雪蛍

紫水晶羅

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出会い

王子様の正体は?

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 喫茶わたゆきのコーヒは、全て自家焙煎だ。ロースターである優吾の父親が丹精込めて焙煎した豆は、雑味がなくすっきりとした味わいだ。
 道の駅や高速道路のパーキングエリアに置かせてもらったところ、口コミやSNSで話題となり、問い合わせも増えたため、この度、ネット販売に踏み切ったのだ。
 パソコンに不慣れな彼は、商工会の職員から手取り足取り指導を受けながら、毎日悪戦苦闘している。

「優吾がやってやりゃあいいだろ?」
 あっという間にスパゲッティを平らげた須藤が、紙ナプキンを口に当てて上目遣いに優吾を見る。
「ダメっすよ。甘やかしたら、本人のためになりませんから」
 あれは親父の仕事っす、と優吾は喫茶店の裏にある自宅の方を親指で差した。
「相変わらず厳しいやつだな」
 須藤が眉間に皺を寄せる。優吾は昔から、少し頑固なところがあった。
「でしょう? いちいち細かいんですよ」
「はぁ? お前が大雑把すぎんだよ」
「どこがよ? 私はいつも臨機応変に……」
「はいはい、痴話喧嘩はおうちでやってもらうとして」
 相沢が割って入る。
「痴話喧嘩って……!」
 反論する綾音をまあまあと宥め、「それにしても、よく道具持ってたな」と相沢が唐突に話を切り出した。

「へ?」
 綾音がきょとんとする。
「だから、綾音ちゃんの元に颯爽と現れたイケメン王子様。よくそんな都合よく、修理道具なんか持ってたなと思って」
 コーヒーを飲み干し、相沢は不思議そうに目を丸くした。

 王子様って、と笑いながら、「自動車整備工場の人だったんですよ。ちょうど、パンクの修理から戻って来たところだったらしくて」と綾音が説明する。
 よくもまあ似たような奴がいたもんだ、と優吾は腕組みをし、からかうように綾音を上から見下ろした。
 もう! と二十センチほど上にある優吾の顔をひと睨みしたあと、「そういえば名刺……」と綾音は思い出したようにバックヤードへと姿を消した。
 しばらくしたのち、綾音が一枚の名刺を手に戻って来る。
 皆が注目する中、カウンターの上にそれが置かれた。

南條なんじょう……ほたる?」
 優吾が首を傾げる。
「ほたるじゃなくて、けいた。南條なんじょう蛍太けいたさん」
 綾音が教師のような口調で訂正した。
「へぇ。川口モータース」
「相沢さん、ご存知なんですか?」
 意外そうに、綾音が訊く。
「あそこだろ? 高速道路の下をくぐって道なりに行ったとこの……」
「あ、はい……」
 綾音が曖昧に頷く。
「ああ……。そうそう。確か昔、あの辺りで高校生が……」
「相沢さん」
 優吾が相沢の言葉を遮った。

「明日、早いんじゃなかったでしたっけ?」
「おう、そうだった。もうこんな時間か」
 棒切れのような骨ばった左腕に巻かれた金の腕時計をちらりと見ると、「早いねぇ、時間が経つのは」相沢はどっこいしょ、とカウンターチェアから降りて腰を伸ばした。

 相沢は明朝、仲間とグラウンドゴルフに出かけるらしい。農業を営んでいる相沢にとって、田畑の作付けを終えた今の時期が、束の間の休息なのだ。
「良い報告をお待ちしてます」
 軽く言葉を交わしながら、優吾がレジカウンターへと向かう。
「いっちょまた、ホールインワンでも出してやるか」
 相沢はトレーにコインを置くと、クラブを振る素振りを見せた。
「ははっ。頑張ってください」
 ありがとうございました、と優吾が相沢を送り出す。
「んじゃまた。おやすみぃ」
 後ろ手に手を振り、相沢は夜の闇へと紛れていった。


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