マカイ学校の妖達と私。

三月べに

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07 幻獣。

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「本当にありがとう。二度も送ってもらちゃって」
「男なら当然ですよ」

 結界があるらしい家の敷地内に入ってから、私は心を込めてお礼を伝える。
 紳士的な狼くんが言うも、必要以上に近付いてこなかった。

「それより怪我の方は大丈夫ですか?」
「うん。間抜けだよね、何もないのに転んじゃうなんて」
「疲れてたんじゃない?」
「きっとそうだよ! 休んで!」

 数学のノートを抱えて、申し訳ない気持ちになる。
 こんなにも気遣ってもらえているのに、とぼけたことを言うのは罪悪感を覚えた。
 みやちゃんの笑顔を直視出来ず、俯く。

「じゃあ、また明日」

 そう言って、三人を見送った。



 翌朝の起床は、つらいものだった。背中が酷く痛む。直撃したのは背中だから、痣にでもなったのだろうか。
 クローゼットの中の鏡で見てみれば、ちょっと赤くなっていた。
 そんな身体で、学校に登校。
 驚いたことに、あの巨大な妖がいた。
 水色かかった白銀の羽毛に包まれた身体をズルズルと引きずって、学校を徘徊していたのだ。
 机からそれを目撃した私は、口をあんぐりと開けてしまった。
 廊下を行き交う生徒達とは、決してぶつからない。すり抜けてしまうからだ。
 普通はあんな風に通り抜けるのね。
 なんて顎を上げて、口を閉じた。
 困るなぁ……徘徊されては、どうやって避ければいいんだ。
 私は頭を抱えて、悩むのだった。一緒に行動するみやちゃんの目の前で、ぴょんと飛び跳ねると絶対に視えているってバレる。
 こんな日に限って、移動教室ばかりがあるのだった。
 徘徊をするその妖に注意を払っていたら。

「あ、狼くんだ」

 みやちゃんが、前方に狼くんを見付ける。
「おーい!」と呼べば、クラスメイトと歩いていた狼くんは足を止めた。
 私達を見て、いつもの微笑みを浮かべる。
 歩み寄っていったら、ガッと足が引っかかった。
 例の妖の尻尾だ。
 完全に忘れていたー!!

「おっと。大丈夫ですか?」

 この間抜けー! と自分を内心で罵倒している間に、狼くんに受け止められた。華奢な身体の人だと思っていたけれど、意外と逞しい。じゃなくて。
 受け止められた拍子に眼鏡が落ちてしまった。

「ごめん、何かに躓いた」
「……」

 とにかく誤魔化して笑みを向けたら、狼くんはポカンとした表情になっている。

「狼くん?」
「あ、いえ……なんでもありません」

 私を起こしてくれた狼くんが、にこっとした。

「眼鏡、はい」

 みやちゃんが拾ってくれる。眼鏡を受け取った瞬間、妖の尻尾がバシッと当たり、私は再び転倒。今度は狼くんは受け止められず、廊下に倒れてしまった。
 あの妖ぃ! 私に恨みでもあるのか!?

「ごめん! 狼くん! 誰かに押された!」
「い、痛いです……」

 手をついて起き上がると、狼くんから苦情がくる。

「え!? 私どこも踏んで……」

 手をついているのは、冷たい廊下。
 足か? 足で踏んでいるのか、と下半身に目をやれば。
 もふもふだった。左足の膝がしっかり赤いもふもふの尻尾を踏み付けてしまっていた。
 くすぐったいと思ったら……申し訳ないぃぃ!!

「踏んでないよね? 打っちゃった? ごめんね、本当に」

 さりげなく左足から退かして、立ち上がる。
 そして手を差し伸ばした。

「いえ、大丈夫です。こう見えても丈夫ですから」

 片手で私の手を掴み、もう片方で尻尾を撫で付ける仕草をする狼くん。
 本当に申し訳ない。もふもふに平謝りしたい。
 それにしても背中痛い。昨日打ったところをまたもや打たれるとは。
 まぁ昨日よりは強烈ではなかったのは幸いだ。

「大丈夫ですか? 小紅芽さんの方が痛そうです」

 そう問いながら狼くんは、眼鏡を取りそっと私にかけてくれた。

「ちょっと背中が赤くなってたんだ……誰に押されたんだろう」

 振り返るけれど、もちろん犯人の生徒はいない。真犯人の妖は、もう曲がり角を行ってしまった。

「みやちゃん、見てない?」
「見てなーい。それより授業始めるから行こう?」

 みやちゃんは私の腕を取ると急かす。そうしてくれるとありがたい。
 狼くんに「じゃあね」と伝えて、教室に戻った。
 側(はた)から見たら、本当にドジな子だと思われるだろうけれど、事情が視えている彼らは別だ。よかった。
 それにしても、なんでいるのだろう。
 まさか居ついたのだろうか?
 困るなぁ。困るなぁ。困るなぁ。
 これではしょっちゅう転ぶ羽目になる。
 でも昨日の血は拭き取られていて、絆創膏みたいなものが貼られていた。
 手当てしてあげたのだろう。狼くん達がかな。
 んーどういうことなのだろうか?
 私は授業を受けながら、考え込むが答えを見付けられない。
 放課後の勉強会でも、尋ねられるわけもなく、黙って集中した。

「あ……幻獣……」

 帰ろうとした時、ボソッと白銀くんが呟く。
 それを聞き逃さなかった。
 視線の先には、あの水色のような白銀の羽毛を持つ妖。
 それは妖というよりも、幻獣という分類に入るのか。
 驚きつつも、私は携帯電話を取り出して、幻獣について調べてみた。
 幻獣とは、架空の獣。怪獣や魔物、妖怪と同じ意味だそうだ。
 幻獣と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、ユニコーンや麒麟。
 そういう類のものだというと、神秘的な存在なのだろうか。
 その幻獣にぶつからないように、足を引っ掛けないようにする日々が続いた。
 幸運なことに、あれ以来、躓くことはなし。
 怪我も治って、万全の態勢で中間試験に挑んだ。
 勉強会のおかげか、スラスラと解けた。自信満々に提出。これは手応えありだ。
 百点満点も夢じゃない!

「ふーふーふふん♪」

 上機嫌にゴミ捨てに行っていたら、植木の木の枝に一匹の黒猫がいるのを見付けてしまった。佇んだ姿勢がこれまた美しい感じの黒猫は、オッドアイだ。左が水色、右が黄緑色。

「降りれないの? 猫さん」

 周りを確認もせずに、つい私は話しかけた。
 ゆらり、とやけに長い尻尾が揺れる。
 降りれなくて困っている様子ではなさそう。

「何突っ立ってるんだ?」
「あ、いえ、植松先生。猫が木の上にいまして」

 通りかかった植松先生に問われたので、指差した。
 けれども見上げた植松先生は、私の血の気を引く言葉を言う。

「猫? そんなもの見えないぞ」
「えっ」

 黒猫が見えないはずない。木の葉にも隠れていないのだ。
 それならば理由は一つだ。その黒猫は、普通の人間には“視えていない”。
 まずいまずいまずい。
 ばっちり視ちゃった。しっかり話しかけてしまった。

「あ、もう行っちゃったみたいです」
「ーー幻獣がいると聞いたから見に来てみれば」

 猫が口を開いた。
 くくくっとおかしそうに喉を鳴らす。
「そうか」と植松先生は先を進んだ。

「面白いのがいるじゃないか。霊力がないのに視えている……否、霊力を隠しているな? 小娘」
「み、見間違いかなぁ、あはは。最近変なのばっかり視えちゃう」

 誤魔化そうと大きな独り言を漏らす。
 でも目の前にその黒猫が飛び降りて来たものだから、びくりと震え上がる。それはたちまち人間の姿に変わったので、さらに驚いた。
 黒髪で黒い衣服で、黒い猫耳と尻尾のオッドアイの男性。そのくせ、ぞっとするほど白い肌をして、整った顔立ちをしている。

「とぼけるか、それも面白い。どれ、秘めた霊力を見せてみろ」

 顎を鷲掴みにされて、カッと見開いたオッドアイで覗かれた。
 間違いなく彼から感じるのは、人ではない気配。
 こんな絡まれ方をされたのは、初めてでゴクリと息を飲んだ。
 でもとぼけることにした。
 くるりっとその場を回って、手を回避した私はスタスタとゴミを出して、早足で教室に戻る。
 教室まで追ってこなかった。ホッとする。
 あの黒猫は、幻獣を見に来たと言っていた。名前の通り珍しいものなのかな。幻の獣だもの。そんな噂を聞き付けて、妖が続々と集まるのではないか。それが心配でならなかった。
 黒猫と会話してしまった次の日は休み。休みはいい。なんと言っても家にいれば、妖の類と遭遇しないのだもの。
 家は安息の地。これって名言だ。
 ゲームしたり漫画を読んだりして、まったりと過ごした。
 休み明けにテストは返されて、順位の紙が配られる。
 間違いではないかと何度も瞬きをした。
 総合テストーーーー順位が二位だったのだ。
 私はガッツポーズを決めたかったが、グッと堪えて喜びを噛み締めた。


 
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