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第1章
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しおりを挟むー 俺が貴族連中に何て言われているか、知ってるか? ー
“公に出来ない程醜く、不出来な人間”
“次期王に相応しくない王子”
“呪われた王太子”
ー だそうだ。…なぁ、この噂利用出来ると思わねぇか ー
そう言って不敵に笑ったシンは妖艶で、ウィキの心は鷲掴みにされたものだ。
ローブを脱ぎ、一歩、また一歩と、王族の控え室から会場に繋がる通路をゆっくり進む。
先程まで怪訝な表情をしていた騎士達はすでに鼻から血を噴き出して床に倒れている。
騎士団長はその光景を王の傍らでチラリと見遣り顔色を悪くさせた。
今のシンを直視してはならないと、シンの足元を見ながら思ったのだ。
しかし、その足元すらも美しいと見惚れてしまいそうになるのはどうなのか。
会場に続く通路からは、王族席に座っている家族の横顔がよく見える。
シンはそんな事を思いながら通路を進み、家族のすぐ傍へとやって来た。
分厚いカーテンの向こう側はすでに盛り上がっているパーティー会場である。
父親…王の挨拶を耳に入れながら時を待つ。
これで自由になれるのだと。
美しい愛息が側まで来ている事に気付いたエモルトは、挨拶を終えて意気揚々と言った。
「では、王太子を紹介しよう。シン、こちらへ……っ」
息子の晴れ姿をここで初めて直視したエモルトは、しまった!! と今さらながらに後悔した。
何せシンは美の女神の生まれ変わり。
15歳と成長した彼は、年齢も相俟って少年と青年の間のなんとも危うい色気を醸し出し、神々が心血そそいで創りあげたと言わんばかりの美貌に益々磨きがかかっていたからだ。
中性的で繊細、触れれば消えてしまうのではないかという儚さ。それがパーティーの装いで言葉に出来ない程美しくなっていた。
その姿はある意味凶器と言えよう。
実際にはゴリラのような握力と鬼のような剣技を持ち、水、氷魔法を得意とする最強の男なのだが、見た目からは全く想像も出来ない。
エモルトに呼ばれゆっくりと、しかし威風堂々と王族席に現れたシンの姿に会場の人々は息を飲んだ。
「皆様に公の場で初めてお目にかかれた事、嬉しく思います」
あまりにも美しい声に、姿に、動作に、その一瞬で陥落した者が殆どであった。
ドミノ倒しのように次々と人々が倒れていく様は、王族席から見ると滑稽で、城の者からしてみれば血の気の引く事態だったろう。
助けに入る騎士ですらも倒れていくのだから。
しかしそんな事には慣れっこのシンである。動揺する事もなく、その麗しい微笑みのまま淡々と挨拶を続けている。
その様子に、会場側から見ていたウィキとチュウは心の中で爆笑していた。
とはいえ、今のシンを直視してしまうと、その爆笑する事態に自身が陥っていたしまうので勿体ないが顔までは見ないように頑張っているのだ。
挨拶は続く。が、ここでその麗しい笑顔が曇った。
誰もが胸を痛め、しかし魅力してしまう悲しみを帯びた表情で、シンは語りだしたのである。
「ーー…皆様がご存知の通り、私は表にも出てこれぬ人間。そしてこのように姿を現せば今のような惨事を起こしてしまう……。
私の噂は存じております。王太子でありながら今まで存在を明らかにされず、不信感が皆様の中に燻っている事、そしてローブを被ってでしか存在出来ぬ己……私は確かに王太子には相応しくないのでしょう……」
憂いを帯びたその美しさにまた一人、陥落し鼻血を噴いて倒れた。
「ですから私はここで、陛下と王妃様、そして皆様に宣言致します。“私、シン・ドールは、王位継承権を放棄する”ことを!!」
高々にした宣言は国王と王妃を驚愕させる事となる。
晴々とした表情で阿鼻叫喚の地獄絵図の中、堂々と言い切ったシンを誰一人直視出来る者などいなかった。
誰もが鼻血を垂らし、9割の者が失神、残り1割はシンの親族と友人知人という状況ではあったが、公の場での“王位継承権放棄”という宣言を例え国王であっても取り消す事は不可能だったのだ。
誰も覚えていなかったとしても。
これでやっと自由になれる。
シンの思いはただ一つであった。
◇◇◇
「ーー…ッ何という事だ!! まさかシンが王位継承権の放棄をあの場で宣言するとは……ッ」
「してやられたなぁ」
焦燥と苛立ちにかられるエモルトとは反対に、ニヤニヤと笑うリマイン。エモルトはそれを見て怒鳴り声を上げた。
「お前は……ッこうなる事を予測していたのか!?」
「そんな事はねぇが、シンが旅に出たいと思っていた事はお前も含め知ってただろ」
「だからこそのパーティーだったのだろう!」
シンが自分の元を旅立ってしまわないように、今日ここで王太子として知らしめる為のパーティーだったのだと歯軋りする友人に、リマインは溜め息を吐いた。
「お前がそんな考えだからシンはああするしかなかったんだろうよ」
「私が、悪かったのか……?」
呆然と呟くエモルトに、リマインはもう一度深く息を吐き言った。
「お前は息子を側に起きたい為に、その息子の夢を潰そうとしたんだ」
「っ私は、シンの幸せを考えて……っ」
「バカかてめぇは。息子をガッチガチに束縛して、夢も諦めさせて、何が幸せだ」
「ッ……」
「旅ぐれぇさせりゃ良かったんだよ。てめぇだって冒険者やってたじゃねぇか。それをウダウダと理由なんぞ付けて息子を縛りやがって。これは全部、てめぇの身から出た錆びだろうが」
リマインの言葉に返す言葉もなく項垂れたエモルトは、今とても後悔していた。
「そうだな……私は、何て事をしてしまったんだ」
シンは、容姿も抜群に良く頭も良い。王としてのカリスマも、強さも間違いなくある人物だ。どこを取っても完璧。
エモルトが次期王にと望む気持ちも分かるし、手放したくないのも分かる。
今回の事でシンの信奉者が増える事も間違いないが、後の祭りだ。
リマインはそんな事を思いながら、項垂れ憔悴する親友を見てまた溜め息を吐いたのだ。
9割が鼻血を噴いて失神した前代未聞のパーティーは、結局中止となった。
高級絨毯は血に染まり、ホラーの様相を呈した会場からは担架で運びだされる人の渋滞が出来、王宮の客室はフル稼働しそれは大変な騒ぎであった。
一時は集団毒殺事件か!? とまで噂されたが、倒れた者が皆生きていた事と、幸せそうな寝顔であった事、その後のシンへの心酔ぶりにそんな噂はかき消えたのだった。
そうして新たな噂が広まる。
“ノワール国の王太子は美の女神の生まれ変わり”
“一度目にすれば虜になる”
“世界一の美しさを持つ王子だ”
と。
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