13 / 29
13 じゃれる。
しおりを挟む一体どうしたのだろうか。
いつも廊下を徘徊している幻獣が、私の教室に頭を突っ込んだ。
それは初めてのことで、内心戸惑っていれば私をじとっと見上げてきた。
私は額を押さえる。なんか幻獣までもが私に興味を抱いてしまったみたいだ。
どうしてだ! 小鬼のみやちゃんから始まって、狼くんに黒猫とがっつりと惹きつけてしまった!
恐るべき魔の領域!
「お前に怪我を治してもらいたがっているんだ」
すっかり定位置になってしまった私の足元の黒猫が代弁する。
怪我を治す?
「お前の霊力ならば治癒も可能。その素質がある。浄化の素質と言ってな、だから霊力が満ち足りているお前の家にお守りも手伝って、結界が出来上がったんだ」
な、なるほど。
でもそんなこと言われても、ね。治癒の仕方など知らない。
また黒猫がやり方を教えてくれるのだろうか、と見てみれば黒猫は私の上履きに顎を乗せて寝てしまった。
どんな体勢で寝ているのだ、この黒猫は。
幻獣はB組の教室に居座ってしまい、その巨大な身体は教室の前を完全に占領してしまった。あとの身体は教室の外にはみ出ている。
お昼休みになっても、幻獣はいた。
お弁当を食べる私とみやちゃんは、呆然としてしまう。
他の生徒はすり抜けていくけれど、確かにそこには美しい羽毛の幻獣がいる。そう視えているのは、私とみやちゃんだけ。
でも互いにそれを話さなかった。まだ狼くんから聞いていないみたいだ。
みやちゃんは普段通りだった。幻獣には戸惑っている様子だけれども。
「後ろから出よう!」
放課後、図書室に行こうとすれば、みやちゃんに腕を掴まれる。わざわざ教室の後ろのドアから出て、図書室まで見送られた。
何故か幻獣はついてくる。治療するまで付きまとうつもりなのか。
みやちゃんはこれでもかと牽制するような視線を送っていたけれども、幻獣には一ミリも効いていないようだった。
「じゃあね。小紅芽ちゃん、狼くん」
「さようなら、雅」
「また明日、みやちゃん」
先に図書室に来ていた狼くんとも挨拶を交わすと、みやちゃんは帰っていく。
黒猫はカウンターの上に座り、まったりした様子で私を眺める。
狼くんの尻尾は、今日は膝に乗せてこなかった。
狼くんは、何を考えているのだろうか。
私が視えていると知って、何を思っているのだろう。
まだ他言していないのは、どうしてかな。
悶々と考えていれば、図書室を利用する生徒がいなくなり、私は返却された本を本棚に戻す作業に入った。
すると、真後ろに狼くんが立つ。
「視えているのですよね?」
狼くんは、問う。
「な、なんのことかな」
苦し紛れのとぼけをして、私は逃げようとした。
でも本棚に狼くんの左手が置かれて、遮られる。
私は狼くんを見ない。ただ置かれた狼くんの手を見た。
「これでもですか?」
ゾクッと鳥肌が立つ。次の瞬間には、ブワッと狼くんの手は毛に覆われて、犬のような手に変わった。
振り返ってしまう。
そこには、狼(おおかみ)の顔があった。毛に覆われていて、鼻が突き出ていて、シュッとした輪郭。深紅の学ランを着た、真っ赤な毛の狼(おおかみ)だ。瞳は翡翠。
これが狼くんなのか? 変身するなんて。
放心して見つめてしまえば、翡翠の瞳が細められた。
眼鏡を外されて、上から覗かれる。
鼻と鼻がくっ付いてしましそうなほど、顔が近付く。
「ーー怖い、ですか?」
発しられたのは、間違いなく狼くんの声。
「今宵は満月。だから、この姿になるのですが……怖いですか? それとも俺達の存在そのものが怖いですか?」
「っ……」
そっと狼くんの左手が頬に添えられた。
もふもふ……! 肉球……!
思わずキュッと目を閉じてしまう。
満月だから変身したのか。
狼くんは慎重になって、私の真意を探っていたのかな。
妖を恐れているのかどうかを。自分達を恐れているのかを。
そんなわけないじゃないか。
狼くん達がいい子なのは、十分すぎるほどわかっている。
今更怖がる理由がどこにあるというのだ。
でも、答えるわけにはいかなかった。
「ーー本当、可愛い人ですね」
「えっ?」
「なんでしょう……くすぐられて、悪戯をしたい衝動にかられてしまいます」
恐る恐ると目を開けば、狼くんは私の左頬に頬擦りをした。
異性に頬擦りをされているこの状況に、私は固まってしまう。
いや大きなワンコにじゃれられていることに、固まってしまっているのだろうか。
「楽しいので、暫くの間は二人だけの秘密……ですよ」
耳元に囁かれて、ビクンと震え上がってしまう。
離れた狼くんは微笑んだ、ように見えた。
私が口をパクパクさせていれば、クスクスと狼くんは笑う。
狼の顔をしていても、気品ある雰囲気。間違いなく狼くんだ。
「ろ、狼くんが何言っているか、さっぱりわからない!」
「はいはい」
「っ!」
私から離れてカウンターに戻る狼くんは、完全に視えていると思っている。そういう流され方をされてしまった。
私はわなわなと震える。触れられた頬を両手で押さえた。
極上のもふもふ……ごちそうさまでした!!
じゃなくて、私!! しっかりして!!
「戸締り、俺がしておくので先に帰っていいですよ」
「っ……さようなら!」
「ええ、さようなら」
何か言ってやろうとは思ったけれども、私は結局何も浮かばず、鞄を持って先に図書室を出た。狼くんはまだ笑っている。
く、悔しい!!
廊下に出ると幻獣の身体があって私は躓き、倒れそうになった。壁に手をつけて免れる。幻獣の身体を踏まないように歩いて、学校をあとにした。
幻獣は校門までついてきたけれども、校門より前には出ない。
不思議に思い、見ていたら。
「結界が張ってあるから、奴は出れん」
「え? じゃあ、君はどうして出れるの?」
結界が張ってあるのか。
じゃあ同じ魔界から出てきた黒猫は、どうして出入りが出来るのかと問う。
「俺ほどの妖ともなれば、こんな結界に囚われない」
「……」
俺ほどの、っと聞いてもよくわからない。
妖のレベルってどういう基準なんだ。数値化してほしいものだ。
「そう言えば黒猫くん、黒猫さん? 名前はなんていうの?」
かれこれ数日も一緒にいるけれど、名前を聞いていなかった。
「……」
横を歩く黒猫から、返答はない。
「吾輩は猫である、名前はまだない?」
「……」
「じゃあ勝手につけちゃうね。忍び寄るのが上手いから、しのぶ! 忍くん」
「……」
黒猫の忍くん。
黒猫は嫌がらなかった。視線を寄越すだけで、何も言わない。
「そもそも忍くんって、なんていう妖なの? 化け猫?」
「化け猫だ」
返事した。化け猫かぁ。
「取り憑いてやろうか? そうすればお前の好きな獣耳が生えるぞ」
何故好きだとわかっているんだ!
「!? え、遠慮する。……それより、治療の方法は教えてくれる? あの幻獣が教室に居座られちゃ、授業に集中出来ないよ」
「教えてやってもいいが、いつ治療してやるつもりなんだ? 知られたくないのだろう? あの小鬼には、まだ」
「まだ、か……」
狼くんは秘密を守っているけれども。
みやちゃんに知られるのも、時間の問題だ。
頬を赤らめてしまった私は、頭を振るう。狼くんの頬擦りを思い出してしまった。極上のもふもふ。
「確かに治療する時間なんてないわよね……」
「……夜に行けばいいんじゃないか?」
「夜は……気が進まない」
にたつく忍くん。
違和感を覚えつつも、私は夜出歩きたくない気持ちが強い。
あの件で懲りた。痛かったもの。幻獣の強烈な一撃は。
「いや夜しかない。夜に行こう」
「嫌だってば」
「夜の学校は楽しいぞ」
くつくつと笑う忍くんに言われると余計嫌に思えた。
魔界と繋がる夜の学校なんて、絶対に楽しくない。
結局、忍くんに治療を教えてもらうことなく、家に帰った。
「私、このままでいいのかしら……」
夜、課題と向き合いながら、ポツリと思うことを呟く。
忍くんや幻獣に付きまとわれて、狼くんには秘密を握られた。
その秘密を知られてしまったことが、ムズムズする。
このままでいいかとぼやいても、もう誤魔化すことは出来ない。
じゃあどうすればいいのか。
わからないと、頭を悩めつつ、課題を済ませた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる