婚約破棄された悪役令嬢は冒険者になろうかと。~指導担当は最強冒険者で学園のイケメン先輩だった件~

三月べに

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二章・多忙な学園の始まりは、恋人と。

84 最強冒険者のクラスメイト。(友人そのA①)

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 リガッティー・ファマス侯爵令嬢について、噂が持ち切りな新学期初日。
 一学年上のルクトのクラスも、例外ではない。
 春休みを挟んだ再会の喜びを分かち合うのも早々に切り上げて、リガッティー・ファマス侯爵令嬢達の話題で盛り上がる。
 何故断罪されたはずの侯爵令嬢は平然と登校して、第一王子を筆頭にした側近の生徒達と問題の子爵令嬢は登校していないのか。
 侯爵令嬢と第一王子の婚約解消は成立しているらしいという情報で、やはり有責は第一王子の方なのかとひそひそ話をする。


「……ファーストキスのタイミングっていつ?」


 真剣な顔つきで尋ねてきたルクトに、クラスメイトである友人のエリオット・ダウンは、げんなり顔をする。

「は? 何お前。春休み中に、カノジョでも出来たの? 春休みに春来たの?」
「うん、カノジョ出来た」

 へにゃりと笑うルクト。

「嬉しそうすぎるだろ」
「クソ、モテ男め」
「イケメン、滅びろ」
「なんで祝福の言葉一つくれないの、冷たすぎる」

 周囲の男子生徒達はエリオットに続いて冷たい言葉をひがみで言ってしまうが、正直、ルクトが恋人を作ったことに驚きである。
 引くほどに、冒険一筋の友人。それがルクトだ。
 遊びに誘われようとも、冒険の用事があると優先してしまうような奴。
 異性の生徒とも、そんなに親しくしているところを見たことがない。

「珍しいな、この春休みは大物の魔物を仕留めずに、どこの大物を仕留めたんだよ?」
「ちょっと……オレのカノジョを、魔物と同じにしないでくれよ。いや、まぁ、ある意味……いや、色んな意味で大物なんだけどさ」
「何? どこかのご令嬢とか言わないよな? それはないかー」
「ん? あれ? でも、Sランク冒険者って可能なんだろ? 名誉貴族になること。ご令嬢とも、別に不可能じゃないよな」

 最速でAランク冒険者になった最年少のルクトは、Sランク冒険者になれると話には聞いていたと思い出す。

「あー、うーん。まぁな」と、少し歯切れが悪い。

「なんか、お前、様子、おかしくね?」

 エリオットは、首を傾げた。
 いつもなら、春休み中の冒険について話してくれただろうに。

「お昼にデートすんの!」
「(なんだ。カノジョ出来て、浮かれているだけか)」

「制服デート!」と自分の制服を整えるルクトが、顔を緩ませる。

「やめろ、その緩い顔。制服デートってことは、まさかこの学園の生徒か? マジでどこの誰だよ? いつの間に!」
「ん? いや、会ったのは春休み初日。まぁ、進級祝いパーティーで、オレが一方的に見てたけど……ぶっちゃけ、そこでオレ一目惚れした。つうか、その翌日の初日に目の前で会って、さらに一目惚れ! 二目惚れ? いや、むしろ、オレもう何回も恋に落とされてる気がする……」
「やめろ、ホント。その緩い顔。一気に、惚気すぎだろ」
「ベタ惚れかよ。どんな美少女だよ」
「最速最年少Aランク冒険者が仕留められたのか!」

 胸を押さえて、頬を赤らめるルクト。
 周りで珍しく見ながらも、笑う奴もいる。みんな、興味はあるのだ。

「(美少女に仕留められたんだな、羨ましいぜチクショウめ)」

 コイツ自身がかなりのイケメンだから、相手も相当な美少女に違いない。このベタ惚れな一目惚れを語る様子からして、確信した。羨ましいぜ、チクショウめ。

「告白して交際申し込んだら、めっちゃ可愛い返事してくれたから、もうオレまた惚れ込んでて……そこですべきだったかな、ファーストキス。オレもう、抱き締めることで精一杯だった」
「お前の惚気は止まらないのか」

 本当に止まらないと、口元を引きつらせるエリオット。

「いや、真剣に悩んでんの! ファーストキスのタイミングっていつ!? 昨日だってご両親から許可もらったのに、タイミングわかんねーよぉー」
「なんか段階おかしくね!? ファーストキスまだなのに、もう両親に会ったの!?」
「オレはヘタレなのかな……。いや、ご両親と会うのは当然じゃん? 大事な娘さんとの仲を認めてくださいって、言わなきゃ」
「お、おおう……。すげーな。本気なのな」

 本気で好きな相手じゃん。


「もちろん。生涯でただ一人の伴侶だから」


 ルクトが、真剣な顔で言うから、こちらがドキリとする。
 目があまりにも本気だった。
 ただでさえ、すごい功績を出している冒険者を両立しているクラスメイトなのに、とんでもなくすごい奴として尊敬する。
 こりゃあ、一人の男としても尊敬するしかないみたいだ。

「今日は、制服でカフェデートなんだけど……なんかどっか、いい景色のところ連れて行って雰囲気作り必要? ああー! やっぱり絶対喜ぶと思って連れてった告白場所で、ファーストキスをするべきだったかなぁ~? そこにまた連れて行く? いや遠いよなぁ~」

 しかし、頭を抱える様子からして、やっぱり同い年の男。ちょっぴり安心して、苦笑い。

「わかったわかった。真剣に相談に乗ってやるから、購買の復刻デザート買ってきてくれよ。相談のお代は、それで」
「復刻デザート?」
「そ。桜とベリーのマフィンとか、クッキー。甘さ控えめで、おれは好きなんだよ。早く買わないとなくなるぜ?」

「わかった!」と、ルクトは窓を開けて4階から飛び降りてしまった。

「ここ4階なのになぁー」と、エリオットは遠い目をするが、ルクトなのでしょうがない。
 クラスメイトは、慣れっこである。

「しっかし、ルクトのカノジョって、マジで誰だ? 心当たりがある奴、いない?」
「アイツ、告白させる暇もないから、女の影なかったじゃん……。冒険一途も、仕留められた美少女か……。学園で美少女っつったらぁ……やっぱり、今話題沸騰のファマス侯爵令嬢だよな?」
「やめろ、ほら……」

 クラスメイトの伯爵令嬢に睨まれて、首を縮める一同。
 クラスで一番身分が高くて、ベージュのふわふわ髪の美少女ではあるが、彼女はリガッティー・ファマス侯爵令嬢の大ファン。
 彼女について、下世話な話をすれば、睨み殺さんばかりの視線を向けてくる。
 婚約破棄パーティーでは、あまりのことで絶句して放心していたが、我に返ったあとは酷かったと聞く。
 まぁ、わりとファマス侯爵令嬢の味方は多く、憤怒していた貴族令嬢や令息が多かったとか。


「失礼いたします。三年生のリガッティー・ファマスです」


 凛とした声が、教室の中をしーんと静まり返らせた。
 誰もが自分の耳を疑って、声が聞こえた方に顔を向けたからだ。

 しかし、疑いようがない。
 そこには、今、話題沸騰のファマス侯爵令嬢が佇んでいたからだ。

 何故……ファマス侯爵令嬢が、このクラスに……?

 混乱に陥って、クラス一同は固まってしまった。

 教室の中を覗き込んで、首を傾げたご令嬢は「こちら、ルクト・ヴィアンズ先輩の教室でお間違いないでしょうか?」と、なんとルクトの名前を口にした。

 全員の心の声は、まだ空いたままの窓に向かって叫ばれたはずだ。ルクトの名前を絶叫しながら。

 なんで話題沸騰のご令嬢が! ルクトの名前を!?
 ルクト! 秒で戻れ!! 戻ってこい!

「間違えてしまいました?」と、頬に片手を当てる上品で可憐な仕草をするリガッティーに、慌ててブンブンと首を横に振るクラス一同。
 中には全く動けない生徒もいたが、黙り込むわけにはいかなかった。
 この場で一番身分の高い侯爵令嬢を無視する形はいかない。
 実力至上主義の学園で、交流に関しても、身分の隔たりはないとはいえ、こんな高貴な方を無視なんかすれば、後が怖すぎる。
 なんだったら、婚約破棄を突き付けた第一王子が学園に来ていない事実が恐怖を駆り立てる。

 だが、そこにいるリガッティーは、凛としていながらも、やはり可憐だ。クラスメイトの伯爵令嬢と比べて悪いが、高貴さが溢れた佇まい。

「(というか、フィンガー伯爵令嬢! お前が一番身分が高いんだから対応してくれ! 何固まってるんだよ! 大ファンだろ!? 手厚く接待してくれ!)」

 リガッティーの大ファン、ミカナ・フィンガー伯爵令嬢は推しの登場に完全硬直中。

「よかった。でも、ルクト先輩本人がいらっしゃらないですね」と、不思議そうにする。

「(アイツなら、オレがパシらせました……すんません。どうか誰も言わないでくれ)」

 エリオットは、クラスメイト達に祈りを捧げた。

「まぁ、いないうちがいいですね。ルクト先輩と親しい方は、どちらですか?」

 ルクトがいない方が好都合と言わんばかりに、次の質問をして来たから、また静まり返った教室。時が動き出したように、視線が集まる先は、エリオット。

「……へっ?」と、素っ頓狂な声を、弱々しく零す。

「お邪魔しますね」と、笑顔で教室に入ってきたリガッティーが、目指してくる。
 しなやかな黒髪が靡くだけで、綺麗すぎて、息を呑むほど、クラスメイト一同は見惚れた。

 そして、目の前まで来られたエリオットは、心の中で悲鳴を上げていた。

「(ぎいやあああっ! 絶世の美少女が目の前に! オレ、存在していいの? え? なんでこうなってんの!? 吐ける! 緊張で吐ける!)」

 しかし、ご令嬢様に汚物を見せてはいけないと、必死に堪えた。

「リガッティー・ファマスと申します。先輩」
「は、はいぃ……。エリオット・ダウンです……。な、なんで、しょう? そ、その、ルクトが、何か? 冒険者業に関してなら、冒険者ギルドへ」

 たまに冒険者ルクトへの依頼の話を聞くから、それかな、という淡い希望を抱いて、冒険者ギルドへ行ってもらおうとした。

「いえ、冒険者ルクトさんのお話ではなく、クラスメイトとしてのルクト先輩のお話を聞きたくてきました」

 にこやかに微笑むリガッティー。

 わぁー。結構可愛い笑顔と声だなー。
 とか、見惚れつつも、思う。

「(……いや、なんで??? なんで、ルクトの話を、話題沸騰のご令嬢が聞きたがるんだろうか???)」

 その疑問の答えがちらつくが、必死に背けた。

「(いや、待て。マジ待て。そ、そんな、わけ……そんなわけないだろ。まさか。アハハ。だって、なぁ?)
 えっと……ルクトとは、知り合いで?」
「あ、はい。

 なんか聞いたことある話。

「(マジで吐きそう!! なんか、ルクトのカノジョの話と一致している気がするんだけど、気がするだけだよね!? ままま、待つんだみんな!! まだ! まだ決定的なことを言ってないんだ! 早とちりするな!!)」

 自分と、多分同じことを考えている周囲に、心の中で言い聞かせた。

「(そう! 憶測を口にするのはよくない!! 確かに””とか言ってたけど!! とか、あってたまるか!!!)」

 もしかしたら、リガッティーの友人であるご令嬢が、ルクトのカノジョという可能性がある。
 だからこそ、失礼に値するので、絶対に口にしないと決める一同。

「お恥ずかしい話、学園内でも有名だったルクト先輩のことは知らなかったのです。この学園に通いながらも、最速でAランク冒険者となった方だそうで、純粋にすごい人だと思いました。教室の彼は、どんな風なんでしょうか?」
「どんな、と、言われましても……」

 難しい質問だな……。

「正直、ルクト先輩はとてもハードな生活をしていると思うんですけど……お疲れのご様子とかは?」
「あー……週末明けとか、遠出でまた疲れてるって言っている時とか、徹夜したとか、机に突っ伏して寝てる時がわりとありますね」

「まぁ、やっぱり……」

 リガッティーは、心配そうに眉を下げる。

「あっ! 大丈夫ですよ! ルクトは、マジで最強なんで! 過酷そうな生活してるでしょうが、今だってピンピンしてるじゃないですか! 最初の一年は顔見ないぐらい机に突っ伏していた気もしますが、最近は元気溌剌ですよ!」

 なんとか心配の気持ちを軽くしようと明るく言うエリオット。

「……そうですね。先輩は、よく冒険の話を聞くのですか?」
「はい。アイツ、いえ、彼は知っての通り冒険者ですからね。長期休み明けには、討伐した大物の話を聞きます。嘘かどうかはぶっちゃけ半信半疑ですけど、下級ドラゴンを何体か倒した話を聞きましたね。あっ! 春休み中に『ダンジョン』で下級ドラゴンが倒されたって話、ルクトから聞こうと思ってたのに、すっかり忘れてました! アハハ!」

 学園内じゃあ『ダンジョン』で下級ドラゴンが出没したことより、第一王子と侯爵令嬢の婚約破棄が重要な話題だ。
 その侯爵令嬢こそが、目の前のリガッティーなのだから、また緊張で吐きそうなため、笑って誤魔化す。

「その話なら、目下調査中のため、公表されている以上のお話は聞けないと思いますよ」

 にこやかに微笑んだリガッティーがさらりと落ちた髪を耳にかける。その仕草に、うっとりしたのも束の間。

 ヒュッ、と喉を鳴らしかけた。
 顕になった耳には、見覚えのある赤い耳飾り。


「(そういえば、珍しく耳にアクセサリーをつけていると思った……!! !!! だ、だめだ! 決定打がそこにある!! 現実突きつけられた気分だ!!! ルクトのカノジョだ!!!)」


 煌めくお揃いのピアスを目の当たりにして、エリオット達はプルプルと小さく震えた。


 
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