英雄王女の転生召喚。〜この最高に美しき世界で〜

三月べに

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04 水の玉と魔物少女。

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 ぷくっと一つの水の玉が浮き上がる。
 透明なそれはシャボン玉のよう。
 また一つ、ぷくっと浮き上がる水玉。
 瑞々しい葉が生い茂った木々の中で、三十もの浮き上がる水玉は、宙を浮いている。
 それと戯れるのは、蝶の羽を持つ妖精達。
 面白がって、摘んだ小さな花を入れるものだから、それはさらに幻想的な光景となる。
 私は目を輝かせつつも、水玉を浮かせることに集中した。そして、噛み締める。この美しい光景が見れて、感動した。
 これぞファンタジー世界の醍醐味じゃないのか。
 ありがとう、転生。ありがとう。

「本当に器用に操れるようになったわね。それほど出来るなら、もう十分だと思うわ!」

 ネロキュアーが褒めてくれる。
 髪を切ってから三週間。漸く最上級の水魔法を習得したと言えるようだ。
 やっと歩き方を覚えた幼子である。
 私は手放しで喜び、一つずつ、花がくるくる回る水玉を地面に落とした。
 妖精達は残念がる。ごめんね。おしまい。

「ネロちゃん、改めて私を生き返らせてくれてありがとう!! 魔法まで教えてもらって、本当にありがとう!!」

 頭をぺこりと下げて、改めてお礼を言う。

「いいのよ! もう! それで? これからビアースに会いに行くの? ね?」
「ビアース?」

 久しぶりに聞いた名前の主を思い浮かべる。
 エルフの少年。あまり表情の変えない少年だったが、次第に腹黒い笑みを見せるようになった毒舌のビアースさん。
 私は彼の腕の中で息絶えた。

「ビアースさんにも、バルトロさんにも、会いたいな」

 この世界では、もう十年が経つ。
 私としては寝て覚めたら生まれ変わっていた感じだけど、十年も経てば人は変わるだろう。
 まぁ私も変わったけど。成長はしていないけれども、色が変わった。
 ビアースさんは、少年のままかも。
 バルトロさんは、老いただろうなぁ。

「えっ」
「え?」

 驚いた反応をするネロキュアー。

「……ビアースと言ったら、あれでしょう? 死ぬ前に言われたこと、覚えてない?」
「……何か、言ってた? ビアースさん」

 私は首を傾げる。
 最期のやり取りは覚えているつもりだ。
 私の怪我を治そうとしたビアースさんに、もういいのだと言ったから、確か彼は怒っていた。彼には珍しく、声を荒げたのだ。
 それもそうか。人が死ぬなんて、そう簡単に許せるものじゃない。

「フェンリルはビアースさんのところにいるんだよね? 元々この森の守護獣のフェンリルは、私が生まれ変わったって知ってる? ビアースさんにも知られてるのかな?」
「……不憫……!」
「ネロちゃん?」

 崩れ落ちたかと思えば、ネロキュアーは背を向ける。
 え? 何?
 気付けば、周りの妖精達も手で顔を覆っていて、泣いているようだ。リンカまで「悲しい……」と涙目になる。
 なんなの?

「フェンリルは、あなたの身体を連れてきて以来、たまに顔を見せて近況報告する程度よ。あなたの復活はまだ知らないわ。そのフェンリルは、ビアースとともに、奴隷売買の組織を壊滅させる戦いを続けているはず」

 気を取り直した様子で、ネロキュアーが向き直って答えた。
 フェンリルが、まだ妖精を捕らえる奴隷売買の組織と戦っていて留守だとは聞いていたが。まさかビアースも参加していたとは初耳だ。

「私に仕えていた騎士バルトロさんのことは?」
「パンタエルビス国に残って、よりよい国作りに貢献していると聞いておりますよ。ソーニャ様」

 代わりに答えたのは、リンカ。
 王女時代に人間の協力者もたくさん募った。
 その人間達と、自由な国作りをしてくれているだろう。

「ビアースに! ビアースに会いに行きたい!? そうでしょう!?」

 ネロキュアーが、詰め寄ってきた。

「えっ……いや、私は精霊魔法を習得したいから、他の精霊に会いに行くつもり。お礼もまた言いたいし」

 私の復活を見届けると、力をくれた精霊達は自分の住処に帰ってしまったのだ。
 だから、自ら会いに行く。そして精霊魔法を習得したい。

「いいえ! 先に! ビアースに会いに行くべきよ!!」
「え? どうして?」
「どうしても!!」

 変な様子のネロキュアー。リンカまで、コクコクと激しく首を縦に振る。
 なんなんだ。ビアースさんがどうしたのだ。

「……!? 侵入者よ!」

 ネロキュアーが振り返り、森を見渡す。

「どこ?」
「森の境目に水の結界を張っているの、それを攻撃して入ったものがいる!」

 森の境目って……この森かなり広い。水を結界として張る。そんな芸当が出来るのは、やはり精霊ならではなのだろうか。

「この魔力……魔物だわ! 真っ直ぐこっちに来る!」
「魔物が? 目当てはなんだと思う?」

 魔物。別に敵ではないと思う。
 妖精と同じ、奴隷として捕まっていたのだ。
 凶暴すぎて生捕りが難しいと聞いたことある程度で、私は魔物と関わりはない。動物の姿をしていれば、人の姿をしている。様々らしいとは知っているけど、この森に何の用だろうか。
 リンカ以外の妖精が隠れてしまう。
 リンカは私の肩に引っ付いた。

「わからないわ……でも真っ直ぐこっちに来る」

 この森の主であるネロキュアーにも、侵入者の目的はわからないと言う。

「危害を加えてくる可能性は?」
「わからないわ……前は人間に追われて仕方なく森に入ってきたけど……人間に追われていないし、それに強いわ。この魔物」
「んー。一応そばにいる。ネロちゃんには不要かもしれないけど、私が守るよ」
「ありがとう、ソーニャちゃん」

 私にどうこう出来るかはわからないけど、危険だから隠れるとかそんな選択はしない。敵なら戦う所存だ。
 ネロキュアーは、微笑む。

「来たわ!」

 茂みを貫くように飛び出したのは、少女だった。
 黒髪は背中まで伸びていて、強気に吊り上げられた瞳は青紫色。頭には包み込むように伸びた太い角が二つ生えている。
 ゴスロリと表現するのがぴったりな、紫と黒のフリルドレスを着ているから、それだけなら一見コスプレしたゴスロリ少女。
 しかし、手には自分の身長ほどの大剣を持っているし、角と似た尻尾が生えていて揺れている。

「あーなーたーかしらぁ? 英雄王女ソーニャは」

 ニヒルな笑みを作る口で呼ぶのは、間違いなく私だった。
 狙いは私?

「そうですけど、どちら様?」

 とりあえず、大剣を持つ魔物少女から庇うようにネロキュアーの前に移動をする。

「あっはっ! 噂は本当だったのねぇ~!」

 噂? 私が復活したと言う噂が流れているのか。
 魔物少女は、口元に掌を当てて笑う。
 そして、まるでバトンみたいにクルクルと大剣を回す。その大剣から風圧が生まれて、ブンブンという音が聞こえた。

「あたしは魔王様の直属の部下、クリスラベ。以後お見知り置きを、王女サマ」
「私はソーニャです……って、え? 魔王様?」

 名乗ってくれたので、改めて名乗り返したけど、目をぱちくりさせてしまう。
 魔王様だって? 確か十年前には、そんな存在いなかったはず。いつから生まれたんだ、そのファンタジー世界で定番なラスボス!

「十年前に一度死んだ王女サマはご存知ないでしょう! 人間の王が王座を退いたあと、誕生したのが我が魔王様です! 我々魔物の王様ですわ!」
「それはすごいですね……それで、そんな魔物の王様の直属の部下さんが、私になんの用でしょうか?」
「ふっふっふっ!」

 クリスラベと名乗る魔物少女は、またクルクルブンブンと大剣を回したかと思えば、私に剣先を向けた。

「あなたには、もう一度死んでもらうわ!!」
「……なんで?」

 理由が不明だ。
 私にまた死んでもらいたいなんて……。
 一歩後ろに下がって気付く。後ろに気配がない。
 確認してみれば、すでにリンカとネロキュアーが木陰に避難していた。
 はやっ!!

「頑張れ、ソーニャちゃん!」
「頑張ってください、ソーニャ様!」

 応援してくれているけれど、加勢する気はないのね。
 まぁ、私の客人だしね。刺客と言えるか。
 王女時代だったら、騎士バルトロさんが鬼の形相をしているところだろう。
 そんな護衛は、今はもういない。
 けれども、そんなバルトロさんから、ちゃんと身を守る術を叩き込まれた。
 剣さえあれば、十分戦えると思うけれど……ここは覚えたての精霊魔法を駆使しよう。
 実戦で初活用だ。
 魔王の直属の部下と名乗るほどだ。油断は禁物。強いと思っておこう。

「死ぬ心の準備は出来たかしら?」
「死ぬ気はないわ、でもどうぞかかってきて」

 不死の身体だって聞いたけれど、生憎私はまた胸を貫かれたいとは思わないから、全力で避けられるように構えた。

「あっはっ! 気付いたら、星の精霊様の目の前かもしれないーーわよ!?」

 ぶんっ!
 笑い声を上げて、クリスラベが大剣を横から振ってきた。
 首を撥ねようとしたのだ。その大剣を十分避けられると判断して、後ろに飛び退く。
 大剣だけあってそれだけ動作にロスがあると予測したが、普通の剣を振られると同じくらいの速度だ。
 ……まぁ、風の魔法をかけて剣を振ったビアースさんの剣捌きに比べれば、ゆっくりと思える。
 手加減無用って言ったら、手合わせの時に魔法行使されてビビったものだ。流石腹黒である。

「よっと!」

 次は振り落とされる大剣を、横に飛び退けた。

「意外と素早いわね!」

 びゅっとまた横から首を狙って振られた大剣を、仰け反って避けてから後ろにバク転する。
 距離を取ろうとした私に間合いを詰めて、クリスラベは大剣を振り上げてきた。
 ワンピースの裾の先が切られたが、間一髪避けられたようだ。

「でも逃げてばかりでいいのかしら~!? あはははっ!」

 哄笑を上げるクリスラベは切りかかる。
 それもそうだ。
 私は一度、大剣を避けてから、左手を振る。
 一瞬で、ぷくっと水玉が生み出された。
 それがバシャンとクリスラベの顔にぶつかる。

「!? ……水? それで攻撃したつもりなの!?」

 ニッと好戦的な笑みを吊り上げて、クリスラベは攻撃を続行した。
 水も滴る美少女だな、って思うのは余裕ありすぎ?
 速度を上げるクリスラベの攻撃。
 一つずつ躱した私は視線を落とし、彼女の足元に水の玉を集めた。
 少し多めに魔力を込めたから弾力があり、ぷにゅっとクリスラベのブーツは上がり、そしてよろける。

「っ! その程度?」

 少々不快に思ったらしい。可愛い顔が歪む。

「じゃあ、これは?」

 私はパッチンと指を鳴らして、二十ほどの水玉を出した。
 宙にあったそれらにぶつかり、すぐにびしょ濡れになるクリスラベ。

「……やってくれたわね! でもこの程度の抵抗が精一杯かしら!?」

 顔を振って、水を払った。そんなクリスラベに、にやりと笑みを見せる。
 ちょっと黒い笑みだ。

「じゃあ、これは!?」

 手を振って、また二十ほど出した水の玉を投げ付ける。
 ちょっとした衝撃を受けて、クリスラベはよろけた。

「水の精霊のところで、水の魔法を学んだようだけれど、これしきじゃあ全然ダメージにはならないわよ?」

 可愛い顔で凶悪な笑みを作るクリスラベの言う通り。

「そうね、もう少し速度を上げてぶつけなくちゃ、ダメージを受けない。でもね、クリスラベ」

 私はちょっぴり黒い笑みのまま、語りかけるように話しかけた。

「その可愛いドレスに水が随分吸い込んで、動きが遅くなってきてない?」
「!」

 濡れた服は案外重いものだ。
 クリスラベの動きは、ちょっと鈍くなってきている。
 その指摘にクリスラベの顔が、また不快そうに歪む。

「それが作戦? 馬鹿ね! 私は魔物。これくらいなら本気出せば、元の速度に戻るわよ!」

 ふぅん、と本気出していない発言を聞き流す。
 大剣を振り回すくらいだ。水を吸い込んだくらいの重さは、苦でないだろう。

「クリスラベ。あなた、泳ぎは得意かしら?」
「っ! 水に移動魔法を使う気!? それとも、動きを封じるように水玉を出すつもり!?」
「移動魔法はまだ使えないけれど、身動き出来ないほどの水玉を出すのもいいわね」
「それほどの魔力が、あなたにあるかしら!? 人間風情の王女サマに!」

 ちょっと眉をぴくっと動かす。

「人間風情って……あのねぇ、他種族を見下すことはやめてくれない? 確かに人間を批難したい気持ちがあるだろうけど」

 人間が見下して奴隷にしていたから、逆に見下されているのはしょうがない。

「それに、私はもう王女様でも、人間でもない!」

 パッチンとまた指を鳴らす。少し大きめの水の玉には、魔力をたっぷり込めて硬めにまとめている。
 それを動きが止まったクリスラベの両足両腕にくっ付けた。

「これで動きを封じたつもり?」

 ハンッと鼻で笑い退けたクリスラベだったが、私はもう一度指を鳴らして、生み出した水玉を大剣に纏わらせる。

「っう!」

 ただでさえ重い大剣は、かなりの重さになって、容易くは振れなくなっているだろう。
 それに硬めの水の玉に埋もれた手足は、水の中にいるよりも重いはず。

「な、なんで! これほどの魔力量があなたにあるの!? 人間のあなたに!!」
「だから、私はもう人間じゃないの。それに……まだまだだよ?」
「何っ?」
「ねぇ、クリスラベ。あなた、水の中でどれくらい息止められる?」
「っ……まさか!」

 私は黒い笑みを深めた。
 また指を鳴らそうと指を重ねる。

「やめなさい! やめなさいよ!!」

 焦りながらもがくも、水の玉は離れない。
 水の中で呼吸が出来るわけではないようだ。

「やめなさい? おかしな話ね。あなた、私の命を狙ってきたんでしょう?」
「っ!!」
「殺されても、やめてなんて」

 私は吹いて笑いながら言い放つ。

「言える立場じゃないわよ」

 クリスラベの顔が青くなった。
 パッチンと指を鳴らせば、悲鳴さえも飲み込む水の玉が、クリスラベの顔を覆う。
 ブクブクと暴れるけれども、水の玉は離れない。

「どう!? リンカ! リンカ! 今の笑みはビアースさんっぽくなかった!?」
「えっ……ビアースってそんな怖いの?」
「そんな鬼畜ではないですよ!?」

 リンカを振り返ると、ネロキュアーとリンカがそんなやり取りをした。
 え、ちょっと待って。リンカのビアースの印象ってどうなってるの?
 ビアースさんなら、こういうことを笑いながら言うよね!?
 リンカだって、ビアースの毒舌発言、そばで聞いていたよね!?

「それよりソーニャちゃん、本当に殺す気なの?」
「いえ、全然そんなつもりはないよ。殺すって言われたから、お返しに脅しただけ。そんな覚えたての魔法を殺しに使うなんて、嫌だよ。私」
「……そう」

 ネロキュアーにそう答えると、何故か微笑まれた。害もなくなったから、近付く。
 やがてクリスラベは、大剣を手放す。そろそろ解放しなくてはいけないか。
 いや、もうちょっとかな……。

「これくらいで許してやろうかな」

 パッチンと指を鳴らして、水の玉を地面に落とした。
 倒れたクリスラベは、ゲホゲホと水を吐き出す。
 うん、生きている。
 じゃあ、理由を問おうか。私を狙った理由を。


 
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