外偵 結城杏子の事件簿ーロワールの殺人ー

秋樹

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第5章

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 どんよりとした曇り空の下、神崎克美が運転する日産セレナは首都高速湾岸線をゆっくりと走っていた。
 本人が免許取り立てで運転歴が浅いこともあり、高速道路の最低速度ギリギリでの鈍足走行である。後続車が次々と、時には迷惑と言わんばかりにクラクションを鳴らして自車を追い越していくのを横目で見ながら、神崎は溜息をついた。
 上司である佐伯真二から、新たな仕事が与えられたのは昨日の夕方であった。先輩であり、憧れの探偵である結城杏子が追っているフランスでの日本人失踪事件が、どうやら殺人事件に切り替わったと聞かされて驚いたのもつかの間、
 被害者となった金村良純の息子が横浜にいるらしいとの情報を基に、現地へ赴いての本人聞き取りを任されたのである。
 まだ見習いの身分とあって、普段から雑務など、先輩たちのサポートに徹することの多い神崎からすれば大役であるが、果たして本当に自分でいいのか。若干の不安を覚えたので佐伯に確認を取ると、
「そろそろ神崎君も、こういう仕事をこなしていい頃だろう。すでに相手のアポは取ってあるから心配いらないよ。君は技術的にはまだ未熟だが、相手に警戒心を抱かせず、話しやすい雰囲気を持っている。だから今回のような仕事には適任だと思ったんだ。自信を持って、行ってきたまえ」
 いつもの飄々とした笑顔と軽妙な口調で激励された。
 当初は電車とバスで目的地へ向かおうとしたのだが、出掛けに佐伯から「調査員は、こっちのほうも早く一人前になってもらわないと困るよ」とセレナのキーを投げ寄越されたことで、神崎の緊張度は一気に増した。事務所の社用車であるミニバンを運転するのは、今回でまだ三回目である。
 唯一救いだったのは、新宿から横浜市まで、それほど距離が離れておらず、高速道路の利用許可が下りたことだった。普段はもっぱら軽自動車を運転しているので、ミニバンの大きさを考えると、狭い公道を進むのは、まだ極力避けたかった。
 事務所を出たのが午前八時過ぎ。平日の朝に訪ねて問題ないのかと疑問に思ったが、相手は個人経営のレストランを営んでいるとのことで、むしろ午前中でなければ都合がつかないらしい。
 西新宿三丁目の国道二十号線を通り、山手通りを抜けて初台南出入口から首都高環状線へ。通勤ラッシュの時間帯だが、下りなので思ったよりも通行量は少ない。
 時折、視界に入る東京湾の景色を望みながら四十分ほど走ると、新山下と書かれた案内版に差し掛かった。目的地が近いので高速を降りる。
 出口を抜けて到着した横浜市西区は港に程近く、山下公園や赤レンガ倉庫、中華街など、港町ヨコハマの代表的な観光名所を数多く有するエリアである。
 神崎にとっては初めて訪れる場所であるため、迷わないようカーナビで確認すると、目的地である山手町はすぐ隣にあり、思ったよりも近い。
 曲がりくねった坂道を上り切ると、左手に『港の見える丘公園』が見えてきた。
 腕時計を見ると午前九時を回っている。アポの時間までは、まだ少し余裕がある。
 神崎は近場のコインパークに車を停め、公園の展望台まで足を運ぶことにした。小高い丘の上に位置する展望台から眼下を眺めると、手前には先刻通ってきた首都高速道路が、遠くにはベイブリッジや横浜港が見える。あいにくの空模様ではあるが、春の暖かさと吹き上がる風が同時に感じられて心地よい。
 神崎は近くのベンチに腰を下ろすと、手に抱えていたファイルを開いた。中身は金村良純のプロフィールである。息子に会うまえに、もう一度情報を確認しておきたかったのだ。
 プロフィールには次のように書かれてあった。

 ・氏名 金村良純
 ・生年月日 一九六〇年三月八日
 ・出身 栃木県宇都宮市
 ・家族構成 疎遠の息子が一人。妻とは死別。
 ・主な経歴 宇都宮市内のN高校を卒業後、海上自衛隊に入隊。掃海部隊の隊
  員として横須賀基地などで三十六年間勤務し、二〇一四年春に退職。最終階
  級は准尉。その翌年に妻を病気で亡くす。二〇一六年春に祖母の母国である
  フランスに移住。日仏翻訳の仕事などをしながら生計を立てていた。

 以上である。ごく簡素な経歴書のような体裁で、調査資料としてはいささか心許ない。
 所長である佐伯の警察・新聞社関係のツテを使えば、通常ならもう少し対象者の情報が集まるのだが、金村に関してはファイルに記載されている以上のことは分からなかったらしい。
 神崎は自衛隊に詳しくはないが、国家を防衛する名目上、機密事項が多く、部隊での集団生活が長いというイメージがある。もしかすると、金村の情報が少ないのはそのせいかもしれない。
 しかし何より神崎が感心するのは、単身外国に移住するという金村の気概である。彼の年齢で、それまで築き上げた生活を捨てるのは、並大抵の覚悟ではできないはずだ。しかも妻と死別し、ほとんど誰の手も借りずに異国の地で新たな人生を始めるには相当の準備が必要ではないだろうか。
 自分ならとても真似できない、と神崎は思う。
(よほどお祖母さんの国に憧れがあったのかな)
 だがプロフィールを見る限り、祖母の存在を除けば、金村の人生にフランスとの接点があるようには見えない。この点については、彼の息子に聞けば何かわかるかもしれない。

                   2

 アポの時間が迫ったので、神崎は車に戻り、再び目的地へ向け発進した。
 公園を通り過ぎると、閑静な住宅街が続く。その中を数分ほど走っていくと、一角に『ルポゼ』と書かれた看板が見えた。
 佐伯に渡されたメモを確認すると、この場所で間違いない。金村良純の息子、金村健吾が営むカフェレストランである。
 そばにある小さな駐車場に車を停めて降り、レストランの入口に近づく。ドアには準備中の札がかけてあったが、神崎は構わず「ごめんください」と中へ入った。
 木目調をベースとした店内はカフェらしい趣があり、小さいながらも落ち着いた雰囲気だった。当然、まだ客はおらずガランとしている。
 神崎が再度「すみません」と声をかけると、奥の厨房らしき入口から男が現れた。紺の長袖とジーンズを着た三十代前半くらいの体格の良い青年だった。
「金村健吾さんですか?」
「そうだけど、どちらさま?」
「東京の佐伯探偵事務所の者で神崎と申します。先日、金村さんにお話を伺うためのアポを取ったと思うんですが」
「…ああ、あの時の。それがあんたか」
 金村の表情に、明らかな嫌悪の色が浮かんだ。
「今、よろしいですか?」と神崎がおずおずと尋ねると、
「…どうぞ」
カウンターの席に座るよう手で促した。
「いい店ですね。何だか安らげるような感じで。店名の『ルポゼ』ってどういう意味なんですか?」
 席に座って、店内を見回しながら神崎が再び尋ねる。
「あんたが今、感じた通りだよ。フランス語で休むって意味だ。客がリラックスできる店にしたくてね」
カウンターの向かい側に金村が腰を下ろした。
「店を開いて、もう長いんですか?」
「いや、まだ四年目だよ。それより、さっさと本題に入ってくれないか。こっちは開店前で暇じゃないんだ」
 金村の声には若干の苛立ちがこもっている。まずは世間話で警戒心を解こうと思ったが、逆効果だったようだ。
 神崎はポケットからICレコーダーを取り出すと、「一応、記録させてください」とカウンターの上に置いた。金村はレコーダーを一瞥したが何も言わなかった。
「今日お伺いしたのは、あなたのお父さん、金村良純さんのことで…」
「…昨夜、聞いたよ。死んだらしいな」
「正確には、まだご本人と確定したわけではありません。ただ、フランスのナントという街で発見された遺体が限りなく良純さんに似ているらしいんです。そもそもなぜ弊社が今回の件に関わったかと言いますと」
「そのあたりも、お宅の所長さんが話してくれたよ。親父の元同僚の依頼がきっかけだとね。それで今、お仲間の探偵さんがフランスで調べてるんだろ? 面倒な話だね」
「面倒って、どういう意味です?」
 いぶかしげに神崎が聞き返す。
「遺体が親父だったとして、引き取れる身内は俺しかいない。しかも場所が海外だから、手続きにも時間や手間がかかる。それなのに自殺か他殺かも分からず、向こうの警察の捜査も難航してるそうじゃないか。この上、お宅みたいな怪しげな探偵社まで割り込んできて、状況を引っ掻き回されて…これが面倒じゃなくて何だって言うんだ?」
「いえ、しかし…他殺の可能性があるなら、しっかり調べる必要はありますよ」
 金村は溜息をつきながら首を振った。
「おおかた路上強盗にでも遭ったんじゃないのか? それで抵抗しようとして、返り討ちにされたって話は海外じゃ、よく聞くじゃないか。俺は自殺じゃないかと思うよ。まあ、死んじまったんなら、どっちだって同じだがね」
「あの、お言葉ですが」
 神崎は強い口調で反駁した。
「その言い方はどうかと思います。亡くなったお父様に対してあまりにも…」
「あんた、うちの親父のこと、どれだけ知ってんの?」
 金村が鋭い目で神崎を睨む。
「依頼してきた元同僚の…村中さんだっけ。ずいぶん親父を慕ってたらしいから、さぞかしいい評判を聞いたんだろうな。でもな、俺にとっては違ったよ」
 カウンターの奥の棚から布巾を取り出し、掃除を始めながら、金村は会話を続けた。
「親父は自衛官らしく正義感が強いって言われてたが、俺からすれば、単なる価値観の押し付けだったな。俺がガキの頃から、こっちの考えや、やり方を否定して、口出ししたり正論ばかり吐いてくる。息子の気持ちなんか、ちっとも理解しようとしない。家の中はいつも息苦しくて仕方なかったよ。『自分は子供の頃に貧乏で苦労したから、同じ思いをさせたくないから厳しくするんだ』とか本人は言ってたがね」
 金村は一息つくと、布巾でカウンターを拭いていた手を止めた。
「だから俺は高校を卒業した後、すぐ家を出ていったんだ。それからは、ほとんど会ってなかったよ。最後に顔を合わせたのは二年前のお袋の葬式の時だった。フランスに移住する計画も、その時に聞かされたくらいさ。そんな関係だったから、死んだと聞かされても正直、悲しみはあまりないんだ。むしろようやく呪縛から解放された気分でね」
 そこまで喋って、金村は、はっと我に返ったような表情になった。
「つい、余計なことまで話したな。とにかく、俺たちは長い間、絶縁してたんだ。だから、わざわざ来てもらって悪いが、親父のことに関してあまり話せることはないよ」
(取り付くシマがないな――)
 金村のどこまでも非協力的な態度に、神崎は頭を抱えそうになった。金村親子の仲が良くないことは事前に報告で読んでいたが、こうして息子の話を聞いていると、その確執ぶりが想像以上であることが伺える。
 金村の言う通り、父親との関係が長い間途絶えていたなら、事件に役立ちそうな情報はあまり持っていないかもしれない。
しかし神崎としても、佐伯所長から期待を寄せられた以上、ここで簡単に引き下がるわけにもいかない。
何か攻め手はないかと考えをめぐらせていると、さっきの会話の中の、ある言葉が引っ掛かった。
「さっき、『良純さんは子供の頃に貧乏だったと言っていた』とおっしゃいましたね。そんなに苦労されたんですか?」
 神崎の唐突な質問に、金村は戸惑いの表情を見せた。
「その質問は、今回の件に何か関係あるのかい?」
「分かりません。ただ、事件の背景に被害者の過去が関わっていることは考えられます。よろしければ話してもらえませんか?」
 そう言って、神崎はペコリと頭を下げた。
 あどけなさの残る若者の素直な態度に、幾分毒気を抜かれたのか、金村は頭をかくと不承不承な面持ちで口を開いた。
「親父はガキの頃に両親を失ってね。代わりに父方の祖父さん…つまり俺の曽祖父さんに育てられたんだ。でも曽祖父さんも妻をフランスで亡くしてからは、やもめ暮らしで、生活は楽じゃなかったらしい。それが親父が自衛隊に入った理由の一つさ。本人は大学に行きたかったそうだが、学費を工面できなきゃ、どうしようもないからな」
「良純さんのお祖母さんは、フランス人だったそうですね。村中さんがおっしゃってました」
「ああ、俺もあんまり詳しくはないがね。戦時中に曽祖父さんがフランスに赴任した時に、出会ったらしいよ。現地で祖父さんを生んで間もなく死んだから、俺は会ったことはないんだ。戦争が終わった後、曽祖父さんはまだ幼児だった祖父さんを連れて日本に帰国したそうだ」
「さっき、貧しかったことが自衛隊に入った理由の一つの言いましたね。他にも何か理由があるんですか?」
「ああ、それね。曽祖父さんは若い頃、海軍の軍人だったんだよ。フランスには駐在武官として赴任してたらしいんだ。親父はそんな曽祖父さんに憧れて、自衛隊を目指した部分もあったそうだよ」
「海軍の軍人ですか…」
 戦争と海軍――いずれも七十年以上も前の出来事で、平成生まれの神崎には教科書でしか知らない遠い過去の歴史だ。果たして今回の事件と関連があるのか、まだ見習い調査員の自分では判断できない。
(でも、これは糸口になるかもしれない――)
「…もういいかな? そろそろ開店準備を始めなきゃいけないんだ」
「あ、はい。お時間を取らせてすみませんでした。最後に一つだけ。曽お祖父さんと、その奥様の名前を教えてもらえませんか?」
「曽祖父さんの名前は金村源一郎だよ。奥さんは…悪いけど知らないな。親父が話すこともなかったしね」
「そうですか。お話ありがとうございました」
 神崎が頭を下げて礼を言い、店を後にしようとすると、
「探偵さん」
 金村が声をかけたので振り返った。
「事件で何か分かったことがあったら、連絡してくれないか。俺も一応、関係者として知っておきたいんでね」
「分かりました」
 再び頭を下げて神崎は店を出た。
 車に乗り込み、さっきの会話がレコーダーに録音されていることを確認すると、「ふう」と大きく息を吐いた。緊張が解かれたせいか、どっと疲れが出た気がする。
 依頼人の村中は、金村良純を勇敢で性格も良い人格者のように語っていた。だが、息子の健吾は独善的で厳しい良純を父親として嫌っていたという。それは今まで神崎が抱いていた金村のイメージとは真逆のものだ。
(果たしてどちらが本当の金村なのか)
 神崎は考えたが、結局どちらも金村という男の本質なのではないかと思った。誰しも、外の社会と内の家庭とでは顔を使い分けるものだ。他人と家族では、接し方も違って当然だろう。
 金村の詳細な経歴を知ることができたのは大きな収穫だった。神崎には、結城のような鋭い勘は持ち合わせてないが、今回の事件は金村の過去が大きく関わっているような気がする。
「あとは、事務所に戻って杏子さんに報告だな」
 神崎はつぶやいて車のエンジンをかけた。

                   3

「ランドロー警部補、当たりがいましたよ」
 階段で一階に降りてきたランドローを目にすると、ブスケが興奮気味に言った。
 二人は、金村良純のアパルトマンに住む住人一人一人への聞き込みを進めていた。
 金村の部屋に何者かが侵入したと推理した上での目撃者探しである。
 昼間は不在者が多いため、夕方から夜にかけて、各階の住人を当たれるだけ当たった。
 そして一人、ブスケが見つけたのである。
「誰からの、どんな情報だ?」
 ランドローが尋ねた。
「最上階に住む主婦です。十日ほど前の夕方、買い物から帰って階段を上っていたところ、カネムラの部屋の階に見慣れぬ男がいたそうです。黒い革ジャケットにサングラス姿で、帽子を深く被っていたため、顔までは見えなかったそうですが」
「その男は、確かにカネムラの部屋と関係しているのか?」
「このアパルトマンの構造上、階段の踊り場からは各階の廊下が見渡せるんですが、その主婦の証言によると、男は廊下の突き当りにいたと言っています。ちょうどカネムラの部屋の辺りです。それと背中に何かリュックのようなものを背負っていたと」
「なるほど、信憑性はありそうだな。そのリュックの中に、カネムラのパソコンが入っていた可能性もある」
「警部補のほうは、いかがでしたか?」
「目撃者とは少し違うんだがね。さっき、大家に改めて事情聴取したんだ。ここ一カ月、彼はカネムラを見ていないと言ったが、それより以前に会った時、何か変わったことがなかったか尋ねた」
 ランドローはジャケットから手帳を取り出し、中を開いた。
「すると興味深い話が聞けた。大家は毎朝八時頃、エントランスホールの掃除をするのが日課なんだが、今年の初め頃、その時間に外出するカネムラを見かける日が二週間ほど続いたそうだ。普段はそんな時間帯に見ないので覚えていたらしい。それである時、大家が何気なくカネムラに尋ねると、連日調べ物をするために、文書館へ行っていると答えたそうだ」
「文書館と言うと、国立中央文書館が有名ですが、そこでしょうか?」
「分からん。パリには他にも文書館があるからね。ただ、気になる証言ではある。今年の初めと言えば、事件のあった時期とそれほど離れていない。それに二週間も文書館にこもって調べ物をするというのも、よほどの目的がない限り、出来ることじゃない。今回の件と、何かしら関連があるような気がするんだ」
「そうなると、侵入者の男の件を合わせて、手がかりになり得る証言が二つ集まりましたね」
「ああ。そこで今後なんだが」
 ランドローは腕時計を見た。時刻は夜の十時を回っていた。
「ブスケは一度、ナントに戻って、カネムラの部屋で採取した毛髪をDNA鑑定に回してもらってくれ。身元確認は可及的に断定しておきたい」
「分かりました。警部補はどうされます?」
「私はパリ警視庁に協力を求めて、カネムラがどの文書館に行ったのか、特定を試みてみる。もし分かれば、そこへ急行するつもりだ」
「しかし、特定できますかね?」
「パリ近辺で文書館の数はそう多くない。それに、東洋人が二週間も連日訪れていれば、司書か誰かが覚えている可能性はあると思う」
「なるほど。そうかもしれませんね」
「侵入者の件も気がかりだが、それは後回しだ。まずはこちらの手がかりを追おう」
 二人がアパルトマンを出ようとすると、ブスケのジャケットから着信音が響いた。スマートフォンを取り出し、画面を確認したブスケは驚いたような表情を見せた。
「警部補。マドモアゼル・ユウキからです」
「何だって? ブスケ、君は番号を教えていたのか?」
「は、はい。捜査で連絡したい時にと、彼女の方から頼んできたので」
 ランドローは心の中で舌打ちした。おそらく、ランドローからの積極的な協力はあまり期待できないと考えて、部下のブスケに目をつけたのだろう。
 確かに、今夜得られた情報を進んで彼女に伝えようとは思っていなかったが、それにしてもタイミングが良すぎる。
 ランドローは一瞬、ブスケの携帯に盗聴器が仕掛けられているのではないかと疑ってしまった。盗聴は、探偵の調査において珍しい行為ではないのだ。
 ブスケが、携帯に出てもいいかと目線でランドローに問いかけてきたので、仕方なく頷く。
 携帯に出たブスケは、こちらの捜査の進捗状況を電話口の相手に説明し始めた。
 やがて「え? はあ…」とブスケが驚くような声を上げ、「分かりました、では」と言って電話を切った。
「警部補、マドモアゼル・ユウキなんですが…」
「どうしたね。大方やることがなくて、ナントで暇を持て余しているんじゃないのか?」
「いえ、彼女は今、ナントにはいません」
「いない? じゃあどこにいるんだ」
 ブスケは戸惑った表情を浮かべている。
「フランス中部の、アリエ県ヴィシー市だそうです」
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