そんな顔、しないでくださいよ。俺は貴方を苛めたい訳じゃないんですから」
叩いたその手を掴む。
「離せっ」
「人を愛することが出来るのに、どうして会社では他人と関わらない様にしているんです? せめて同じ部署にいる俺達には人らしいところを見せてくださいよ」
顔を近づけて目を覗き込むが、腕を解かれて顔を背けられてしまった。
「いい加減にしてくれ」
「俺、その口調で話す杉浦課長、いいと思いますよ」
「は?」
躊躇う姿まで見ることができた。しかも、敬語で話さないだけで壁まで感じなくなる。
つい、調子に乗って言葉をつづけた。
「ね、今度、部署の皆で飲みに行きましょうよ。皆、貴方と仲良くしたいんです」
その瞬間、人らしい表情が一気に消えてしまう。
「仲良くなる気はありませんので」
手を払われ、帰りなさいときつい声で言われる。
「わかりました。お先に失礼します」
もっと色々な表情を見てやろうと欲張り過ぎた。それでも、以前よりは関係が進展した気がする。
八潮よりも自分の方が杉浦の本性を引き出せただろう。それに優越感を感じたが、すぐに馬鹿だなと呆れる。何をライバル視してムキになっているのだろう。
杉浦を心配だと思う気持ちは同じなのだ。
個々のレベルが非常に高く、無駄なく仕事をこなしていく。ついていけるかと心配もあったが、君なら大丈夫と八潮に送り出された。
異動して初日に杉浦に言われた言葉は、
「松尾君がどんな人でも私には関係ないし、知ろうとも思いません。私が求めるのは与えられた仕事を無駄なくこなすことだけです」
だった。どうやら杉浦は自分の部下に興味がなく、仕事優先の上司らしい。
知ろうと思わないなら知ってもらおう。それが松尾が出した答えであり、しつこく昼食に誘う理由でもあった。
だが、相手は相当つれない。何度誘っても断られるが、それでもめげずに誘い続けた。
ある日、たまたま二人のやりとりを見ていた元部署の上司である八潮が、見かねて口を挟んできた。それが切っ掛けで金曜に一緒に食事をすることになり、杉浦が気に入りそうな店を探すのが日課となりつつある。
雑誌を読んだり、インターネットで評価を見たり、女の子から情報を得たりとしているうちに、誰か誘いたい相手がいるのだなとなり、恋人がいることになってしまった。
相手は誰ですかと聞かれ、杉浦だと素直に口にすればいいのに、嫌がるだろうと秘密だと答えた。
それが余計に周りを騒ぎ立てることになってしまった訳だ。
「貴方、私と行くことは決して口にしないでくださいね」
ミーティングルームに連れて行かれたと思いきや、間近で冷たい目で見られる。
「もしかして、聞こえてました?」
「えぇ。嫌でも耳に入ってしまいますよ。もしも私だとばらしたら、二度と一緒に行きませんから」
「はい」
確かに杉浦と食事に行くことを知られたら、一緒に行きたいと言いだすかもしれない。そんなことになったら一緒に食事をする機会が一生無くなりそうでこわい。
杉浦が誰かと一緒に食事をするのが楽しいと思えるまでは秘密にしておきたい。
金曜日の食事会が続いていることに、八潮は嬉しそうな表情を浮かべる。
他の部署の者まで良く見ている。そういう所が八潮の良い所だ。
「そっか、良かった。杉浦君って仕事第一ってカンジでしょう? ずっと心配していたんだ」
良く知っているような口ぶりだ。しかも八潮に対して杉浦は素直だ。それも気になっていた。
「八潮課長と杉浦課長って同じ部署になったことがありました?」
「うん。僕が今の部署に移る前にね」
「そうだったんですか」
「色々あって、あの子のことがなんだか放っておけなくてね。以前は懐いてくれていたのになぁ」
元々、あまり人と話すようなタイプではなかったらしいが、それでも八潮を頼ってくれていた。だが、結婚をしたのをきに、態度がよそよそしくなったそうだ。
「そうなんですか」
そこであれっと気がつく。そう、これはまるで――。
そんな訳はないと否定するように頭を振るう。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないですよ」
そうだ。結婚をしたから遠慮をしただけだろう。
先輩からよく友人が結婚をして付き合いが悪くなったとか、飲みに行くのを遠慮しているんだという話を良く聞く。
それと一緒だろうと、そう思い直すがいまいち腑に落ちない。
「松尾君」
八潮がいるのに黙り込んでしまい、肩を軽く叩かれて我に返る。
「あ、すみません、ぼっとしちゃって」
「また何かあったら聞かせて」
「はい」
手を上げて自分の部署へと戻る八潮を見送り、自分のデスクへと戻る。
昼の休憩が終わるまで後十分くらいある。だが既に杉浦は仕事を始めており、真面目だなと思いながら松尾も午後からの仕事の準備を始めた。
杉浦の部署へと移動してから、二人きりで残業をするのは初めてだ。
帰っていいと言われたのだが、手伝うといって残った訳だ。
そろそろ仕事も一段落といったところで、
「あと少しで終わるので、松尾君はもう良いですよ。お疲れ様でした」
と帰るように言われた。
「最後まで付き合います」
「結構です」
冷たく言い放ち、こちらを向こうともしない。
その突き放すような態度はいつもの事なのに、今日ばかりは頭に血がのぼり、余計なことを口にしてしまう。
「杉浦課長って、八潮課長のことが好きなんですよね」
その言葉に動揺した姿を見て、やはりそうだったのだと確信する。
「だから、八潮課長の言葉だけは素直に聞くんですね」
「別に、そんなことはありませんよ」
ゾクッとするような冷たい目を向けられる。これは完全に嫌われるやつだ。だが、気持ちは収まらずに言葉となってあふれ出る。
「知ってます? 八潮課長は三木本さんとお付き合いしているの」
その瞬間に見せた目は、今までみせた杉浦の表情の中で一番、人らしいものだった。
射殺すような目つきに武者震いする。
「……貴様」
口調が変わる。嫌われるかもしれないと言うのに、これが本当の杉浦なんだと、それを引き出すことができたことを嬉しく思っている自分がいる。
「同じ男なのに、冷たくて人の心が解らない貴方よりも、目つきが悪くても人を思いやれる三木本さんを八潮課長は選んだんですよ」
「黙れ」
ばしっと乾いた音がし、頬が燃えるように熱い。
それは平手打ちをされたからか、泣きそうなのに強気な目を見せる彼のせいか。
「そんな顔、しないでくださいよ。俺は貴方を苛めたい訳じゃないんですから」
叩いたその手を掴む。
「離せっ」
「人を愛することが出来るのに、どうして会社では他人と関わらない様にしているんです? せめて同じ部署にいる俺達には人らしいところを見せてくださいよ」
顔を近づけて目を覗き込むが、腕を解かれて顔を背けられてしまった。
「いい加減にしてくれ」
「俺、その口調で話す杉浦課長、いいと思いますよ」
「は?」
躊躇う姿まで見ることができた。しかも、敬語で話さないだけで壁まで感じなくなる。
つい、調子に乗って言葉をつづけた。
「ね、今度、部署の皆で飲みに行きましょうよ。皆、貴方と仲良くしたいんです」
その瞬間、人らしい表情が一気に消えてしまう。
「仲良くなる気はありませんので」
手を払われ、帰りなさいときつい声で言われる。
「わかりました。お先に失礼します」
もっと色々な表情を見てやろうと欲張り過ぎた。それでも、以前よりは関係が進展した気がする。
八潮よりも自分の方が杉浦の本性を引き出せただろう。それに優越感を感じたが、すぐに馬鹿だなと呆れる。何をライバル視してムキになっているのだろう。
杉浦を心配だと思う気持ちは同じなのだ。
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