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4巻
4-2
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気晴らし、か。
いつか獣人傭兵団さん達と冒険に行ってみたいとは思っていたから、これは絶好のチャンスなんだろうか。不安は大きいが、オルヴィアス様もいるなら心強い。
「えっと、皆さんがそうおっしゃるのならば……」
獣人傭兵団さん達を見回す。チセさんは見知らぬ人がいるから黙りこくっているけれど、はっきりと頷いた。シゼさんも、琥珀色の瞳を私に向ける。
リュセさんはオルヴィアス様を睨んでいるようだけれど、私と目が合うと「行こうぜ?」と言う。セナさんも頷いた。
「では……まったりと冒険に行きましょうか」
私はそう微笑んだ。
冒険に行きましょう。
3 異世界人。
朝陽で目覚めて、心地よさを十分に味わってから、起き上がる。
壁際にあるグリーンのソファーに軽く膝をついて窓を開けると、朝の気持ちのいい風が入ってきた。それを胸いっぱいに吸い込む。今日もいい天気だ。
クローゼットを開いて、今日のドレスを選ぶ。飾りっ気のない質素な青いドレスを着て、真っ白なエプロンを腰に巻いた。
水色がかった白銀の髪をブラシでとかして、夜空のように星がちりばめられたリボンで三つ編みにした髪を結んだ。
「リュー、おはよう。朝よ、起きて」
「んぅー……」
同じベッドに眠っていたのは、真っ青な髪の、少女の姿をしたリュー。その肩を揺さぶって起こす。
まだ眠そうにぼんやりとしたリューが、のっそりと起き上がった。
目を擦りながらバスルームに入ったリューを見送ってから、一階に下りる。
朝のまったり喫茶店は、静かだった。カウンターテーブルと四つのテーブル席。木製のものだから、落ち着いた雰囲気を作り出していて、それがとても気に入っている。
パンパンと手を叩いて魔力を込めれば、ライトグリーンの光が掌から零れ落ちて、床に円を描く。白く光ったその円から「わわわぁ」と雪崩れ込むようにして妖精ロト達が現れた。
マシュマロ二つ分ほどの小さな彼らは、蓮華の妖精。頭と同じ大きさのぷっくりした胴体から摘んで伸ばしたような手足がある。ほんのりライトグリーンの肌色で、円らな瞳はペリドット。
そんな妖精ロトに、しゃがんでお願いをする。
「おはよう。お掃除、お願いします」
ロト達はすぐさま起き上がって整列すると、敬礼をした。
「あーいっ!」
そう元気よく返事をして、掃除を始めてくれる。
私はついてくる残りのロト達と一緒にケーキ作りを始めた。
下りてきたリューも、手伝ってくれる。
「今日もホットケーキがいい」
「わかったわ」
前に一度ホットケーキを作ってから、リューのお気に入りらしい。魔法で泡立てた生地をリューに焼いてもらっている間に、店で出すケーキの仕上げをする。
マンゴーフェスタ中なので、作るのは新作のマンゴータルト。そのうち、店内にはマンゴーの甘い香りが満ちた。
「ねぇ、ローニャ。私も行っちゃだめ?」
リューは昨日から何度か同じことを尋ねてくる。
キャッティさんに誘われた冒険についてきたいようだけれど、リューはお留守番だ。
「リューには危ないと思うの。だからごめんなさい、連れていけないわ」
私は目線を合わせるようにしゃがみ、椅子に座っているリューを少し見上げて諭すように答える。リューはちょっと唇を尖らせた。
「でも、楽しそう……」
「うん、楽しいと思うわ」
私はリューの手を握って笑みを零す。
冒険だ。それも、獣人傭兵団さんと一緒に。
もちろん心配なことはたくさんあるけれど、ワクワクもしているのだ。
リューがむくれてしまったので、頭を撫でる。
「リューとは今度、安全な場所に出かけましょう」
「本当?」
「ええ、約束」
「約束」
そう提案すれば、リューは破顔して私と小指を絡ませた。
開店準備を終えて、リューとロト達と一緒に魔法で瞬間移動する。
移動先は、精霊オリフェドートの森。
私達を包み込む白い光がなくなると、今度はペリドットの輝きが目に飛び込んでくる。
暖かな光が降り注ぐ森の中の空気は、一段と澄み渡っていて清らかだ。
足元に広がるのは、まだ色付いていない蕾ばかりの蓮華畑。ロト達はそこに「わぁー」と潜り込んで、見えなくなってしまう。
「さて、オリフェドートはどこかしら」
リューと手を繋いでから、目を閉じて魔法契約をしている彼の気配を探った。魔法契約をしていれば、こうして互いに気配を辿ることができる。
「こっちね」
気配を見付けて歩き出すと、どこからともなく森マンタのレイモンが現れて、私に抱き付いた。平べったい身体とひらひらしたヒレで宙を泳ぐ、マンタの姿をした生き物。ひんやりしていて気持ちがいい。
「おはよう、レイモン」
レイモンは次に、もごもごっとリューに抱き付いた。すっぽりと収まってしまう。リューが食べられてしまっているようにも見えるけれど、挨拶しているだけだとわかっていれば可愛い光景だ。
満足したのか、レイモンはひらひらと漂って森の奥に消えていった。
髪を整えるリューと手を繋ぎ直して、また森を歩く。
ミシミシと軋む音がして顔を上げれば、木の妖精がいた。一見普通の木だけれど、幹に穴があってそれが顔になっている。会釈をすれば、塞いでいた道を空けてくれた。
開けた森の中は、光に満ちている。その光に目が慣れた頃、四つの人影が見えた。
一つは、精霊オリフェドート。立派な鹿の角を思わせる白い冠をつけている。水に濡れた蔦のような色の長い髪と、埋め込んだようなペリドットの瞳。シルクの羽織りを着ている。
もう一つは、純白の翼の形をした腕が地面についてしまっている、人の姿の幻獣ラクレイン。引きずる尾も羽根も、ライトグリーンとスカイブルーに艶めく。黒いズボンとブーツ姿にも見えるけれど、下は漆黒の足だ。
そして見知らぬ男女が二人。一方は人間の耳のあたりに漆黒の翼が生えた、黒い髪に黒い衣服の男性。もう一方は青いケープを肩にかけた白いドレスの美しい女性。真っ白な髪に、雪のような肌。それらとは対照的な、黒い瞳。どうやらこちらは人間のようだ。
「あら……珍しい。お客様でしょうか?」
本当に珍しい。この森に来られるのは、人間では私と魔導師グレイティア様くらいのもの。特に幻獣ラクレインが、人間の侵入を阻む。
おそらく、黒い翼を頭から生やした男性が連れてきたのだろう。
「お話し中のところすみません」
「ローニャ! いいところに来た!」
オリフェドートが私を手招いた。リューは人見知りを発動して、私の後ろに隠れてしまう。リューをスカートの陰に隠したまま、私は彼らに歩み寄った。
「紹介する! こっちはシーヴァ国の森に住んでいた幻獣レイヴだ。百年ぶりに会った」
「こんにちは。私はローニャと申します」
「我が友だ」
オリフェドートは私を良き友だと思ってくれている。精霊にそう思われるのは、光栄なことだ。
私は笑みを深めながらも、首を傾げた。住んでいた、という表現が気にかかる。
「シーヴァ国といえば……滅びの黒地の隣に位置する国ですよね。そこからいらしたのでしょうか?」
滅びの黒地とは、魔物も近寄れないほど毒々しい瘴気に満ちた黒く染まった地。元は国だった。大昔に、悪魔から国を救おうとした勇者が見事にトドメをさしたのだが、悪魔は消滅と共に悪い魔力を放出して、その地を汚したと言われている。
だから、悪魔は倒すのではなく、封印すべきなのだ。
「はいっ!」
レイヴの隣の女性が、朗らかに答える。
「と言っても、私はシーヴァ国の国民ではないのです。聖女の召喚に巻き込まれた異世界人なんですよ! 名前はハナっていいます!」
「!」
彼女の言葉に驚きを隠せない。
「異世界、人……」
「あ、はい。シーヴァ国には聖女を召喚する風習がありまして、それに巻き込まれてしまい、そうしたら真っ白な姿になってしまいまして……」
「あ、あのっ」
「はい⁉」
ずいっと近付いて、白い手を握った。
私には前世の記憶がある。地球という惑星、日本という国で暮らしていた。
シーヴァ国は瘴気の侵略を阻止するために、百年に一度、瘴気を浄化できる聖女と呼ばれる女性を召喚しているというのは学園で習った。聖女はシーヴァ国内だったり、この世界のどこかにいたり、または異世界にいたりするのだそう。もしも会えたら、尋ねてみたいことがあったのだ。
「どこの国の……いえ、どこの星ですか?」
「えっ?」
もし地球からの異世界人ならば、懐かしい話をしてみたい。
期待を込めて黒い瞳を見つめる。
レイヴと呼ばれた幻獣が、笑みを浮かべたまま固まってしまったハナさんを私から引き離した。
「この人間はなぜ入ってこられた?」
敵意を含んだ黄色い瞳で見下ろしてくる。
「ああ、ローニャは我と魔法契約している人間だからな」
「何? ここ百年で人間嫌いが治ったのか?」
「いや、グレイとローニャだけだ。ローニャはラクレインと契約しているのだぞ」
オリフェドートの言葉に、レイヴは高らかに叫んだ。
「ラクレインが人間と契約しただと? 一体何があった⁉」
ラクレインを助けたことをきっかけに、心を開いてもらったのだけれども。
「あの、すみません。私は用事があるので、失礼します。オリー、リューをお願いします」
話をしたいのは山々だけれど、そろそろお店を開店しなければいけないので、リューをオリフェドートに預ける。知らない人間がいてすっかり警戒してしまったリューは、それまでずっと私のスカートを掴んでいたけれど、今度はオリフェドートの陰に隠れた。
「そういえば、冒険に出かけるんだったな」
「はい」
「獣人傭兵団と楽しんでこい」
こちらを見つめるリューの頭を撫でて、オリフェドートに返事をする。
「また会いましょう、ハナさん」
私は去る前に、ハナさんに笑みを送った。
レイヴがオリフェドートの友人ならば、また会えるだろう。
「は、はい! また会いましょう、ローニャちゃん!」
その儚げな容姿とは真逆の元気な笑みで、ハナさんが手を振る。
「近いうちに店を訪ねる」
ラクレインの言葉に頷いてから、私はカツンとブーツを踏み鳴らし、移動魔法を発動して店に戻った。
まったり喫茶店、開店だ。
仕事前にコーヒーを買いに来るお客さんと、朝食をとりに来たお客さんで、静かだった店内があっという間に賑わう。
今日のオススメは、新作のマンゴータルト。好評だった。
「んー美味しい! さすが、店長!」
「うん、本当に美味しい」
「ここはなんでも美味しいですね」
「ありがとうございます」
タルトを提案してくれた金髪の少女サリーさん、その友人であるケイティさんとレインさんも嬉しい反応をしてくれる。
お昼が近付き、少し空いてきたかな、という頃に彼がやってきた。
すっかり常連客の一人となった、エルフのオルヴィアス様。
星のように白銀に艶めく長い髪に、若緑色のマントを羽織る彼は、エルフの英雄。エルフの国ガラシアの女王の弟でもある高貴なお方。
素性を隠していても、エルフの珍しさと彼の美しさに、店の中のお客さんは萎縮してしまう。現に、いつもお喋りなサリーさん達でさえも口を噤んでしまった。
「おはよう、ローニャ。早く来すぎてしまったか」
「おはようございます。そうですね……何か召し上がりますか?」
「ああ、オススメのものをいただこう」
時計を見上げれば、約束の時間までは、まだ少しある。
今日は、明日から始まるトレジャーハントに向けて、ハルト様達による説明会が行われるのだ。
「デザートのオススメは、マンゴータルトです」
「ではそれとラテをもらおう」
「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」
マンゴータルトとラテの注文を受けて、キッチンに戻る。
ラテを淹れて、切り分けたマンゴータルトを一切れ、お皿に盛り付けてトレイに載せた。ホールに出て、カウンター席に座ったオルヴィアス様の前にそれを並べる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
微笑を浮かべるオルヴィアス様。
ふと視線を上げると、サリーさん達仲良し三人組が何やらこそこそとしていることに気が付いた。
どうしたのかと首を傾げれば、レインさんがオルヴィアス様を一瞥してから私に向かって口を開く。
「どこかに出かけるのですか? その……お二人でデートですか?」
またうかがうようにオルヴィアス様をちらりと見ながら、そう尋ねた。
オルヴィアス様が目を丸くする。
私も思わず焦ってしまい、頬が熱くなった。
「デート、ではないですよ。獣人傭兵団さんも一緒に待ち合わせです」
「……」
トレイをギュッと抱えながら、答える。
オルヴィアス様は、取り繕うように目を伏せてラテを啜った。
獣人傭兵団さんのことを口にすれば、レインさん達はイマイチな表情になる。相変わらずこの街の住人は、獣人傭兵団さんにいい印象を持っていない。
粗暴な印象が強い傭兵である上に、人間を簡単に引き裂く力を持つと世間では有名な獣人族だからだろう。彼らはこの最果ての街ドムスカーザで、最強の傭兵団と謳われている一方で、忌み嫌われてもいる。
本当はもふもふで優しい人達なのだけれど、なかなかわかってもらえなかった。獣人傭兵団さんの方も歩み寄るつもりがないので、関係改善の兆しは今のところない。
その獣人傭兵団さんも、常連客だ。
「店長さん、本当に獣人傭兵団が好きですねぇ!」
サリーさんが気まずい空気を吹き飛ばすように明るく言った。
ちらっと私を見上げて、オルヴィアス様が一口、マンゴータルトを口にする。ふっと零れる優しげな微笑。それに私を含めた店内の女性陣が注目した。
「美味しいな」
独り言のように呟く。
「ありがとうございます」
私は反射的にお礼を言っていた。
お昼になりお客さん達が帰っていくと、次のお客さんが入ってきた。
「ローニャお嬢様! オルヴィアス様! 昨日ぶりでございますにゃ!」
元気よく白いドアを潜ったのは、赤い猫耳と尻尾のキャッティさん。今日はメイドさんらしく、黒のエプロンドレス姿だ。
その後ろには黒いウルフヘアーのハルト様。こちらはワイシャツにサスペンダーで吊ったズボンと、ラフな格好だ。今日は二人で来たらしい。
「オルヴィアス様。お久しぶりです」
「ブルクハルト男爵」
オルヴィアス様は腰を上げて、ハルト様と挨拶をした。
「ローニャ様も、お久しぶりです。この度は共に冒険に行くことを承諾していただけて、誠にありがたく思っております」
「お久しぶりです、ハルト様」
ハルト様に挨拶しようとオルヴィアス様の隣に立つと、すぐさま手が差し出される。その手を握ると、目を爛々と輝かせたハルト様に力強く握り返された。
ああ、とても楽しみにされている。
「オルヴィアス様にも同行していただけるなんて……、光栄に思います」
その輝く黒い瞳をオルヴィアス様にも向けて、握手。
「そなたの冒険に介入して悪いな」
「とんでもありません! 心強い仲間だと思っております!」
「ふっ……そなたの両親を思い出すな。同じく冒険を愛しておられた」
「! ……そうですか」
笑うオルヴィアス様に、ハルト様も照れくさそうに笑みを零した。
かつて盗まれた王家の財宝をハルト様のご両親が取り戻したことにより、爵位を与えられたブルクハルト家。そこに生まれたハルト様の冒険への熱意は、親譲りなのだろう。
「えっと、話によれば獣人傭兵団の四人も雇う形になったそうですね」
ハルト様がキョロッと店内を見回すけれど、獣人傭兵団さんはまだ来ていない。
「はい。リュセさん、チセさん、セナさん、そしてシゼさんです。この街最強の獣人傭兵団なんですよ」
「なるほど……それで、オルヴィアス様とその獣人傭兵団は、危険は承知の上なんですよね?」
ハルト様の目が一度、後ろに控えているキャッティさんに向けられた。
なぜか死に直結しかねないトラップを発動させてしまうというドジを連発するキャッティさんのことを指しているのだろう。
当のキャッティさんは自覚がないのか、ハルト様の視線に首を傾げるだけ。
「はい。話しましたが、それでも行くそうです」
昨日キャッティさんが帰ったあとに説明したのだけれど、オルヴィアス様も獣人傭兵団さんも行くと譲らなかったのだ。もしも後悔するようだったら、私の魔法で帰せばいいでしょう。
私は苦笑しつつ肩を竦めた。
そこでカランカランと、少し乱暴なベルの音が鳴り響いた。
硝煙と鉄の臭いを漂わせたもふもふ傭兵団のご登場だ。
「お嬢ー、おかえりって言ってぇ?」
「いらっしゃいませ、リュセさん」
抱き付こうとしたリュセさんを躱して、にっこりと挨拶。
純白の毛を持つチーターの姿なのに、今日はところどころ汚れている。
ああ、せっかくの毛並みが台無しだ。濡れタオルを用意しようかしら。
「だぁー疲れたぁ」
次に入ってきたのは、言葉の通り疲れた声のチセさん。
青い毛並みがボッサボサになっている狼の姿。こちらもボロボロだ。激しい戦いになったみたい。そんなチセさんは、初めて見るハルト様を見付けて、ちょっと不機嫌そうに顔をしかめた。彼は人見知りをするのだ。
「ローニャ店長。悪いんだけれど、タオル貸してくれない?」
そう言いながら入ってきたのは、セナさん。
緑色のジャッカルの姿。ちょっと長めの前髪を払い除けて、タオルを求めた。
最後に入ってきたのは、シゼさん。
純黒の獅子の姿の彼はなんともないようで、平然と奥のテーブル席に腰を沈めた。
「タオルは三つでよろしいでしょうか?」
「ああ、三つでいいよ」
「サンキュー、お嬢」
カウンターテーブルの下からフェイスタオルを取り出す。
魔法によって空中に湧いた水がタオルを包み込んだ。ほどよく濡らしたそれを手渡す。
リュセさんもチセさんも、「おー」と声を漏らして濡れタオルを受け取った。
「獣人傭兵団の皆さん。オレはハルト・ブルクハルトだ」
三人がゴシゴシと拭いている姿を眺めていれば、ハルト様が自己紹介をする。
「あー、例の冒険する男爵ってお前? へーぇ。ドムスカーザの男爵より若いじゃん」
リュセさんはにやりと笑って、品定めするようにハルト様の頭から爪先までを見た。
男爵相手にお前呼び。妖精の国アラジン王国の王様に対してもそうだったから、ブレない人である。
獣人傭兵団さんは、ドムスカーザの領主に雇われて、この最果ての地の治安を守っている。隣の国は治安が悪く、そこから犯罪者が街に流れて来ないように阻んでいるのだけれど、今日はたくさん働いたようだ。
「確かドムスカーザの男爵に雇われているのだったか。説明を終えたら、挨拶に行こう」
幸い、ハルト様は呼称について気にしていないようだ。
でもキャッティさんが黙っていなかった。
「リュセ様、だめですにゃん! これでもハルト様は男爵様ですにゃん!! お前呼ばわりはいけません!!」
「また今日も猫くせーな、お前……」
「これでもってなんだ、おい。……そういえば、ここへ向かう間、やけに猫とじゃれてたな」
いつか獣人傭兵団さん達と冒険に行ってみたいとは思っていたから、これは絶好のチャンスなんだろうか。不安は大きいが、オルヴィアス様もいるなら心強い。
「えっと、皆さんがそうおっしゃるのならば……」
獣人傭兵団さん達を見回す。チセさんは見知らぬ人がいるから黙りこくっているけれど、はっきりと頷いた。シゼさんも、琥珀色の瞳を私に向ける。
リュセさんはオルヴィアス様を睨んでいるようだけれど、私と目が合うと「行こうぜ?」と言う。セナさんも頷いた。
「では……まったりと冒険に行きましょうか」
私はそう微笑んだ。
冒険に行きましょう。
3 異世界人。
朝陽で目覚めて、心地よさを十分に味わってから、起き上がる。
壁際にあるグリーンのソファーに軽く膝をついて窓を開けると、朝の気持ちのいい風が入ってきた。それを胸いっぱいに吸い込む。今日もいい天気だ。
クローゼットを開いて、今日のドレスを選ぶ。飾りっ気のない質素な青いドレスを着て、真っ白なエプロンを腰に巻いた。
水色がかった白銀の髪をブラシでとかして、夜空のように星がちりばめられたリボンで三つ編みにした髪を結んだ。
「リュー、おはよう。朝よ、起きて」
「んぅー……」
同じベッドに眠っていたのは、真っ青な髪の、少女の姿をしたリュー。その肩を揺さぶって起こす。
まだ眠そうにぼんやりとしたリューが、のっそりと起き上がった。
目を擦りながらバスルームに入ったリューを見送ってから、一階に下りる。
朝のまったり喫茶店は、静かだった。カウンターテーブルと四つのテーブル席。木製のものだから、落ち着いた雰囲気を作り出していて、それがとても気に入っている。
パンパンと手を叩いて魔力を込めれば、ライトグリーンの光が掌から零れ落ちて、床に円を描く。白く光ったその円から「わわわぁ」と雪崩れ込むようにして妖精ロト達が現れた。
マシュマロ二つ分ほどの小さな彼らは、蓮華の妖精。頭と同じ大きさのぷっくりした胴体から摘んで伸ばしたような手足がある。ほんのりライトグリーンの肌色で、円らな瞳はペリドット。
そんな妖精ロトに、しゃがんでお願いをする。
「おはよう。お掃除、お願いします」
ロト達はすぐさま起き上がって整列すると、敬礼をした。
「あーいっ!」
そう元気よく返事をして、掃除を始めてくれる。
私はついてくる残りのロト達と一緒にケーキ作りを始めた。
下りてきたリューも、手伝ってくれる。
「今日もホットケーキがいい」
「わかったわ」
前に一度ホットケーキを作ってから、リューのお気に入りらしい。魔法で泡立てた生地をリューに焼いてもらっている間に、店で出すケーキの仕上げをする。
マンゴーフェスタ中なので、作るのは新作のマンゴータルト。そのうち、店内にはマンゴーの甘い香りが満ちた。
「ねぇ、ローニャ。私も行っちゃだめ?」
リューは昨日から何度か同じことを尋ねてくる。
キャッティさんに誘われた冒険についてきたいようだけれど、リューはお留守番だ。
「リューには危ないと思うの。だからごめんなさい、連れていけないわ」
私は目線を合わせるようにしゃがみ、椅子に座っているリューを少し見上げて諭すように答える。リューはちょっと唇を尖らせた。
「でも、楽しそう……」
「うん、楽しいと思うわ」
私はリューの手を握って笑みを零す。
冒険だ。それも、獣人傭兵団さんと一緒に。
もちろん心配なことはたくさんあるけれど、ワクワクもしているのだ。
リューがむくれてしまったので、頭を撫でる。
「リューとは今度、安全な場所に出かけましょう」
「本当?」
「ええ、約束」
「約束」
そう提案すれば、リューは破顔して私と小指を絡ませた。
開店準備を終えて、リューとロト達と一緒に魔法で瞬間移動する。
移動先は、精霊オリフェドートの森。
私達を包み込む白い光がなくなると、今度はペリドットの輝きが目に飛び込んでくる。
暖かな光が降り注ぐ森の中の空気は、一段と澄み渡っていて清らかだ。
足元に広がるのは、まだ色付いていない蕾ばかりの蓮華畑。ロト達はそこに「わぁー」と潜り込んで、見えなくなってしまう。
「さて、オリフェドートはどこかしら」
リューと手を繋いでから、目を閉じて魔法契約をしている彼の気配を探った。魔法契約をしていれば、こうして互いに気配を辿ることができる。
「こっちね」
気配を見付けて歩き出すと、どこからともなく森マンタのレイモンが現れて、私に抱き付いた。平べったい身体とひらひらしたヒレで宙を泳ぐ、マンタの姿をした生き物。ひんやりしていて気持ちがいい。
「おはよう、レイモン」
レイモンは次に、もごもごっとリューに抱き付いた。すっぽりと収まってしまう。リューが食べられてしまっているようにも見えるけれど、挨拶しているだけだとわかっていれば可愛い光景だ。
満足したのか、レイモンはひらひらと漂って森の奥に消えていった。
髪を整えるリューと手を繋ぎ直して、また森を歩く。
ミシミシと軋む音がして顔を上げれば、木の妖精がいた。一見普通の木だけれど、幹に穴があってそれが顔になっている。会釈をすれば、塞いでいた道を空けてくれた。
開けた森の中は、光に満ちている。その光に目が慣れた頃、四つの人影が見えた。
一つは、精霊オリフェドート。立派な鹿の角を思わせる白い冠をつけている。水に濡れた蔦のような色の長い髪と、埋め込んだようなペリドットの瞳。シルクの羽織りを着ている。
もう一つは、純白の翼の形をした腕が地面についてしまっている、人の姿の幻獣ラクレイン。引きずる尾も羽根も、ライトグリーンとスカイブルーに艶めく。黒いズボンとブーツ姿にも見えるけれど、下は漆黒の足だ。
そして見知らぬ男女が二人。一方は人間の耳のあたりに漆黒の翼が生えた、黒い髪に黒い衣服の男性。もう一方は青いケープを肩にかけた白いドレスの美しい女性。真っ白な髪に、雪のような肌。それらとは対照的な、黒い瞳。どうやらこちらは人間のようだ。
「あら……珍しい。お客様でしょうか?」
本当に珍しい。この森に来られるのは、人間では私と魔導師グレイティア様くらいのもの。特に幻獣ラクレインが、人間の侵入を阻む。
おそらく、黒い翼を頭から生やした男性が連れてきたのだろう。
「お話し中のところすみません」
「ローニャ! いいところに来た!」
オリフェドートが私を手招いた。リューは人見知りを発動して、私の後ろに隠れてしまう。リューをスカートの陰に隠したまま、私は彼らに歩み寄った。
「紹介する! こっちはシーヴァ国の森に住んでいた幻獣レイヴだ。百年ぶりに会った」
「こんにちは。私はローニャと申します」
「我が友だ」
オリフェドートは私を良き友だと思ってくれている。精霊にそう思われるのは、光栄なことだ。
私は笑みを深めながらも、首を傾げた。住んでいた、という表現が気にかかる。
「シーヴァ国といえば……滅びの黒地の隣に位置する国ですよね。そこからいらしたのでしょうか?」
滅びの黒地とは、魔物も近寄れないほど毒々しい瘴気に満ちた黒く染まった地。元は国だった。大昔に、悪魔から国を救おうとした勇者が見事にトドメをさしたのだが、悪魔は消滅と共に悪い魔力を放出して、その地を汚したと言われている。
だから、悪魔は倒すのではなく、封印すべきなのだ。
「はいっ!」
レイヴの隣の女性が、朗らかに答える。
「と言っても、私はシーヴァ国の国民ではないのです。聖女の召喚に巻き込まれた異世界人なんですよ! 名前はハナっていいます!」
「!」
彼女の言葉に驚きを隠せない。
「異世界、人……」
「あ、はい。シーヴァ国には聖女を召喚する風習がありまして、それに巻き込まれてしまい、そうしたら真っ白な姿になってしまいまして……」
「あ、あのっ」
「はい⁉」
ずいっと近付いて、白い手を握った。
私には前世の記憶がある。地球という惑星、日本という国で暮らしていた。
シーヴァ国は瘴気の侵略を阻止するために、百年に一度、瘴気を浄化できる聖女と呼ばれる女性を召喚しているというのは学園で習った。聖女はシーヴァ国内だったり、この世界のどこかにいたり、または異世界にいたりするのだそう。もしも会えたら、尋ねてみたいことがあったのだ。
「どこの国の……いえ、どこの星ですか?」
「えっ?」
もし地球からの異世界人ならば、懐かしい話をしてみたい。
期待を込めて黒い瞳を見つめる。
レイヴと呼ばれた幻獣が、笑みを浮かべたまま固まってしまったハナさんを私から引き離した。
「この人間はなぜ入ってこられた?」
敵意を含んだ黄色い瞳で見下ろしてくる。
「ああ、ローニャは我と魔法契約している人間だからな」
「何? ここ百年で人間嫌いが治ったのか?」
「いや、グレイとローニャだけだ。ローニャはラクレインと契約しているのだぞ」
オリフェドートの言葉に、レイヴは高らかに叫んだ。
「ラクレインが人間と契約しただと? 一体何があった⁉」
ラクレインを助けたことをきっかけに、心を開いてもらったのだけれども。
「あの、すみません。私は用事があるので、失礼します。オリー、リューをお願いします」
話をしたいのは山々だけれど、そろそろお店を開店しなければいけないので、リューをオリフェドートに預ける。知らない人間がいてすっかり警戒してしまったリューは、それまでずっと私のスカートを掴んでいたけれど、今度はオリフェドートの陰に隠れた。
「そういえば、冒険に出かけるんだったな」
「はい」
「獣人傭兵団と楽しんでこい」
こちらを見つめるリューの頭を撫でて、オリフェドートに返事をする。
「また会いましょう、ハナさん」
私は去る前に、ハナさんに笑みを送った。
レイヴがオリフェドートの友人ならば、また会えるだろう。
「は、はい! また会いましょう、ローニャちゃん!」
その儚げな容姿とは真逆の元気な笑みで、ハナさんが手を振る。
「近いうちに店を訪ねる」
ラクレインの言葉に頷いてから、私はカツンとブーツを踏み鳴らし、移動魔法を発動して店に戻った。
まったり喫茶店、開店だ。
仕事前にコーヒーを買いに来るお客さんと、朝食をとりに来たお客さんで、静かだった店内があっという間に賑わう。
今日のオススメは、新作のマンゴータルト。好評だった。
「んー美味しい! さすが、店長!」
「うん、本当に美味しい」
「ここはなんでも美味しいですね」
「ありがとうございます」
タルトを提案してくれた金髪の少女サリーさん、その友人であるケイティさんとレインさんも嬉しい反応をしてくれる。
お昼が近付き、少し空いてきたかな、という頃に彼がやってきた。
すっかり常連客の一人となった、エルフのオルヴィアス様。
星のように白銀に艶めく長い髪に、若緑色のマントを羽織る彼は、エルフの英雄。エルフの国ガラシアの女王の弟でもある高貴なお方。
素性を隠していても、エルフの珍しさと彼の美しさに、店の中のお客さんは萎縮してしまう。現に、いつもお喋りなサリーさん達でさえも口を噤んでしまった。
「おはよう、ローニャ。早く来すぎてしまったか」
「おはようございます。そうですね……何か召し上がりますか?」
「ああ、オススメのものをいただこう」
時計を見上げれば、約束の時間までは、まだ少しある。
今日は、明日から始まるトレジャーハントに向けて、ハルト様達による説明会が行われるのだ。
「デザートのオススメは、マンゴータルトです」
「ではそれとラテをもらおう」
「かしこまりました。ただいまお持ちいたします」
マンゴータルトとラテの注文を受けて、キッチンに戻る。
ラテを淹れて、切り分けたマンゴータルトを一切れ、お皿に盛り付けてトレイに載せた。ホールに出て、カウンター席に座ったオルヴィアス様の前にそれを並べる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
微笑を浮かべるオルヴィアス様。
ふと視線を上げると、サリーさん達仲良し三人組が何やらこそこそとしていることに気が付いた。
どうしたのかと首を傾げれば、レインさんがオルヴィアス様を一瞥してから私に向かって口を開く。
「どこかに出かけるのですか? その……お二人でデートですか?」
またうかがうようにオルヴィアス様をちらりと見ながら、そう尋ねた。
オルヴィアス様が目を丸くする。
私も思わず焦ってしまい、頬が熱くなった。
「デート、ではないですよ。獣人傭兵団さんも一緒に待ち合わせです」
「……」
トレイをギュッと抱えながら、答える。
オルヴィアス様は、取り繕うように目を伏せてラテを啜った。
獣人傭兵団さんのことを口にすれば、レインさん達はイマイチな表情になる。相変わらずこの街の住人は、獣人傭兵団さんにいい印象を持っていない。
粗暴な印象が強い傭兵である上に、人間を簡単に引き裂く力を持つと世間では有名な獣人族だからだろう。彼らはこの最果ての街ドムスカーザで、最強の傭兵団と謳われている一方で、忌み嫌われてもいる。
本当はもふもふで優しい人達なのだけれど、なかなかわかってもらえなかった。獣人傭兵団さんの方も歩み寄るつもりがないので、関係改善の兆しは今のところない。
その獣人傭兵団さんも、常連客だ。
「店長さん、本当に獣人傭兵団が好きですねぇ!」
サリーさんが気まずい空気を吹き飛ばすように明るく言った。
ちらっと私を見上げて、オルヴィアス様が一口、マンゴータルトを口にする。ふっと零れる優しげな微笑。それに私を含めた店内の女性陣が注目した。
「美味しいな」
独り言のように呟く。
「ありがとうございます」
私は反射的にお礼を言っていた。
お昼になりお客さん達が帰っていくと、次のお客さんが入ってきた。
「ローニャお嬢様! オルヴィアス様! 昨日ぶりでございますにゃ!」
元気よく白いドアを潜ったのは、赤い猫耳と尻尾のキャッティさん。今日はメイドさんらしく、黒のエプロンドレス姿だ。
その後ろには黒いウルフヘアーのハルト様。こちらはワイシャツにサスペンダーで吊ったズボンと、ラフな格好だ。今日は二人で来たらしい。
「オルヴィアス様。お久しぶりです」
「ブルクハルト男爵」
オルヴィアス様は腰を上げて、ハルト様と挨拶をした。
「ローニャ様も、お久しぶりです。この度は共に冒険に行くことを承諾していただけて、誠にありがたく思っております」
「お久しぶりです、ハルト様」
ハルト様に挨拶しようとオルヴィアス様の隣に立つと、すぐさま手が差し出される。その手を握ると、目を爛々と輝かせたハルト様に力強く握り返された。
ああ、とても楽しみにされている。
「オルヴィアス様にも同行していただけるなんて……、光栄に思います」
その輝く黒い瞳をオルヴィアス様にも向けて、握手。
「そなたの冒険に介入して悪いな」
「とんでもありません! 心強い仲間だと思っております!」
「ふっ……そなたの両親を思い出すな。同じく冒険を愛しておられた」
「! ……そうですか」
笑うオルヴィアス様に、ハルト様も照れくさそうに笑みを零した。
かつて盗まれた王家の財宝をハルト様のご両親が取り戻したことにより、爵位を与えられたブルクハルト家。そこに生まれたハルト様の冒険への熱意は、親譲りなのだろう。
「えっと、話によれば獣人傭兵団の四人も雇う形になったそうですね」
ハルト様がキョロッと店内を見回すけれど、獣人傭兵団さんはまだ来ていない。
「はい。リュセさん、チセさん、セナさん、そしてシゼさんです。この街最強の獣人傭兵団なんですよ」
「なるほど……それで、オルヴィアス様とその獣人傭兵団は、危険は承知の上なんですよね?」
ハルト様の目が一度、後ろに控えているキャッティさんに向けられた。
なぜか死に直結しかねないトラップを発動させてしまうというドジを連発するキャッティさんのことを指しているのだろう。
当のキャッティさんは自覚がないのか、ハルト様の視線に首を傾げるだけ。
「はい。話しましたが、それでも行くそうです」
昨日キャッティさんが帰ったあとに説明したのだけれど、オルヴィアス様も獣人傭兵団さんも行くと譲らなかったのだ。もしも後悔するようだったら、私の魔法で帰せばいいでしょう。
私は苦笑しつつ肩を竦めた。
そこでカランカランと、少し乱暴なベルの音が鳴り響いた。
硝煙と鉄の臭いを漂わせたもふもふ傭兵団のご登場だ。
「お嬢ー、おかえりって言ってぇ?」
「いらっしゃいませ、リュセさん」
抱き付こうとしたリュセさんを躱して、にっこりと挨拶。
純白の毛を持つチーターの姿なのに、今日はところどころ汚れている。
ああ、せっかくの毛並みが台無しだ。濡れタオルを用意しようかしら。
「だぁー疲れたぁ」
次に入ってきたのは、言葉の通り疲れた声のチセさん。
青い毛並みがボッサボサになっている狼の姿。こちらもボロボロだ。激しい戦いになったみたい。そんなチセさんは、初めて見るハルト様を見付けて、ちょっと不機嫌そうに顔をしかめた。彼は人見知りをするのだ。
「ローニャ店長。悪いんだけれど、タオル貸してくれない?」
そう言いながら入ってきたのは、セナさん。
緑色のジャッカルの姿。ちょっと長めの前髪を払い除けて、タオルを求めた。
最後に入ってきたのは、シゼさん。
純黒の獅子の姿の彼はなんともないようで、平然と奥のテーブル席に腰を沈めた。
「タオルは三つでよろしいでしょうか?」
「ああ、三つでいいよ」
「サンキュー、お嬢」
カウンターテーブルの下からフェイスタオルを取り出す。
魔法によって空中に湧いた水がタオルを包み込んだ。ほどよく濡らしたそれを手渡す。
リュセさんもチセさんも、「おー」と声を漏らして濡れタオルを受け取った。
「獣人傭兵団の皆さん。オレはハルト・ブルクハルトだ」
三人がゴシゴシと拭いている姿を眺めていれば、ハルト様が自己紹介をする。
「あー、例の冒険する男爵ってお前? へーぇ。ドムスカーザの男爵より若いじゃん」
リュセさんはにやりと笑って、品定めするようにハルト様の頭から爪先までを見た。
男爵相手にお前呼び。妖精の国アラジン王国の王様に対してもそうだったから、ブレない人である。
獣人傭兵団さんは、ドムスカーザの領主に雇われて、この最果ての地の治安を守っている。隣の国は治安が悪く、そこから犯罪者が街に流れて来ないように阻んでいるのだけれど、今日はたくさん働いたようだ。
「確かドムスカーザの男爵に雇われているのだったか。説明を終えたら、挨拶に行こう」
幸い、ハルト様は呼称について気にしていないようだ。
でもキャッティさんが黙っていなかった。
「リュセ様、だめですにゃん! これでもハルト様は男爵様ですにゃん!! お前呼ばわりはいけません!!」
「また今日も猫くせーな、お前……」
「これでもってなんだ、おい。……そういえば、ここへ向かう間、やけに猫とじゃれてたな」
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