聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-020「秘密の治癒魔法」

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「座ってると、どうにも痛いのはどうにかならないのかしら……」

「ははは。馬にまたがってないだけ、マシだぞ?」

 兄の言うことは、わかってはいるのだ。
 それに、この馬車は領主様が手配してくれた屋根付きの高級品。
 単に、私が不慣れということで……痛い物は痛いのである。

 シーベイラを出てから既に2日。都合4台の馬車が連なって北に進んでいる。

「外の目はありませんからね、こちらで横になっているのが良いかと」

 護衛として、一緒についてきてくれるマリウスさんの助言に従い、横になる。
 毛布をたくさん重ねたから、確かに座っているよりマシだ。

(絶対、クッションかスプリングを研究してやるぅ!)

 クッションはまあ、中身を工夫すればいいだろうけど問題はスプリングだ。
 サスペンションってやつだけど、ターニャは元よりお婆ちゃんの記憶でも形しかわからない。
 いきなりぐるぐる巻いた方じゃなくて、板バネってほうにしようかな?

 問題は、鉄の確保。
 私の出歩いている範囲じゃ、そんなにたくさんの鉄は取り扱っていない。
 買うと高いし……かといって掘る?っていうのもよくわからない。

 気分転換に、体を起こして外を見る。
 何もない平和な風景。そこに自分でかけた制限を少し外して、見える物を変える。

「ターニャ、草花でも見える物は違うのか?」

「ええ、そうよ。動かない石とかと、お花とかだとやっぱり違うわ。生きてるほうは、揺れるというのか……これって魔法使いの見え方だと思うの」

「王の元には、何人も強力な魔法使いがいます。機会があれば聞いてみると良いでしょう」

 王様のところにいる、となるとちょっと暖められますとかそんなんじゃないんだろうな。
 外敵を、実力でどうにかできるような魔法使いに違いない。
 それこそ、こんな街道沿いの林なんか燃やせるぐらいの……っ!

「兄さん、マリウスさん、何かいるっ!」

「馬車を止めろ!」

「お前はここにいろ、いいな」

 普通なら、こんな風には動いてくれないと思う。
 私と、私の力を信じている2人だからこそだろう。

 マリウスさんが御者席へと飛び出し、兄さんは扉に手をかけ、馬車が遅くなったところで飛び出した。
 すぐ前を行く領主様の乗る馬車も、こちらの異常に気が付いたみたいだ。

 そっと外を見た私が見た物は……林から飛び出してきた異形。
 人型で、顔は犬みたい……あれがコボルトってやつなんだろうか?

 数はそう多くない。なのにこっちに襲い掛かってくる。
 数の差とかそういうのを気にしないんだろうか? よくわからない。

 警戒はしていたのか、こちら側の馬車から矢が放たれ、ひるんだところへ兄さんたちが飛び込んでいった。
 大きさは、私より小さいかどうかというやや小柄な相手。
 それでも、怒りのような感情を丸出しにした顔は恐ろしかった。

 時間で考えると、あっという間の戦いだった。
 他に出てこないことを確認の上、移動が再開される。

「ありがとう、兄さん」

「いや、ターニャが早く見つけてくれたからな。俺としちゃ、顔が売れて助かった」

「何もなければ、ただの付き添いですからね」

 そうか、アンリ兄さんは別に有名な探索者、というわけじゃあない。
 外から見ると、単に私の身内で自衛が出来るぐらいの男、なのだ。
 相手の脅威度はともかく、先手を取って飛び出せたというのは印象が良いのかもしれない。

「木の向こうにね、揺れた物が見えたの。黒くて、赤い感じの。コボルトの魔素なのかしら」

「わかんねーぞ。もしかしたら、感情とか気持ちとかも見えるのかもしれない」

「ターニャ様は、属性にこだわりのない力をお持ちなのかもしれませんね」

 言われて、自分の両手を見つめる。
 今のところ、火の玉だとかは出せてもごく小さい物だ。
 薪を燃やしたり、魚を捕るみたいなことしかできないけど……これも強くなるのかな?

「なあに、心配するな。どんな魔法使いになっても、妹には変わりな、イテッ」

「兄さん! 怪我してる……」

 コボルトの動きは、素人の私から見ても早く感じた。
 だからだろうか? 兄さんの防具の無い場所に爪でひっかかれたような傷があった。

「大したことないって。かすり傷だ」

「良いから見せて」

 頭に浮かぶのは、お婆ちゃんの記憶にもある色んな病気達。
 汚れてる物で切った場所が腫れたり、最悪死ぬことだってあるのだと教えてくれる。
 さっきのコボルトたちも、粗末ながら武器を持っていた。もしあれが金属製だったら?

 そう考えたら、放っておくのは無しだ。
 すぐに傷がある二の腕下に布を置いて、水を産み出した。
 コップ一杯程度の水だけど、ちょっと洗うには十分。

「便利だよなあ、ほんと」

「かつて、砂漠に雨を呼んだ魔法使いがいたとも聞いたことがあります。言いふらすのはやめておいた方が賢明でしょうね」

 そんな2人の声を聞きながら、兄さんの傷口を見る。
 幸い、本人が言うように深手ではないみたいだけど、嫌な感じだ。
 ちょっとだけ、黒い物が見える。

「兄さん、ポーションも飲んでおいてってこれは傷を治すだけか……毒消しのも研究しておけばよかった」

「おいおい、大げさだな」

 まだ自覚症状がないだけで、このまま治るかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 そんな予感がどんどん強くなる。
 焦りに飲まれそうになった私は、思わず兄さんの腕をつかみ、目を閉じた。

(あ……見える。何かしらこれ)

 暗い視界に、光があった。目を開けば、兄さんの腕。
 再び閉じると……これは魔素だ。兄さんの体の魔素のめぐりが見える!

 そんな光景で、一か所だけ微妙そうなところがある。
 コボルトに切られただろう場所だ。
 そっとそこに手をやり……私は祈った。

 ただ治れ、と思うのではなく、嫌な物を外に出すように。
 お婆ちゃんの記憶にある、アニメ?ってやつを参考にした。

 横にいるマリウスさんや、兄さんが驚くのを感じながら、確かな手ごたえと共に私は魔法を使った。

 後に残るのは、斬られたことがまったくわからない兄さんの腕。
 嫌な感じは消えて、代わりに腕から落ちた何かで馬車の床に黒い染みが出来てしまった。

 結局、王様の元に着く前に、隠し事がまた1つ出来てしまったのだった。

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