聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-057「竜との語らい」

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 気が付けば、耳鳴りのような音が響いていた。
 キーンと、痛いようなそうでもないような。

 気になると言えば気になるけれど、唄は止めない。
 竜への唄は、終わりがないと聞いている。

 理由はいろいろあるんだろうけど、子守歌に歌うこともあるからなんだと思う。
 今思えば、小さい頃にお母さんが歌っていた覚えがある。
 だから好きなだけ歌って、好きなところで止める形になっているのだ。

 どこかふわっとした気分で、周囲のことを感じなくなった時のことだ。

『久しいな、小さきものよ』

 突然、本当に突然にその気配が生じた。
 すぐ目の前、テーブルの向こう側、ぐらいの距離に巨体が現れていた。
 祭壇が、子供のおもちゃのような大きさの……巨体。

 大人の拳ぐらいはありそうな瞳と、見つめ合う。
 その間にも、私の口からは唄が続いている。
 感じる……この感じは!

『もう止めてもいいぞ。我はここにやってきた』

「ほ、本当にいたあ!?」

 瞬間、変なふわっとした気分が途切れ、自由が戻ってくる。
 気持ちのまま叫んでから、最初の一言がそれはまずいなと思った。

(あああ、やっちゃった! 竜だよ竜!)

 両手を顔の前で、バタバタさせていると、笑い声が響き渡った。
 その声でようやく、周囲の皆も正気を取り戻したんだと思う。

「ターニャ様!」

「待って! 対話と、敬いを忘れちゃだめですよ!」

 さっき叫んだのは私なのに、どの口で言うのかと思ったりもするけど、それはそれ。
 剣を抜きかけたマリウスさんや、兵士のみんなを制止する。
 その間も笑い続ける竜の前に立ち、事前に決めていた通りに小さく会釈した。

「かつてより生き、彼方へと生き残る竜よ。しばらくの触れ合いをしませんか?」

『うむ。望むところよ。一族もいるようだしな』

「一族? やっぱり……」

 竜の視線が注がれるのは私、そしてその胸元。
 ぶら下がった袋から顔を出すシロだった。

 私がシロの正体に改めて驚いている間に、竜はほのかな光に包まれたかと思うとそのまま縮まった。
 と言っても、大きな馬、って感じで大きいのは大きい。
 先ほどまでの見上げるほどと比べれば、例えば背に乗るなんてこともできそうな大きさだった。

『まずは、小さきものがどうして来たかを聞くとしよう』

 そうして、宴のような何かが始まった。
 持ち込んだ食べ物などを、家族で分けるように竜と分けて食べる。
 さすがに私一人では食べきれないから、マリウスさんたちにも手伝ってもらって、だ。

 そんなことをしていると、みんなも少し落ち着いてきたみたいだった。
 まだこう……恐る恐るというか、緊張の方が強いみたいだけどね。

『なるほどな。わからないというのは不安となる。勝てるかわからない、大丈夫なのかわからない。そういったものは竜も人もそう変わらんのだ』

「そうなんですね……私、竜はもっと圧倒的というか、最強の生き物って思ってました」

 儀式らしく、丁寧に敬語もと思っていたけれど、楽しく語らえないのであればこちらも楽しくない。
 そんな風に言われ、口調もいつものように戻って来た私。

 招かれるままに、座り込んだ竜の手元、太い腕を椅子代わりに座ることになっていた。
 まるで竜に抱きかかえられているような感じがして、ドキドキもするし、安心もする。
 本人(?)は謙遜しているけど、確かな力を感じるのだ。

『弱いつもりはないがな。たまたま、そう……たまたま我らはそういう生き物だったというだけのことよ。人のように、差をどうにかしようと努力する力はあまりない』

「竜に対する幻想が、少し変わりそう……」

 そんなつぶやきに、竜はまた笑う。
 笑う時の吐息1つにも、まるで魔法が発動する直前のような魔素を感じる。
 これがいわゆる、竜の吐息、ブレスの秘密なのかもしれない。

『お前は面白いな。ただの人の子ではないようだ。2人……いや、1人は1人だが重なっているのだな。苦労も楽しみも多そうだ』

「おかげさまで。この世界で生きることが出来ています」

 これは本当に、そうだ。思わず口調を改めてしまうほどに。
 お婆ちゃんと一緒にならなかったら、こんな大人びた考えは出来なかっただろうと思う。
 まだまだ子供で、誰かに頼り切った生き方をしていたに違いない。

 それが悪いってことではないけれど、こうやって竜と話すことは間違いなく、あり得なかったはずだ。

『ふむ。となれば英知を、とは言えんな。我のはあくまで世界の真実に気が付くための助言。お前はもう、その一端を掴んでいる。荷物に命を感じるな』

「あっ、確か何もなかったら咲かせようかなって思って……」

 そうして取り出したのは、花の種、それに苗たち。
 外に植えようかと思っていたのだけど、竜が少し爪先を動かすと、岩の地面に穴が開いた。
 ぐるぐると爪が動くと、それに従って岩が消えて、地面が露わになっていく。

「うわあ……すごい!」

『さあ、見せて見よ』

 瞬く間に、ちょっとした庭先の花壇ほどの大きさの地面が見えて来た。
 言われるままに、私は皆に声をかけて苗を植え、種を撒いた。
 そして……集中。

 両手から飛び出るのは、水。
 ちゃんと草花に優しいようにと冷たすぎない程度の水だ。
 すぐに地面は湿り……胸元からシロが飛び出した。

「こら、シロ! って、まあいいか」

 水浴びと勘違いしたのか、両手からのシャワーに気持ちよさそうなシロがいた。
 竜も、そんなシロを優しい瞳で見ている。
 もしかして……かな?

(今は先にこっちかな)

 シロのことはともかくとして、せっかく水を上げたところだ。
 少し前に、育てたように魔法を切り替える。
 回復魔法に近いけれど、少し違う。成長を助ける魔法だ。

「手ごたえが……!」

 さっきの水の時もそうだったけど、魔法の手ごたえがおかしかった。
 普段より使う魔素は少ないように感じるのに、結果は全然違う。
 戸惑う間に芽が出て、葉っぱとなり、元々の苗はどんどん大きくなっていく。

「やりすぎたかな?」

『よいよい。契約としては上等だ』

 契約?と思っていると、一番大きく伸びた花のにおいをかぐようにしたかと思うと、竜は食べた。
 ぱくっと、それはもう見事に花が無くなった。

『捧げもの、とは違うがな。さて、これで契約は成った。人よ、小さきものよ。願いを言うがいい。対価と対話、それが契約だ』

 突然の展開だった。
 きっと、王様のご先祖様はこの流れで南側に住む権利を勝ち得たんだと思う。
 でも私はそんな立場にはない。

 となると……こうかな?

「……何も、かなあ?」

『何もないのか?』

 不思議そうな竜に、こちらも頷く。
 正しくは何もないわけじゃないのだ。
 でも、竜にかなえてもらうのは少し違うかなってところ。

「個人的には特にないです。敢えて言うなら平和な明日を、笑顔のある家族が国に溢れることを望みます」

『……ふふふ、そうか。そうか! なるほどな、一番贅沢な望みだ。よかろう、我にとっては人の一生はまばたきのようなもの。お前がその心を失わずに生きる限り、陰ながら見守ろうではないか』

 それでお話は終わりのようで、後は話を聞かせろということになってしまった。
 成功……だとは思う。

 戸惑いながらも、みんなと一緒に騒いで……そして夜。
 なぜか寒くない場所で、みんな雑魚寝だ。

『人の子よ、我らが一族の子を頼むぞ』

「はい……!」

 寝てしまう直前、そんなことを竜に言われ、快諾した私だった。
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