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●17 ヒロインにエンディングを。(ミンティー視点)
しおりを挟むどうしてこうなったの!!
意味がわからない!! ちゃんと原作通りにヒーローのアレキサンドと恋に落ちて、愛し合ったのに!!
あの悪役令嬢が悪い! 全部悪いのよ!!
悪役令嬢も転生者だからって、ふざけんじゃないわよ!!
あたしはこの世界のヒロインなのよ!?
大好きな小説だった。ヒーローのアレキサンドがど好みだし、優等生だった前世のあたしはヒロイン・ミンティーに共感もしていた。だから夢のような転生だった。
運命的に惹かれ合って愛し合ったのに……。
悪役令嬢のディナ!
彼女も転生者だと気付いて、すぐに悪役令嬢の罪をでっち上げなくちゃ、あたしはハッピーエンドを邪魔されると理解した。冗談じゃない。
小さい頃から、アレキサンドと幸せになることだけ目指して頑張ってきたのに!
ここで邪魔されてたまるもんですか!!
順調に悪役令嬢の仕打ちを広めていけたと思ったのに、悪役令嬢は急に夜会に現れたという。
『謎の貴公子』にエスコートされて。
どういうこと!? そんなキャラ知らないわよ!?
『謎の貴公子』のせいで、アレキサンドが霞んだ!
アレキサンドが悲劇のヒーローなのに! みっともなくしがみつく悪役令嬢が役目を果たさないから!!
役目を果たさないだけじゃなくて、邪魔するなんて! これじゃあ清廉潔白のヒーローのアレキサンドが、浮気者だと思われるじゃない!
そうじゃない! これじゃあ悪役令嬢に婚約破棄で退けても、社交界で居場所がなくなるじゃない!! ハッピーエンドにならない!!
ふざけないでよっ……! これじゃあ綺麗な愛の物語では終わらないじゃない!
あたしがヒロインなのに! ラブストーリーのヒロインなのに!!
ハッピーエンド以外、許さないんだから!!
そんな中、悪役令嬢の家が夜会を開くと招待状を送ってきた。
何か仕掛ける気? いえ。ここは『謎の貴公子』との不貞を突き止めて、逆転するチャンス!
そうアレキサンドと決意を固めて挑んだ夜会。
結果は、惨敗だった。
『謎の貴公子』である美しい黄色の瞳をした青年は、悪役令嬢の従者だった。
しかも、あたしが嘘を言いふらした証拠を集めたし、アレキサンドとキスしたことまで調べ上げた!
詰んだ! 絶望的だ!
あたしの罪は明らかにされて、アレキサンドとの仲まで周知に知らしめた!!
酷い! これじゃあ、もう幸せにならない!!
だから、頭に血が上りすぎて、あたしは魔法で攻撃した。ちょっと痛い目を見せるだけだった。
顔に傷でもつけて、女の幸せを奪うつもりだった!
なのに、呆気なく攻撃魔法は弾かれて、ギロッとあたしを睨んだ従者が、衛兵に取り押さえさせた。
ジタバタもがく間に、アレキサンドは悪役令嬢から婚約破棄されるし、父親のクリストン侯爵に殴られては置き去りにされた。
あたしは連行されて、牢屋に入れられた。
金切り声を上げる叔母様に「引き取った恩を仇で返すなんて!!」と罵られたあと、あたしも勘当宣告を受けた。
こんなことって……。どうして……どうしてなのっ?
悪役令嬢の勝ちなの?
あたしの物語なのにっ……!!
こんなヒロインの結末……許されないのに……!
「面会だ」
急に告げられた面会の知らせ。
アレキサンドかと希望を抱いた。何か好転したんじゃないかって。
だって、アレキサンドは侯爵家の嫡子よ? 本当に勘当するわけないわ! きっと何か! 何か逆転が!
そう期待いっぱいにして面会室に入ると、そこにいたのは憎き悪役令嬢の従者だった。
夜会にいた時とずいぶんと雰囲気が違う。『謎の貴公子』でも『有能な従者』でもなく、顔立ちの整った普通の青年のように、気楽な様子で椅子に座ってた。
「どん底の落ちた気分はどうだ? ヒロイン」
「!?」
あたしが座るより前に、従者はそう声をかけて来たから、驚愕が走る。
「さっきお前のヒーローにも面会してきたが、どん底に落ちぶれていたぜ。今は悪夢見て魘されているだろうよ」
鼻歌を歌いそうなほど軽く、従者がそう言う。
アレキサンドが……!?
「あ、アンタ! なんで知ってるの!?」
「なんでって、もうわかってるんだろ? ディナが悪役令嬢で、お前がヒロイン。そういうシナリオなんだろ?」
「っ!!」
悪役令嬢から聞いたの!? 全部知っているのね! 協力者として! ずるい!!
「アンタは誰よ! アンタも転生者!? それともお偉い魔法使い!? 誰なのよ!! めちゃくちゃにして!! ふざけんじゃないわよ!!」
転生者だとしても、チートなイレギュラーキャラだとしても、ずるい!! ずるいずるい!!
あたしには協力者はいないのに! どうして悪役令嬢にはいるのよ!?
「オレは転生者じゃない。その様子なら、やっぱりお前は死に戻りはしてないんだな」
「はっ……? 死に戻り?」
転生の話をしているのに、どうして死に戻りの話になるのよ。
あたしが睨みつけていると、従者は手を上げた。長い指がパチンと弾くと同時に、目の前が真っ暗になって、ズキッと頭が痛くなって、頭を抱えて呻く羽目になる。
「痛いっ!!」
「クズな浮気野郎には順番に入れたけど、お前には一瞬で全部埋め込んだ。面会時間、短いからね」
「は? はぁあ!?」
何を言っているのコイツ!?
痛みが引いたから、顔を上げた。
「ホントは時間をかけてお前を痛めつけたいけどさ。お前の方はうっかり殺しちゃったら、死に戻りの可能性がないとも否定出来ないじゃん? せっかくオレ達がいい感じに勝ったのに、台無しだ。ちゃんと生かさないと」
「っ! さっきから死に戻り死に戻りってなんなの!?」
ゾッとするようなことを言っているが、とにかくわからなくて叫ぶと、ニヤッと笑みをつり上げた悪役令嬢の従者。
「お前の護衛騎士に切り捨てられる死」
その言葉を聞くなり、護衛騎士に切り殺された光景が浮かんだ。生々しい感触に、ぞぉっと身の毛がよだつ。
「アレキサンドの実家に送られたお茶が毒入り」
次は紅茶を苦しんで吐き出し、息が出来ないままこと切れる記憶。息が詰まった。
「アレキサンドに胸を短剣で突き立てられて死ぬ」
「いやぁああ!!」
アレキサンドが怖い顔して胸に短剣を刺してきた光景に、飛び上がってしまう。
な、何この記憶!? なんなの!?
「それ、全部ディナが死に戻った原因の死だ。お前達がやったんだ。教えてやるよ」
親切だろ、という従者を信じられないという目で見る。
記憶を植え込んだ? 何そんな魔法知らない! なんなのコイツ!!
「知らないっ……知らないんだから!! そんなの知らない!」
パチンと従者が指を鳴らした途端、植え付けられた恐怖の記憶が突き抜けた。
リズムを取るみたいにパチンパチンと鳴らし続ける度に、恐怖が走る。悲鳴を上げる間もなく、びっくんびっくん震えて、頭を抱えたまま床に座り込む。
「や、やめてっ」
「お前。ディナの顔めがけて攻撃魔法を放ったよな?」
「ひぃい!!」
さっきまでの明るい声音が、低いトーンに変わって、怒りを露にする。
「お前の顔、ズタズタにしてやろうか?」
「い、いやっごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
ガタガタ震えながら、なんとか壊れたように謝罪を繰り返すしかない。
怖い怖い!! やめて!! お願い!!
アレキサンド! 助けて!!
「なんてあの瞬間は思ったけど、ちゃんと守護してたし、お前の攻撃なんてどう足掻いても届かなかったんだけどな」
パッと明るく言い退ける従者。
「それに顔はやめておいてやるよ。だって、アレキサンドがお前を迎えに来るだろ? どこがいいのか知らないけど、その顔をズタズタにしたら、すぐに見捨てちゃうかもしれない。それは可哀想だ」
「アレキサンド……!」
希望が見えた。
アレキサンドが迎えに来てくれるの? そうなのね? ああ! あたしの王子様!!
「顔はな」
「えっ……?」
従者は意地悪な笑みを浮かべていた。
意地悪と言うには、あまりにも凶悪な笑みにゾッと悪寒に襲われる。
「な、何をする気なの……? 何もしないわよね? ここで危害なんて……」
「そのうち、お前は出される手筈だ。ディナお嬢様の温情で、訴えはしないから、留置場からは出される。その頃には、アレキサンドも迎えに来るさ。アイツにも悪夢を植え付けた。おんなじ悪夢を見るといいさ。ディナが苦しんだ以上にな」
おろおろと視線を泳がしてしまう。悪夢を植え付けた? あたしとアレキサンドにそれだけをして……あとは解放してくれるの……?
まだ何かあるんじゃないかって疑ってしまう。
「――――まぁ、お前が苦しむかはわからないがな」
意味深に呟いた従者は、ニヤリと凶悪な笑みで白い牙を見せつけた。
「お前の魂は、ここで壊す」
「…………は?」
何を言われているかわからなくて、間抜けな声を零してしまう。
魂? 今、魂って言った?
「だって、転生者のディナが死に戻りしたんだ。お前も死んだら、死に戻りしちゃうかもしれないだろ。だったら、死に戻りする魂が、なくした方がいいじゃないか」
理解が追い付かない。何を言っているんだ、この人。
魂を壊す? なくした方がいい?
荒唐無稽すぎて、思考が追い付かない。
「魂の利用価値は高いから、誰も壊したりしない。だってもったいないからな。でもオレにとって、お前の魂は害悪でしかないから、壊す。大丈夫、魂が破壊されても、お前は生きる。……抜け殻状態にはなるがな」
加虐的に笑い、従者はあたしに向かって手を伸ばした。
宙をわし掴みにした途端、ぴきっと亀裂が入った音がする。
何かが割れる音。壊れそうな音。
グルグルする思考で、それが魂を壊される音だと理解して焦った。
「や、やめっ」
「そうだ、ヒロイン」
制止の声を遮るように、宙をわし掴みにしている従者は、にっこりと作り笑いを向けて声をかけた。
「お前はバッドエンドを迎えたヒロインだ。じゃあな? 転生も出来ず、死に戻りもするな。悲劇のヒロイン」
「いやぁあああああっ!!!」
ぐしゃっと握り締められた手が、パリンッと硝子を粉々にする音を響かせた。
世界に亀裂が入ったように見えた。
恐怖で涙が零れ落ちたが、やがて止まる。
一度は砕け散ったのに、元の視界に戻った気がする。何も感じない。
何もない床を呆然と見つめるだけで、床に座り込んでいたら、衛兵が面会時間は終わったと、連れ戻してきた。
悪役令嬢の従者の姿は、もうない。
牢に戻ったあたしは、なんの思考もせず、無気力に壁を見つめた。
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