手乗りドラゴンと行く異世界ゆるり旅  落ちこぼれ公爵令息ともふもふ竜の絆の物語

さとう

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第三章 地歴の国アールマティ

玄徳と愛沙③

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 愛沙は実家である『蓬家』に戻った。
 岩月の中で、貴族に値する名家だけが住める区画に、ひときわ大きな建物がある。
 蓬、趙、信、烈の四家。岩月で最強の退魔士の家系である。
 愛沙は、その中でも三番目に大きい『蓬家』期待の新星退魔士。実家の門をくぐり、父と母に挨拶をしに行こうとした時だった。

「……あれ?」

 実家が静かだった。
 使用人たちも、どこか落ち着きがない。
 愛沙は、すぐ近くにいた使用人に聞く。

「ただいま戻ったよ」
「あ、愛沙お嬢様。おかえりなさいませ」
「うん。ね、家が静かだけど……何かあったの?」
「はい。実は、信家、烈家、趙家の方々がお見えになってまして、旦那様とお話をしています」
「……三家が? わかった。私も行ってみる」

 愛沙は応接間へ。
 ドアをノックすると、中から開く。
 愛沙は両手の親指と人差し指で輪を作り、手を交差させて挨拶をした。

「失礼いたします。蓬家退魔士愛沙、ただいま戻りました」
「おお、戻ってきたか。ささ、入りなさい」
「はい、失礼……します」

 顔を上げると、そこにいたのは。

(嘘……雅明がみん兄さん、李艶りぃえん姉さん。それに、趙家の玄麗げんれいさんに、信家、烈家の方も……)

 部屋には、両親と愛沙の兄と姉、玄徳の姉と、信家、烈家の若手退魔士が数名いた。
 これだけの有望な若手退魔士が、一堂に介していた。
 愛沙は緊張しつつ部屋に入り、父が長椅子の隣をポンポン叩くのでそこに座る。
 父は、ニコニコしながら言った。

「ちょうどいいところに帰ってきた。実は、お前の話をしていたんだよ」
「わ、私の……ですか?」

 驚く愛沙。すると、兄の雅民が頷いた。

「愛沙。お前は選ばれた」
「……え?」
「蓬家、趙家、信家、烈家の退魔士四家が一丸となり組織される『真星退魔士』の一員にだ」
「……しんせい、退魔士?」
「そうだ。四家の若手退魔士から代表を選出し、岩月の代表としてリューグベルン帝国へ向かう」
「え……」
「岩月だけではない。クシャスラ王国、ハルワタート王国、アシャ王国、ウォフマナフ王国、アムルタート王国……七国から有望な戦士を集め、リューグベルン帝国へ集結させる」
「な、なぜリューグベルン帝国に……?」
「それはまだ言えん。だが、お前は選ばれた」
「つ、つまり……私は、リューグベルン帝国に行くと、言うことですか」
「そうだ」

 雅民は頷く。
 愛沙は顔を伏せ、ごくりと唾を飲み込んだ。

「わ、私は……まだ未熟です。そんな大役が」
「関係ない。これは、岩月王家の決定だ。退魔士である以上、従わなければならない」
「し、しかし……」
「──……愛沙。まだ玄徳と行動を共にしているのか」
「ッ!!」

 槍で突かれたような衝撃が愛沙を襲う。
 愛沙は拳を握り、歯を食いしばった。

「お前は、あのような才能のない未熟者とは違う。私や李艶りぃえんに肩を並べる退魔士に成長する。それだけの才能がある……いい加減、子供の遊びで妖魔を狩るのはやめなさい」
「………遊び」
「そうだ。退魔士は岩月の守護者。常に強くあらねばならない。玄徳のようなゴミにかまけている暇など、お前にはないはずだ」
「………兄さん、今の」
「取り消さん」

 愛沙が雅民を睨もうとしたが、それより先に雅民が愛沙を睨み、愛沙が震えあがった。
 実力差が歴然。そもそも、戦うなんて選択肢はない。

「……だが、まあ。私も鬼ではない。玄徳、そしてこれまで一緒だった旅の者に別れを言う時間はやろう。別れを済ませたら、リューグベルン帝国に向けて出発する」
「…………」
「愛沙、返事をしなさい」
「……わかり、ました」

 こうして、愛沙は何も言えないまま……玄徳たちと旅をするという決意すら言うことなく、別れを告げることになるのだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 愛沙は、部屋で荷造りをしていた。

「……リューグベルン帝国かあ」

 結局、こうなってしまった。
 玄徳、レクス、エルサと旅をする……まだ完璧な決意はしていなかったが、心は『旅に出る』で揺れていた。
 実家に戻り、両親に挨拶し、兄弟に稽古を付け、夕食時にでも話すつもりだった。
 許しをもらえなくても、しっかりと話をして、自分の足で出て行くつもりだった。
 だが……まさか、兄と姉が来るとは思わなかった。

「ってか、何よ『真星退魔士』って……リューグベルン帝国に何しに行くのよ。あ、そうだ……リューグベルン帝国に行くなら、リーンベルと一緒に行けばいいかな。あはは……」

 カバンをアイテムボックスに入れ、ベッドに飛び込む。
 雅民から、明日一日だけ自由をもらった。
 どういうことは不明だが、雅民は愛沙がレクスたちと行動していることを知っていた。なんだかんだで優しいのか……別れを言う時間を与えてくれるくらいには優しい。
 だから、愛沙は家族が嫌いになれない。
 なんだかんだで、家族は優しいのだ。

「……うっ」

 愛沙は涙を流す。
 一緒に冒険がしたい……愛沙は、一緒に行くことができない。
 その事実が胸に突き刺さり、涙がとめどなく流れてしまう。

「明日……言えるかな」

 別れ。
 玄徳と別れる。
 玄徳は旅に、自分は家の使命。
 交わることのない、幼馴染の道。

「あー……やだなあ」

 別れたくなかった。

「私、やっぱり……あいつのこと、好きなんだなぁ」

 ◇◇◇◇◇◇

 ◇◇◇◇◇◇

 ずるずる、びちゃびちゃと、異形の魔竜タローマティは身体を引きずるように歩いていた。

「ぅー、ぁー」

 口から出るのは、言葉。
 何の意味もない言葉。発声器官を使うという行動のような、意味のある言葉ではない。
 どれだけ歩いたのか。
 少女の姿をしていたのだが、今は両手が腐っており、さらに数十倍に膨張して地面を引きずっている。
 顔は半分溶け、頭にはねじくれた黄土色のツノが何本も生えていた。

「あー」

 首をブンブン振ると、首が数メートルほど伸び、さらに体中から体毛が生えたり、腐った腕から爪が飛び出したりと、もう滅茶苦茶だった。
 そして、伸ばした首が十メートルに達したところで、真っ赤な眼球が見たのは、小さな村。

「……うー、あ?」

 村? と、疑問を口から吐き出す。
 ずるずる、ずるずると身体を引きずり、タローマティは村を目指した。
 そして、村の入口にいた若い衛兵を見て、首を傾げる。

「……え、あ」

 餌。
 そして、タローマティの腹から、ゴロゴロゴロと雷のような音が鳴り響く。
 その音で、衛兵が気付いた。

「な……なんだ、お前? に、人間……じゃ、ない!?」

 衛兵はすぐに槍を向ける。
 そして、タローマティは。

「にぃぃぃぃぃぃ」

 口が裂けるほどの笑みを浮かべ、嬉しそうに笑うのだった。
 この日、一つの村が地図から消え……その場に残ったのは、何かを引きずったような跡と、腐ったようなにおいだけだったという。
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