大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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日常編⑱

第520話、第二の浴場は妖狐のお風呂

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 緑龍の村の移住者は、もうすぐ三千人を超える。
 主な種族はハイエルフ、エルダードワーフ、サラマンダー族、ブラックモール族、人狼族、ハイピクシー、悪魔族に天使族、ゴルゴーン族とアラクネー族、妖狐族に……ああもう、考えると頭痛してくる。
 とにかく、かなり増えた。

 住居も増え、飲食店も増え、図書館もつい先日二号棟ができた。
 さて、住居が増えて移住者が増え、もっとも希望されたのが……浴場だ。
 現在、村には巨大な浴場が男女各一施設ある。かなりの広さで、できた当初は広すぎてかなり楽に入浴できたのだが……今は、移住者が増えかなり狭い。
 入浴待ち、なんて光景も見えるようになってきた。
 村長湯を解放しようかとも考えたが、ディアーナや各種族代表から「それだけは駄目」と言われた。なんでも、この緑龍の村の村長である俺が、軽く見られないようにするには、ある程度の「特別さ」がないとダメなのだとか。
 正直、俺はいいんだけど……だって、浴場前に人が並んでるのに、それを放置して一人「村長湯」のノレンをくぐる罪悪感ってばないよ。
 現在。俺は役所の「村長室」でルシファー相手に愚痴をこぼしていた。

「───ってわけだ。村長湯、なくてもいいんだけどな」
「あはは。ま、村長特権だね。ボクだって、ベルゼブブに専用の浴場持ってるし」
「え、そうなのか?」
「うん。やっぱり、一つか二つくらいは「市長」としての特権が欲しくてね」
「そんなもんか……」
「でも、浴場問題、そろそろ解決しそうなんでしょ?」
「まぁ……」

 そうなのだ。
 第二の浴場建設は始まっている。
 だが、村の浴場を取り仕切るフロズキーさんに確認したら「ワシは関わっちゃいねぇ」なんて言う。そこで浴場建設を誰が取り仕切っているのか確認したらなんと……。

「妖狐族が『任せろ』って。どういう風呂にするのかな」
「へぇ~、妖狐族のお風呂かぁ」
「建物は問題ないんだけど、湯のことでちょっと問題が起きたらしい。すぐになんとかできるからもうちょっとだけ待ってくれって」
「問題?」
「うん……その辺の報告が来てない」
「ふーん。でもまぁ、妖狐族なら心配ないんじゃないかな?」
「……まぁ、そうだな」

 この話の数日後、第二の浴場が完成した。

 ◇◇◇◇◇◇

 第二の浴場が完成した。
 さっそくディアーナと一緒に向かう。

「お、あそこか」
「これはまた……趣がありますね」

 大きな三階建ての『和風建築』だった。
 妖狐族独自の技術で建てられたものだ。完成までシートで覆われていたから、俺も今日が初めてだ。
 入口には『妖狐の湯』と書かれたノレン……って、おい。

「……なんか『村長湯』ってノレンが」
「こちらにもあるのですね」

 入口から少し離れた場所に、緑色のノレンがかかっている。しかも『村長湯』って!
 とりあえず脱力……よし、脱力終わり。
 すると、女湯のノレンをくぐって小さな妖狐が出てきた。

「おお、村長! ふふふ、ようこそなのじゃ」
「カエデ? その恰好……」
「ふふふ。わらわがこの浴場の『番台』なのじゃ!」

 カエデは、『半纏』という上着を着ていた。さらに首には手拭いをひっかけ、雪駄という履物を履いてる。ふわふわしたキツネ尻尾は可愛らしく揺れていた。
 番台というのは、浴場の責任者らしい。

「さささ、どうぞ中へ。わらわが案内するのじゃ」
「ありがとうございます。では村長、さっそく中へ」
「ああ」

 さっそく中へ。
 もちろん、まだお客は誰もいない。
 中は受付になっており、売店が設置されている。さらに進むと大広間があり、その奥に『男湯』と『女湯』のノレンがかけられていた。
 大広間のほかに『食事処』があり、ここで妖狐族の里で採れた食材を使った料理が食べられる。もちろん、緑龍の村の食材やお酒も飲める。当然、有料だ。
 ディアーナは、カエデに質問する。

「確か、二階は……」
「二階は大宴会場、三階は宿泊所じゃ。ぶっちゃけると、浴場というより『温泉宿』じゃな。緑龍の村には宿泊施設がないし……」
「そういやないな……宿泊施設か」
「ですが、初期計画書とだいぶ変わりましたね……」

 ディアーナがチラリと見る。カエデは「ううっ」と下がった。
 
「こ、こまかいことはいいのじゃ。それよりどうじゃ? この『妖狐の宿』は」
「思いっきり『宿』って言ってるな……でも、いい雰囲気だ」
「確かに……」

 二階はタタミ敷きの大きな部屋で、フスマという扉で仕切ることで個室にも対応するらしい。浴場は大きなヒノキ浴槽と、ロテン風呂だった。かなり大きいので大勢入っても問題ない。
 宿泊所は、三階に六部屋あった。タタミ敷きの立派な部屋だ。
 
「宴会は予約制。食事処は誰でも利用可能じゃ! ふふふ。妖狐族の料理人が腕を振るうのじゃ」
「へぇ~、楽しみだな」

 カエデは嬉しそうだ。
 頭を撫でてやるとすごく尻尾が揺れる。モフモフで可愛いな。
 すると、ディアーナが眼鏡をくいっと上げる。

「ところで、工期が遅れていたようですが、何か問題があったのでは?」
「むぅ……実は、『湯』に少々問題がでての。今は解決したのじゃ」
「湯……そういや、お湯はどこから?」

 浴場みたいに、お湯を沸かす部屋があるのだろうか。
 それらしい建物はないし……まさか、地下?
 カエデは、特に驚きもせずに言う。

「湯は、妖狐族から引いておる」
「「え?」」
「父上と母上が『転移魔法陣』を改良しての。妖狐族の温泉を直接、こちらの浴場に『転移』させておるのじゃ。工期が遅れた理由は、転移魔法陣に少々不具合があったからなのじゃ。源泉が直接浴場に流れて、約八十度のお湯で蒸し風呂になってしまってのぉ……そこで、父上が転移魔法陣に『冰の式』を書き加えて温度を調整。流れた湯を母上が『転移返し』で妖狐族に流れるように改良したのじゃ。だから遅れてしまったのじゃ」
「「…………」」

 軽く言ってるが、とんでもないことだぞ。
 転移魔法でお湯……しかも、源泉を直接じゃなくて、転移魔法陣に『冰の式』とやらを加えて温度調整って……その魔法陣を見せるところで見せれば、魔法業界はてんやわんや状態だ。
 忘れてた……妖狐族、魔法のプロだった。

「ふふふ。でも、もう大丈夫。明日にでも営業開始なのじゃ!」
「お、おお……よ、妖狐族すごいな」
「……これには私も驚きです」

 こうして、村に第二の浴場。もとい『温泉宿』がオープンした。
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