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27 主従。
しおりを挟む修業を終えた私は、入っていいと言われたから、使用人の女性の案内でお風呂に入らせてもらう。
広々とした杉のお風呂で、ポッカポカに温めつつ、足と腕のマッサージをした。明日はちょっぴり筋肉痛になりそう。
お風呂から上がったら、着替えた。ドライヤーを借りて、髪を乾かしたらポニーテールに束ねる。
神宮先生が家まで送ってくれるというので、お言葉に甘えることにした。
「明日も来いな。小紅芽」
「はい、師匠」
頭をポンポンとされて、幻影師匠の屋敷をあとにする。
土日は修業ということになりそうだ。
学校と両立出来るかな。いやするんだ。
親友達を守るためだもの。
月曜日は、やっぱり筋肉痛を味わった。
それでも登校する。身体が軋む。いたたた。
教室に辿り着くと、翠がまた私の席に座って待ち構えていた。
「……陰陽師に会ったのか?」
「え?」
挨拶もなしにそんなことを問われて私が目を瞬いていれば、翠の手が伸びて髪の毛に触れる。と思えば、人型の紙を一枚摘んでいた。
え? 何それマジック?
そう思ったけれど、違うようで、翠はそれを握り潰した。紙は朽ちたように粉々になる。
「陰陽師の術式だ」
「え? 私に貼り付いていたの?」
「ああ、追跡されていたのだろう」
「……」
にこやかな表情の冴木さんが脳裏に浮かんだが、彼しかいない。
いつの間に、貼り付けられたのだろうか。疑問だ。
「実は冴木っていう名の陰陽師に会ったの。その時にでもつけられたのかな」
「陰陽師で悪名高い冴木か」
「あっちも翠のこと知ってたよ。なんか私が倒したっていう噂を聞き付けたみたい。そういう噂って広まるものなの?」
「さぁ……俺が有名だったからだろう」
翠は定位置になってしまった私の机と壁の間に座り込んだ。
私に倒されたことに対してのコメントはないらしい。
「落ち着く? 翠」
「うん、落ち着く」
頷く翠。落ち着いているようで何よりだ。
和んだ様子の翠から、なんだかマイナスイオン的なものが漂っているように感じる。
「おっはよー! 小紅芽ちゃん! みどりんも」
元気よく飛び込んだみやちゃん。
「おはよう。みやちゃん」
「……」
「あれ? 小紅芽ちゃん、疲れた声してない?」
「修業が思ったよりハードだった」
「だから、“一緒にいってもいいのよ”ってツンデレばよかったんだよ」
「いやそれ関係ないから」
翠の返事がないのはいつものこと。
気にしないみやちゃんは、私の疲れを指摘しては笑う。
「おはようございます。雅、小紅芽さん。それに翠」
「おっはよー小紅芽ちゃんに雅。それにみどりん」
そこで狼くんと和真くんが挨拶しに来た。
「おはよう」と返すみやちゃんと私。
「お疲れのようですね」
「そんなに声に出てる?」
「机に突っ伏しそうな辺り、想像がつきますよ」
狼くんに言い当てられて、突っ伏しようとしている体勢に気が付く。
姿勢を正しておいた。
そんな私の机に、頬杖をついて和真くんが尋ねる。
「なーにしたの? 幻影さんの修業」
「えっと、シャトルランしながらの霊力の壁を作ったり、腕立て伏せしながら霊気の球体作ったり、構えながら投げられるボールを霊波動を打ち込む修業をした」
「本格的っていうか、どこ目指してるの? それ」
「どこかなぁ」
強さを目指しているけれど、明確な着地点はどこだかわからない。
和真くんも狼くんもみやちゃんも、笑った。
この人のようになりたい! という明確な目的がいればいいのだけれど、実力がイマイチわからない幻影師匠はそういう対象ではない。
「無理は禁物ですよ」
「あ、うん……」
狼くんの手が優しく私の頭を撫でた。
「そうか……その手があったか」
ぽむ、と掌に拳を置いて、翠が口を開く。
「何?」
「小紅芽の役に立てる方法はないかとずっと考えていたんだ」
隅っこに座ってそんなことを考えていたのか。
「その方法を思い付いたと?」
狼くんの問いかけに、翠は頷く。
「小紅芽と主従関係になればいい」
ちょっと日常では聞き慣れない言葉に、私達は沈黙して固まる。
「え、な、に?」
「俺を服従させればいい」
翠は今まで見たことがないくらいの満面の笑みだった。
「それが翠の望みなの?」
「ああ。君の役に立ちたい」
「うんー……」
翠が望んでいるし、翠ほどの実力と名前があれば、魔界からやってくる妖への抑止力にもなる。
検討してもいいけれども、私は服従させる術を知らない。
「翠もこう言っていますし、主従関係になったらどうでしょう?」
狼くんが促す。
「それって形だけじゃだめなの? こう……従いますって口頭で言うだけ」
「陰陽師の術式で正式に主従関係を結びたい」
翠の赤い瞳が爛々と輝いてしまっている。
どうしても主従関係を結びたいそうだ。
「わかった。じゃあ冴木さんに聞いてみる」
私がその名前を口にするなり、三人は怪訝な顔を垣間見せた。
でもHRが始まるチャイムが鳴ったので、解散。
翠はどことなくご機嫌な様子で読書をするのだった。
その放課後。いつものように下校時刻が過ぎても残っていた。
「本当に陰陽師・冴木に頼るのですか? いい噂は聞きませんよ」
「でも陰陽師の知り合いは冴木さんしかいないし……とりあえず、連絡して教えてもらえるかどうかを頼んでみるだけしてみる」
校庭の階段上から狼くんが確認する。
私が言うように、知っている陰陽師は一人のみ。陰陽師の術だって言うなら、霊能力者の幻影師匠や神宮先生は使えない術だろう。
そばにいる翠は、落ち着かない様子だ。そんなに従いたいのかな。
「あ、もしもし。突然のお電話、申し訳ありません。安倍小紅芽です。冴木さんでお間違いないでしょうか?」
〔ああ、こぐめさん。気が変わったのですか?〕
「いえ、弟子の件でお電話したのではなくって、すみません」
〔いえいえ、いいですよ。用件は何かな?〕
電話をかけてみれば、にこやかな口調で受け答えされる。
噂ほど、悪い人には思えないんだよなぁ。
「実は妖を服従させる術っていうのですか? それを教えてもらえたらと思いまして」
〔妖を服従……使役したい妖でもいるのかな?〕
「いえ、ただ……その妖が服従を望んでいるので」
苦笑を漏らす。翠はまだかまだかとそわそわしている。
〔……〕
携帯電話が暫く沈黙したけれど、やがて〔わかりました〕と返事がきた。
〔直接会って主従関係を結ぶ術を教えましょう。今どこですか? ちょうど暇を持て余していたので、向かいますよ〕
「あ、今は摩訶井高等学校にいます」
〔わかりました。だいたい二十分で着きますので、待っていてください〕
「はい。ありがとうございます、冴木さん」
〔いえ、では失礼〕
ぺこりと頭を下げる。そして電話を切った。
「よかったですね。翠」
聞こえていたのか、狼くんが翠に声をかける。
こちらも了承の言葉が聞こえていたみたいで、翠は嬉しそうに頷いた。
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