聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-024「力の使い方」

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「あ……エリナさんにもらったお菓子、もうなくなっちゃった……」

 仕方ないなと思いながら、竈に火をつけて食事の支度を始める。
 冬が来て、春が来て……そのうち夏が来る。
 汲み置きしておいた水も、冷たさよりも気持ちよさが先に来るようになってきた。

 お湯が沸き、いつものようにご飯が出来上がる頃には外はすっかり明るい。

「神父様、行ってきます」

「ええ、気を付けて」

 食事と朝のお祈りも終えて、リュックを背負った私は教会を飛び出す。
 最近、私が出かけることが多いから弟たちは寂しそうだけど……うん。

 私がやってきたことを、少しずつ弟たちもやる番なのかもしれない。

「ええっと、今日は配達からかな」

 走って飛び込んだのは、カンツ兄さんの勤めているお店。
 この町でも一番大きな雑貨屋さんで、お婆ちゃんの記憶で言うスーパー以上デパート未満、みたいな。
 とにかくなんでもあって、持ち込みの買取もしているからいつも賑わっているんだ。

 そんなお店の裏口から飛び込み、見知った顔を探す。
 他でもない、カンツ兄さんをだ。見つけたら駆け寄って挨拶。

「おはよっ。今日はどうするの?」

「ああ、おはよう。漁港の組合の方に届け物を頼むよ。タオルが1箱と、石鹸が小箱2つだ」

 私が背負えるぐらいの木箱に、目いっぱい詰まってるだろうタオル、後は石鹸。
 石鹸と言っても記憶にあるようなしっかりした四角い奴じゃなく、どろっとしたもの。
 小箱はどんぶりぐらいの大きさだから、私が運べるものを選んでくれたんだと思う。

「石鹸ももうちょっと変わると良いわよね」

「なかなか作れないらしい。これもどこで出来てるかはわからないしね。そうだ、ターニャなら知ってるんじゃない?」

 そんなことを言われ、動きを止めてしまった。
 すぐに、カンツ兄さんの目が細くなるのを感じた。

(知ってるって言ってるようなものだよね……うん)

 実際、知っているのは間違いない。でも、作るのは難しい。
 お婆ちゃんも自分でハーブなんかを入れて作ったことがあるらしいけれど、油とかが足りないんだ。
 他にも、名前とかはわかっても、同じものが用意できないんだからしょうがない。

「材料は知ってるわ。獣の油と、後はこの辺だと貝殻とかと海藻。なんでもいいわけじゃないのよ。それに、すごい高温の炎が必要なの。鍛冶屋さんならいけるかもしれないけど、場所を占領しちゃうわ」

「そうかぁ……あ? ねえ、ターニャ。魔法の炎ってどうなの?」

 言われて、ふと考える。私が普段使っている炎でも、簡単に薪に火が付く。
 外で怪物と戦う魔法使いが使うようなものなら、ゴブリンやコボルトみたいな怪物も焼いてしまう。
 となれば……どうなんだろう。

「また試してみるわ。今日は配達ね」

 実験するにも、マリウスさんに声をかけてからでないと危なそうだ。
 そんなマリウスさんは、今日は領主様への報告のために不在である。
 月に数度は、泊りがけで報告に戻っているのだ。
 そんなたくさん報告することはないように思うけど……ね。

 最近は食べ物が良くなってきたからか、足取りも軽い気がする。
 これなら、秋ぐらいにはアンリ兄さんと一緒に山歩きが出来るかもしれない。
 そのためにも、自衛手段は増やしておかないとね。

「おとどけものでーす」

「おうって誰かと思えば、聖女の嬢ちゃんじゃねえか。今日は手伝いかい」

 いきなりの聖女呼びは少し驚くけれど、もう慣れてきた自分がいる。
 漁師さんたちが私をそう呼ぶにも、仕方ないかなと思い始めているからだ。
 それに、海水ろ過樽君は改良を重ね、小さい物と大きい物も作ってもらっている。
 最近じゃ、近くに出るだけの船でも念のために乗せているらしい。

「そうなんですよー。タオルと石鹸です。あっちでいいですよね?」

「よろしく頼まあ」

 組合の方に、って兄さんは言っていたからたぶんそう。
 年間の漁計画や日々の問題なんかを、いつも話し合うのに使うらしい建物に向かって歩き出す。
 ちらりと見える港は賑わっている。新鮮な魚を求めて、市場よりも先にと買いに来る人もいるぐらいだ。

 と、籠漁をしてきただろう船がやってくるのが見えた。
 こちらに向かって手を振っているから、大漁だったんだろう。
 私も手を振り返してから、ひとまず配達を終えるべく建物へ。

「あれ、誰もいない。しょうがないなあ」

 やはり、この時間帯はまだ海の上か、船にいるか、港で獲れたものを捌いているか、だった。
 開いている場所に木箱を置き、外に出ると潮風が吹いてくる。
 馴染みのある、いい匂い。内陸の人だと、少しきついかもしれない。

(お婆ちゃん的には、懐かしいんだっけな)

 私、ターニャと一緒になっているタナエお婆ちゃんは小さい頃は港町出身だ。
 戦争が始まったから田舎に逃げたんだって。それから学校?の先生を目指して勉強して……。
 とにかく、色々頑張った人らしい。知らないことを知るのが楽しかったって記憶ばかりだ。

「そのおかげで色々便利なんだよねえ、ありがとうございます」

 半分はタナエお婆ちゃんの魂である自分に、自分でお礼を言うというのはなんだか笑えて来た。
 それはお婆ちゃんの部分も同じだったみたいで、妙におかしくなってクスクス笑いながら歩く。

 籠漁の結果が気になったので、そちらに歩いていくと予想通りの賑わいだった。
 主な成果はエビ、小魚といったところ。中にしかけた餌に集まる子達が獲物なのだ。
 まだ人気が出ていない蛸は横によけられているのが、少し寂しい。

(美味しいのにな……)

 自分で独占できると考えればいいと言えばいいのだけど、なんだか悔しいよね。

「お嬢ちゃんはいつもそれを買ってくな」

「美味しいんですよ、これ。網が無くても獲れたりしますし」

 まだ生きていて、逃げそうになる蛸を3つ買った。
 そのままだと逃げちゃうので、指をそっと頭の部分に添えて……一瞬魔法を使う。
 風の刃、それをちょっとだけ使ったのだ。

「器用なもんだな。俺たちが包丁を入れるようなもんか」

「たくさん練習したんですよ。ほら」

 見せびらかすのもどうかとは思ったけど、気を良くした私は蛸の足を風の刃で切って見せた。
 まだ動いているソレを見ていたら、小腹が空いてきちゃった。

 体を温めるためにか、近くでたき火をしていたのでそちらに向かい、薪を少し貰う。
 どうするのか?って視線を感じながら、手元で細く刻んで串もどきの出来上がりだ。
 これに蛸の足を刺してっと。

「ふんふーん」

「世間の魔法使いの印象が、がらりと変わりそうな魔法の使い方だなあ」

 おじさんたちの言うことはわかるけれど、今、ここで、小腹を満たすのが大事!

 私のおやつタイムは、周囲のおじさんたちが蛸の足をおねだりし始めるまで続いたのだった。
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