上 下
21 / 28
せいけんのきし

ナイト

しおりを挟む
 俺は、礼儀として、シュウの冥福を祈りつつフ、と思った。
 死んだら、魂はどこへ行くんだ?
 墓の側に、教会はない、というのに。
 俺は、ランドウとの対決で、苦悩したことを思い出し、無邪気な顔したライラに、無性に腹が立った。
 こいつ、人殺して、ナニ晴れやかな顔してやがる?
 俺は、ライラに向けて、無造作に剣を投げた。
 雷の感電を警戒して、手首の鎖と繋ぐ革バンドは外したままだ。
「うおっ」
 シュウを倒し、悦に入って油断していたのか、意外に野太い叫びを発しながら、剣を弾くころには、俺は目の前に迫っていて、十字の盾で殴りつけた。
 ライラの名前とバーが出て、赤く削れる。
 俺は、地面に転がったライラから視線を外さずに、剣を拾った。
 こいつ、ケモミミ?
 そう、ショートカットの髪の登頂部分に、二つの犬っぽい三角形の獣の耳があった。
 こんな種族が、この世界にいたのか?
 というか、人の耳があるあたりから、ピアスだかイヤリングが見えるが耳、四つあるのか?
 ライラは立ち上がり、
「不意打ちとは、卑怯者め!」
 いや、お前もシュウを不意打ちしてただろう?
 とはいえ、怒りに任せて殴ったのはいいが、斬り殺すわけにいかず、かといって殺されるのもご免被る。
 少々、困っている、とライラのアンダーの胸元が捲れた。
 どうやら、十字の盾で殴ったときに、その縁の「クラーケンの嘴」で切ってしまったらしい。
 アンダーの隙間からボロッ、と巨乳が、いやパッドが零れ落ちた。
 その胸は、明らかに平で、
「貴様、恥をかかせてくれたな!」
 その声は、諦めたのか野太くて、
 ケモミミ男の娘?
 俺は、胸元を隠して逃げ出すライラを見送りガックリ、と膝をついた。

 もし、俺がこの話を聞いた、としたら、大笑いしただろう。
 なんというか、盛り過ぎで、どこもかしこもツッコミがいがあるからだ。
 しかし、当事者になってみれば、笑えない。
 一番怖いのは、「最後の一人の報酬」の存在すらわからないのに、平気で人を殺すことだ。
 この報酬が、「元の世界に帰れる」という望みを叶えられるなら、俺は悩んだだろう。
 帰りたいか、結論は別にして、可能性があれば悩む。
 人は、誰しも叶えたい願望があるのはわかる。
 だが、叶うかが本当かどうかもわからないのに、人を殺せるのか?
 しかも、何振り残っているか知らないが、その使い手、複数全員をだ。
 確かに、俺はジェネラルとして、モンスターと戦っている。
 しかし、それと人を殺せるかは、別問題だ。
 シュウとの勝負に応じたのも、殺し合いとは思っていなかったからだ。
 なぜなら、彼からは殺気を感じなかったからだ。
 それは、俺を殺す気がなかったためではなく、聖剣の付属品もしくは障害物、としか見ていなかったからだ、と今ならわかる。
 ライラも、同じだったからだ。
 むしろ、使い手を殺せば、聖剣が消せる、くらいにしか考えていないのだろう。
 「人」が、どんな思いを抱えているかなど、想いを馳せもせず。
 そもそも武器も防具も、壊れてもステータスカードを通じて、転送しなおせば、元に戻る。
 それでも、不用品は捨てたり売ることはできるはずが、「聖剣☆龍鱗の剣」になったせいか、処分できなくなっていた。
 まるで、「聖」剣とは名ばかりの、呪いのアイテムのように。
 つまり、使い手を殺すしか、聖剣を消滅させる方法はないのだ。
 いやもし、ギルドの倉庫を破壊したら、どうなるんだ?

「どうするの?」
 烏賊飯を箸で口に運びながら、ミチルが聞いてきた。
 酔ってゲソ串を齧ってから、また元のように魚介が食べられるようになっていた。
 でも烏賊食べ過ぎ、烏賊臭くなるぞ。
「どうする、と言ってもな」
 最悪、聖剣の使い手の残りが、ライラと俺だけなら、自分の身を守るために、殺す覚悟はある。
 しかし、今は最後の二人だった、としても今後また増えてくるのかもしれないのだ。
 何人いるかもわからないのに、殺し続ける根性は、ない。
 いや、もっと正確に言えば、殺し続けられる自分になりたくない。
 それは、ランドウを平気で殺せる、ということだからだ。
 サクラの死を目の当たりにせず、どこかで生きているんじゃないか、という思いがあるせいか、人の死に、鈍感になりつつある、と感じていた。
 人を殺すこと、仲間が死ぬことには、慣れたくない。
 そうなったら、もう「俺」ではない気がする。
 そもそも、「俺」って何だ?

「でも、あの耳、なんだったんだろう?」
 カムイが、疑問に思ったらしく、口にした。
 え?
 ケモミミいないの?
「なにそれウケる。雪男とか信じてるタイプ?」
 モンスターがいて魔法がある世界で、言われたくないぞ。
「人みたいだった」
 耳が四つあるとか、生物学的にどうか、と思うが。
 頭蓋骨の登頂に耳の穴開いてたら、髪洗ったら水入るんじゃないのか?
 脳は聴覚器官の分、凹んでるのか?
「人じゃないから、人を殺しても平気なのかな?」
 俺たちがモンスターを狩るように?
 聖剣の使い手は、人じゃない?
 なら、殺していいのか?
 いや、シュウは「人」だった、と思う。
 少なくとも俺は、「人」のはずだ。
 ジェネラルは、「人」じゃないのか?
 俺が「俺」でなくなる心理的な葛藤以外にも犯罪、としての面もある。
 俺たちジェネラルは、対モンスターの戦力であって、人を裁いたり、捕らえたりする権利はない。
 少年漫画なら、「倒した」で犯罪にはならないのだろうが、人殺しだ。
 そういうのは、
「警察?いや衛兵の仕事か?」
「ケイサツ?」
 カムイが、オムライスのスプーンを咥えて、首を捻った。
 ヤキトリを食べて、元のように鶏肉が食べられるようになって、ご飯はケチャップで味付けのチキンライスになっていた。
 ケチャップライスもまた良し、と見なおしたらしいが、でも口元が赤く汚れてるぞ。
「なにそれ?」
 ミチルも、不思議そうに聞いてきたので、
「犯罪をしたら、捕まるだろう?」
「捕まる?誰に?」
 そういえば、牢獄とか見たことがないな。
 どこかの地下にでもあるんだろう、と気にしたこともなかったが。
「いや、だから警察とか衛兵にだよ」
 二人の頭の上に、クエスチョンマークが浮かぶのが見えるようだ。 
 もしかして、ないのか、犯罪者取り締まりの組織が?
 それとも何やってもバッサリ、と切り捨て御免とか?
 そもそも、そういう衛兵とかを見たことがないな。
「悪いこと、しちゃダメなんだよ?」
 ミチルが、眉を顰めて言った。
 カムイも頷いている。
「いや、それはそうなんだが」
 それでも犯罪は起こるもので、とは轟音で続けられなかった。

 料理が散乱した床から、顔を上げたら壁をブチ抜き、予想通りライラが立っていた。
 ミノタウロスかよ。
 女装は止めたのか、胸に膨らみのないブレストプレートを着けていた。
 俺は、念のために着ていたアンダーで装備を呼び出し、大型化した十字の盾を翳してライラに突進し、そのまま夜の街中へ、と押し出した。
 ライラは、踏みとどまろう、としているが、店から離したいので、力任せに押し続ける。
『くそ!人間風情が・・・!』
 ライラの叫びが、盾越しに微かに聞こえた。
 やはり、人じゃないのか?
『特別だと・・・・、切り捨・・・・。女の恰好・・・させて!』
 差別的なことか?
 女装も特別視させるため?
 さすがに、勢いが削がれ、足が止まった。
 ライラが、雷鳴の剣を翳す。
 くる!
 俺は轟音の中、雷鳴の剣を受け止めていた。
 対策をしていたとはいえ、耳が痛い。
 雷鳴の剣の能力は、その名の通り「雷鳴」、音と衝撃だけだった。
 それで怯ませて、隙を突く。
 一度も雷撃がなかったのを見抜いていた俺は、衝撃で床に転がったとき、耳に烏賊飯のご飯を詰めていた。
 目を見開くライラの腹に、拳を減り込ませる。
 気絶した手足を縛りながら、女装していたら、俺が犯罪者にしか見えないな、と苦笑したが正直、これからどうしよう、と悩んでいた。
 人の気配がしたので、ミチルたちか、と思って振り向いたら、そこには、長髪の人影が立っていた。
しおりを挟む

処理中です...