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GMG-006「力の目覚め」
しおりを挟む後悔先に立たず。
すぐ横を通り過ぎる圧倒的な暴力を前に、そんな言葉ばかりが浮かんでは消える。
でも、まだだ。まだあきらめるわけには行かない。
「少しでも時間をっ!」
決意を込めた叫びに、相手が馬鹿にするように笑ったのを感じた。
確かゴブリンだとかいう怪物と、どうして私が向かい合っているかと言えば……。
あれはまだ冬真っただ中、たまたま空も晴れ、いい天気だった朝のことだ。
いつかのように潮干狩りに行こうとした私は、サラ姉と、弟たちに捕まったのだ。
「私もお手伝いしたい!」
「したい!」
珍しくハンナだけでなく、いつも大人しいナタルまで元気に迫ってくるほどだった。
それだけ、前に採ってきたのが美味しかったのかもしれない。
サラ姉も、たまには家族との付き合いをしようということなのかな。
(最近は、あっちの生活も順調みたいだし)
既に、春ごろに結婚することが決まっているサラ姉。
旦那さんになる予定の人と、時々町中にデートで出歩いてるのを見かけるからいいことだ。
少し……寂しい気持ちもあるけれども。
「仕方ないわね。サラ姉もしっかり着ておいてよ? 海辺は寒いんだから」
「ふふっ、ターニャは心配し過ぎよ。私だってシーベイラで育った娘なんですからね」
そう言いながら、人はあっさりと風邪を引くのだ。
記憶のお婆ちゃんも、似たような結果になった子供や孫たちを何回も見てきている。
とはいえ、それを口にしてどうしてもお留守番させるというのも……うん、難しい。
結局、4人で籠を背負って向かうは海岸。
今日は自分だけじゃないということで、浜にある自然の野菜もとることにする。
今から向かう先には、色んな草花が生えているのだ。
「今日も色々咲いてるわね……」
「ハンナ、ナタル、怪我には気を付けるのよ」
出来るだけ町の人も片付けてはいるのだけど、浜辺は思ったよりゴミが多い。
それはこの場所が、潮の流れの合流地点だから、だと言われている。
海に流れた物が自然とこの浜に集まってしまうのだ。
嵐ともなれば、浜の奥まで押し上げられてしまう。
「あ、見つけた。この辺みんなそうね」
「わーい!」
そんな中、見つけたのはこの冬でも咲いている花と、その根元の力強い草部分。
少し力を入れて抜けば、出てくるのは指2,3本ほどの太さの白い何か。
記憶にある浜大根にも似ているけれど、今のところ大根そのものは見てないから違うかも。
「10本ぐらいは畑で育ててみるから、残りは食べるために取るのよ」
「ターニャはそんなことまで始めたのね」
既に洗濯板の発案者が誰であるかは、バレバレらしい。
面と向かって言った覚えはないのだけれど、そうでなければ私にお金が入ってくるわけもないわけで。
少なくとも、私とカンツ兄さんが共同で思いついた、というのは確定路線の話だ。
それからしばらく、色々な食べれそうなものを取りつつ、海岸にさらに向かって潮干狩り。
弟たちは、塩を入れて出てくる貝の姿に歓声をあげ、私とサラ姉もそんな2人を見て笑う。
だから、だろうか。ソイツが近くに来るまで気が付かなかった。
気が付いたときには、既に相手の牙の汚れまで見えるほどの距離になっていた。
「っ!」
自分を含め、相手との距離がまだ多少あったのは幸いだった。
一番近いのが私、次にサラ姉、そして弟たち。その向こうにはシーベイラ。
「ターニャ……」
「姉さん、2人を連れて逃げて」
その時の私の声は、間違いなく震えていた。
そりゃあそうだろうと思う。相手は怪物、命の危機だ。
けれども、自分でも驚くほど冷静にその言葉は出てきたと思う。
誰かが犠牲になるのなら、間違いなく自分だと。
いや……この言い方は正解じゃないかな。
誰が残れば、一人でも生き残れるか、だ。
「何を馬鹿なことを!」
「いいからっ、一緒に逃げたら間違いなく追いつかれる。ハンナかナタルがね」
威嚇の声を上げ始めた相手と視線を外さず、3人をかばうように前に立つ私。
後ろでサラ姉が息をのむのがわかる。まだ弟たちは状況をしっかりと理解はしてないようだった。
見るのも初めてだろうし、変なのがいる……ぐらいかな?
「じゃあサラ姉が囮になるってのも無し。運動が不得意なんだもの」
だから、私が囮になっている間に兄さんたちを呼んできて。
そう告げて、私は駆けだした。
そのまま姿勢をかがめ、右手で砂を適当につかみ取り投げつけるっ!
『ギャウッ!』
「ほらほら、こっちよ!」
過ぎ去りざまに、無防備なところへ蹴りを入れるのも忘れない。
そうしたらほら、相手は痛みの合った方を向いて……私を見る。
後は、追いかけっこだ。
決して走りやすいとは言えない砂浜と、そのそばにあるまばらな木々の間を走る。
そういえば、体を鍛えるのに砂浜を走る特訓があるんだっけ……なんてお婆ちゃんの記憶が言う。
こんな時に何を!と思う心と、疲れやすいのはお互い様、ここで粘るんだと判断する心がある。
「まだまだっ」
手にした粗末なこん棒も、私に当たれば大怪我は間違いない。
こんな細腕、すぐに折られてしまうだろう。
体力だって、私よりある可能性は十分にある。
だから自分には時間稼ぎしかできない。
けれども、所詮は子供の体だった。
だんだんと、足が重くなる。息もあがり、木々を盾にしないと回避も難しくなった。
「うあっ」
そしてついに、相手のこん棒が私を捕えた。
よりもよって、右足に当たったのだ。倒れ込むようにして砂浜を転がる。
口に砂が入り、気持ち悪いがそんなことも言っていられない。
立ち上がって、どうにかして逃げないと……でもどうやって?
「あっ……」
視界に入ったゴブリンは、太陽をバックに私に向けてこん棒を振り上げたところだった。
ゆっくりと感じるのは、死に近くなったからだろうか?
1度死んで、二人が一人になって……つまり2度死んだ私が……また死ぬ?
(ごめんよターニャ、私が普通のお婆ちゃんだったばっかりに)
心に浮かぶのは、私の中のタナエお婆ちゃんだった気持ち。
老い先短かった自分より、まだ若いターニャが生き残ったほうがいいんじゃないかという気持ち。
ここで死んだら、そんな気持ちも無駄になる。
(そんなのは……嫌だっ!)
湧きあがる生への衝動。
誰かの許可なんていらない!
私は、私が生きたいから生きる!
大人になって、幸せになって、お婆ちゃんのおかげだと胸をはれる未来を!
「うわああああああ!!!!」
とっさに、両手を突き出した。
体中どころか、周囲から力をかき集めるようにしてとにかく相手をどうにかすることを願った。
そして、響く爆音。
突然の大きな音と衝撃が、自分ごと砂浜とゴブリンを吹き飛ばすのを感じながら、意識を失った。
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