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CBM-033
しおりを挟む静かな着地が倉庫らしき場所にわずかに埃を上げる。掃除がされているのか、ここが出来てからまだ日が浅いのか。どちらかはわからないが、綺麗じゃないのなら都合は良さそうだ。
マスターの背負い袋からはいくつかの道具を借りている。水薬もそうだが、こういった荒事の時に切り抜けるために都合が良い物がちょうどあった。恐らく、一人旅の中で逃げ出すための物なのだろう。
(感じる……近い)
湧きあがりそうになる焦りを押しとどめ、ゆっくり深呼吸。そして気持ちを切り替えていく。己の目的のために……集中だ。そっと、外の気配を伺いながら忍び込んだ部屋の扉を開く。建付けが悪いのか、思ったよりも大きな音を立てて廊下が見えるようになる。
廊下には灯りがいくつも灯っていた。油……ではない、わずかだがマナを感じるところを見るに、魔法の灯りだろう。切れる度に灯しているのか、マナ結晶のようなものを使った道具なのかはわからない。
炎の灯りと比べ、揺らぎが無いのはありがたいところだった。そっと扉から廊下に出て、周囲を伺う。たくさんの扉はそれぞれに部屋がある証拠であり、ここが拠点としてはかなり物のだと感じさせる。というか、外で見たより大きく感じるような……その辺は後でいいか。
マスターの気配を感じる方へと一歩踏み出し、そのまま無造作ともいえる動作で横に動いて剣を突き出した。
確かな手ごたえとくぐもったようなうめき声、そして水音。
「俺の鼻と耳は特別でね。生きているなら息も止めてなきゃな」
天井から襲撃してきたのは人間だった。特徴のない布地の服で全身を覆い、目ぐらいしか見えない。十分とは言えない灯りの中、床に血が広がっていく。
それを合図にしたかのように、扉が次々と開いて中から出てくる影。人間もいれば、召喚獣らしき相手もいる。自分たちの意志でこうしているのか、外で出会った連中のように何かをされているのか。
「どちらにしても、たかがコボルト一匹に豪勢なもんだ」
間違いなく、中の奴は俺が潜入してきたこと、外で王子たちが戦っていることをある程度把握しているに違いない。監視がいたのか、何か魔法で罠でもしかけてあったのか。なんとなく、後者かな?
じりじりと迫る相手を前に、俺も武器を構え姿勢を低くする。まるで犬が飛び掛かるようで出来れば他の戦い方も学びたいが俺は……コボルトだ。
「そこを通してもらうっ!!」
一人ではきついのは間違いないが、外で王子たちと合流するのは無しだ。戦いの覚悟を示すように一吠え、駆けだした。
人間の子供かそれ以下の背丈しかないコボルトにとって、正面から多数を相手取るのは厳しい。外からつつくか、もしくは引っ掻き回すか。足を止めたらいけないという点では変わりはない。先頭に1人……他はまばら。
(まずは1人! 次っ)
手加減無用、そう考えて足回りにマナをこめて短時間だけれどもその力を強化。床石を踏み抜くかのように力をこめて一息に間合いを詰める。驚愕が顔に張り付いたのでまだ相手は自分の意思があるようだ。それに迷うこともなく、わずかに飛んだ俺の剣が相手のわき腹を深くえぐり、後ろまで突き抜けた。
着地で勢いを殺さないように注意しながらそのまま壁に向かって走り、飛び上がりながら斜めに蹴った。俺の体格的に本来は全員の上に飛ぶなんてことは出来ない。けれども今の俺は……本気だ。使える物は何でも使おう。だから……。
(力を貸せ、でかいだけのトカゲないってことを証明してみせろ!)
ドクンと、俺のじゃない鼓動を感じた。その感覚に身を任せながら、空中で回転。大きく飛び上がり天井近くまで来ていた俺はそのまま天井を蹴った。
最初よりも確かな、骨ごと叩ききる手ごたえ。着地した俺に遅れて人間だった物が2つ出来上がった。刃こぼれや下手をすると折れてしまいそうな気もするが、今はそんな気がしない。
見せつけるようにして名もなき剣の切っ先を向けると、ほのかに刀身が光っているように思えた。階位の高い怪物、魔獣などと呼ばれる奴らが牙とかに使うとされる魔法の一種だと直感した。一番有名なところではドラゴンはその爪、牙、そして尻尾がそれぞれ一撃必殺の力を持っているのもこのせいだと言われている。
「邪魔をするならば全て斬る!」
俺とマスターと、そしてドラゴンのマナを自分の意志で体中に巡らせる。その間にもひるまない相手が俺を殺そうと迫る。だが俺はコボルト、非常に小柄だ。そうなれば自然と……攻撃の方向は狭くなる!
振り下ろし、突き出し、いずれにしても斜め下に向けての攻撃だということは共通している。これが人間や、大柄な怪物相手であればどこに向けて攻撃するかバラバラだったかもしれない。今回は体格のおかげで助かった形である。
包囲の一角へと駆け抜け、足元を走り駄賃とばかりに相手を切り付ければ倒れ込む。そうしたら動くのに邪魔な障害物の出来上がりだ。強化された剣は面白いように防具ごと相手を切り裂いた。
(マスター……エルサ!)
まっすぐに走り抜けられないもどかしさを横にどかし、少しずつでも確実に前に進む。後ろには相手の屍が増え、どこに隠れていたと言わんばかりに増援もやってくる。一体何人いるのか? これだけだと食事だけでも相当なことだ。
何かの作戦を実行直前だった……そんな考えが刻まれた知識により導かれる。消耗前提の作戦であれば当日まで無事であるだけでいい。そう、例えば……失敗しても同じ国の人間同士、その国にいる怪物が暴れただけであれば本体は痛くもかゆくもない。
頭に浮かぶのは水を汚染された土地。それに、巨人胆だって扱いを間違えれば大惨事だったはずだ。それこそ、病気の領主がいる場所が怪物の大軍に襲われていた可能性だってあった。
そして、召喚魔法による誘拐。これはこうなると目的が見えてくる。恐らく、狙った相手を直接召喚する術を研究していたのだ。巨人胆は特定の相手を誘うための薬でも作るためか。というのも今のところ、召喚魔法は自分が契約できる力量の相手しか召喚出来ないと聞く。そうでなければ、召喚士が危ないからな。
逆に考えれば、それで構わないとしたら? 目的の相手さえ召喚できれば暴れさせたい場所で行えば自分は逃げるだけでいいのだ。
(例えばそう、王都のど真ん中でとかな)
この場所は目的の場所へと召喚で持っていくためにぎりぎりの距離にあるのかもしれない。召喚できた距離は、そのまま射程距離という訳だ。
「くそ、ここも違うか……」
もう何人、何匹を切り裂いたかは数えていない。殺せていない相手も多いので、まだ動く気配は多い。と、玄関だろう方向が騒がしくなる。王子たちが目の前まで迫ってきたのだろう。わざと騒がしく、惹きつけようとしてくれている……そう感じた。
だが今のところ見つけることができていない。どうする、このまま探すか?と考えた時だ。
「声……いや、これは……」
声なき声、マナのつながりを通して感じる……マスターのものだ!
理屈では説明できない感情と共に、空いている左手を胸元のマナ結晶に当てて屋敷中に聞こえろとばかりに口を開いた。
「呼べ! 俺を……共にいると決めたコボルトの戦士ルトを、マスター……エルサ、喚べぇえええ!!!」
魔法未満の力の迸り、力と感情に任せて周囲へとマナの力を放出した。無数の縄を投げ、つかみ取ってくれとばかりに。そして、大きく引っ張られる感覚と共に足元に温かい光があふれる。
迷うことなく光に身を任せると、わずかな浮遊感。そしていつか味わっただろう感覚が終わった後には……。
「何を呼んだかと思えば……コボルトじゃないか」
「ただのコボルトじゃないさ」
さっきまでいた廊下と比べるとやや明るい。それでいて、壁や室内にある機材はひどく気分が悪くなりそうなものだ。どさりと、背後で何かが座り込む音。
振り返るまでもなく気配でわかる。マスターだ。まだ生きている。俺はそのまま正面、恐らく何か魔法でマスターを拘束でもしていたであろう相手を睨む。
「主の剣と盾であると決めた……それが俺、コボルトのルトだっ!」
叫びが力となったのか、構えた剣はマナの刃がはっきりと光っていた。
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