【完結】あなたは僕のお父さんですか?

ちょー子

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 財布と携帯だけ掴んで家を出たその足でバスに乗り込み、来栖の家へ向かった。あらかじめ連絡していたとはいえ、急な来訪であることには変わらない。にもかかわらず、来栖は特に何も言わずに家にあげてくれた。
「何かあったの?」
 ずいぶん経った頃に、来栖が静かに切り出した。
「お母さんに、来栖さんともう会っちゃだめだって言われました」
 来栖は一瞬、表情をなくしたが、あぁ、うん。とあいまいに頷いた。反応が薄い。
「まぁ、反対するだろうね」
「どうしてですか」
「昔、私が麻衣を深く傷つけたから」
 それ以上、来栖からの言及はない。じれったくなって春馬は追究した。
「来栖さん、お母さんと何かあったんですか」
 母親の動揺っぷりといい、抜き差しならない間柄であることは伺えた。
 もしかしたら来栖と母親はかつて恋人同士だったのではないかと。そんな予感がして胸がざわつく。
「来栖さんはお母さんのことが好きだったの?つきあってたの?」
「あの子のことは今でも愛しているよ。私の生きがいそのものだったから」
 生きがいの一言が春馬には重く感じられた。少なくとも一時の間、麻衣の存在が来栖の生きる理由だったのだ。それほどの存在に昨日今日出会ったばかりの自分がかなうわけがない。
「あの子は静香の大切な忘れ形見だから。今でも妹みたいなものだと思ってる」
 ―――妹。
 その単語はある意味、最も恋愛感情から遠いポジションの代名詞であると春馬は認識している。つまり母親との間に恋愛感情はなかったということ?
「それで、君はどうしたい?」
 もう会うのやめる?という問いかけに嫌です、ときっぱり答えた。
「わかった。なら私が麻衣と話そう」
「それも嫌だ。やめて」
 わがままだという来栖の声が聞こえてきそうだった。
 母親に会うことで彼女に対する情が戻ってきてしまうようで嫌だった。
 あのとき、母は何と言おうとしたのだろう。

 ―――あの人は、あなたの
 わからないながらもそのあとが何となく予測できてしまうことが恐ろしかった。

 あなたは僕のお父さんですか?

 けれども直接聞いてしまったら、いよいよ逃げ場がなくなってしまう気がして、その一言がどうしても切り出せなかった。

    *
 
 来栖邸の玄関先に佇んだまま、越智和彦はしばし途方に暮れた。チャイムを鳴らしてみたものの一向に主が出てこず、しかして練習の時間は近づいている。本人が作業中であったり、意識して耳を塞いでいたりすることはままあることなので、合鍵を渡されている。やましい心はないが、これを使うときはどうも気が引ける。鍵を開けてリビングに向かうと人気はなかった。ギターをソファに置き寝室へ向かう。ノックしてドアを開けると、ベッドの上に横たわる二つの姿が目に飛び込んできた。眠る春馬の頭部を、来栖が包み込むように抱いて眠っている。
 寄り添いあい眠る姿は幸せそうでいて、ひどく切ない。
 そしてどことなく不吉。
 深く陰影を落とし血の気の失せた寝顔を見ているうちに、ぞわぞわとした予感が湧き上がってきた。
 生きているのか?
「・・・来栖、さん?来栖さんっ!」
 あわただしく室内に入り、来栖を叩き起こすと鈍い反応が返ってきた。しかし先に覚醒したのは春馬だった。
「越智さん?」
「・・・あっ春馬君?もう、驚いたよ。心中でもしたのかと思って・・・」
 越智は一気に脱力した。目覚める気配のない来栖を心配そうに見下ろす春馬に越智は「大丈夫」と声をかけた。
「もともと眠りの浅い人なんだけどね。時々、10時間コースで昏々と眠り続けることがある。こうなると何をやっても起きないんだ」
「そうなんですね」
 まだ少し不安げに来栖の寝顔をのぞき込む春馬の横顔が妙に艶を帯びて見えた。来栖の額にうっすらと浮き上がった汗をぬぐい、髪をかきあげる。その何気ない動作一つとっても並々ならぬ情がこもっているようで越智はなんだかまともに見ていられなかった。

 3時間後、豚汁とおにぎりを持って寝室に向かうと、来栖はベッドの上に起き上がり、だるそうに頭を抱えていた。
「なんか食えそうですか」
「いらん。・・・風呂入る」
「あれ?いいんですか?じゃあもらいますよ?春馬君お手製のおにぎり」
 いただきます。と来栖は態度を改めた。
「何があったんですか。春馬君、心配してましたよ」
「うん。・・・あの子、私の息子のような気がしてきた」
「あら、そうなんですか。よかったですねぇ」
 それくらい可愛い存在ということなのだろうと越智は解釈した。
 実際、春馬と出会ってから来栖は生き生きとしている。人生にハリと潤いをもたらしてくれる存在が必要だったのだろう。
「あの子のハンドルネーム、覚えてる?」
「えー、なんでしたっけ」
「『有栖』。女の子だったら有栖ってつける予定だったんだって」
 有無の有に来栖の栖。
「私はね、18年前に一度、あの子の母親を抱いたことがあるんだよ」
 ほんの世間話くらいの心構えで聞いていた越智は、軽く鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。来栖が何を伝えようとしているのか。直前の会話と照らし合わせてみても答えは一つしか出てこないじゃないか。
 春馬。あの子も確か17か18歳そこらだ。時期的にも合っているんじゃないのか。つまりそういうことなんじゃないのか。
 考えるまでもなく来栖と春馬が親子であることを暗に示唆しているんじゃないのか。
「知ってたんですか」
「途中からなんとなくそんな気がしてたよ」
「なんとなくって。思い当たる節はあるわけでしょう?確認しなかったんですか?!」
「麻衣から電話があって知ったよ。子供ができたの、あなたの子よって」
 地雷臭ハンパない言葉のチョイスに越智は戦慄した。わが身に置き換えてみるとさらに恐ろしさ倍増。
「とりあえず会って話しましょうってことになったんだけど、後日、旦那さんから間違いなく俺たちの子でしたって連絡がきたよ」
「それ、書類とか確認しました?」
「してない」
「そこ重要だろ?!詰めが甘ぇんだよ!わかってる?自分の立場。これが世間に知れたら大醜聞スキャンダルもいいところですよ!」
「そこまで有名じゃないし。私に隠し子がいたところで「へぇ、そうなんだ?」で流される話だよ」
「そうかもしれんけど。いやそんな問題じゃなくてですね」
 ちょっと頭に血が上りすぎたので一呼吸、空けた。
「いや、最初からおかしいと思ったんですよ。行きつけの喫茶店で出会った子がたまたま広瀬静香の孫なんてことある?もしかして隠し子なんじゃないのって。でもそれだけはないって信じてた・・・、アレ?」
 そう、それだけはないと確信していた。この人は長年、EDを患っているから。過去の出来事が原因で勃たなくなったことは本人の口から聞いて知っていた。実際に手でしても口でしても挿入れてもその逆も試してみたが駄目だった。具体的に何があったのかまでは、本人が頑なに話そうとしないので知らないけれども。
「・・・そもそもできたんですか?」
 行為そのものができたのかという意味で尋ねてみた。
「グダグダだったよ。なんとかねじ込んだけど中折れしてすぐ抜ける」
「あー・・・」
 こればっかりはドンマイとしか言いようがない。それにしてもねじ込んだって、そこまでしてしたかったのか。今の来栖しか知らない越智にとっては、女に迫る来栖の姿というのがどうにも想像できない。
「でも可能性がないとは言い切れないよね」
「まぁ、そうですけど、ねぇ・・・」
「どおりで懐かしいと思ったよ。あの子に触れてるとね、満たされるんだよ、心が。あの子が私の子供ならこれ以上、喜ばしいことはないよ」
 本人を目の前にしているかのように柔らかい表情を浮かべる来栖は、そう思って見てみたら、よく似ている父子のようでいたたまれなくなった。
(あんたはそれでいいかもしれないけれどあの子は?)
 おそらく来栖を一人の男として好いている。ほんの短い間、接しただけでも来栖に対する春馬の想いがどれほどのものか伝わってきた。
「どうするんですか、名乗るんですか。自分が親だって」
「できるわけないだろ。あの子が混乱するだけだ」
 それはそうだけれど、でも来栖にだって親を名乗る権利はあるはずだ。かつて心から愛した広瀬静香の血を引く子ならのどから手が出るほど得たいものだろうに。
「それに、今さらだよ」
 今さら親子だなんていわれても困るのか。少なくとも春馬にとっては不都合かもしれない。真実を知ればきっと傷つくだろう。来栖への気持ちが真剣であればなおさら、簡単に切り替えが出来るはずもないではないか。
「どうしたもんかね…」
 来栖の苦悩に満ちた表情を越智は見下ろすことしか出来なかった。やるせない気持ちでいっぱいだった。
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