聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-003「労働からの解放を!」

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 家事って、重労働なのよね。

 これはお婆ちゃんのいた世界でも、この世界でも多くの女性が同意してくれると思う。
 特に……そう、特に冬の水仕事は。

(こんなのを5人も……お婆ちゃんはよくやってたわよね)

 久しぶりのちょっとした贅沢な食事の後、明るいうちにと私は洗濯をしていた。
 と言っても、お婆ちゃんの記憶にあるような洗濯機なんていう便利な物はないわけで。

「ううっ、冷たい……」

 そう口にしても冷たさは変わらないのだけど、言わずにはいられない。
 お湯でなんて贅沢なことは難しくて、近所のおばさんたちと一緒に川辺で踏み洗いだ。

「ターニャちゃんも大変ね」

「おばさまたちこそ……サラ姉もこうしてたんだなって思うと感謝でいっぱいです」

 今のところ、孤児だからと私たちを差別するような人は近くにはいない。
 町を探せばそれなりにいるとは思うけれど、それ以外は良い人ばかりだ。
 まあ、だからといって洗濯をかわってくれるという訳でもないのだけど。

 どうにかこうにか、会話を楽しむことで手足に厳しい時間を終えて教会横の家に戻る。

 洗濯物を干しながら、何かいい方法はないかなあなんて考えている時間もなんだか楽しくなってきた。
 前の自分は、そんなことを考えないで生きて来たからだ。

「変わったのかな……私」

 今の自分はターニャであってターニャじゃあ、ない。2人の人間が1つになった別人だ。
 そのことが嫌だとか、後悔があるということじゃ決してない。
 もう一度この世に生を受けたようなものなのだから、楽しんで人生を過ごしたい、そう感じる。

「まずは生活の改善からかな? そうね……洗濯機がある前はどんな風に洗ってたのかな?」

 誰も聞いてないことをいいことに、ひとり呟いていた私の頭に光がともる。
 まるでたくさんの棚の一か所を照らすような光……その光の果てに見た物は……板。

「洗濯板。そう、洗濯板があったわ!」

 そうと決まれば話は早い。手早く残りの分を干した私は、神父様に声をかけて町へと飛び出した。
 その手には、自分のおこずかいとして確保している決して多くはないお金。

(自分の時間が作れるようになれば、それは結果的に儲けものよね)

 時は金なり、お婆ちゃんもなんとなく使っている言葉のようだけどとてもいい言葉だと思う。
 結局、私もそうだけど大なり小なり女性は家事に時間を取られているのだ。
 それが少しでも楽に、早くなれば巡り巡って自分に返ってくる。

「おじさんっ、桜の木ないっ!?」

「突然駆け込んできたと思えば……さくらぁ? なんだそいつは」

 私が飛び込んだのは町のそばで、薪なんかを扱ってる木こりのおじさんのお店。
 家を建てるのに使うような木材じゃなく、ここで扱ってるぐらいのが欲しかったのだ。
 ちなみにおじさんのもう1つの店は大工さんで、そこの若い店主とサラ姉が良い仲なのである。

 言われて思い出してみれば、この辺に桜は見たことが無い。
 お婆ちゃんの記憶にあるような花は、少なくとも有名ではないのだ。
 似たようなものとして……さくらんぼ、あれがある。

「ええっと、ああ、そうそう。チェリの木、無い? このぐらいの板で使いたいの」

「もちろんあるが……そんな板切れどうするんだよ」

 乙女の必殺技、ひみつっで乗り切った私は目的の木板を手に入れる。
 うん、記憶にある桜とよく似た香り、手触りだ。
 試してないけど、きっと思った通りの結果になる。

 それにしても、名前が似ているのはなんだろう?
 難しいことはわからないけれど、ありがたい話よね。

 浮ついた気分のまま教会に戻り、今日は家にいるはずのカンツ兄さんを探す。
 近くの大き目の商店に、よく働きに出ている兄さんも今日は休みのはず。

 たぶん日当たりのいい場所で勉強中だと……いたいた。

「カンツ兄さん、少しいいかしら」

「ターニャ、どうしました? その板は……机の修繕にでも?」

 真面目な口調でくいっとメガネ……そうメガネだ、を押し上げる姿は妙に似合っている。
 確か水晶を削って形を作るんだって言ってたかな……おっと、今はそれどころじゃあない。

「ううん、違うわ。お願いがあって……アンリ兄さんだと壊しちゃいそうなのよね。これをこういう感じで彫ってほしいの」

 実際、力仕事はアンリ兄さんのほうが得意なのだけど、細かい仕事は不得意だ。
 その点、カンツ兄さんも外で暴れる方ではないのだけれど、十分男手の1人である。
 私のつたない(と自分では感じる)説明を聞いた兄さんは、気分転換にはなるかなと請け負ってくれた。

 そのまま横で作業を見学し、微調整の指示を出す。
 ごめんね、細かい妹で。でも、これも兄さんたちのためにもなるのよ、多分。

「こんなものかな?」

「さすがね。売る方じゃなくて細工師でも声がかかってるんでしょう?」

「あれはお世辞だよ。本職はもっとすごいんだから」

 昔から細かい作業が得意で、頭もよかったカンツ兄さん。
 だからこそ、商会に働きに出て、ツテで日用品なんかを安く買えるようにしてくれたのだ。
 アンリ兄さんが外に出て狩りをするように、カンツ兄さんも家のことを考えているんだ。

「それで、これは何なんだい」

「えっへん、洗濯板よ! これで洗濯を楽にするの!」

 まだ成長途中の胸をはって断言して見せると、カンツ兄さんが驚くのがわかる。
 でも、そんな顔もすぐに真面目な物になった。うんうん、そうでなくちゃね。

「ターニャがそこまで言い切るんだ。見せてもらおうかな」

「今日の分はやっちゃったのよねえ……あ、でも神父様ため込んでそう」

 なんだかんだと、ずぼらの領域にいるのがうちの神父様である。
 口では、自分のことは自分でやることにしたいなんていいながら、なかなかやれないのだ。
 人望はある良い人なのに、こういうとこは少し抜けて……そこがいいんだけどね。

 カンツ兄さんと頷きあい、さっそく神父様の元へ。
 少しばかり強めに問い詰めると、あっさりと出て来た洗濯物。

「面目ない……またターニャには手間をかけるね」

「いいんですよ、サラ姉はもうあっちの家族みたいなものなんだし」

 そう、この春にはお嫁さんに行く予定のサラ姉も、花嫁修業を飛ばす形で向こうに出入りしている。
 あっちも男所帯で、色々ひどかったらしいから仕方のないことだ。

 気を取り直して、洗濯板の威力を確かめるべく川辺へ。
 ついてきたカンツ兄さんを引き連れての姿に、時々視線を感じた。

「じゃ、始めるわ」

「踏み洗いではないんだ……ふむ?」

 まずは水で濡らして……まあ後は上手くこすりつけてい行くだけだ。
 最初は力加減が難しいかもだけど、すぐに良いところがわかってくる。
 桜の木のように滑らかなチェリの木の表面。
 予想通りなら、水にも強いだろうその性質は洗濯板にぴったり。

 そして、わずかな時間でしっかりと神父様の服の汚れは落ちたのがわかる。

「うんっ、ばっちり! これで大物は踏み洗いで、そうでないのは板でいけるわっ!」

 思った通りの結果に、やや高揚しているのがわかる。
 単純に考えて、時間は半分ぐらいになるのだ。これは大きい。

「なるほどなるほど……ターニャ、僕に見せたのはそういうことですか?」

「さっすがカンツ兄さん。うん、おかずを1品増やしたいなあって思ってるのよねえ」

 冬の川のほとりで、ちょっとだけ、改革が始まる。

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