雪蛍

紫水晶羅

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出会い

綾音のトラウマ

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 ドアが閉まり、ドアベルが鳴り止むのを見届けると、「大丈夫か?」優吾がゆっくり振り返った。
「ん……。平気。ありがとう」
 綾音が、力なく笑った。

「あれから十三年……」
「十四年になりますよ」
 須藤からこぼれ落ちた言葉を、優吾が静かに拾い上げた。
「まだ、引きずってるのか?」
 須藤が心配そうに綾音の顔を覗き込む。おぼろげな目を宙に貼りつけ、こくりと綾音が頷いた。
「おかしいですよね。もう何年も経つのに」
「ちっともおかしくなんてないさ」
 グラスの水を一口飲み、須藤はふうっと息をついた。

「あんなことがあったんだ。そんな簡単に吹っ切れるわけないだろう?」
「先生……」
「俺は今でもお前らの担任だ。辛かったらいつでも呼べ。話くらい聞いてやる」
 グラスから綾音に視線を移し、須藤は目元を緩めた。
「先生、かっこいいっす」
 相沢のカップを片付けながら、優吾が横目で須藤を見やる。
「今ごろ気づいたか」
 悪戯っぽく顔を歪め、須藤が声を上げて笑った。


 須藤を見送ったあと、綾音は時計に目を向けた。レジカウンターの横に掛けられた古い柱時計は、八時を指していた。
「そろそろ閉めるか」
 両手を頭上に組み、優吾が大きく伸びをする。
「そうだね」
 綾音は電飾看板のスイッチを切り、ドアプレートを『CLOSED』にした。

 喫茶わたゆきの営業時間は、午前十一時から午後八時となっているが、その日の客入りによって早く閉めることもあれば、長く開いていることもある。
 山間の小さな集落に佇むわたゆきの客は、ほとんどが地元住民だ。長年やっていると、一人一人の来店時間もわかってくる。夕食どきに来る客は、数えるくらいしかいない。

「今日はもう上がれよ。あとは俺がやっておく」
 調理器具を食洗機に突っ込みながら、疲れただろ? と優吾がチラリと綾音を見やった。
「でも……」
「無理すんなよ。今日はパンク騒ぎもあったし。それに……」
 ゆっくり綾音の側に歩み寄ると、優吾は労わるように綾音の顔を覗き込んだ。
「久しぶりに思い出して辛くなってんだろ? こうのこと」
「あ……」
 ダスターを絞る手を止め、綾音は俯き声をつまらせた。
「ほら」
 綾音の手からダスターをもぎ取り、「いいからさっさと風呂入って寝ろ」優吾は綾音の頭に手を乗せた。

 震える吐息を静かに吐き出したあと、綾音は手の甲でそっと目尻を拭った。
「ごめん……」
「謝んじゃねぇよ。ばぁか」
 大きな手で綾音の髪を乱暴にかき混ぜると、優吾は目を細めてくしゃりと笑った。

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