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04 星の川。
しおりを挟むアイナの神聖な魔力が入った小瓶。
その第一号は奇しくも、その国の王の手の中にあった。
「これほどの輝きの魔力……見たことがない。これは何を意味する?」
王に問われたローブ姿の男は、顔を伏せたまま答える。
「はい。この魔力が、神の領域にあると意味しております。陛下」
「神の領域……神の化身が降臨したとでも言うのか」
王は自分の白い髭を撫でて、怪訝な目付きで小瓶を見下ろした。
「それは定かではありません。しかし、万が一にも神の化身が現れたとしたら」
「うむ。その化身は囚われている可能性があるな」
自らの神聖な魔力を、売るような化身がいるとは考えにくい。そういう判断は一致していた。
「どちらにせよ、この魔力の主は国の命運を変えるだろう。あるいはーーーーこの世界の命運」
その場に緊張で張り詰める。
「引き続き、この魔力の持ち主を見付け出すために調査をしてくれ。見つけ次第、保護するんだ。魔導師、ラティス・リーリン」
呼ばれたローブの男は、顔を上げた。
深く青い色の髪が切り揃えてあり、瞳は海の底のような暗い青色。
顔立ちが整っていて、美しい男である。
にこりと王に向かって、笑みを向けると言った。
「はい。必ず、この魔力の持ち主を探し出します。王の名の下に」
そう恭しくこうべを垂れたあと、玉座の間から出ていった。
ラティスと呼ばれた男は、ブーツを鳴らしながら赤いカーペットを踏み歩いていたが、やがて笑みを溢す。
「ふっ……ふふふっ! ふはははっ! 神の領域にある魔力の持ち主っ……! 必ず見付け出すっ! 神の魔法をこの目で見るまでは、絶対に!」
恍惚とした眼差しで興奮した様子の彼を、見た者は誰もいなかった。
◆◇◆
その晩は、街で一番の宿に泊まらせてもらった。
お金持ちらしき人々から声をかけてもらったけれど、どうにも信用できなくて、無料で通してもらった宿の部屋を選んだ。
夕食もレストランで済ませて、仕立て屋さんからもらったネグリジュに着替えるために、バスルームで一浴びした。すっきりだ。
でも長い髪だけあって、手入れに手間がかかった。魔法があってよかったと思う反面、これではぐーたらになると不安になる。なるべく魔法を頼らずに旅をしよう。
熱風の魔法を微調節しながら、なんとか長い髪を乾かしたら、ルビーレッドの輝きをした髪はふわっふわっになった。しばらくそのふわっふわっさを堪能しつつ、昼間にもらった地図を確認する。
この国の地図だ。国の名は、エンダーテイル。
そこそこ、大きな国だ。さっき見たテイル川を真っ直ぐに登っていっても、王都に着くのはだいたい一月弱はかかるそうだ。
とにかく、私は王都を目指そうと決めた。
川沿いにいくつか街があるそうなので、川を沿って歩いていけばいいだろう。
明日、旅の準備をする。また無料でお願いしよう。
私はようやく光石と呼ばれる灯りを魔力で軽く触れて消した。魔力に反応して光るのだという。面白い石があるものだ。
真っ暗になった部屋で、ベッドに横たわり、目を閉じた。
「………………」
眠れない。カッと開眼する。
思えば一ヶ月も、眠っていたのだ。
また昏睡にされてはたまらない。その警戒心もあって、眠れそうになかった。
歩き回った疲労もあるけれど、警戒心が上回る。
仕方なく、私は光石にもう一度魔力で触れて、灯りをつけた。
それから、ブランケットらしき布を身を包んだ。宿を少し歩き回ることにした。
ドアを開くと、そこには、警備隊の制服に身を包んだ男の人が四人いる。
私に気付くと、ビシッと壁に張り付きそうなほど伸びた。
「あの、何をしているのですか?」
「はっ! 我々は、化身様の護衛の任についております! 安心してお眠りください!」
どうやらまた良からぬことを考える輩に囚われないように、黒い髭の警備隊が配慮してくれたようだ。
残念ながら、それでも眠れない。
「ちょっと外の空気を吸ってきてもいいですか?」
「はい! おともいたします!」
あ。ついてきちゃう感じ?
それもそうか。夜に一人歩きさせるほど、バカじゃない。
「あっ、化身様。こんばんわ」
「あれ。あなたは……メイドさん」
私が目覚めてまず最初に見たメイドさんがまた衣類のようなものを抱えて、階段で鉢合わせた。朝と同じ、メイド服のままだ。
「シンシアと申します。化身様」
名乗られたので、名乗ろうか迷ったけれど、あんまり名前を広められては困る。迂闊に楽しめなくなるかもしれないから、化身様と呼ばれておこう。
「眠れないですよね」
察してくれたシンシアは、苦笑を見せる。
「どうぞ、これを着てください。見せたいものがあるのです」
「何? 見せたいものって」
差し出されたのは、どうやらマントのようだ。
そっと背中に回ったシンシアにかけてもらった。
ちょっと警戒している警備隊も引き連れて、シンシアについていく。
外はすっかり夜の色に染まっているけれど、あちらこちらに光石が壁に飾ってあって、仄かに照らしている。人がいないのに、まるで祭りの光景に思えた。ひっそりと笑う。
歩いていて、気付く。橋を目指しているのではないか。
「橋に行くの?」
「はい。厳密には、川ですが」
川。夜に見る川って、なんか怖そうなイメージしかない。
闇が見えるだけではないのか。
そう不思議に思いつつも、ついていく。
やがて、仄かな灯りが途切れた。
どうやら、橋のところには光石がないようだ。
それは一層、怖い気がするのだけれど。
思いつつも、全然怖気付いていない自分がいた。
「着きました。どうぞ、ご堪能あれ。ガネット街の自慢の橋の星です!」
橋の上のシンシアは、腕を広げた。
暗がりでよく見えないけれど、自慢げな笑みを浮かべているのはわかる。
星と言われて、まず上を見た。
「わぁ……」
思わず、声を溢す。
満点の星空が、そこにあったのだ。
一面を埋め尽くした星の瞬きが数多ある。
街の仄かな灯りが、ちょうど遮ってしまい、川のように見えた。そう天の川のよう。でも前の人生で天の川って、生で見た記憶はない。七夕の日に限って雨や曇りだったもの。だから、美しい星の川は、世界で一番だと思えた。
でもふと、気付く。
暗闇の川なら、もしやこれが。
そう思い立って、すぐに橋の隅に駆け寄っての下を覗き込んだ。
そこにあったのは、星空の絨毯だ。余すことなく、敷き詰められた星が溢れそうなほど瞬いている。それが暗闇の遙か先まであった。
夜色に染まった川が、鏡になって映ったのだ。
「すごいわ! 昼間も綺麗な川だったけれど、夜の方が私好きよ!」
「気に入っていただけてよかったです!」
シンシアに目を向けると、ホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
それでは飽き足らず、ボロボロと涙を落とし始める。
「本当に、本当によかった! 化身様でも、こんな少女の姿で眠り続ける姿は、本当に心苦しくてっえぐっ、えぐっ!」
少女と言われて、思い出す。そう言えば、私少女の姿だった。
シンシアは成人しているであろう歳。多分、二十歳くらい。
自分より幼い娘が監禁されて、なんとも思わない無情な人間ではないたのだ。眠れないと気遣って宿を訪ねてきた辺り、本当に優しい女性だと思う。
「喜ぶお姿が見れて、光栄に思いまっ、す! うええんっ」
「ありがとう、シンシアさん」
ここは歳上として接して、さん付けをする。
とうとう声を上げて泣いてしまうシンシアさんの手を取り、そっと祈った。
「シンシアさんが素敵な人生を送れますように」
仄かに光が灯る。それは金色を帯びていた。
ただのおまじないのつもりだったけれど、どうやら魔法として発動したようだ。神の化身だからだろうか。
「もっ……もったいないお言葉ですぅううう!!!」
少しの間、シンシアさんは、号泣を続けた。
その夜。ちゃんと私は眠れたのだった。
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