心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに

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一目惚れの出会い編

05 勇気を振り絞った。(後半)

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 離れてはいても、この距離ならば、意識を向ければ、心の声は聞こえてしまっていて……。


「本当に迷惑だ。金輪際、連絡をするのも、会うのもやめてくれ」
「納得いかないってば! どうしてそうやってか弱い子に騙されちゃうわけ!? 男って、情けない!」
「情けないで結構。あの子を悪く言うのはやめてくれ。本当にキレるよ?」
「か弱くていい子ぶっただけのちんちくりんじゃない! 事実よ!」
「……君さ」

 底冷えした声になったと気付いて、震え上がった。
 私に向けられた声じゃないのに。こわっ。

 真樹さんが心配そうに顔を覗いて「やっぱり怖かった?」と尋ねてくるけれど。

 今。数斗さんが、激おこなんですけど。
 それが怖いんですけど。

「ウェブデザインのあの会社に、採用されたんだよね?」
「え? それが?」
「親のコネなんか使いたくないけど、そっちがその気なら、君を解雇しろって圧をかけるよ」
「は、はあ!?」
「君がストーカーする犯罪者だって、言えば、君のことなんて簡単に切るだろうね」
「なっ……!」

 んんん~!?
 数斗さん! 脅しが! すごい!
 こわっ! 御曹司の激おこ、こわっ!
 大学卒後で、就職したばっかりなのに! それはヤバいだろうね!

 数斗さんの本気のお怒りがやっと伝わったのか、坂田さんは顔を青くする。

「な、なんでそこまで!? 意味わかんない! あんな子の何がいいのよ!?」
「普通にお前なんかより、ずっと、心が綺麗な子だからだよ。汚れきったお前には、到底理解出来ないだろうね」

 ハンッと、数斗さんが冷たく鼻で笑い退けた。

 君呼びからのお前呼び。
 侮辱が耐え切れなかったのか、坂田さんは手を振り上げて。


   パシッ。


 と、数斗さんの左頬を叩いた。

 真樹さんが愕然としている隣で、私は慌てて、真後ろにあった自動販売機から冷たい飲み物を買う。

 それを持って、数斗さんの元まで戻ると、いつの間にか、新一さんがそこにいた。

「離してよ! 新一!」
「アンタに名前呼びを許可した覚えないから」

 冷たく吐き捨てる新一さんは、坂田さんの手首を握っている。

「数斗さんっ!」
「七羽ちゃん? わ、つめた」
「赤くなってます! 冷やしましょ」
『俺のために……嬉しい』
「ありがとう、大丈夫だよ」
『あ、泣きそうだ……どうしよう、心配してくれてるのが、嬉しいや』

 冷えた飲み物を、爪先立ちして頬に当てた。
 受け取ってくれた数斗さんは、坂田さんに向けていたものとは、大違いの優しい眼差しを返す。

「放してってば!」
「煩い、犯罪者」
「はあ!?」
「れっきとした暴行罪だから。警察突き出す。交番は、あっちだっけ?」
「ちょ! 何よ! 数斗だって脅迫した!」
「はいはい。詳しくは署で喚けよ」

 新一さんがキョロキョロと交番がある方角を探す最中に、坂田さんは逃げようと手を上下に振るけど、無駄みたいだ。

「あ! あと! 器物破損罪! 七羽ちゃんの携帯電話、叩き落としてぶっ壊した!」
「「は?」」

 真樹さんも罪状を追加すると、数斗さんと新一さんが低い声を発した。

 ひょえっ。こわっ。
 真樹さんっ! 言わなくてよかったのに!

「はぁ、もういいよ。新一、放して。俺が坂田の代わりに弁償するから。手切れ金だと思って」
「いや、だめだから。そうやって見逃すと、繰り返すんだよ。本人に弁償させて、今、警察に突き出すべきだ」
「どうせ、お金ないよ、坂田は」

 呆れ果てて会話をする数斗さんと新一さんは、蔑んだ目を坂田さんに向ける。

 悔しげに赤面した坂田さんは、私を睨み付けてきたので、数斗さんが右腕を伸ばして壁になってくれた。

「あの、私、本当に大丈夫ですよ?」
「よくないよ、七羽ちゃん」
「保証があったはずですから!」
「でもな、古川。ちゃんと弁償代は出させるべきだ」

 数斗さんのその腕の袖を摘んで言うと、新一さんは断固として譲らないとばかりに償わせるべきだと言う。

「そ、そのっ。正直言って、あの人に弁償してもらった携帯電話は、持ちたくなくて……」
「「「……」」」
『意外と言うな……この子』
『わりとすごいな、ホント』

 いや、だって。
 新しい携帯電話を見る度に、この人が弁償したんだよなーってことを思い出しそうだもの……嫌です。

 数斗さんが目配せすれば、新一さんはしぶしぶ、坂田さんの手首を放した。

「ア、アンタ、サイテーね!」
「でも、数斗さんを叩いたこと、謝ってください」
「誰のせいでっ!」
「暴力を振るうなんて、人として最低ですよ」

 脅迫されようが侮辱されようが、手を上げるのは、最低だ。

「この短時間だけでも、三回は手を上げました。新一さんの言う通り、立派な暴行罪なんで、謝罪して、金輪際、迷惑かけないでください」

 手を上げやすい短気な性格なんだろうから、釘をさして、謝罪を要求した。

 顔を真っ赤にした坂田さんは、ギロッと睨むだけで「フンッ!」と背を向けて歩き去ってしまう。

「謝ってって……!」

 言ったのに!
 絶句してしまった。

「いいんだよ、七羽ちゃん。謝るような性格じゃないから」
「数斗、とりあえず、証拠残そ。次やったら、ただじゃおかない」
「いいって」
「よくない」
『ダチが叩かれたのに、いいわけあるかよ』

 軽く笑って見せる数斗さんの頬を、写真に残そうとする新一さん。
 友だち思いが強い声だと、感じられた。

「そうしましょ、数斗さん」
「……わかった」
『七羽ちゃんも言うなら……』

 手を伸ばして、頬を冷やした飲み物を受け取ると、新一さんの顔が険しく歪んだ。

「血、出てる」
「えっ!?」
『あの女……許さない』

 慌てて数斗さんの頬を見れば、爪で出来てしまったであろう切り傷が血を滲ませていた。
 新一さんが強い怒りを込めた心の声を出す。

 飲み物を、ミネラルウォーターにしてよかった。
 ハンカチを出して、そのミネラルウォーターで、湿らせてから数斗さんに軽く屈んでもらって、痛みを与えないように軽く拭く。

「絆創膏……ギリギリですね」
「ありがとう……七羽ちゃん」

 鞄から取り出した絆創膏でギリギリ手当て出来る傷だったので、ちょっとホッとして貼った。

『七羽ちゃんの女子力……たかっ。って感心してる場合じゃなかった!』
「ほんっとごめん!! 昨日、坂田達と飲んでて、その隙にやられたっ!」

 真樹さんが両手を合わせて、深く頭を下げる。

「携帯電話を離すとか、あり得ないだろ」
「いや、マナちゃんに話しかけられてる隙に、テーブルに置いたの、勝手に取られたんだと思う……ホント、ごめん。数斗も怪我しちゃったし、七羽ちゃんも怖かったでしょ? ごめん……」

 新一さんの苦言に言い訳はしたけれど、力なく項垂れて、真樹さんは謝り続けた。
 計画的犯行だったのかな……。

「俺はいいよ。ちゃんと諦めさせなかったのが悪いし……俺より、七羽ちゃんだよね。巻き込まれて怖かっただろうし、携帯電話まで壊されちゃって」
『俺のせいだよ……』

 申し訳ないと数斗さんが眉をハの字に下げて、痛々しそうに見つめてくる。
 そんな数斗さんの方が、頬に絆創膏をつける羽目になったというのに。痛々しいのは、数斗さんの方だ。


「怖かったのに、頑張って立ち向かってくれたでしょ? 頑張ってくれて、ありがとう」


 手を伸ばすと、私の頭を軽く撫でてくれた。
 じわり、と優しさが沁みて、涙が込み上がる。

「だ、大丈夫です……」
『『『全然大丈夫に見えない涙目』』』

 三人の心の声が重なってしまうくらい、明らかに涙目になってしまったらしい。恥ずかしいな。

『坂田は、暴力女ってことで、噂広めてやろ。アイツのSNSに書き込めば、簡単だな』
『あの会社に圧かけよう。暴力を振るうストーカーって話すだけでも、孤立するだろうしね』

 しっかり復讐を考えている新一さんと数斗さんの心の声で、またもや涙は引っ込んだ。

『どしよ……。映画終わってランチのあとに、数斗と二人きりにする予定だったのに……この場合は、どうする?』

 真樹さんの困惑した声に驚く。
 数斗さんに頼まれでもしたのか、二人きりになるように計画していたらしい。

「どうしようか? 今日はもう疲れちゃっただろうし、日を改める?」
「まだ上映時間までありますし、このまま帰るより、アクション映画を観てすっきりしたいのですが……数斗さんはどうですか? 痛みます?」

 真樹さんの提案に、本音を零す。
 せっかくの休日を台無しのままにされたくはなかった。でも、怪我した数斗さんはどうだろうか。

 三人が解散したいなら、それでいい。
 私一人でも観て、楽しんで、そのまま帰るだけだ。
 お一人映画鑑賞なんて、へっちゃら。

「ちょっとヒリッとしてる気がするだけだから、支障はないよ。せっかくの休日だし、さっきのは忘れて、楽しもうか」

 数斗さんは、そう明るく笑った。

「じゃあ、ケイタイショップから行く? 古川の携帯電話、どうにかしないと」
「時間かかると思います」
「とりあえず、行って確かめよ。万が一、はぐれたら大変じゃん」

 新一さんがそう急かすので、調べてもらって、近場にあったケイタイショップで、見てもらうことになったのだけれど。


 ついこの間、保証期間が切れていたことが発覚。
 ガクリと、頭を伏せてしまった。

 この出費は痛い……。とほほ……。

「えっと、じゃあ、またあとで来ますので」
「どうかしたの?」

 ひょえ! と震え上がる。
 店内を見回っていたはずの数斗さん達が、いつの間にか真後ろに来ていた。

「え? 保証期間切れてたの? おれの目の前で壊されちゃったし、おれが弁償するよ」
『おれのせいで、壊される羽目になったんだから、償いに!』
「いや、元はと言えば、俺が元凶だから、俺が弁償する」
『俺のせいであんな騒ぎになったんだし、俺が弁償する』

 弁償をすると言い張る真樹さんと数斗さん。

「この際ですから、新機種に変更をしませんか?」

 にっこにこな店員さんが、提案。

『商売魂すごいな……』

 新一さんと一緒に、店員さんに感心してしまった。

「そうしようか? 新機種って、あれでしょ? せっかくだから、ね」
『新機種を買ってあげよう。俺もあとで、同じものに機種変しようかな……』
「あっ! おれが弁償するって!」
『新機種変は、ちょっと痛いけど! 償い!!』
「あ、あの、普通にそのままでいいのですが……」

 お揃いを狙う数斗さんと、無理をしようとする真樹さん。

 私は新機種に変更する気はないと、伝えるのだけれど。

「もう割り勘でいいでしょ。償いは」

 新一さんのその妥協案が、採用されてしまった。


 
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