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01 小紅芽。
しおりを挟むーーーーそれは水色かかった白銀の毛並みに覆われていた。
長い身体は、蛇のよう。でも比べ物にならないほど大きい。
鳥のような翼を羽ばたかせながら、蠢くそれはきっと妖(あやかし)と呼ばれるもの。
夜の学校で遭遇してしまったその大きな妖を見て、放心して立ち尽くしてしまったーーーー。
ーーーー小紅芽(こぐめ)という名前は、生みの親から授かったもの。
けれども物心つく前に交通事故で亡くしたから、もう由来は聞けずじまいだ。
私を養子にしてくれた安倍夫妻は、とてもいい人達。本当の親のように愛してくれる。
そんな人達にも、私には言えない秘密があった。
それはーーーー他の人には視えないものが視えていること。
それは幽霊と呼ぶべきなのか、妖怪と呼ぶべきなのか、正直私にもわからない。霊感というものがあるらしく、それが視えてしまう。
短い間だったけれど孤児院にいた時に、視えることを話したら、周りの子に不気味がられてしまった。それ以来、話してはいけないものだと理解したのだ。
視えてしまうそれは、時には私を追い回した。
よくわからないけれど、どうやら人よりも霊力とやらが多いらしく、それに惹かれてくるみたい。幸い、安倍夫妻は天然な人達で「小紅芽ちゃんは走るのが好きなのかな?」なんて笑った。とてもじゃないが、お化けに追われているとは言えない。
私が考えて考えて考え抜いた結果、霊力を隠す術を身に付けることでこの問題を解決することにした。
もうバトル漫画みたいな話だ。気を抑えるとか、チャクラを抑えるとか、魔力を抑えるとか。きっとそんな感じでいける! と幼い私は信じて疑わなかった。でも出来ちゃったのである。
それは単に気配を消すことと同じだった。息を潜める。そんな行為に似ている。
私は無事、下半身が蛇で上半身が女の人のお化けに追われることがなくなり、「よく走り出す子」という印象も解消した。
けれども、視えることは変わらない。
だからよく俯くようになった。なるべく周りを見ないようにしたのだ。
せがんで中学生になってから伊達眼鏡をせがんでかけるようにした。
安倍夫妻は「ギャップ萌えを狙っているのか!」と何やら騒いでいたけれど、買ってもらったからよしとしよう。
ペリドットの瞳は、大きな丸眼鏡で隠し、前髪も伸ばした。流石に覆い隠すほど垂らすと邪魔くさいので、サイドに分けて少し隠れるくらいにする。残りの髪は後ろで三つ編みに束ねるのが私のスタイルとなった。
何事もなく中学生活を終えて、次は高校生活。
家から一番近い、摩訶不思議の摩訶と井戸の井と書いて摩訶井(まかい)高等学校に入学した。
桜の花びらが雪のように降り注ぐ群青色の空を眺めて、私はしくじったと痛感する。
何故ならーーーーこの学校は異様な気配で満ちていたからだ。
受験の時から、ん? とは思っていたけれども、その時に気付いて受験先を変えればよかった。そもそも名前が不吉ではないか。マカイだ。魔界。
私は新しい教室で、頭を抱えたくなっていた。
「小紅芽ちゃん! 友だちになろう?」
そう最初に言ってきた生徒は、私と同じ深紅のセーラー服を着ていたけれど、男子生徒らしい。教師に二度見されては「学ランを着なさい」と叱られていた。
正直言って、遠慮したい。彼がいわゆる男の娘だからではない。
桃色のふんわりボブヘアとクリクリしたつぶらな瞳の持ち主の小栗雅(こぐりみやび)という男子生徒の頭の上には、恐らく私にしか視えていないであろう角が二つ小さく生えていたのだ。
彼はーーーー人間ではない。
そんな生徒に会うのは、これが初めてで放心してしまった。
男の娘で鬼みたいな角を生やした同級生に友だちになってほしいと笑いかけられた私は、戸惑いと驚きで一杯で放心してしまうのも無理ないだろう。
ねぇそうでしょう?
「小紅芽ちゃん?」
「他を当たってください。他を当たってください。他を当たってください」
「三回言った!?」
「失礼、三回繰り返すことが癖なもので」
呪文のように断り、去ろうとしたら腕を掴まれた。
人ではない者に触れられて、怖がらなかった私を褒めてほしい。
誰か褒めて。
「あたしが男の娘だからだめなの?」
「……」
うるうると上目遣いして問う彼の頭の角に、視線をやらないように必死に堪えていた。
決して男女差別をしているわけではない。
私はただ頭の角が、気になって気になって気になって仕方ないだけだ。
それが言えるわけもなく、私はぎこちない笑みを作って。
「違います。お友だちになりましょう」
そう言うしかなかった。
「小栗くん? でいいのかな」
「ううん。みやちゃんって呼んで! 小紅芽ちゃんなんて、変わった名前だよね。由来は何?」
ぱぁっと笑顔を輝かせて、無邪気に問う小栗くんことみやちゃん。
悪い鬼ではなさそう。人間に紛れて生活をしているのだから、危害を加えるようなことはないだろうけれども。
苦手な質問をされて、顔を背ける。
「……知らないの。私、養子だから」
「あ、ごめん……」
気まずい雰囲気になるから、苦手なのだ。何度経験しても嫌なもの。
「いいの」
明るく笑って見せて、雰囲気を変える努力をする。
「みやちゃんの由来は?」
「ふふん、上品で美しく育つように、だよ!」
胸を張って、みやちゃんは答えた。
羨ましい。自分の名前の由来はなんだろう、といつも考えてしまう。
「えへへ。なんか小紅芽ちゃんといると落ち着く! これってソウルメイトってやつかも!」
「……そう?」
誰かと一緒にいて落ち着くって、感じたことないかも。
鬼がソウルメイトってあるのかな。
腕を組まれても、私は何も言わない。
なんかあれだ。鬼に懐かれてしまったようだ。
そのあとに入学式に参加したけれど、驚いた。
挨拶をした生徒会長にも角があったからだ。ユニコーンを連想させる螺旋状の長い角だった。青い髪をしていて、整った顔立ちをしたその生徒会長は、淡々と挨拶をこなす。
更には挨拶をする一年の教員もまた、私には視えていた。
ミノタウルスのような馬が下半身の体育教師。骸骨にしか視えない化学の教師。
通りで異様な気配を感じるわけだ。人間ではない者が混ざりすぎている。
「転校したい……」
目眩を覚える私は、ボソリと呟いた。
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