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11 お礼。
しおりを挟むドドドン。
ドアを叩く音で目が覚める。ごしごしと目元を擦りながら、起き上がった。
寝足りなさを覚えつつ、私はのっそりとベッドから降りて、よろけた足で叩き続けられるドアに向かう。
「うるさい。叩きすぎ。何」
開けて短い言葉を放つ。
そこに立っていたのは、外ハネしたブラウン色の髪と同じ色の鋭い目を持つ青年だった。
「イサーク」
「アイナ。忘れたのか、朝飯もごちそうすると言ったはず」
少々怒りを込めた声で、イサークはじとりと見下ろしてくる。
壁に凭れて、私は首を傾げた。
「ん? それは口止めのためでしょう? もう口止めの必要はなくなったんだから、ごちそうすることないんじゃ……」
「あ? 一度約束したものを取り消すなんて、男じゃなねーよ。待ってやるから、早く着替えろ。昨日のドレスのまま寝てんじゃねーよ」
「イサークさんんんっ!!! 口の聞き方ぁ!!!」
昨日のドレス。確かにそのまま寝てしまった私は昨日のドレスのままだ。
なんか隣から盛大に大きな声が上がる。どうやら、そばでシンが立ち聞きしているみたいだ。
「シャワー浴びてもいい? 結構時間かかると思うけど」
「待ってやる、早くしろ」
「イサークさん!!!」
朝からそんな大声を出すものじゃないよ。シン。
思いつつも言わないでおく。だって、萎縮するだけだろうから。
ドアを閉じた私は、すぐにドレスを脱ぎ捨てた。
小さなシャワールームで、頭から足の先まで洗う。それから熱風を起こして、全身ドライヤーを浴びつつ、今日のドレスに着替えた。
黒のロングスカートに横スリットが入っているシックな感じのドレス。
髪を念入りに乾かしてから、三つ編みにした。
夢の中でルヴィンスに花を差し込まれたことを思い出して、私はふっと笑みを溢す。
ラベラの花畑。どこにあるんだろうか。
「お待たせ、イサーク」
「行くぞ。何が食いたい?」
ミニレウを入れたマントを羽織ってドアを開けば、イサークは向かいの壁に凭れて待っていた。
結構待たせてしまっただろうけれど、キレることなく歩みを始める。
「んー……パンケーキ食べたい」
昨日はがっつりとチキングリルを食べたし、軽く甘いものがいい。
一緒に食堂まで歩いていき、二人で丸テーブルにつく。
「……それで、お前、これからどこ行くんだ?」
「王都目指しながら寄った街を散策」
「そうか、王都か……」
「なんで?」
注文したオレンジジュースを受け取り、一口飲む。
「……お前、冒険者に興味があるだろ。一緒にならないか?」
「冒険者に?」
私は目を瞬かせた。
「でも、私この国の人間じゃないし」
「大丈夫だ。身元確認と言っても、出身の街の名前を申告するだけだ。この街と言えばいいじゃないか」
「そんなんでいいの!?」
「ああ。お前の魔力なら、余裕で受かるだろう」
「え。待って。戦闘能力を測るんだよね。魔力が多いだけで合格になるの?」
聞きそびれていた戦闘能力の測り方。魔力が関係するのか。
「水晶玉に触れるだけで、鑑定されるんだよ。光石で明かりをつけたり消したりする要領で、魔力に触れればいい。魔力、戦闘能力、その他諸々がランク付けされて、最低限あれば合格だ」
「そんな簡単なの? え? じゃあなんで、イサークは種族を隠してたの?」
「オレの種族は、魔力を使うと変身する。試すか?」
「いやいいよ」
オンオフの激しい種族だってことは、よくわかった。
その戦闘能力を測る水晶玉に触れることが、イサークにとって難関だったわけだ。
じゃあ種族名を申告する必要はない。
ん? 種族名ってなんだ? 私の場合。
『それはもちろん、神だよ』
『化身だけど、その世界では神の域だから、神でいいのよ』
神様夫婦は、そう言ってきた。
種族、神。申告したら、絶対頭おかしい子って思われる。
それはそれで面白そうだけど。
『じゃあ、私がその水晶玉とやらに触れたらどうなるんですかね? 何ランクになるのか』
『さぁ? 神は触れたことないから、推測出来ないなぁ』
『アイナ、触って確かめてきて!』
『わかりました、お母様、お父様』
私が一つ頷くと、パンケーキが運ばれてきた。
「冒険者になるよ、イサーク」
その答えを聞くなり、イサークは柔らかい笑みを溢す。
さっそく、パンケーキにナイフを刺し込み、一口に切って食べる。
ふわ。甘い。
「そうか……。なら、ここから北、真っ直ぐテイル川を進んだ先にある街に行こう。そこにギルド南支部がある」
「ん?」
「ギルドとは、冒険者の斡旋所みたいなところだ。冒険者の資格を与えるし、依頼の引き受け、換金も受け付けている」
「うん、それはなんとなくわかるけれど、ん?」
「今日出発するか? それとも明日にするか? 冒険者の資格なら、いつでもとれるぞ」
「んん???」
私の疑問に答えることなく、話を進めようとするイサーク。
「なんで、私とイサーク達が一緒に行動するの?」
「……」
同じくオレンジジュースを飲んだイサークは、動きを止めた。
「……神の化身を、これ以上一人にさせることが出来るか。護衛として、イサーク団はおともする」
「いや、護衛なんていらないから、全然平気だから」
「なんとか男爵に囚われたり、人身売買組織に狙われて攫われたのに、平気とはよく言えたもんだな!」
ダンとコップをテーブルに叩き付けるように置いたイサーク。
昨日のキレっぷりが出た。
普通ならぐうの音も出ないところだろうけど。
「でも、イサーク達が来なくても、私人身売買組織を壊滅させてたわよ?」
もぐもぐとパンケーキを食べつつ、私はそう返す。
「もしも何日も眠るような量の眠り粉を盛られていたら?」
ギンッとイサークは凄む。
「……そうね、眠り粉には耐性でも作ろうと思う」
神の化身とは言え、眠り粉には弱すぎる。
『眠りの魔法なら、なんとか跳ね除けることは出来るけど、まさか眠り粉が効果覿面だとは思わなかったなー』
創造の神シヴァール様も、盲点。
「いいから、護衛をさせろ。だいたい少女の身体で旅なんて、危険すぎるんだよ」
「大丈夫だって、レウがついてるし」
「レウ?」
昨日話したのに、忘れたらしい。
マントからミニレウを取り出せば「ああ、そいつか」と納得をした。
「そいつがオレ達より、護衛に相応しいのか?」
怪訝な目付きをしてくるイサーク。
温厚なミニレウは気にすることなく、私が差し出したパンケーキにかじりつく。
「ええ。そうよ?」
「……」
グルルとイサークが喉を鳴らす。
「もう!! はっきり言ってくださいよ! イサークさん!!」
そこで声を上げたのは、シンだ。店にいたのか。
というか、コル達もいた。聞いていたのか。
「アイナ様のおかげで仲間の親睦が深められたから、お礼にどこまでも護衛したいって!!!」
「シンてめぇぶっ飛ばされてぇのか!?」
シンの暴露に、イサークが真っ赤になっている。
イサークにぶっ飛ばされたら、軽く二階まで飛べるのだろうか。獣人族の怪力を見てみたい気もするが、シンはそこまでタフではないのでやめておこう。
私のことを、様付けすることにしたのか。
「イサークの気持ちはわかった」
「!」
私は、イサークの手を取り、ギュッと握った。
ちょっと骨張っててゴツゴツした大きな手だ。
「気持ちだけ受け取っておく」
ニコッと笑いかける。
「はっ?」
「朝食ごちそうさま。私達は、先に行くわね」
私はイサークの手を放し、立ち上がった。
「お、おい!」
金を置いて追いかけてくるイサークに捕まる前に、外に出る。
外の道は、まだ人が少ない。多分市場の方に行っているのだろう。
「おい! 行き先は同じだろう!?」
「そうですよ! アイナ様! 一緒に行きましょう!?」
「まぁそうなんだけどさ、今日は飛びたい気分なのよねー」
イサークとシン達に振り返って答える。
その言葉の意味がわからないと、イサーク団は顔に出す。
「まっ、ついてこれるものならついてきてー」
私はそうニヒルに笑って見せてから、ミニレウを飛ばせる。
「レウ!」
ボンと白い煙を撒き散らして、元の大きさに変身した。
純白のそのドラゴンを見たイサーク団の瞠目した顔は、至極愉快だ。
そっと首元の長い毛を握った。そうすれば、レウは羽ばたいた。
しがみ付けば、宙へ飛んだ。また感じたことのない浮遊感を味わう。
哄笑を上げたいくらい愉快に気分。
風の中を突き進む。レウって温厚なわりにスピード狂だと思う。まぁ、嫌いではないけれども。
一時間弱の飛行で、街に到着した。
街に近付く時は低飛行に切り替えてもらったので、目撃した人はいないだろう。
空から見た印象としては、丸い街だった。しっかりした円。
茶色からオレンジ色の屋根の建物が、ぎっしりとその円の中にある感じ。
そして、多分私が今まで訪れた街の中で、一番大きい。
「レウ、喉乾いた? 飲み物買おうか」
「キュウ!」
ミニサイズになってもらったレウが右腕を這って、マントの中に入る。
水なら収納スペースにたんまりあるんだけれど、せっかくならジュースがいい。ミニレウもご所望のようだ。
飛行のおかげで乱れた髪は一度ほどいて、ポニーテールにまとめた。
ルンルンとした足取りで、アーチをくぐり街に足を踏み入れる。
街の名前は、ルーシー。
屋台か食堂はないかとキョロキョロしていれば、陽の当たらない裏路地に数人の若者がいた。それだけなら、視線を外していただろう。
でも若者達は、どうやら少年の持ち物を奪ったようだ。
少年が必死に取り返そうとその場で飛び跳ねるも、届かない。
カツアゲかな。
私はその路地へ足を運ばせた。
「返してください!」
「取り返してみろよ」
近付いてみれば、大体二十歳前後の若者四人が取り囲んでいたのは、黒髪黒目の少年。小顔が手伝って、可愛い顔立ちの少年だ。
私は少年が返してと言っている鞄を、自分の手に引き寄せた。
念力のように魔法を使うことに慣れたな。簡単簡単。
いきなり鞄か吹っ飛んだことにより、注目が私に集まる。
「おっ、な、なんだよ」
「おっ」
「おっ……」
「……」
おっ?
美少女の登場に明らか動揺する若者四人に、私はサービスで笑顔を見せる。
「オレらと遊びたいわけ? わかった。相手してやるからそれ返せよ」
盛大に勘違いする若者が、手を差し出す。
「取り返してみなさいよ」
私はそれだけを言う。
黒髪の少年と大差変わらない身長の私から、奪い返すなんて造作もない。
若者達は一頻り笑っては、少年の鞄を取ろうとした。
でも私は人差し指を払って、若者達の足を後ろに上げて転ばせる。
無様にコケたから、見下ろしてもう一度言ってやった。
「取り返してみなさいよ」
何が起きたかわからない若者達は、転んだ痛みに悶えつつ、立ち上がる。
「返せって言ってんだろ!?」
向かってきた若者をひらっと躱す。
真っ直ぐ向かうだけだから、避けるのは容易い。
次々に飛びかかってきたけど、それもひょいひょい躱した。
私と少年の間に誰もいなくなったので、少年に鞄を返す。
「はい、これ君のでしょう?」
「えっ」
「違った?」
「いえ! ボクのです! ありがとうございます!」
少年は受け取ると、ガバッと頭を勢いよく下げた。
「ちげーよ!! それはもうオレ達のもんだ!!」
若者がキレて、拳を振り上げる。
それは少年に向けられたけど、私は手首を掴むと捻り上げた。
「いてててっ!」
「いい加減にしないと、懲らしめるわよ? 痛いのはお好き?」
にやり、神の化身らしかぬ笑みを浮かべて、捻り上げた若者を突き飛ばす。
「お、覚えてろよっ!!!」
若者達はようやく危機感を覚えたらしく、捨て台詞を吐いて逃げ出した。
言うんだ、捨て台詞。
『アイナは悪者に容赦ないんだね。そんな君が好きだよ』
『私も好きよ、アイナ』
『私も今の自分、好きです』
胸を張っていられる。
以前の私なら、見なかったふりをして通り過ぎたと思う。
他人の問題に首を突っ込むような人間ではなかった。
だから、こうして見ず知らずの他人を助けられるのは、誇りにさえ思える。お父様とお母様に、感謝だ。ありがとう。
応援ありがとうございます!
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