聖女のおまけです。

三月べに

文字の大きさ
18 / 28

18 黒き幻獣。

しおりを挟む



 円形の広間の中心には、淡く光る大きな魔法陣があって、その中に横たわる人がいる。
 床の鎖に繋がれているその人は、生きているようで微かに動いた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 長いことここに監禁されていたのか。それってあり得ることなの?
 ガーゴイルの住処になってからずいぶん経ちそうだ。そんなところに監禁されて生きているなんて、あり得ないだろう。
 でもこうして動いている。だから混乱しつつも、近寄ろうとした。

「ハナ様っ! だめです!」

 腕を掴まれて、セドリックに止められる。
 鎖に繋がれた人が顔を上げた。
 思わず目を凝らしてしまう。黒い衣服を着た男の人の耳には、鳥の翼があったのだ。人間ではない。別の何かだ。
 私達を黄色い瞳で捉えた彼がとった行動はーーーー威嚇だった。
 黒い翼を大きく広げて、八重歯を剥き出しにする。

「あの魔法陣、監禁のためのものですね」
「え? 監禁の魔法?」
「飲食を必要せずに生かすためのものだ。主に拷問のために使う魔法。この匂い……恐らく幻獣の類だろう」

 目を離せないでいる私は、リクを振り返られないでいたが、続いてノットが教えてくれる。
 幻獣が、監禁されているのか。もうずっと。

「そんな……こと、許されるの?」

 ノットの袖を掴む。

「いや幻獣をこんな風に捕らえることは、この国では違法だ」
「だから、あんな罠を過剰に張っていたのですね……今はもう死んでますけど」

 名前も知らないこの城の持ち主である伯爵に、怒りを覚えた。
 リクの言う通り、もう死んでいるけれども。

「なんで監禁なんか……」
「幻獣を所有すると家が栄えると迷信がありました、そのせいでしょう」

 監禁の理由は、家を栄させるため。
 酷い、と顔を歪めた。

「幻獣は希少で神に近い存在だからですか?」
「頭に鳥の翼の幻獣は、特に幸運をもたらすとされていた」

 私は膝をついて、彼の目線と合わせる。
 憎しみを込めて私を睨み付けてきた。
 ああ、憎んでいるのだろう。人間を心から。
 ここに監禁した人間のせいで。悲しいことだ。

「魔法の解除は出来ますよね?」

 私は、静かにリクに問う。

「……出来ますが」

 リクが言葉を止める。
 セドリックの許可を求めたのか、あるいは別の理由か。

「ねぇ。言葉、わかる? 私は花奈」

 鳥の翼がわなわなと震わせる彼に、話しかけた。
 私を見張っている黄色い目は、怯えてもいるようだ。
 だから優しく微笑みかける。掌を見せて、何もないよと示す。

「今からあなたを自由にするわ。もう……解放されるから、ね?」

 私達は危害を加えたりしないって、笑みで伝えようとしても、彼は威嚇を続けた。
 んーどうしたら、伝わるかな。難しいだろう。
 リクは魔法陣に手を翳して、呪文を唱え始める。解除の魔法だろうか。
 私の方は、鎖を辿って見た。魔法陣の外の床に繋がっているそれ。
 せめてそれを先に外してやろうと考えた。

「いいですか? セドリック隊長」
「……はい、どうぞ」

 見上げてみれば、難しい表情をしている。
 疑問に思いつつも、私はてくてくと鎖のところまで這っていく。
 ジャリッと鎖が動いた。私とリクからなるべく離れたところに、彼が移動したからだ。警戒した目で、私を見張っている。

「今から鎖を壊すからね」
「……」

 鎖は普通のものらしい。魔法がかけられていないということ。
 太い鎖は持ち上げると、ずっしりと重い。こんなものをつけられて、長い間閉じ込められていたなんて。酷い人間もいたものだ。
 痛ましく思いながらも、彼に背を向けて、鎖に向かってレイガンを放つ。

 パッキン!

 弾け飛ぶ鎖。すぐに鎖は引っ張られて、魔法陣の中に入ってしまう。
 フシューとまだ威嚇している彼が、鎖を手繰り寄せたのだ。
 今度は別の場所に繋がれるとでも思っているのだろうか。
 どうすれば、私達が無害だってわかってもらえるだろう。
 私はその場に座り込んで、腕を組み悩んだ。

「おい、幻獣。今からお前を解放してやる。だから暴れるなよ」

 そう話しかけたのは、獅子の姿をしたノットだった。
 その姿の方が聞きやすいと判断したのだろう。
 でも近付いたノットから離れて、彼は魔法陣の真ん中に行ってしまう。
 獣人の姿のノットでも、警戒をしてしまうのか。もう誰も信じられないところまできているのだろうか。

「特にこの女には手を出すなよ? わかったな?」

 ピッとノットが指差したのは、私。
 言葉は理解しているようで、彼は私をじとっと見た。

「もう大丈夫だから、終わったらすぐにどこに行ってもいいよ。ですよね? セドリック隊長」
「……ええ」

 私は笑いかけたあとに、セドリック達を振り返る。
 セドリックもランスロットも、険しい表情をしている。
 皆、彼が暴れることを危惧しているんだ。
 そんなことをする必要はないと、私は微笑みかける。
 
「……」

 それでも彼の警戒心が緩む様子は、見られなかった。
 解放されれば、彼も安心してくれるだろう。
 私は淡い光を放つ魔法陣越しに、リクを見上げた。
 リクはセドリックに目配せをする。
 頷いたセドリックを見て、ノットが私の腕を掴んで立たせようとした。
 その瞬間、パリンッと魔法陣が砕ける。
 ぶわっと風が巻き起こった。いや魔力が溢れ出したのだ。
 頭の翼が大きく開いたかと思えば、バサバサと羽根が撒き散らされる。ぐるぐると竜巻のように渦を描く無数の羽根が彼を覆い隠したら、瞬きしたあとには巨大な黒い獣がいた。耳と背には、鳥の翼がある。黒豹のような顔立ちと身体。鋭利な牙と爪を出して、吠えた。
 真上に咆哮を轟かせたかと思えば、その咆哮が天井を崩す。
 天井の瓦礫が落ちてくる上に、羽根がバサバサと飛び回る中、視界は最悪。なんとかノットに守られながら、立ち上がったのだけれど。

 ガシッ。

 身体が何かに掴まれた。ノットから引き離されて、宙を飛んだから「きゃあ!」と悲鳴を上げる。

「ハナ!!」

 ノットの呼ぶ声は、風が掻き消してしまう。
 目を閉じていたけれど、やがて瓦礫の崩れる音が離れたことに気が付いて、目を開く。私は空にいた。空を飛ぶ黒い幻獣に、鷲掴みにされて飛んでいる。仰向けの状態の私は、左右を見てから鷲掴みにする後ろ足を掌で叩いた。

「ねぇ!? 何をしてるの!? こんなことしなくても、あなたは自由だよ!?」

 森を通過する幻獣に声を上げて言うが、届いているか怪しいものだ。
 放してもらうための魔法攻撃ならいくらか思い浮かべられるけれど、この幻獣には危害を一切加えたくない。
 すると、白銀の光が見えた。それが黒い幻獣に衝突する。森の中に落下したが、私はひっくり返った幻獣の上にいたので怪我をせずに済んだ。
 でも目が回った。
 そんな私をひょいっと脇に抱えて持ち上げたのは、獅子の姿のノットだ。

「言ったはずだ。この女には手を出すなと」

 グルルと唸るノットに、正直ゾッとした。
 怒っているノットが、剣先を向ける。

「ノット! さん! だめ!!」

 危うく呼び捨てになるところだった。そんなノットの剣を掴む手を、幻獣から逸らす。脇に抱えられているだけなのに、暴れてもビクともしない。恐るべし、獣人の力。

「こいつはお前を人質にしたんだぞ。そのまま捨てられていたかもしれない」
「でも無事です! 彼も怖かっただけでしょう!? 傷付けないでください!」
「……グルル」

 ノットは思いっきり顔をしかめたけれど、唸りつつも剣を収めてくれた。

「ねぇ、あなた! 大丈夫!?」
「……」

 一部始終を見ていた幻獣は、また私をじとっと見ている。
 身体を起こした幻獣が、やっと口を開いた。

「その獣人の言う通りだ……人質にして空から捨てるつもりだった。我は貴様を傷付けるつもりだったのだぞ」
「大丈夫。空から落ちても着地する術はあるもの」

 口を聞いてくれたことが嬉しくて、私は笑みになる。

「……貴様は……」

 幻獣が何かを言いかけたが、不意によろけた。
 バサバサとまた羽根の竜巻が巻き起こる。
 人型の彼が姿を現したかと思えば、倒れた。

「ノット、さん! 下ろして!」
「おい」

 私がもう一度暴れれば、ノットは放してくれる。
 彼に駆け寄ると。

 ギュルル。

 彼のお腹から、そんな音が響いてきた。

「……お腹、空いたの?」
「……ああ……」

 疲れ切った声を漏らして、彼はぐったりと横たわる。
 そりゃそうだ。いくら飲み食いの必要のない魔法の中にいたとはいえ、長すぎる時間食べていない。お腹も空くだろう。

「ぷっ! あははは! あー笑ってごめんなさい。じゃあ城に戻ろう? 少し食料持ってきてるから、それを分けてもらおうよ。ね? おいで」

 笑うのは失礼だとは思うが、耐えきれずに笑ってしまった。
 手を差し出せば、彼はじっと見つめる。それから、躊躇しながらだったが、私の手をとってくれた。


 
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【完結】何やってるんですか!って婚約者と過ごしているだけですが。どなたですか?

BBやっこ
恋愛
学園生活において勉学は大事だ。ここは女神を奉る神学校であるからして、風紀が乱れる事は厳しい。 しかし、貴族の学園での過ごし方とは。婚約相手を探し、親交を深める時期でもある。 私は婚約者とは1学年上であり、学科も異なる。会える時間が限定されているのは寂しが。 その分甘えると思えば、それも学園生活の醍醐味。 そう、女神様を敬っているけど、信仰を深めるために学園で過ごしているわけではないのよ? そこに聖女科の女子学生が。知らない子、よね?

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

ここに聖女はいない

こもろう
恋愛
数百年ぶりに復活した魔王を討伐するために、少数精鋭のパーティーが魔王のいる《冬夜の大陸》へと向かう。 勇者をはじめとするメンバーは皆優秀だが、聖女だけが問題児。 どうしてこんな奴がここにいる? かなり王道ど真ん中かつ、ゆるゆるファンタジー。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...