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03 神聖な魔力。
しおりを挟む「清浄な空気を保て」
そう唱えて、私の周りの空気だけ守る。
燃えて崩れ落ちる前に、私は屋敷を出た。
外にはあのメイドさん筆頭に、使用人がたくさんいる。
燃える屋敷を呆然と見上げていたけれど、やがて私に頭を下げた。祈りを捧げるポーズで。
「化身様っ! どうかお許しください!」
「申し訳ありませんでした!」
「救えなかった我らをお許しください! せめて、家族はっ、家族だけは見逃してください!」
謝罪を一斉にされた。聞き取れたのは、それくらいだ。
後ろでは熱いくらい轟々と屋敷が燃えているし、使用人の数は多い。
「私が罰したいのは、ネーク男爵と雇われた魔法傭兵だけ」
キョロキョロと周りを見回したが、庭に転がっている蛇男と太った傭兵以外、見当たらない。
「彼らなら、逃げてしまいました……はっ! 捕らえますか!?」
「いえ、気は済んだので、いいです。見付けたら、好きなようにしてください」
逃げてしまったのか。ちょっと魔法バトルを期待していたけれど、まぁ首謀者は悪夢に魘されるように魔法をかけたから、気は済んだ。
ふふふ。一ヶ月、悪夢に魘されていればいい。
「それより、皆さんの職場を焼いてしまい、すみません。これでは皆さんが路頭に迷うことになりますか?」
「いいえ! 化身様が気に病むことはございません!」
「そうです! 化身様! 神聖な魔力を……ああ、口にするのも恐ろしい。化身様の自由を奪い、搾り取っていたあの悪党の元に働き続けることは出来ませんでした!」
「そう……?」
一斉に首を横に振る光景は、ちょっと面白かった。
「あの、頼みたいことがあるんですけど」
「な、なんなりと!」
「着替えと靴、いただけませんか? あとお腹が空きました。一番美味しいものをいただけませんか?」
今度は一斉にポカンとした顔になったので、面白い。
「はっ! ただ今、高級なドレスを用意いたします!!」
「あ、別に普通のでも」
「街一番のシェフに作らせたフルコースを用意いたします!!」
「あ……」
別に普通でもよかったのだけれど、償いたい一同の気持ちを察してあげて、そのまま全力で駆けていく姿を見送った。
誰も消そうとしない火は燃え続け、やがて屋敷は朽ちていく。
よく燃えてるなぁ。
私はそれを眺めながら、被害が拡大しないように見張っていたけれど、そんな心配は無用だった。たくさんの傍観者の前で、最後は燃えカスだけが残る。悪党の屋敷は、燃え尽きた。
用意してもらったのは、純白なドレスだ。
ヒラヒラとフリルをあしらって、腰に桃色のリボンを巻くタイプのドレス。仕立て屋のおばあちゃんが、今はこれが限界だと話してくれた。少々胸回りがきついけれど、十分だ。私がお礼を言うと、とんでもないと頭を恭しく下げた。
靴も新調してもらい、踵部分にリボンがついた白いブーティーをもらったのだ。
料理は、街一番のレストランで食べさせてもらうことになった。
流石に一ヶ月食べなかった分を、平らげることは出来ない。でもお腹いっぱいに食べさせてもらった。
その間、警備隊と名乗る黒い髭を蓄えた男の人が、話を聞かせてくれる。というか、私が食べている間に話してくれと言っておいた。
多分だけれど、警察機関的な存在なのだろう。
緊張した面持ちで、警備隊はネーク男爵が雇っていた魔法傭兵や、私の魔力を売買していた商人を捕まえることに全力を注いでいると告げる。しかし、ネーク男爵が眠り続けていては手掛かりがないと言われた。
私が鋭い視線を向ければ、ビシッと背筋を伸ばす警備隊。
「あの男爵は私と同じくらいの間、眠ってもらいます。当然の報いです」
「はっ! それは理解しております。しかし、化身様。事情聴取後にして……」
もう一度、私は睨むような視線を向ける。
「……いえ、一ヶ月待ちます」
「よろしい」
「あともう一つ、よろしいでしょうか」
「なんですか?」
引き下がってくれた警備隊に、私は話の続きを許可した。
またビシッと背筋を伸ばしたかと思えば、頭をガバッと下げる。
「街を代表して申し上げます! 大変申し訳ございませんでした!!!」
大きな声を轟かせたので、私は少し驚いて食べる手を止めた。
「この街の権力者であるネーク男爵が、神の化身様になんたる愚行を……見破れなかった自分が腹立たしいです! どうか、罰を下すのならば、この街ではなく、私にどうぞ! 覚悟は出来ています!!!」
「……そう、大声を出さないでください」
「はっ!? 申し訳ございませんっ……」
警備隊が大声を出さなくても、十分注目が集まっているけれどね。
私はレストランを占領していた。料理を用意したであろうシェフやウエイターがテーブルの横に勢揃いして、固唾を飲み込み緊張に耐えていたし、レストランの外には人集りが出来ている。屋敷を燃やしている時点でも、人集りは出来ていたけれどね。
「罰なら、ネーク男爵に受けてもらっています。一ヶ月、悪夢に魘されるので、起こさないであげてください」
私はにやりと意地悪に笑う。起こせるものなら、だけれどね。
「確かにこの街のどこかにネーク男爵の共犯がいるかもしれません。しかし、私の気は晴れました。街に罰を下す気も、あなたを責める気もありません。この街は悪人だけではないとわかっていますので、ご安心ください」
次は明るく笑って見せる。にっこり、と。
やっとわかってくれたようで、警備隊は張っていた胸を下げる。
「慈悲深きお心に感謝いたします」
もう一度、頭を下げたら、仕事に戻ると一言。人混みを抜けて、去っていった。
慈悲、ね。
「とても美味しいです」
私はシェフ達にも、笑いかける。
「ありがたき幸せでございます!!」
料理長らしき男性が、歓喜のあまり泣いた。他のシェフやウエイターまで、もらい泣きをする。そんなレストランで、図太い性格になった私は食事を済ませた。
ごちそうさま。
「さてと……」
レストランを出て、私は好奇と尊敬の眼差しを送ってくる街の人々を見回した。
「そう言えば、まだこの街の観光をしてなかった。この街の自慢はなんですか?」
柔和な表情と物腰で、問う。
一度、しーんと静まり返ったけれど、次の瞬間には割れんばかりの声が溢れた。その声が言うには、橋があるそうだ。
「橋? どっちですか?」
人混みがザッと道を開けてくれたので、私は闊歩した。
新しいブーティーを履き慣らすためにも、カツンカツンと歩いていく。
人混みも、ぞろぞろとついてきた。
私は街を見回すふりをして、その人混みを観察してみる。
人間、人間、人間だ。
当然かもしれないけれど、私には魔法が溢れるファンタジー世界だと聞いていたから、もっと他の種族がいるとばかり思っていた。異種交流はしていない国なのだろうか。
『お父様、お母様』
『なんだい、アイナ。他の種族にも会いたいなら、もっと旅をしないと会えないかもしれないよ』
『この街にはいないみたいね。でも王都を目指せば、たくさんいると思うわ』
王都、か。じゃあとりあえず、王都を目指して旅でもしようか。
『私の目を通してこの世界を見たいと言ってたのに、早速捕まって寝たきりになってしまい、すみません。お母様、お父様』
『なんで謝るんだい!? 謝るべきは神聖な化身相手に悪巧みをした悪党だ! アイナが謝ることじゃない!!』
『そうよ!』
二人とも、プンプンした声だ。
全くもってその通りだけれど、私が油断していたことが悔しい。
『そうですね。でもこれからは十分に用心します』
捕まって悪用されてしまわないようにしよう。
だって私は神の化身。それほどの力を持っているのだ。
十分に気を付けなければいけない。
『そう言えば、魔力って奪えるものなんですね』
『ああ、少量ではあるけれど、搾り取れるものなんだ。アイナは僕達が与えた魔力が膨大だからね、ひと瓶分は一日一個は取れただろう』
一日一個分絞り出した瓶が、三十ほどあるのか。
神聖な魔力の瓶が、三十個。
『どんな風に使うのですか?』
『飲んだり浴びたりするだけで、魔力が得られるよ。そうだね、わかりやすく例えると、その街を吹き飛ばせるほどの魔力量だよ』
『はい!!?』
ギョッとしてしまい、私は震え上がった。
見ていた街の人々も、つられたように肩を跳ねさせる。
『だって、神聖な魔力だからね』
『そんなに強力な魔力が、悪党の手に渡ったら……!』
『十中八九で悪者の手に渡っているはずよ。悪者は悪者から買うんでもの』
お母様の声を聞きながら、私は頭を抱えた。
周りからは「頭痛か!? 頭痛薬だ!!」と騒ぎ始めているけれど、気にしていられない。
『そんな気にしなくてもいいよ。この国が滅んでも、アイナのせいじゃない』
『いや、絶対に私のせいですよね!? それ以前に許せません! 私の魔力が悪用されるのは!!』
『でも、大半はもう飲まれてしまったと思うわよ? 商人は慌てて売り払うでしょうし……あら?』
ちょうど、橋に到着した。
大きくて立派な橋だ。街の人がこぞって自慢に挙げるわけだ。
中世風世界らしい、アーチ型の石レンガの橋。下を覗き込めば、これまた大きな川が流れている。清らかな水は透けていて、泳いでいる魚まで見えた。
水浴びして、遊びたい。
過ごしやすい気温だから、水浴びしても凍えたりしないだろう。
でも、水浴びをしている場合ではない。そう思い出す。
「神の化身様!」
呼ばれたかと思えば、さっきの黒い髭の警備隊。
走って探してくれたのか、ゼーハーと息を乱している。
「一つ、あなた様の魔力の入った瓶を回収しました。お返しします」
「ありがとうございます、ちょうど気がかりに思っていたところなんですよ」
手渡されたのは、小瓶だ。中を見てみると、ちゃぷんと中身が揺れた。
金箔の水が入っている。例えるなら、ゴールド色のマニキュア。それもラメが大量に入ったもの。そう思えた。
これを飲むのは、大変勇気がいるのでは。
『手にかければいいよ』
お父様が教えてくれる。
そうか。かけるだけでもいいんだっけ。
『せっかく抽出してもらった魔力だし、今は十分魔力もあることだから、肌身離さず持っていたら? もしもの時には自分にかければいいじゃない』
『ああ、それはそうだね。もしも魔力を使いすぎた時には、使えばいいよ』
『もしも、ですか……』
確かに予備で魔力ポーションを所持していた方が、心なしか安心出来る。
そうすることにして、両手に持つ。あいにくポケットがないのだ。このドレス。
『さっきは言い忘れたけれど、本人じゃない場合、魔力は一時的なものなのよ』
『え。そうなんですか?』
『そう。神聖な魔力でも、一日は持たないわ』
『一日は持つんですね……』
些か不安だ。でもあの男爵を起こすのは、なんか癪。警備隊に言ったことを撤回することも面倒に思えて、私は彼の手を握った。
「お仕事、頑張ってくださいね」
渾身の上目遣いで、応援しておく。
私の魔力を悪用する者を、どうか早く捕まえて。
黒い髭の警備隊は、耳まで真っ赤にして、腹の底から返事をした。
ちょっとうるさい。
『あはは、フレーア似なんだから』
『まぁ、やるわね』
神様夫婦は、ニヤニヤした声を出していた。
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