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GMG-026「見えない敵に備える」

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「それで、改良と助言のためにお屋敷に出ずっぱりだったの? もう、ターニャったら」

「さすがに疲れたよぉ、おねえちゃーん!」

 気が付けば、長そではつらいなと思うような季節になっていた。
 ようやく塩の確保にめどがつき、私がいなくても大丈夫となって帰ってきたのだ。

 神父様には知らせが行っているはずなので、そんなに心配はされていないだろうけど……。

「急に、一度戻ってきてくれないかなんて言われた時には驚いたわ」

 そうなのだ。どうしても弟たちだけだと全部はこなせない。
 かといって、サラ姉だって妊婦さん、無理は出来ない。

 誰かがいる、それだけでなんとかなることも世の中には多いのだ。
 安心感、ってやつかな?

「義兄さんも、急にご迷惑をおかけしました」

「いや、構わない。家族は大事だ」

 サラ姉の結婚相手の職人さんとは、仲が悪いわけでは無い。
 なんというか、口数の少ない人なのだ。真面目な職人!って感じで私は好きなんだけど。
 そんなだから、積極的にお仕事をとってくるってことはないみたい。

(忙しいからってのもあるのかなあ、私のせいで)

 間違いなく、主に私がワンダ様とかに報告した技術のせいで忙しいと思う。
 下手に他の町なんかには頼めず、いざという時に質問に行ける距離の職人、となればここしかない。

 そう、いつしかこの工房は新技術の実験場所みたいになっているのだ。

「ふふ。ああだけどね、毎日楽しくて仕方ないって言ってるのよ。普通なら、自分がやれるはずのない仕事ですもの。職人冥利に尽きるってことね」

「ならいいんだけど……あ、蹴った。大きくなったねー」

 店番としては、上等すぎる椅子にゆったり腰かけているサラ姉。
 かなり大きくなったお腹に、そっと耳を当てるとちょうど蹴るところだった。

「お母さん……」

「ターニャ……」

 聞こえないように言ったつもりだったけど……頭を撫でられてしまった。
 少し、少しだけ……うん。ごまかすように顔を動かしたら、何かが香った。

「いい匂い……香油?」

「ええ、そうよ。気分転換にどうぞってカンツがくれたの」

 兄さん、奮発したな? 香油なんて、指先ほどの瓶でも結構な値段するのに。
 ああいや、土地の名品になるようにと実験がてら、試作したのか。
 私も仕組み自体はわかるけど、土地がいるもんなあ……でも蒸留自体は他の何かに……。
 そうだ、これもいけるかもしれない!

「姉さん、また来るわ!」

「あわただしい子ねえ」

 返事もそこそこに、外へ飛び出した私はそのまま鍛冶職人さんの工房に飛び込む。
 単純に、自分も香油を作ってみようと思うからと告げて蒸留に使うための機材をお願いした。
 素材は銅。加工のしやすさもあるし、馴染もある。何より、これから使う物を考えると一番だ。
 同じものを三つ頼んだので、疑問に思われたけど匂いが残るからと言えば大丈夫。

 どこで作業をしようかと思ったけれど、一番やりやすい場所ということで浜に近い塩造りの小屋に運んでもらうことにした。

 ワンダ様たちに告げた、新しい塩造り。
 いきなり大規模には、ということでいつものように地元で実験を行っている。
 今回は怪我とかで、漁に出られなくなった人たちへのお仕事という面もあるのだ。
 魔素を例の皮に注ぐのは、誰でも出来るからね。

「籠漁でも暮らしては行けるけどよ、やっぱり少しは良い物食わせてやりたいのさ」

「うんうん。私も弟たちにお菓子を買って帰れるとき、稼いでよかったなーって思います」

 現在、この小屋では5名ほどのおじさんたちが塩造りをしてくれている。
 特別に、この町で使うこと、他に売らないことということで作っていいという許可をもらっているのだ。
 やっぱり、土地の素材には土地の塩が合うらしく、宿や料理屋でも気に入られているらしい。

 小屋に入って見上げるのは、海水を入れる大きな樽。
 これは外から海水を運んでくる必要があり、そこには牛さんを使っている。

 だから樽は半分小屋に突き刺さるような感じかな?
 その樽の下側は浄化装置になっていて、汚れなんかをとった海水が流れる仕組みだ。

 角度をゆるくした道を流れる海水は、小屋の反対側にいったらまた反対側にと流れる。
 流れる量と距離を調整することでゆっくり流れるようにするなんて、私じゃ思いつかなかった。
 最後には、皮を通過して、真水が流れてくる状態だから汚れの心配も無し。

 後は適当な時に水を止めて、布を乾燥させればほとんど塩!な物が残る。
 真水でくぐらせれば残りも取れる、と無駄がない。
 
 塩をとった後の海水はそのまま飲めるほど。
 そう、海水か真水かは別にして、常に水が使える環境があるのだ!

「で、この筒をどこかに通せばいいんかい」

「うん。こっちでお湯を沸かして、ここを通ると冷える感じで」

 どのぐらいで駄目になるかはわからないけど、ひとまずは何でもやってみないと。
 小屋の隅に蒸留装置を設置してもらい、中に入れる物を買いに行く。
 誰か大人に頼まないとなあと思っていたら、マリウスさんがちょうど戻ってくるところだった。
 今日も、報告で一度ワンダ様のところに行った帰りなんだろうな。

「こちらに向かわれたと聞いたので。何か買い物ですか?」

「ええっと、逆に代わりに買ってもらいたいのがあるんですよねえ」

 疑問が顔に張り付いているマリウスさんに買ってもらう物、それは……お酒。
 お婆ちゃんはあまり飲んだことが無いけど、ワインってやつとほとんど同じ物だ。
 土地柄なのか、国全体で作られている。私も、何かのイベントの時に口を付けるぐらいだけど。

 というわけで、銘柄や値段は気にしないで量を確保してもらう必要がある。
 確かあっちの世界でも、これで新しいお酒を造ってたかな?
 でも、今回はそう言う目的じゃあない。

 不思議そうなマリウスさん。確かに、子供が買ってもらうには量が多いよね。
 最終的には病気の人を減らしたり、怪我をした兵士のためですと告げると頷いてくれた。

「これからの季節は、何か考えたほうがいいかもしれませんな」

「そうなんですよね。魔法で何かできたらいいんですけど」

 さっそくと設置された蒸留装置にワインを入れ、下に作った竈で火起こす。
 周囲が暖かくというか暑くなるし、もったいないという声が聞こえてきそうだけど、将来のためなのです。

 熱せられるワインの近くでは、塩造りのために流れる水で冷やされる配管。
 しっかりしたものを作るには、もっと何回もやらないといけないだろうけど……。

 ご飯を食べてさらに行う頃には、結構な量のソレが入手できた。

「それで、一体何が出来上がったのです?」

「ええと、ものすごく強いお酒、もしくは消毒用です!」

 元気よく言い切る私の手の中にある、水筒ほどの容器に入ったアルコール。
 少しでも量を作るために、果汁で割ってお酒にでもしてもらったほうがいいかもしれない。
 そうしたら……いざという時のためにも準備出来る。

 快適な生活は、見えない敵との戦いでもある。
 私の中のお婆ちゃんは、夏の終わりには産まれそうなサラ姉のお腹を見て、そのことを私に強く告げたのだった。
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