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GMG-007「魔法使いということ」
しおりを挟む水音がする。
ぴちょんぴちょんって、雨漏りしてるみたいな音。
(ああ、そういえば雨漏りも直さないとなあ)
ふと目を開くと、真っ暗だった。
上も下もわからない、変な場所。
お婆ちゃんと会った場所に似ているような、似ていないような。
「また死んじゃったのかな……」
正確には、あの時は死にかけた……だったかな?
寝転がっていた体を起こすと、不思議と上下がわかるような気がした。
そのまま歩き出そうとして、どこかに落ちていくのを感じる。
ふわりふわりと、落ちていく。
そうして視界には、光で出来た人形のようなものが見えて来た。
近づくとわかるのは、それは私であり、タナエお婆ちゃんだということ。
じっと見ていると、私になったり、お婆ちゃんになったり。
だんだんとその境目が無くなっていくように感じる。
つまり、私たちはまだ本当には1人ではなかったんだろうか?
「よくわからないけれど、帰ろうか、お婆ちゃん」
お腹の上、心臓より下あたりにある温かい力を感じながら、光に手を伸ばし……どこかに昇っていくのを感じた。
「……ここは?」
見覚えのある古ぼけた天井、鼻に届く匂いも馴染みの物。
つまりは、教会横の我が家……だ。
「また心配かけたかな……」
あの時、何が起きたかは正確にはわからないけれど、私は生きている。
なら、ゴブリンはどうにかなったのだろうし、助けも来たんだろう。
妙にお腹が空いたような、お腹ではないような感覚を抱えながら部屋を出る。
「っ! ターニャっ!」
「神父様……」
丁度歩いてきたのは神父様と、確かお医者さんなおじさん。
深刻そうな表情で話しながら歩いてきた2人が、私を驚いた表情で見る。
まあ、寝込んでいただろう患者が起きて歩いているのだ、驚くわけだ。
大丈夫だよとアピールすべく、適当にポーズをとってみると、なんだか苦笑されてしまった。
「まったく……雷に打たれた時にも思ったが、診察のし甲斐の無い患者だ。怪我は無し、目が覚めなかったのも1日だ。それに、理由ははっきりしている」
廊下で立ち話もということで、部屋に戻された。
そこで聞いたのは、あの時何があったかと、自分の身に何が起きたかだ。
それは、にわかには信じがたいものだった。
「私が……魔法を?」
「ああ、間違いない。恐らくこれまでにため込んでいた力を一度に放出したんだろうね。キミとゴブリンだったものを中心に、見事に魔法の発動跡があったよ」
なんでも、魔法使いにはそうとわかる痕跡がしっかり残っていたらしい。
それに、ゴブリンは……だったもの、というぐらいしかわからない肉片になっていたようなのだ。
状況から、私がゴブリンに向けて属性の無い魔法の力が放たれたのだろうということ。
確か魔法の素だから魔素、だったかな?
「これからの習熟具合によるだろうけど、おめでとう。キミも今日から魔法使いだ」
「私が魔法使い……」
じわじわと染みてくる魔法使いになったという言葉。
色々なことがぐるぐると頭をめぐり、導き出した結論……それは。
「これで稼げるっ!」
「会うなりそれかよター坊……」
お医者さんが帰り、日常が戻って来た夜。
外に探索に出ていたアンリ兄さんが戻って来た。
口では言わないけれど、私が危ない目にあったから見回りに出ていたんだと思う。
そういうとこ、不器用な兄さんなのよね。
「えー、だって。魔法が使えるからって戦いにいくのは怖いし、安定しないじゃない?」
十分使えるようになってからならともかく、と付け加える。
実際、怪物退治やその皮や牙なんかはお金になるのだ。
護衛というだけでも十分稼ぎになるし、丈夫な素材は資源でもあるのだ。
「そりゃそうだ。俺だって毎日怖えよ。だからってなあ」
「ふふーん。兄さん、これを見てもそう思う?」
兄の視線を集めつつ、私は竈の薪に手を向け……火種を手にせずそのまま魔法で着火した。
大きさとしてはお婆ちゃんの記憶にあるライターより大きく、ガスコンロ未満、かな。
時間にして10秒もしないうちに、指先に灯った炎から薪に火が付いた。
「外でも家でも、火種がいらないって便利よね。それに、ほら!」
続けて、木のコップに手のひらをかぶせ、念じる。
ちなみに魔法に呪文は必要じゃないみたい。あったほうがより強い魔法が使えるらしいけど。
ともあれ、何もなかったはずの木のコップに力が集まるのがわかり……水音。
「ターニャ……お前」
「すごいでしょーって、どうしたの。怖い顔して」
私としては、こんな退治には向かない威力の魔法しか使えないので不満が無いわけじゃない。
多少は威力があれば、木こりの真似事や、地面を掘ったりとか出来ただろうに。
でも、アンリ兄さんは私が思ったような表情ではなく、真面目な顔で私の肩を掴んでくる。
「俺も詳しくは知らない。けどな、複数の属性を使い分ける魔法使いは希少らしい。人前であまり使わない方がいいかもしれない。少なくとも、もっと鍛えてからにしよう」
「う、うん。そうするわ。どうせ、たくさんは使えないし」
予想外の流れに戸惑いつつも、もっともなことだと思い、しっかりと頷く。
今考えてみれば、隊商なんかに引っ張りだこだ。しかも私は孤児、引き取りたいなんて言われるかも。
(それはなんだか道具扱いで嫌だな)
良くない想像に顔がゆがみ、兄さんが慌て始めるのを感じた。
すぐに、ちょっと変なことを考えたからと言い訳し、落ち着くべくコップの水を飲み干した。
喉を通る何の変哲の無い、綺麗な水。
味気ないそれが、どれだけの価値を持つか。
兄さんに指摘されて、ようやくそこまで頭が回ってきた。
ここは港町シーベイラ、深すぎる井戸は塩気が出てくることもある場所なのだから。
「外に出たいときは俺もついていくよ。そうしたら隠しようがあるからな」
「ありがとう、兄さん」
私は幸せ者だ。こうして心配してくれる今の家族がいる。
ほとんど覚えていないけれどあの日、嵐の海で……本当の家族は海に沈んでしまった。
ハンナやナタルも同じように嵐の犠牲者。
サラ姉も、カンツ兄さんもアンリ兄さんだって……そうなのだ。
この教会は、そうしてこの町の人に助け出された生き残りを引き取ってくれる場所。
シーベイラが港町である限り、誰もいなくなることはないだろう場所。
「ちゃんと、恩返しはしないと」
そんなつぶやきは誰に聞かれることもなく、私は今日も生きる。
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