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GMG-029「荒れる空」
しおりを挟む「これでは祈りの足も、止まってしまいますねえ」
残念そうな神父様の声も、大雨にかき消されていく。
補修されるまでは、どこかが雨漏りしていた教会。
今は、私と弟たち、そして神父様しかいない空間になっていた。
「この夏の時期に、珍しい気がするんですよね」
「ええ、これは竜が飛んでいるのかもしれません」
「竜? ター姉、怖いやつ?」
神父様から漏れ出た竜という言葉に、妹のハンナはいつもの勝気な表情を引っ込めて、怯えていた。
すぐ横の弟ナタルも似たようなものだ。
竜、ドラゴン、火炎トカゲ……呼び方は様々だけど、私なんか一飲みなのは間違いない。
シーベイラのある土地の北、この国の始まりの王様が超えて来た山にはいるっていうけど……。
今回、神父様がいっているのは別の事。お婆ちゃんの記憶でいうところの台風のことだ。
天気予報なんてないこの世界、なんとなく頭が痛いだとか、気圧の変化を肌で感じるしかない。
「大丈夫よ。大工さんに直してもらったから、大丈夫」
そう、私は教会を修復してもらう時に時期は別にして、必ずあるだろう台風対策をお願いしていた。
私がお金を出すことに渋っていた神父様は、これは祈りに来る人のためだからと押し切ったのだ。
その結果が、安全な礼拝堂という結果となっている。
「さ、祈りの人が来た時のために、準備しましょう?」
「うん。僕、お水運ぶね」
自分にも経験があるけれど、不安がある時にじっとしてるのは大変。
何かしてるほうが、気がまぎれる。
2人に、水や着替え、体をふく布などの準備をお願いしておく。
じゃあ私は何もしないのかと言えば、そんなことはない。
礼拝堂の中にある、私の胸元ぐらいまである石柱の前に立つ。
周りには柵があり、万一誰かが触らないようにとしている。
一体何かと言えば、温石だ。
「んんん……日差しのぬくもり……伝われ……! ヒーティングピラー!」
魔法に、呪文はない。あるのは、上手く魔素を操るための掛け声だけ。
受け継がれてきた言葉、ってのはあるらしいって所長は言ってたっけ。
この呪文、言葉だとこういう魔法が使えるという話を信じることが、魔素を操る助けになるんだって。
私の両手から魔素による炎がゆっくりと石柱に伸び、全体にまとわりつくようにしていく。
これは燃やすためじゃなくて、石柱を熱するための物。
「ふう……うん、じんわり暖かい」
「閉め切った場所で薪を燃やさなくていいのは、ちょうどいい具合ですねえ」
礼拝堂にも暖炉はあるけれど、台風ともなればいつそこに雨が吹き込んでくるかはわからない。
そう考えると、この巨大な温石によるカイロみたいなのはすごい便利なのだ。
一応、報告は上げてるけど使い道はあるんだろうか?
お城とかになると、必要な数がすごいことになりそうだ。
と、入り口の扉が開き、雨風が入り込んでくる。
ちょっとだけ弱まった隙にということかな?
「外からでもわかる魔素の動きがと思えば……さすがね、ターニャちゃん」
「おはようございますって、エリナ所長!?」
台風の中で祈りに来るのは一体……と思えばやってきたのは王城にいるはずのエリナさんだった。
当然ずぶぬれで、足元まで滴っている。
慌てて駆け寄ると、外には馬車がいる気配がした。
「すぐ横に馬車を入れる場所があります。ひとまずそっちへ」
「ええ、ありがとう。中まで濡れずに済んでよかったわ」
言いながら脱ぎ去った外套は濡れているけれど、確かに中はそうでもない。
まるで記憶にある雨合羽だと思いながら、エリナさんの顔を見た。
王城で見たときと同じ、真面目な中にも優しさを感じる顔だ。
「あ、そうだ。乾かすならいいのがありますよ」
「何かしら……」
意気揚々と私がつかんだのは、金属の取っ手の先に、小さい器のついた道具。
器の中には、石柱みたいに熱しやすい石の塊が入っている。
それに魔素からの魔法を込めて……簡単なアイロンの出来上がりだ。
「これで乾かすんですよ。ほら」
試しに外套を預かり、袖口にあてると周囲に煙のように靄が出る。
渇いてきている証拠なのだけど、説明が無いと少し不思議かもしれない。
「ターニャちゃんは相変わらずね。私たちも考えているけど、攻撃以外にこうして使う魔法はなかなか思いつかないわ」
「えへへ……あ、どうしてシーベイラに? 領主様に用事ってわけじゃないですよね」
返事の代わりに、私を指さしてきたエリナさん。
正確には……ああ、これか!
ずっと胸元にぶら下げたままの、少し大きなきんちゃく袋。
その中には、川底で見つけた変な塊が入っている。
「魔素を吸ってく変な石じゃない石を見つけたって聞いて、まさかと思ったわ。でもターニャちゃんの星の巡りならあり得るかなと思って」
「なんだか褒められてるようなそうでないような……えっと、こんなのです」
神父様に了解を取って、礼拝堂にあるテーブルの1つに袋から中身を出す。
相変わらずのすべすべしつつも、滑らかな表面。うっかり落としそうになるぐらい。
あれ、前より色が濃いかな? 暗いからかしら。
「なるほど……うん、石ではないわね。でも卵かって言われると、何のかは特定が出来ないわね。たぶん、悪い物じゃないとは思うんだけど」
もういいわよと言われ、袋の中に戻して首から下げ直す。
なんか、しばらくはこうしてたから逆にほっとしちゃうな。
「さて、これで目的の1つは達成したわ」
「1つ? じゃあ他にも」
そう聞いた私の前で、エリナさんは微笑み、大きく伸びをした。
どうも仕事って感じではなさそうな?
「休暇よ、休暇。気分転換をして、あわよくば聖女と話をしてきっかけを持って帰ってこいってね。要は息抜きをしてこいってことよ。最近、魔法の研究も少しつまり気味なのよ」
「そういうことでしたら、晴れたらご案内しますね」
町のお客様となれば、おもてなしをしなくてはいけない。
幸い、この時期は海の幸も、山の幸も両方確保できる時期だ。
台風の影響が心配だけど、多分何とかなるだろう。
「ふふー、楽しみ! よろしくね、ターニャちゃん」
元気なエリナ所長と握手をしながら、私もつられて笑顔になっていた。
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