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第六章
魔人教育
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魔帝の隠れ家にて。
ベルゼブブは、生まれたばかりの『魔人』に教育を施していた。
新たな魔人。『嫉妬』の魔人バハムートと、『怠惰』の魔人ミドガルズオルム。『あちらの世界』で強大な力を持つ二体の召喚獣は、魔帝によって召喚され、ヒトの姿に変えられた。
ベルゼブブは、二人に服を着せる。
「いいですか? 着衣というのは素肌を隠す以外にも『身だしなみ』という分野で活躍します。ヒトというのは素晴らしい……『着衣』という文化を生み出したことに関しては、素直に尊敬します。ああ、今のは人間全てを認めたわけでありません。着衣を生み出した人間だけです」
言い訳するように、ベルゼブブはバハムートとミドガルズオルムに言う。
二人は、ベルゼブブに言われた通り服を着た。
バハムートは、しなやかな肢体にフィットするような胸当て、そしてジャケットにミニスカート、膝下まであるブーツ。長いホワイトのストレートヘアはそのままにした。
ミドガルズオルムは、シャツの上にジャケット、ズボンとブーツは軍用の頑丈な素材でできていた。身長も高く体格のいいミドガルズオルムによく似合っている。
ベルゼブブは満足げに笑う。
「では次。この世界について、そして主についての教育を行います」
「……ねぇ」
「はい?」
バハムートは、ベルゼブブに言う。
「あんた、偉そうだけど誰?」
「ああ、紹介が遅れました。我が名はベルゼブブ。魔帝ニュクス・アースガルズ様の側近でございます」
「ふーん。で、ウチらは魔帝サマに召喚された召喚獣。魔帝サマの手足となって働くってことね?」
「その通り! 主の手足となり、主以外の人間を滅ぼし、この美しき世界を手に入れ、主の楽園に!! そして『あちらの世界』の召喚獣を全てこの世界に召喚し、我々は永遠に主の召喚獣として生きるのです!!」
「ふーん」
バハムートはそれだけ言い、大きな欠伸をした。
召喚されたばかりのころは意識も曖昧でヒトの姿にも不慣れだったが、バハムートは短時間で慣れたようだ。
「ま、召喚されたしね。このキレーな世界をウチらのものにするってんなら手ぇ貸してあげる。それにウチ、めっちゃ強いし。あっちでウチに勝てる召喚獣なんてそうはいないよ」
「頼もしいですな。で、そちらは……?」
ベルゼブブは、無言で立っているミドガルズオルムを見た。
「いいよ。なんでも……ヒトとかどうでもいいし。こっちの世界はキレーだけど、オレはずっと寝てたからどうでもいい。話があるならさっさとしてよ。オレ、寝たいんだ」
「ふむ。あなたはなかなかの『怠惰』ですな。まぁいいでしょう」
ベルゼブブは、両手を合わせて開く。すると、小さな蠅が二匹、ベルゼブブの手に止まっていた。
「まずは、あなた方の力を試したいと思います。この近くにヒトの住む集落が二つありますので、それぞれ一つずつ滅ぼしてください」
「ほ、さっそくじゃん。おもしろっ」
「……めんどいなぁ」
蠅は一匹ずつ、バハムートとミドガルズオルの肩に止る。
「それは監視です。どのような方法でも構いませんので、必ず『全滅』させて下さい。ヒトに情けを掛けたり、故意に逃がしたりした場合……罰を与えます」
「へぇ」
「…………」
バハムートはニヤッと笑い、ミドガルズオルムは欠伸した。
召喚獣の世界でも強力な力を持つ二体。新たな魔人となった二人。
ベルゼブブは、期待を込めて確認した。
「最後に確認します。バハムート、あなたはヒトをどう思いますか?」
「魔帝サマ以外はゴミだろ。この世界を召喚獣の世界にするって考え、けっこう気に入ったかもね。それでヒトが邪魔なら、まぁ消すしかないじゃん?」
「よくできました。ではミドガルズオルム、あなたは?」
「どーでもいい……まぁ、召喚した主には逆らわないよ。ヒトとかどうでもいい、この世界もどうでもいい、でもまぁ、気持ちよく昼寝するなら、こっちの世界のがいいかな」
「……まぁ、いいでしょう。ではさっそく仕事にかかりなさい。集落までの案内は『小蠅』がしますので」
バハムートとミドガルズオルムの『試験』が始まった。
◇◇◇◇◇◇
バハムートが向かった集落は、すでに血の海となっていた。
「なんかよっわぁ……ヒト、脆過ぎじゃん」
集落の入口を守っていた衛兵を手で引き裂き、それを間近で見ていた子供を口から炎を吐きだし炭化させた。唖然とするヒトを軽々と殺し、住人たちはようやく理解し逃げ出した。
だが、バハムートは一人も逃がさない。
「おーい、一人くらい歯向かって来いよー? ウチ、もうちょい遊べると思ったんだけど」
『能力』を行使するまでもない。
鋭利な爪で引き裂き、炎を吐くだけでヒトは死んだ。
脆い。弱い。それがバハムートの感想だった。
召喚獣でも、全ての召喚獣がヒトを好きというわけではない。ヒトの心と繋がるしか召喚獣は『色』のある世界を見ることはできない。だから、やむを得ず繋がる、そういう考えを持つ召喚獣もいた。そういう召喚獣は例外なく、強大な力を持っている。
すると、バハムートの前に斧を持った人間が。
「き、貴様ぁ!! 一体何の目的でこんな……こんなぁ!!」
「ん、そういう仕事なの。それより、ウチとやる?」
「ふざけんなぁ!!」
男は斧を投げ捨てると、巨大な『虎』を召喚した。
等級はC程度だが、男は村最強の召喚士。虎に命令する。
「あいつを喰い殺せぇぇぇ!!」
『ゴルルオォォッ!!』
「お、いいねいいね」
虎は、バハムートめがけて飛び掛かってきた。
バハムートは全く動じず、大きく息を吸い───吐きだした。
「ガァッ!!」
ジュッ───っと、虎は一瞬で消し炭に。同時に召喚士の男も炭のようになり、一瞬で砕け散った。
バハムートは、口から煙を吐きだして言う。
「『龍王炎』……ウチ、いろんな属性の炎を自在に吐けるんだ。今のはただの『炎』だけど、熱かったっしょ?」
集落がただの焼け野原になるまで、五分とかからなかった。
◇◇◇◇◇◇
ミドガルズオルムは、大きな欠伸をしながら寝転がる。
「くぁ~あ……んん~、いい天気」
青い空、白い雲。そしてそよ風に乗って鼻孔をくすぐる緑の匂い。そこにミックスされたのは、鉄のような粘っこい匂い。
それは、血の匂い。
ミドガルズオルムは、大量の死体を積み重ね、その上に寝転がっていた。
ここは、集落。ミドガルズオルムは、ベルゼブブに言われた通り、集落の人間を皆殺しにした。
ミドガルズオルムがベッドにしている人間の死体は、老若男女問わずだ。そこに慈悲などなく、単なるモノを壊したような感覚……いや、それすらない。
「…………やっぱ、いいなぁ」
『あちらの世界』と違い、『こちらの世界』は全てが新鮮だ。
セピア色でしかない『あちら』は、ただ退屈だった。匂いもない、風も吹かない、固まった景色があるだけの退屈な世界。
でも、こちらは違う。そよ風が身体を撫でつけ、むせ返るような血の匂いもミドガルズオルムには新鮮だった。
決して、ヒトが好きではない。この世界が好き。
ヒトだって、建物の入口であるドアを愛する者はそういないだろう。ミドガルズオルムにとって人間とは、建物のドアみたいなものだ。
ドアをいくら破壊したところで、決して心は痛まない。
「……寝ちゃお」
ベルゼブブのところに戻る時間は特に指定されていない。
ミドガルズオルムは再び大きな欠伸をし、そのまま目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇
「合格ですな」
拠点に戻ったバハムートとミドガルズオルムは、拍手して出迎えたベルゼブブに労いの言葉をかけられる。だが、二人ともどうでもよさそうにしていた。
すると、ベルゼブブたちのいる部屋のドアがノックされる。間を置き、ゆっくり丁寧なノックだった。
「どうぞ」
「しつれ~い♪」
だが、入ってきたのは、とんでもない恰好の女だった。
水着のような上下に薄いヴェールを纏い、全身に金銀のチェーンを巻き付け、身体の至る所に宝石を身に付けている派手な女。外見は二十代半ば、長い白髪はロングウェーブで、牛のような太く長いツノが二本、側頭部から伸びていた。
ベルゼブブは一礼し、紹介する。
「紹介します。こちらはフロレンティア。人間は『色欲』と呼んでいますね」
「それ、気に入ってるのよん♪ ふふ、色欲……私にピッタリじゃない?」
フロレンティアはなぜか前かがみになり、胸を強調するようなポーズを取る。
当然だが、ベルゼブブもミドガルズオルムにも色香は通じない。人間だったら即落ち間違いない強烈な色香だが。
「さて、主の眷属が四人そろいましたな。本当はあと三人欲しいのですが……今はいいでしょう。主の完全復活前に、余計な力の使用はよろしくない」
「真面目ちゃんねぇ。ま、そんなところも可愛いけど♪」
フロレンティアはクスっと笑う。だが、ベルゼブブは知らん顔だ。
そして、質問する。
「フロレンティア。いくつ滅ぼしたのですか?」
「ん、二十くらい? ああ、イケメンちゃんはちゃ~んと残したわよ? うふふ~……たまんないわね。どんな小さな村や集落にも一人はいるのよ。食べ応えありそうなカッコいい子が。考えてもみてよ? そんな子が私に目の前で家族を殺されて、私はその子を生かすの。そして、その子は強くなって私に復讐したいと思う……そんな時、私が現れる。その子は復讐する。そんな子を私が……はぁぁぁ~たまんない」
「……理解できません。ですが、一つ言いたい。あなたが滅ぼす村は規模が小さすぎる」
「だってぇ~……おっきな町はいっぱい遊べるし、面白いんだもん」
「……やれやれ」
ベルゼブブは疲れたように首を振る。
フロレンティアの趣味は町巡り。美味しい物を食べ、服を買い、アクセサリーを買い……普通の人間が町で遊ぶように、フロレンティアも遊ぶのだ。
決してヒトが好きなわけではない。ヒトの作った物が好きなのだ。
「あ、ベルゼブブ。例の話だけど~」
「あなた専用のアクセサリーや服を作る職人は残せ、という話ですね。何度も言いますがそれは許可できません。ヒトという種は主のみ」
「えぇ~……でもさ、魔帝様に私の艶姿を見せたいしぃ、そのための服職人や彫金師は必要じゃない?」
「今、この世界にある物だけで十分でしょう」
「ぶぅ~」
「おい、ウチらはお前らの馬鹿話にいつまで付き合えばいいの?」
バハムートがウンザリしたように言う。
ベルゼブブは軽く咳払いした。
「こほん。では改めて……当面は、人間の町や村を襲って、主の眷属である魔人が現れたとアピールしてください。そして、主の完全復活を持ち、この世界を滅ぼします。その後、主が『あちらの世界』から全ての同胞を召喚し、この世界を完全に掌握……ということになります」
「つまり、暴れればいいの?」
「ええ。ただしバハムート、用心なさい……ヒトの中にも、恐るべき使い手はいます。知っているでしょう?……ジャガーノートの名を」
「…………」
「奴は、ヒトと完全に交わりました」
「はぁ!? あ、アホじゃん!!」
「ええ。なので、どうか気を付けて。それ以外にも、かつて主を封印した二十一人の召喚士がいます。そして、アースガルズ王国。この国の中で戦うのは厳禁です」
「わかった」
「……ミドガルズオルム、聞いていますか?」
「聞いてる。さっさと終わらせてよ……眠いんだ」
「やれやれ」
「ふふ♪ なんだか仲良くなれそう♪」
ベルゼブブ、フロレンティア、バハムート、ミドガルズオルム。
四体の魔人が揃い、のちに『魔人乱舞』と呼ばれる大暴れが始まろうとしていた。
ベルゼブブは、生まれたばかりの『魔人』に教育を施していた。
新たな魔人。『嫉妬』の魔人バハムートと、『怠惰』の魔人ミドガルズオルム。『あちらの世界』で強大な力を持つ二体の召喚獣は、魔帝によって召喚され、ヒトの姿に変えられた。
ベルゼブブは、二人に服を着せる。
「いいですか? 着衣というのは素肌を隠す以外にも『身だしなみ』という分野で活躍します。ヒトというのは素晴らしい……『着衣』という文化を生み出したことに関しては、素直に尊敬します。ああ、今のは人間全てを認めたわけでありません。着衣を生み出した人間だけです」
言い訳するように、ベルゼブブはバハムートとミドガルズオルムに言う。
二人は、ベルゼブブに言われた通り服を着た。
バハムートは、しなやかな肢体にフィットするような胸当て、そしてジャケットにミニスカート、膝下まであるブーツ。長いホワイトのストレートヘアはそのままにした。
ミドガルズオルムは、シャツの上にジャケット、ズボンとブーツは軍用の頑丈な素材でできていた。身長も高く体格のいいミドガルズオルムによく似合っている。
ベルゼブブは満足げに笑う。
「では次。この世界について、そして主についての教育を行います」
「……ねぇ」
「はい?」
バハムートは、ベルゼブブに言う。
「あんた、偉そうだけど誰?」
「ああ、紹介が遅れました。我が名はベルゼブブ。魔帝ニュクス・アースガルズ様の側近でございます」
「ふーん。で、ウチらは魔帝サマに召喚された召喚獣。魔帝サマの手足となって働くってことね?」
「その通り! 主の手足となり、主以外の人間を滅ぼし、この美しき世界を手に入れ、主の楽園に!! そして『あちらの世界』の召喚獣を全てこの世界に召喚し、我々は永遠に主の召喚獣として生きるのです!!」
「ふーん」
バハムートはそれだけ言い、大きな欠伸をした。
召喚されたばかりのころは意識も曖昧でヒトの姿にも不慣れだったが、バハムートは短時間で慣れたようだ。
「ま、召喚されたしね。このキレーな世界をウチらのものにするってんなら手ぇ貸してあげる。それにウチ、めっちゃ強いし。あっちでウチに勝てる召喚獣なんてそうはいないよ」
「頼もしいですな。で、そちらは……?」
ベルゼブブは、無言で立っているミドガルズオルムを見た。
「いいよ。なんでも……ヒトとかどうでもいいし。こっちの世界はキレーだけど、オレはずっと寝てたからどうでもいい。話があるならさっさとしてよ。オレ、寝たいんだ」
「ふむ。あなたはなかなかの『怠惰』ですな。まぁいいでしょう」
ベルゼブブは、両手を合わせて開く。すると、小さな蠅が二匹、ベルゼブブの手に止まっていた。
「まずは、あなた方の力を試したいと思います。この近くにヒトの住む集落が二つありますので、それぞれ一つずつ滅ぼしてください」
「ほ、さっそくじゃん。おもしろっ」
「……めんどいなぁ」
蠅は一匹ずつ、バハムートとミドガルズオルの肩に止る。
「それは監視です。どのような方法でも構いませんので、必ず『全滅』させて下さい。ヒトに情けを掛けたり、故意に逃がしたりした場合……罰を与えます」
「へぇ」
「…………」
バハムートはニヤッと笑い、ミドガルズオルムは欠伸した。
召喚獣の世界でも強力な力を持つ二体。新たな魔人となった二人。
ベルゼブブは、期待を込めて確認した。
「最後に確認します。バハムート、あなたはヒトをどう思いますか?」
「魔帝サマ以外はゴミだろ。この世界を召喚獣の世界にするって考え、けっこう気に入ったかもね。それでヒトが邪魔なら、まぁ消すしかないじゃん?」
「よくできました。ではミドガルズオルム、あなたは?」
「どーでもいい……まぁ、召喚した主には逆らわないよ。ヒトとかどうでもいい、この世界もどうでもいい、でもまぁ、気持ちよく昼寝するなら、こっちの世界のがいいかな」
「……まぁ、いいでしょう。ではさっそく仕事にかかりなさい。集落までの案内は『小蠅』がしますので」
バハムートとミドガルズオルムの『試験』が始まった。
◇◇◇◇◇◇
バハムートが向かった集落は、すでに血の海となっていた。
「なんかよっわぁ……ヒト、脆過ぎじゃん」
集落の入口を守っていた衛兵を手で引き裂き、それを間近で見ていた子供を口から炎を吐きだし炭化させた。唖然とするヒトを軽々と殺し、住人たちはようやく理解し逃げ出した。
だが、バハムートは一人も逃がさない。
「おーい、一人くらい歯向かって来いよー? ウチ、もうちょい遊べると思ったんだけど」
『能力』を行使するまでもない。
鋭利な爪で引き裂き、炎を吐くだけでヒトは死んだ。
脆い。弱い。それがバハムートの感想だった。
召喚獣でも、全ての召喚獣がヒトを好きというわけではない。ヒトの心と繋がるしか召喚獣は『色』のある世界を見ることはできない。だから、やむを得ず繋がる、そういう考えを持つ召喚獣もいた。そういう召喚獣は例外なく、強大な力を持っている。
すると、バハムートの前に斧を持った人間が。
「き、貴様ぁ!! 一体何の目的でこんな……こんなぁ!!」
「ん、そういう仕事なの。それより、ウチとやる?」
「ふざけんなぁ!!」
男は斧を投げ捨てると、巨大な『虎』を召喚した。
等級はC程度だが、男は村最強の召喚士。虎に命令する。
「あいつを喰い殺せぇぇぇ!!」
『ゴルルオォォッ!!』
「お、いいねいいね」
虎は、バハムートめがけて飛び掛かってきた。
バハムートは全く動じず、大きく息を吸い───吐きだした。
「ガァッ!!」
ジュッ───っと、虎は一瞬で消し炭に。同時に召喚士の男も炭のようになり、一瞬で砕け散った。
バハムートは、口から煙を吐きだして言う。
「『龍王炎』……ウチ、いろんな属性の炎を自在に吐けるんだ。今のはただの『炎』だけど、熱かったっしょ?」
集落がただの焼け野原になるまで、五分とかからなかった。
◇◇◇◇◇◇
ミドガルズオルムは、大きな欠伸をしながら寝転がる。
「くぁ~あ……んん~、いい天気」
青い空、白い雲。そしてそよ風に乗って鼻孔をくすぐる緑の匂い。そこにミックスされたのは、鉄のような粘っこい匂い。
それは、血の匂い。
ミドガルズオルムは、大量の死体を積み重ね、その上に寝転がっていた。
ここは、集落。ミドガルズオルムは、ベルゼブブに言われた通り、集落の人間を皆殺しにした。
ミドガルズオルムがベッドにしている人間の死体は、老若男女問わずだ。そこに慈悲などなく、単なるモノを壊したような感覚……いや、それすらない。
「…………やっぱ、いいなぁ」
『あちらの世界』と違い、『こちらの世界』は全てが新鮮だ。
セピア色でしかない『あちら』は、ただ退屈だった。匂いもない、風も吹かない、固まった景色があるだけの退屈な世界。
でも、こちらは違う。そよ風が身体を撫でつけ、むせ返るような血の匂いもミドガルズオルムには新鮮だった。
決して、ヒトが好きではない。この世界が好き。
ヒトだって、建物の入口であるドアを愛する者はそういないだろう。ミドガルズオルムにとって人間とは、建物のドアみたいなものだ。
ドアをいくら破壊したところで、決して心は痛まない。
「……寝ちゃお」
ベルゼブブのところに戻る時間は特に指定されていない。
ミドガルズオルムは再び大きな欠伸をし、そのまま目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇
「合格ですな」
拠点に戻ったバハムートとミドガルズオルムは、拍手して出迎えたベルゼブブに労いの言葉をかけられる。だが、二人ともどうでもよさそうにしていた。
すると、ベルゼブブたちのいる部屋のドアがノックされる。間を置き、ゆっくり丁寧なノックだった。
「どうぞ」
「しつれ~い♪」
だが、入ってきたのは、とんでもない恰好の女だった。
水着のような上下に薄いヴェールを纏い、全身に金銀のチェーンを巻き付け、身体の至る所に宝石を身に付けている派手な女。外見は二十代半ば、長い白髪はロングウェーブで、牛のような太く長いツノが二本、側頭部から伸びていた。
ベルゼブブは一礼し、紹介する。
「紹介します。こちらはフロレンティア。人間は『色欲』と呼んでいますね」
「それ、気に入ってるのよん♪ ふふ、色欲……私にピッタリじゃない?」
フロレンティアはなぜか前かがみになり、胸を強調するようなポーズを取る。
当然だが、ベルゼブブもミドガルズオルムにも色香は通じない。人間だったら即落ち間違いない強烈な色香だが。
「さて、主の眷属が四人そろいましたな。本当はあと三人欲しいのですが……今はいいでしょう。主の完全復活前に、余計な力の使用はよろしくない」
「真面目ちゃんねぇ。ま、そんなところも可愛いけど♪」
フロレンティアはクスっと笑う。だが、ベルゼブブは知らん顔だ。
そして、質問する。
「フロレンティア。いくつ滅ぼしたのですか?」
「ん、二十くらい? ああ、イケメンちゃんはちゃ~んと残したわよ? うふふ~……たまんないわね。どんな小さな村や集落にも一人はいるのよ。食べ応えありそうなカッコいい子が。考えてもみてよ? そんな子が私に目の前で家族を殺されて、私はその子を生かすの。そして、その子は強くなって私に復讐したいと思う……そんな時、私が現れる。その子は復讐する。そんな子を私が……はぁぁぁ~たまんない」
「……理解できません。ですが、一つ言いたい。あなたが滅ぼす村は規模が小さすぎる」
「だってぇ~……おっきな町はいっぱい遊べるし、面白いんだもん」
「……やれやれ」
ベルゼブブは疲れたように首を振る。
フロレンティアの趣味は町巡り。美味しい物を食べ、服を買い、アクセサリーを買い……普通の人間が町で遊ぶように、フロレンティアも遊ぶのだ。
決してヒトが好きなわけではない。ヒトの作った物が好きなのだ。
「あ、ベルゼブブ。例の話だけど~」
「あなた専用のアクセサリーや服を作る職人は残せ、という話ですね。何度も言いますがそれは許可できません。ヒトという種は主のみ」
「えぇ~……でもさ、魔帝様に私の艶姿を見せたいしぃ、そのための服職人や彫金師は必要じゃない?」
「今、この世界にある物だけで十分でしょう」
「ぶぅ~」
「おい、ウチらはお前らの馬鹿話にいつまで付き合えばいいの?」
バハムートがウンザリしたように言う。
ベルゼブブは軽く咳払いした。
「こほん。では改めて……当面は、人間の町や村を襲って、主の眷属である魔人が現れたとアピールしてください。そして、主の完全復活を持ち、この世界を滅ぼします。その後、主が『あちらの世界』から全ての同胞を召喚し、この世界を完全に掌握……ということになります」
「つまり、暴れればいいの?」
「ええ。ただしバハムート、用心なさい……ヒトの中にも、恐るべき使い手はいます。知っているでしょう?……ジャガーノートの名を」
「…………」
「奴は、ヒトと完全に交わりました」
「はぁ!? あ、アホじゃん!!」
「ええ。なので、どうか気を付けて。それ以外にも、かつて主を封印した二十一人の召喚士がいます。そして、アースガルズ王国。この国の中で戦うのは厳禁です」
「わかった」
「……ミドガルズオルム、聞いていますか?」
「聞いてる。さっさと終わらせてよ……眠いんだ」
「やれやれ」
「ふふ♪ なんだか仲良くなれそう♪」
ベルゼブブ、フロレンティア、バハムート、ミドガルズオルム。
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そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
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