令嬢はまったりをご所望。

三月べに

文字の大きさ
50 / 103
4巻

4-2

しおりを挟む
 気晴らし、か。
 いつか獣人傭兵団さん達と冒険に行ってみたいとは思っていたから、これは絶好のチャンスなんだろうか。不安は大きいが、オルヴィアス様もいるなら心強い。

「えっと、皆さんがそうおっしゃるのならば……」

 獣人傭兵団さん達を見回す。チセさんは見知らぬ人がいるから黙りこくっているけれど、はっきりとうなずいた。シゼさんも、琥珀こはく色の瞳を私に向ける。
 リュセさんはオルヴィアス様をにらんでいるようだけれど、私と目が合うと「行こうぜ?」と言う。セナさんもうなずいた。

「では……まったりと冒険に行きましょうか」

 私はそう微笑んだ。
 冒険に行きましょう。



    3 異世界人。


 朝陽で目覚めて、心地よさを十分に味わってから、起き上がる。
 壁際にあるグリーンのソファーに軽く膝をついて窓を開けると、朝の気持ちのいい風が入ってきた。それを胸いっぱいに吸い込む。今日もいい天気だ。
 クローゼットを開いて、今日のドレスを選ぶ。飾りっ気のない質素な青いドレスを着て、真っ白なエプロンを腰に巻いた。
 水色がかった白銀の髪をブラシでとかして、夜空のように星がちりばめられたリボンで三つ編みにした髪を結んだ。

「リュー、おはよう。朝よ、起きて」
「んぅー……」

 同じベッドに眠っていたのは、真っ青な髪の、少女の姿をしたリュー。その肩を揺さぶって起こす。
 まだ眠そうにぼんやりとしたリューが、のっそりと起き上がった。
 目を擦りながらバスルームに入ったリューを見送ってから、一階に下りる。
 朝のまったり喫茶店は、静かだった。カウンターテーブルと四つのテーブル席。木製のものだから、落ち着いた雰囲気を作り出していて、それがとても気に入っている。
 パンパンと手を叩いて魔力を込めれば、ライトグリーンの光がてのひらからこぼれ落ちて、床に円を描く。白く光ったその円から「わわわぁ」と雪崩なだれ込むようにして妖精ロト達が現れた。
 マシュマロ二つ分ほどの小さな彼らは、蓮華れんげの妖精。頭と同じ大きさのぷっくりした胴体からつまんで伸ばしたような手足がある。ほんのりライトグリーンの肌色で、つぶらな瞳はペリドット。
 そんな妖精ロトに、しゃがんでお願いをする。

「おはよう。お掃除、お願いします」

 ロト達はすぐさま起き上がって整列すると、敬礼をした。

「あーいっ!」

 そう元気よく返事をして、掃除を始めてくれる。
 私はついてくる残りのロト達と一緒にケーキ作りを始めた。
 下りてきたリューも、手伝ってくれる。

「今日もホットケーキがいい」
「わかったわ」

 前に一度ホットケーキを作ってから、リューのお気に入りらしい。魔法で泡立てた生地をリューに焼いてもらっている間に、店で出すケーキの仕上げをする。
 マンゴーフェスタ中なので、作るのは新作のマンゴータルト。そのうち、店内にはマンゴーの甘い香りが満ちた。

「ねぇ、ローニャ。私も行っちゃだめ?」

 リューは昨日から何度か同じことを尋ねてくる。
 キャッティさんに誘われた冒険についてきたいようだけれど、リューはお留守番だ。

「リューには危ないと思うの。だからごめんなさい、連れていけないわ」

 私は目線を合わせるようにしゃがみ、椅子に座っているリューを少し見上げて諭すように答える。リューはちょっと唇を尖らせた。

「でも、楽しそう……」
「うん、楽しいと思うわ」

 私はリューの手を握って笑みをこぼす。
 冒険だ。それも、獣人傭兵団さんと一緒に。
 もちろん心配なことはたくさんあるけれど、ワクワクもしているのだ。
 リューがむくれてしまったので、頭をでる。

「リューとは今度、安全な場所に出かけましょう」
「本当?」
「ええ、約束」
「約束」

 そう提案すれば、リューは破顔して私と小指を絡ませた。
 開店準備を終えて、リューとロト達と一緒に魔法で瞬間移動する。
 移動先は、精霊オリフェドートの森。
 私達を包み込む白い光がなくなると、今度はペリドットの輝きが目に飛び込んでくる。
 暖かな光が降りそそぐ森の中の空気は、一段と澄み渡っていて清らかだ。
 足元に広がるのは、まだ色付いていないつぼみばかりの蓮華れんげ畑。ロト達はそこに「わぁー」ともぐり込んで、見えなくなってしまう。

「さて、オリフェドートはどこかしら」

 リューと手を繋いでから、目を閉じて魔法契約をしている彼の気配を探った。魔法契約をしていれば、こうして互いに気配を辿ることができる。

「こっちね」

 気配を見付けて歩き出すと、どこからともなく森マンタのレイモンが現れて、私に抱き付いた。平べったい身体とひらひらしたヒレで宙を泳ぐ、マンタの姿をした生き物。ひんやりしていて気持ちがいい。

「おはよう、レイモン」

 レイモンは次に、もごもごっとリューに抱き付いた。すっぽりと収まってしまう。リューが食べられてしまっているようにも見えるけれど、挨拶あいさつしているだけだとわかっていれば可愛い光景だ。
 満足したのか、レイモンはひらひらとただよって森の奥に消えていった。
 髪を整えるリューと手を繋ぎ直して、また森を歩く。
 ミシミシときしむ音がして顔を上げれば、木の妖精がいた。一見普通の木だけれど、幹に穴があってそれが顔になっている。会釈えしゃくをすれば、ふさいでいた道を空けてくれた。
 ひらけた森の中は、光に満ちている。その光に目が慣れた頃、四つの人影が見えた。
 一つは、精霊オリフェドート。立派な鹿の角を思わせる白いかんむりをつけている。水に濡れたつたのような色の長い髪と、埋め込んだようなペリドットの瞳。シルクの羽織はおりを着ている。
 もう一つは、純白の翼の形をした腕が地面についてしまっている、人の姿の幻獣ラクレイン。引きずる尾も羽根も、ライトグリーンとスカイブルーにつやめく。黒いズボンとブーツ姿にも見えるけれど、下は漆黒の足だ。
 そして見知らぬ男女が二人。一方は人間の耳のあたりに漆黒の翼が生えた、黒い髪に黒い衣服の男性。もう一方は青いケープを肩にかけた白いドレスの美しい女性。真っ白な髪に、雪のような肌。それらとは対照的な、黒い瞳。どうやらこちらは人間のようだ。

「あら……珍しい。お客様でしょうか?」

 本当に珍しい。この森に来られるのは、人間では私と魔導師グレイティア様くらいのもの。特に幻獣ラクレインが、人間の侵入をはばむ。
 おそらく、黒い翼を頭から生やした男性が連れてきたのだろう。

「お話し中のところすみません」
「ローニャ! いいところに来た!」

 オリフェドートが私を手招いた。リューは人見知りを発動して、私の後ろに隠れてしまう。リューをスカートの陰に隠したまま、私は彼らに歩み寄った。

「紹介する! こっちはシーヴァ国の森に住んでいた幻獣レイヴだ。百年ぶりに会った」
「こんにちは。私はローニャと申します」
「我が友だ」

 オリフェドートは私を良き友だと思ってくれている。精霊にそう思われるのは、光栄なことだ。
 私は笑みを深めながらも、首を傾げた。住んでいた、という表現が気にかかる。

「シーヴァ国といえば……滅びの黒地くろちの隣に位置する国ですよね。そこからいらしたのでしょうか?」

 滅びの黒地とは、魔物も近寄れないほど毒々しい瘴気しょうきに満ちた黒く染まった地。元は国だった。大昔に、悪魔から国を救おうとした勇者が見事にトドメをさしたのだが、悪魔は消滅と共に悪い魔力を放出して、その地をけがしたと言われている。
 だから、悪魔は倒すのではなく、封印すべきなのだ。

「はいっ!」

 レイヴの隣の女性が、朗らかに答える。

「と言っても、私はシーヴァ国の国民ではないのです。聖女の召喚に巻き込まれた異世界人なんですよ! 名前はハナっていいます!」
「!」

 彼女の言葉に驚きを隠せない。

「異世界、人……」
「あ、はい。シーヴァ国には聖女を召喚する風習がありまして、それに巻き込まれてしまい、そうしたら真っ白な姿になってしまいまして……」
「あ、あのっ」
「はい⁉」

 ずいっと近付いて、白い手を握った。
 私には前世の記憶がある。地球という惑星、日本という国で暮らしていた。
 シーヴァ国は瘴気しょうきの侵略を阻止するために、百年に一度、瘴気しょうきを浄化できる聖女と呼ばれる女性を召喚しているというのは学園で習った。聖女はシーヴァ国内だったり、この世界のどこかにいたり、または異世界にいたりするのだそう。もしも会えたら、尋ねてみたいことがあったのだ。

「どこの国の……いえ、どこの星ですか?」
「えっ?」

 もし地球からの異世界人ならば、懐かしい話をしてみたい。
 期待を込めて黒い瞳を見つめる。
 レイヴと呼ばれた幻獣が、笑みを浮かべたまま固まってしまったハナさんを私から引き離した。

「この人間はなぜ入ってこられた?」

 敵意を含んだ黄色い瞳で見下ろしてくる。

「ああ、ローニャは我と魔法契約している人間だからな」
「何? ここ百年で人間嫌いが治ったのか?」
「いや、グレイとローニャだけだ。ローニャはラクレインと契約しているのだぞ」

 オリフェドートの言葉に、レイヴは高らかに叫んだ。

「ラクレインが人間と契約しただと? 一体何があった⁉」

 ラクレインを助けたことをきっかけに、心を開いてもらったのだけれども。

「あの、すみません。私は用事があるので、失礼します。オリー、リューをお願いします」

 話をしたいのは山々だけれど、そろそろお店を開店しなければいけないので、リューをオリフェドートにあずける。知らない人間がいてすっかり警戒してしまったリューは、それまでずっと私のスカートを掴んでいたけれど、今度はオリフェドートの陰に隠れた。

「そういえば、冒険に出かけるんだったな」
「はい」
「獣人傭兵団と楽しんでこい」

 こちらを見つめるリューの頭をでて、オリフェドートに返事をする。

「また会いましょう、ハナさん」

 私は去る前に、ハナさんに笑みを送った。
 レイヴがオリフェドートの友人ならば、また会えるだろう。

「は、はい! また会いましょう、ローニャちゃん!」

 そのはかなげな容姿とは真逆の元気な笑みで、ハナさんが手を振る。

「近いうちに店を訪ねる」

 ラクレインの言葉にうなずいてから、私はカツンとブーツを踏み鳴らし、移動魔法を発動して店に戻った。
 まったり喫茶店、開店だ。
 仕事前にコーヒーを買いに来るお客さんと、朝食をとりに来たお客さんで、静かだった店内があっという間ににぎわう。
 今日のオススメは、新作のマンゴータルト。好評だった。

「んー美味しい! さすが、店長!」
「うん、本当に美味しい」
「ここはなんでも美味しいですね」
「ありがとうございます」

 タルトを提案してくれた金髪の少女サリーさん、その友人であるケイティさんとレインさんも嬉しい反応をしてくれる。
 お昼が近付き、少しいてきたかな、という頃に彼がやってきた。
 すっかり常連客の一人となった、エルフのオルヴィアス様。
 星のように白銀につやめく長い髪に、若緑色のマントを羽織はおる彼は、エルフの英雄。エルフの国ガラシアの女王の弟でもある高貴なお方。
 素性を隠していても、エルフの珍しさと彼の美しさに、店の中のお客さんは萎縮いしゅくしてしまう。現に、いつもおしゃべりなサリーさん達でさえも口をつぐんでしまった。

「おはよう、ローニャ。早く来すぎてしまったか」
「おはようございます。そうですね……何か召し上がりますか?」
「ああ、オススメのものをいただこう」

 時計を見上げれば、約束の時間までは、まだ少しある。
 今日は、明日から始まるトレジャーハントに向けて、ハルト様達による説明会がおこなわれるのだ。

「デザートのオススメは、マンゴータルトです」
「ではそれとラテをもらおう」
「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」

 マンゴータルトとラテの注文を受けて、キッチンに戻る。
 ラテをれて、切り分けたマンゴータルトを一切れ、お皿に盛り付けてトレイに載せた。ホールに出て、カウンター席に座ったオルヴィアス様の前にそれを並べる。

「お待たせしました」
「ありがとう」

 微笑を浮かべるオルヴィアス様。
 ふと視線を上げると、サリーさん達仲良し三人組が何やらこそこそとしていることに気が付いた。
 どうしたのかと首を傾げれば、レインさんがオルヴィアス様を一瞥いちべつしてから私に向かって口を開く。

「どこかに出かけるのですか? その……お二人でデートですか?」

 またうかがうようにオルヴィアス様をちらりと見ながら、そう尋ねた。
 オルヴィアス様が目を丸くする。
 私も思わず焦ってしまい、頬が熱くなった。

「デート、ではないですよ。獣人傭兵団さんも一緒に待ち合わせです」
「……」

 トレイをギュッと抱えながら、答える。
 オルヴィアス様は、取りつくろうように目を伏せてラテをすすった。
 獣人傭兵団さんのことを口にすれば、レインさん達はイマイチな表情になる。相変わらずこの街の住人は、獣人傭兵団さんにいい印象を持っていない。
 粗暴な印象が強い傭兵である上に、人間を簡単に引き裂く力を持つと世間では有名な獣人族だからだろう。彼らはこの最果ての街ドムスカーザで、最強の傭兵団とうたわれている一方で、み嫌われてもいる。
 本当はもふもふで優しい人達なのだけれど、なかなかわかってもらえなかった。獣人傭兵団さんの方も歩み寄るつもりがないので、関係改善のきざしは今のところない。
 その獣人傭兵団さんも、常連客だ。

「店長さん、本当に獣人傭兵団が好きですねぇ!」

 サリーさんが気まずい空気を吹き飛ばすように明るく言った。
 ちらっと私を見上げて、オルヴィアス様が一口、マンゴータルトを口にする。ふっとこぼれる優しげな微笑。それに私を含めた店内の女性陣が注目した。

「美味しいな」

 独り言のように呟く。

「ありがとうございます」

 私は反射的にお礼を言っていた。
 お昼になりお客さん達が帰っていくと、次のお客さんが入ってきた。

「ローニャお嬢様! オルヴィアス様! 昨日ぶりでございますにゃ!」

 元気よく白いドアをくぐったのは、赤い猫耳と尻尾のキャッティさん。今日はメイドさんらしく、黒のエプロンドレス姿だ。
 その後ろには黒いウルフヘアーのハルト様。こちらはワイシャツにサスペンダーで吊ったズボンと、ラフな格好だ。今日は二人で来たらしい。

「オルヴィアス様。お久しぶりです」
「ブルクハルト男爵」

 オルヴィアス様は腰を上げて、ハルト様と挨拶あいさつをした。

「ローニャ様も、お久しぶりです。この度は共に冒険に行くことを承諾していただけて、誠にありがたく思っております」
「お久しぶりです、ハルト様」

 ハルト様に挨拶あいさつしようとオルヴィアス様の隣に立つと、すぐさま手が差し出される。その手を握ると、目を爛々らんらんと輝かせたハルト様に力強く握り返された。
 ああ、とても楽しみにされている。

「オルヴィアス様にも同行していただけるなんて……、光栄に思います」

 その輝く黒い瞳をオルヴィアス様にも向けて、握手。

「そなたの冒険に介入して悪いな」
「とんでもありません! 心強い仲間だと思っております!」
「ふっ……そなたの両親を思い出すな。同じく冒険を愛しておられた」
「! ……そうですか」

 笑うオルヴィアス様に、ハルト様も照れくさそうに笑みをこぼした。
 かつて盗まれた王家の財宝をハルト様のご両親が取り戻したことにより、爵位を与えられたブルクハルト家。そこに生まれたハルト様の冒険への熱意は、親譲りなのだろう。

「えっと、話によれば獣人傭兵団の四人も雇う形になったそうですね」

 ハルト様がキョロッと店内を見回すけれど、獣人傭兵団さんはまだ来ていない。

「はい。リュセさん、チセさん、セナさん、そしてシゼさんです。この街最強の獣人傭兵団なんですよ」
「なるほど……それで、オルヴィアス様とその獣人傭兵団は、危険は承知の上なんですよね?」

 ハルト様の目が一度、後ろに控えているキャッティさんに向けられた。
 なぜか死に直結しかねないトラップを発動させてしまうというドジを連発するキャッティさんのことを指しているのだろう。
 当のキャッティさんは自覚がないのか、ハルト様の視線に首を傾げるだけ。

「はい。話しましたが、それでも行くそうです」

 昨日キャッティさんが帰ったあとに説明したのだけれど、オルヴィアス様も獣人傭兵団さんも行くと譲らなかったのだ。もしも後悔するようだったら、私の魔法で帰せばいいでしょう。
 私は苦笑しつつ肩をすくめた。
 そこでカランカランと、少し乱暴なベルの音が鳴り響いた。
 硝煙しょうえんと鉄のにおいをただよわせたもふもふ傭兵団のご登場だ。

「お嬢ー、おかえりって言ってぇ?」
「いらっしゃいませ、リュセさん」

 抱き付こうとしたリュセさんをかわして、にっこりと挨拶あいさつ
 純白の毛を持つチーターの姿なのに、今日はところどころ汚れている。
 ああ、せっかくの毛並みが台無しだ。濡れタオルを用意しようかしら。

「だぁー疲れたぁ」

 次に入ってきたのは、言葉の通り疲れた声のチセさん。
 青い毛並みがボッサボサになっている狼の姿。こちらもボロボロだ。激しい戦いになったみたい。そんなチセさんは、初めて見るハルト様を見付けて、ちょっと不機嫌そうに顔をしかめた。彼は人見知りをするのだ。

「ローニャ店長。悪いんだけれど、タオル貸してくれない?」

 そう言いながら入ってきたのは、セナさん。
 緑色のジャッカルの姿。ちょっと長めの前髪を払いけて、タオルを求めた。
 最後に入ってきたのは、シゼさん。
 純黒じゅんこくの獅子の姿の彼はなんともないようで、平然と奥のテーブル席に腰を沈めた。

「タオルは三つでよろしいでしょうか?」
「ああ、三つでいいよ」
「サンキュー、お嬢」

 カウンターテーブルの下からフェイスタオルを取り出す。
 魔法によって空中に湧いた水がタオルを包み込んだ。ほどよく濡らしたそれを手渡す。
 リュセさんもチセさんも、「おー」と声を漏らして濡れタオルを受け取った。

「獣人傭兵団の皆さん。オレはハルト・ブルクハルトだ」

 三人がゴシゴシと拭いている姿を眺めていれば、ハルト様が自己紹介をする。

「あー、例の冒険する男爵ってお前? へーぇ。ドムスカーザの男爵より若いじゃん」

 リュセさんはにやりと笑って、品定めするようにハルト様の頭から爪先までを見た。
 男爵相手にお前呼び。妖精の国アラジン王国の王様に対してもそうだったから、ブレない人である。
 獣人傭兵団さんは、ドムスカーザの領主に雇われて、この最果ての地の治安を守っている。隣の国は治安が悪く、そこから犯罪者が街に流れて来ないようにはばんでいるのだけれど、今日はたくさん働いたようだ。

「確かドムスカーザの男爵に雇われているのだったか。説明を終えたら、挨拶あいさつに行こう」

 幸い、ハルト様は呼称について気にしていないようだ。
 でもキャッティさんが黙っていなかった。

「リュセ様、だめですにゃん! これでもハルト様は男爵様ですにゃん!! お前呼ばわりはいけません!!」
「また今日も猫くせーな、お前……」
「これでもってなんだ、おい。……そういえば、ここへ向かう間、やけに猫とじゃれてたな」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。