46 / 64
GMG-047「人はどこまでも人」
しおりを挟む報酬は期待していい。
そんなことを言われても、逆に安心できないというか……でも、しょうがないのかな?
「これでこの国も一息つける、ありがたい!」
思い出されるのは、交渉相手の喜びよう。
一応侍女役としてそこにいる私にすら、涙を浮かべて握手を求めてくるぐらいだった。
その勢いを見るに、まあいいのかなと思う。
主に喜んだ理由は、やっぱり塩っぽい。
すぐにでも、直轄領で実験をするんだとか。
(せいたいちょうさ?ってやつをして、泳ぐ水筒がいなくならないようにしないとなあ)
お婆ちゃんの記憶でいうと、クラゲに近い姿の怪物なんだけど、どこにでもいるから何もわかっていない。
その皮が、海水を真水に変える秘密だというのだから、なあなあはよろしくないように思う。
そのあたりは帰国してからやるとして、今回の交渉というか商談だ。
石鹸も売りこめたし、洗濯板も粗悪品が出回らないようにと話が付いた。
すぐに帰る……と言いたいところだけど、国の代表ともなればそう簡単にはいかない。
何かと理由が付いて回り、しばらく滞在となるらしい。
だから、エリナさんも私に数か月、と言ってきたわけだ。
「毎日宴、とかじゃなくてよかったです」
「そうなると、さすがの私も疲労したでしょうね」
同意の頷きをマリウスさんに返しつつ、自身も汗をぬぐいながら空を見る。
同じ港町でも、シーベイラとはどこかが違うようで、感じる暑さも少し違う。
こちらのほうが、正直……暑い。
(あまり風がないんだ……どうしてだろうなあ)
こうなってくると、シロも袋に入れておくのではゆだってしまう。
部屋でお留守番をしてもらうことになっているのだけど、ちゃんと中にいるかなあ。
「あっ、あれを食べましょう。汗をかいたときにはああいうのが大事なんですよ」
「さすがターニャ様。そうさせてもらいましょう」
市場に顔を出せば、いくつかの果物が山盛りに売っている。
これだけの数があるというのは、国に力がある証拠であり、塩の影響がまだそこまで出ていないとも言える。
実際、普段ならこの辺も活気があるんだろうなという場所がいくつかあった。
「最初は心配したんですよ。こっちの国と喧嘩でも始まるんじゃないかって」
「常に火種はありますね。やはり、人間そう簡単には変わらない物です。大きな声では言えませんが、こちらが親であちらが子、そう考えるお年寄りは少なからずいるようですから」
そういうものなのかあ、とちょっと悲しい気持ちを抱えながら、町を歩く。
テオドール様と、表向きの役職ではその次に偉いエリナ所長はお城であれこれお話中。
私は自由な時間と、マリウスさんを手に入れたわけだけど……。
「探索者、討伐者の人が多いなあ。それに、魔法使いも結構いますよ」
「探索者たちはともかく、魔法使いもですか」
ちなみにこれまでの会話は、つぶやくような大きさでしてるからあまり聞かれてないと思う。
市場は騒がしいし、行きかう人もいちいち私たちを気にしないだろう。
そうした中で観察した限り、他の土地と交流しやすいからか、住民以外の人が結構いる。
まあ、見るからに武装してればすぐにわかるって人もいるんだけどね。
「そんなに怪物が多いのか、それとも……ちょっと寄っていきませんか?」
「仕方ないですね。情報収集という奴です」
大体、どの場所でもそういう話が集まる場所は相場が決まっている。
昼間からやってる酒場たちであったり、人が集まるところだ。
市場のそばにある、それらしい建物へと足を向けると騒ぎがここまで聞こえて来た。
さすがにここは、見た目は屈強な戦士であるマリウスさんに先導してもらいながら中へ。
中に入ると、視線がいくらか集まるけど人の出入りが多すぎるのか、それもすぐに元へ。
町の内外の依頼事が書かれているのか、乱暴な文字の羊皮紙や板切れが壁に打ち付けられている。
(紙……は高いか。そのあたりは、私が量産できるようなもんじゃないもんね)
お婆ちゃんの記憶にある、和紙の類なら作ることそのものは出来るだろうけど……。
適した材料の、定期的な確保というのがこうやって大量消費が見込める物は問題だと学んだ。
洗濯板も、ちょうどいい板を用意するのに気を付けないと伐採量が増えてしまうところだったのだ。
「マスター、このあたりは討伐が多いのだな」
「見ない顔だな……アンタぐらい腕っぷしが良さそうなら稼ぎやすいぜ。近くの沼地だとか、山に怪物が増えて来たんだ。だから街道まで出てくるのを見つけ次第倒すだけでも酒代にはなる」
聞き流すには、なかなか厄介そうな話が聞けた。
シーベイラの近くでも、前よりは目撃量が増えているような話を聞いたことがある。
となると、このあたりも含めた限定的な話……というよりは、国規模で変化があると見たほうがいいかもしれない。
頭をよぎるのは、お婆ちゃんの記憶にある動物の伝染病。
そう、私は怪物をある種病気のように考えていた。
無くすことは出来ないけど、被害を減らすことは出来るんじゃないかという意味でだ。
「誰でも大きな音が出せて、驚かせるようなのがあったら楽ですかね」
「どのぐらいの物かにもよりますが……無いよりは、あった方が大きく違うでしょうね」
今考えているのは、猛獣避けの道具のようなものだ。
誰でも魔素はもっている。その魔素を利用したのが浄化樽たちだ。
となれば、同じように魔素を使うことでそういうグッズが出来ないかってこと。
仕組みというか、考え自体は前からあったんだけど……需要が読めなかった。
こっちの町でもこんな感じなら、シーベイラでも十分需要がありそうだ。
帰ったら色々作ってみよう、そう決めた。
そんな時だ。
「なんだあ、てめえ!」
どこにでもありそうな酔っ払いの大きな声。
そちらを向けば、叫んだ男の人が別の人につかみかかり……投げて来た!
お互いに体格のいい討伐者だったのか、結構な勢いで男の人が迫ってくる。
「むっ!」
「優しき抱擁を!」
とっさに私を守るように動いてくれたマリウスさん。
でも私は、短く詠唱を唱え、魔法を使っていた。
酒場の中に魔法使いが私1人だったら、使わなかったと思う。
でも、見るからに魔法使いという人も結構いたのでこのぐらいはいいかなと思ったのだ。
局地的に風が動き、男の人はまるで柔らかい毛布に抱えられるような気分になったはずだ。
倒れ込むことなく、ふわりと勢いが止まるのがわかる。
「っと、今のはお嬢ちゃんが?」
「え? あ、はい」
違いますと答えるのは、無理があった。
騒ぎになることはなかったけれど、少しばかり周囲からの視線が変わったような気が……。
お仕事がやってくる、なんてことはないといいなあと思いながら果実の絞り汁を頼む私だった。
11
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる