白百合の狂犬騎士

かなは

文字の大きさ
上 下
8 / 11
第1章 ブラッディー・ウルフのオスフィオス

07 その辺境の村

しおりを挟む
ソラスフィア帝国の外れ、隣国シレフォール王国との境に位置する村、モルデフ村。

そこは獣人族と人族が共存する長閑な村だ。


森に囲まれ、農耕と狩猟が主な生活の糧となっている。
ギルド支部も無ければ店もない、王都から見ればド田舎と言われる場所だ。


オスフィオスは一人、いや一人と1匹でそんな村を歩いている。
「あ!フィオだ!!こんにちはー!!」
「ほんとだ!フィオー!」
遊んでいた子供達はフィオを見つけると元気に手を振った。微笑ましい光景にフッと笑みを零し、オスフィオスは手を小さく振り返す。
そんなオスフィオスに子供達はもっと嬉しくなったのか更に大きく手を振った。

「おや、フィオさんじゃないかい。今回は長くかかるって言っていた割に随分と早かったね」
近くの畑で小麦の収穫作業をしていたふくよかな女性もその手を止めオスフィオスに声をかけた。
「今回は思ったよりそこまでかからなかったもので。そうだ、前にティアンパの葉が欲しいと言ってませんでしたか?」
「言ってたけどまさか…」
「クエストの途中、たまたま見かけたので。
   良かったらですけど」
オスフィオスは腰に付けているマジックバックのひとつの中から手のひらサイズの瓶を取り出す。
瓶には枯れた葉のように茶色くなっているものが詰められていた。         

「まぁまぁ、悪いわねぇ」
嬉しそうに女性は受け取る。
何かお礼をと懐やポケットを探るも何も無いことに気づく。
「困ったわねぇ」
「お礼をされるほどの品でもありませんし気にしないでください」
「そんな訳にはいかないよ!」
なかなか引き下がろうとしない女性にオスフィオスは困ったような表情を浮かべた。
本当にふとした拍子に思い出し、回収したに過ぎない。

そこでふとある事を思いついた。
「分かりました。それじゃあ1つお願い事があります」
「なんだい?」
「この前、お裾分けで頂いたレイジボアのシチューなんですが、そのレシピを今度セナに教えていただいても宜しいですか?」
「そんなことでいいのかい?」
女性は納得いってないようだった。
オスフィオスは「そんなこと」ではないと首を横に振る。
「あのレシピ、実は街では出回ってないんですよ。だから、もし街の市場で出回った場合、あのレシピの金額は子供の小遣い程度のものにはなるんです」
ティアンパの葉は解熱剤になる薬草であり一般的に出回ってるし、どこでも取れる薬草ではある。ただこの辺境では村の外は身を守る術を持たないものが外に出ることはなかなかに難しい。

よって男達が狩りに出た時なんかに取ってきてもらうこともあるが頻度はそう多くない。
基本的には物々交換や街からの行商人が来た時のみ交易を行うのだ。

話は戻り、つまりはオスフィオスは子供の使い程度の感覚で取ってきた。
冒険者ギルドで採取クエストとして請負った場合でも報酬はその金額程度だ。だから小遣い程度の金額になるであろうレシピを教えてくれという事を伝える。それを聞くと女性は分かったと頷いた。
「今度、ご飯でも食べに来な」
「ありがとうございます」

それからもオスフィオスは村の人間から声を掛けられつつ、自分の本拠地としている家にたどり着いた。

木と石で出来た簡素な家だ。
小屋と言われても可笑しくないのかもしれない。

家の前では銀糸の髪のオスフィオスとあまり年齢が変わらない少しつり目がちな目元の美しい女性がシーツを干している。
「セナ、戻りました」
「フィオ!おかえりなさい」
声をかけられ、オスフィオスを見るとその目じりを下げて笑いかける。

「アビスもおかえりなさい。早かったのね」
「目標が意外と早く現れてくれたので。
   アビスも上手く罠に誘導してくれましたし」
そう言ってオスフィオスがアビスの頭をワシャワシャ撫でると、当然だとも言いたげにフンと鼻を鳴らした。
セナと呼ばれた女性はクスクスと笑った。
「さ、中に入りましょ。ご飯、用意してるから」
「…はい」
オスフィオスは穏やかな表情を浮かべ幸せそうにする。

「セナ」
「フィオ?どうしたの?」
「いいえ。ただ幸せだなと思ったので」
「フフッ、私もよ。フィオ」
2人は笑い合い、静かなこの幸せを噛み締めていた。
しおりを挟む

処理中です...