大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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秋の訪れ

第593話、エクレールとシェリー

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 エクレールは、銀猫のアマンダに抱っこされていた。
 場所は、竜騎士の訓練場。
 現在、シェリーは剣を片手に、屈強な竜騎士を相手に模擬戦を行っている。
 エクレールは、シェリーから目が離せなかった。

「はっ!! やっ!!───はぁっ!!」
「むっ!?」

 鋭い横薙ぎが、竜騎士の胸を掠めたのだ。
 使っているのは木剣だが、竜騎士の顔色が変わった。
 そして、竜騎士の木剣が、シェリーの木剣を叩き落した。

「あぁぁっ……ま、負けました」
「ありがとうございました」

 互いに礼。
 竜騎士は、驚いたように言う。

「いやはや、本当に驚きました……シェリー様、腕を上げられましたな」
「そ、そうかな。いや~……でもまだ、誰にも勝てないし」
「申し訳ございませんが、まだまだ負けるわけにはいきません。シェリー様は剣を握られ、まだ一年も経過していないのですから」
「う~……でも、勝ちたい」
「ははは。あと三年後にはわかりませんな。それほど、シェリー様の成長はお早い」

 才能。
 シェリー、リュドガは、エストレイヤ家始まって以来の『天才』だった。
 魔法はもちろん、剣の才能も。
 ちなみにアシュトは魔法も剣も才能がない。代わりに、非常に優れた頭脳を授かった。
 シェリーは、汗を拭いながらエクレールの元へ。

「ごめんねエクレール。退屈でしょ?」
「そんなことありません!! おばさま!!」
「うっ……あの、エクレール。お願い、叔母様なのは間違ってないけど……なんかグサッとくるから叔母ってのやめて」
「では、なんとお呼びすれば?」
「んー、シェリーでいいわよ」
「では、シェリー様で!」
「様もいらないけど……ま、いっか」

 エクレールはコテンと首を傾げた。
 アマンダは、シェリーに飲み物を渡し、席を譲る。
 だが、エクレールはアマンダが離れるのを嫌がったので再び抱っこさせた。

「ね、退屈じゃないの? ライラとか、マンドレイクとアルラウネと遊んでると思うけど」
「わたし、剣にきょうみがあるのです。おばさま……じゃなくて、シェリーさまが訓練するってきいて、ぜひ見たかったのです」
「変わってるわねー……さすがルナマリアさんの子。ふふ、将来は何になりたい?」
「もちろん、『騎士』なのです」

 騎士、剣のイントネーションはしっかりしている。
 小さい頃からの夢というのは、とても大事なものだ。三歳の頃の自分は……アシュトにくっついて、川遊びをしたり泥んこ遊びをしていた気がする。

「うーん、リュウ兄みたいに真面目なのかも。リュウ兄、三歳のころからすでに、分厚い本を読んでたってお母さん言ってたし」

 ちなみに幼い頃のリュドガ。
 シェリーの言う通り分厚い本を何冊も読み、三歳からすでに剣を握り、神童と呼ばれ期待されていた。
 でも、あまり余裕のない子になっても困る。

「よし。じゃあエクレール、あたしと一緒に来て」
「どこへ行くのですか?」
「ふふ……きっと、驚くわよ?」
「?」

 シェリーは立ち上がり、エクレールはアマンダと手を繋いで歩き出した。

 ◇◇◇◇◇◇

 やってきたのは、龍厩舎だった。
 竜騎士たちのドラゴンの家。そう説明すると、エクレールは目を輝かせた。
 中に入ると、龍医師のドナルドが出迎える。

「ドナルドさん、こんにちは」
「よう、シェリーじゃねぇか」

 ドナルドは、誰に対してもこういう口調だ。アシュトの妹であるシェリーにも変わらない口調だが、不思議と誰も文句を言わなかった。
 もちろん、シェリーも気にしていない。

「アヴァロン、いる?」
「ああ。さっきメシ食って昼寝してる。おめぇさんが近づけば起きるだろうさ」
「わかった。あ、じゃあ腹ごなしにお散歩させていい?」
「かまわんぜ。でも、緑龍の村上空だけにしておけ」
「はーいっ」

 厩舎の中は、独特の匂いだ。
 フンなどは部屋ごとに専用の穴が掘られており、そこに用を足す。ドラゴンの消化吸収能力は生物の中でもトップクラスなため、たとえお腹いっぱいに食べても、出てくるフンの量は人間の手のひらほどである。
 匂いは、不思議と甘い匂いだった。

「シェリーさま、これ……なんの匂いですか?」

 エクレールが首を傾げる。
 アマンダも気になるのか、エクレールと手を繋いだままネコミミを動かした。

「これ、ビズキット草っていうの。すっごく甘い匂いするでしょ? ドラゴンは食後、この草を噛むの……なんでだかわかる?」
「えっと……」

 エクレールは考え……バッと手を上げた。

「わかった! デザート!」
「ざんねん、はずれ」
「え~~~……」
「正解は、歯磨きよ」
「はみがき……? でもすっごく甘い匂いです!」
「そうなのよね。でも、ビズキット草は虫歯予防に最適なんだって。お兄ちゃんが言ってたけど……なんだっけ? きし、きし……キシリトル? だかそんな成分が、虫歯予防になるって。あの『お兄ちゃんしか読めない本』に書いてあったらしくてさ、農園の一角にビズキット草を植えてくれたのよ」
「おじさまが……?」
「うん。匂いの通り、すっごく甘くてドラゴンたちには人気でね。しかも、この草を噛み始めてから、ドラゴンの虫歯がほとんどなくなったのよ」
「おおー!」

 ビズキット草様様ね、とシェリーは笑う。
 そして、一番奥の厩舎に、一体のドラゴンがスヤスヤ寝ていた。だが、シェリーが近づくとガバッと起きる。

『ギュゥゥゥゥゥ……』
「おはよ、アヴァロン。お昼寝のところ悪いけど、お散歩行かない?」
『ギュォォォォン!……ギュオ?』

 と、アヴァロンはエクレールを見て首を傾げた。

「この子はエクレール。ね、アヴァロン……背中、乗せてもいい?」
「え、せなか!?」
『ギュォォォンッ!』

 驚くエクレールに応えるように、アヴァロンは鳴いた。

 ◇◇◇◇◇◇

「わぁぁぁ~~~っ!! すごいですっ!!」

 緑龍の村、上空。
 アマンダに抱きかかえられたエクレールは、アヴァロンの背中に興奮していた。
 シェリーも笑顔でアヴァロンに言い。

「アヴァロン、ゆっくりお願いね」
『ギュゥゥン』

 アヴァロンは、ゆっくりと飛ぶ。
 下を見ると、祭りの片付けをしているドワーフやサラマンダーたちが見えた。
 そして、気付く。

「そういえば、常夏セミの鳴き声しないな……それに、なんか森が色づいてる」

 いつもは、緑色の木々が水平線の向こうまで広がっているのだが、オレンジや黄色、赤い木々が多く見えた。それに、暑さもだいぶ和らいでいる。
 夏が終わり、秋が来たのだ。

「フンババもようやく元気になったみたい」

 村の入口では、門番のフンババがウッドやベヨーテと遊んでいるようだ。
 エクレールを見ると、何やら指をさす。

「あ、シェリーさま、あそこあそこ!」
「ん? あれは……リュウ兄たちね。ふふ、川沿いでデートかしら」
「ちちうえーっ! ははうえーっ!」
「あはは、聞こえないわよ。よーし、アヴァロンお願いっ!」
『ギュォォォンッ』

 アヴァロンはゆっくり降下を始めた。
 エクレールは、シェリーに言う。

「シェリーさま、わたしもドラゴンが欲しいです!」
「あはは。じゃあ、リュウ兄におねだりしなきゃね」
「はい!」

 後に、リュドガはエクレールにドラゴンが欲しい欲しいと毎日おねだりされる。リュドガはちょっとだけシェリーを恨むのだが、それはまた別のお話。
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