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第七章
魔人たち
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ここはどこか? そう聞かれたら誰にも答えられない場所。
ここに、二人の男女がいた。
一人は、執事風の優男。もう一人は、露出の多い恰好をした女だ。
男の名はベルゼブブ。女の名はフロレンティア。共に『魔帝ニュクス・アースガルズ』に仕える召喚獣にして、魔帝の力により人の姿をした『魔人』であった。
ベルゼブブは、ため息を吐く。
「困りました……ああ困りました」
困るベルゼブブに、フロレンティアは面倒くさそうに言う。
「さっきからうるさい~……もう、新人ちゃんをヤラれたのがそんなに悔しいの?」
「いえいえ。死んだことや負けたことは問題ないのです。ですが……未だに完全ではない魔帝様が苦労して生み出した召喚獣が、こうもあっさり……うぅぅ、なんてことだ」
ベルゼブブは、バハムートとミドガルズオルムが死んだことに全く関心がなかった。
それは、フロレンティアも同様だ。
「そんなことより、これからどうするのぉ? まだまだ人間をイジめちゃうの?」
「うーむ。魔帝様が完全復活するまでは人間を減らすことで問題ないと思いますが……私は魔帝様の傍から離れられませんし、あなた一人で頑張ってもらうのも……」
「うんうん。あたしも一人で頑張るの嫌ぁ……ねぇ、魔帝様にお願いしてぇ、新しい仲間を『召喚』してもらうってのはどぉ?」
「駄目だ!!」
ベルゼブブはいきなり叫んだ。
「か、考えないようにしていたのにぃ!! あああ……そうだ、その手しかないんだ!! 魔帝様のお力で同胞をぉぉぉぉ!! くはは、ああああ……ダメだとわかっているのに、考えが止まらない!! なんて強欲、なんて強欲なんだワタシワァァァァァァァ!!!!!」
「うるさっ……もう、ベルゼブブってば情緒不安定すぎぃ」
跪き、地面に頭を叩き付け始めたベルゼブブ。緑色の血が噴き出すが止まらない。
死にはしないだろうが非常にうっとおしい。フロレンティアは面倒くさそうにベルゼブブを蹴り飛ばそうとした───……が。
「えっ……!? これ」
「あ……あぁぁ、魔帝様、魔帝さまぁぁ!!」
黒いモヤがベルゼブブを包み、その動きを無理やり止めた。
そして、モヤが『右手』となり、五指がゆっくりと開いては閉じる。
「───……え?」
ベルゼブブは、確かに聞いた。
そして、フロレンティアも。
『モウ、スコシ───……ダカラ、コレ……ツカ、エ』
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 魔帝様のお声が、お声ギャァァァァ!! っぶがぁ!?」
「うるっさいわねぇ……魔帝様、使うとは?」
やかましいベルゼブブを蹴り飛ばし、フロレンティアがモヤに向かって質問する。
すると、右手のモヤがゆっくりと上昇し、右手から発したモヤが空間を捻じ曲げた。
右手が空間に手を突っ込む……これは、バハムートやミドガルズオルムの時と同じ。召喚獣を呼んでいるのだ。
だが、今回は少し違った。
「……これって、まさか」
フロレンティアは気付いた。
右手に握られている召喚獣は、一体ではなかった。
大きなドラゴン、蛇、ゴリラ、虎……凶悪な、一体一体がバハムートやミドガルズオルムに匹敵する強力な召喚獣が、十体握り締められていたのである。
フロレンティア、ベルゼブブは気付いた。
「まさか……おおお、まさか、まさか!!」
「うっそ……」
右手は、掴んでいた全ての召喚獣を握りしめる。
そして、黒いモヤが右手を包み込み、咀嚼するように五指がグネグネ動く。
開かれた右手にいたのは……一人の、小さな少女だった。
「……おなかすいたの」
「おおお……全ての召喚獣を融合させ、一体の召喚獣として生まれ変わらせるとは!!」
「おなかすいたの……」
「すっごいわねぇ……女の子? 子供じゃない」
「おなか、すいたの」
少女は、十五歳ほどだ。
足首近くまで伸びたボサボサの白髪、反り返ったツノ、気だるげな瞳をしていた。
フロレンティアをじーっと見て、同じことを言う。
「おなか、すいたの」
「ふふ。可愛いわねぇ……無垢な赤子みたい」
「おなか、すいたの……」
「ああ、ごはん───……」
次の瞬間、フロレンティアの顔面に拳が叩き込まれた。
「───っっげはぁ!? っが」
「おなか、すいたの」
「あ、がががっ……」
少女はフロレンティアの肩を掴み、無理やり肩の肉に喰らいつく。
ブチブチと肉が千切れた。少女は肉を咀嚼する。
「おいしい……もっと食べたいの」
「こ、の……クソ餓鬼っ!!」
「あう」
フロレンティアの拳が少女の腹に叩き込まれる。だが、少女の表情は全く変わらない。
肩の肉を喰って満足したのか、そのまま地面に寝そべり丸くなった。
「おお、強いですな」
「っぐ、このガキ……一体、なにを」
「ふぅむ。だが、この強さはいい。使えそうです……名が必要ですね。そうですな……テュポーンと名付けましょう」
「勝手にしなさい。私、この子大っ嫌いよぉ……!!」
こうして、新たなる魔人テュポーンが生まれた。
◇◇◇◇◇◇
「その子の教育はおまかせします」
「はぁ~~~!?」
フロレンティアは、ベルゼブブを睨みつけた。
だが、ベルゼブブはすまし顔だ。フロレンティアの抗議など聞こえていないのか、お茶の支度をせっせと続けている。
「私は魔帝様のお世話があります故。それに、魔帝様は間もなく完全にお力を取り戻す……その瞬間に立ち会わずして、右腕と呼べるでしょうか?」
「知らないしぃ……ってか、わたしが殴られて肩のお肉食べられた瞬間見てたでしょ? いくら魔帝サマの生み出した召喚獣ちゃんでも、次に同じことされたら殺っちゃうかもぉ?」
「だからこそ、そうならないよう、あなたが教育するのです」
「……はぁ~~~」
フロレンティアは、ポツンと突っ立っている少女。テュポーンを見る。
先ほどまで「おなかすいた」とばかり言っていたが、そこらにいる大型魔獣を与えるとムシャムシャと食べ始め、満足したのか今は黙りこくっていた。
今は、ベルゼブブが用意した服を着ている。靴を履くのを嫌がり、足首まで伸びたぼさぼさの髪を梳こうとすると頭をブンブン振っていやがった。嫌がることから意志はあるようだ。
だが、意志があろうとなかろうと、自分の顔を殴り肩の肉を食い千切られた恨みはある。幼い少女の姿をしていても、フロレンティアには関係なかった。
「まぁいいわぁ。教育係、引き受けてあげる……でも、わたしのやりたいようにやらせてもらうわねぇ?」
「お好きに。これより私は儀式に入りますので」
「……儀式?」
「ええ。魔帝様完全復活の儀式です」
どう見ても紅茶の支度にしか見えない。
だが、ベルゼブブは魔人最古参。フロレンティアが知らない何かがあるのかもしれない。そう考え、それ以上は追及しなかった。
そして、ぼんやりしているテュポーンに言う。
「ほらお嬢ちゃん、行くわよ」
「…………」
テュポーンは、無言でフロレンティアの後に続いた。
◇◇◇◇◇◇
二人が向かったのは、アルフヘイム王国の隣国であるミズガルズ王国。湖や川が多い『水の王国』と呼ばれている土地だ。
この地に住まう人々は、豊富な水源を使った農業や魚介類を養殖して他国との取引に使う。一番有名なのは、ミズガルズ領土民の主食である『米』という食材だ。
パンやパスタの代わりによく食べられ、アースガルズ王国とも取引をしている。アルフェンたちも何度か食べたことがある食材だ。
最初に行ったのは人間刈り……ではなく、お腹を空かせたテュポーンの食事だった。
「あーん……もぎゅもぎゅ、もぎゅ」
「……うえぇ」
大きな湖に飛び込み、湖の主である魔獣『リンドブルム』という大蛇を生で齧るテュポーン。内臓に喰らい付き、血をジュースのように啜る姿は、十五歳ほどの少女にしか見えないテュポーンが行うのにあまりにも不釣り合いだ。
フロレンティアの顔は歪み、あまりの気持ち悪さに口を押さえる。
「そういえば、人間ってわたしたちを変な愛称で呼んでたわね……あたしが『色欲』で、ベルゼブブが『強欲』……さしずめこの子は『暴食』かしら? 食べ方も汚いし品性のカケラもないし、ピッタリかもねぇ」
テュポーンは、リンドブルムの骨をボリボリ食べている。
複数の召喚獣が融合し、新たな姿となった召喚獣。
ベルゼブブ曰く、それぞれの召喚獣が持っていた『能力』が統合され変異を起こしているそうだ。
テュポーンの能力を見たフロレンティアは、やはりこの少女が好きになれない。
バハムートやミドガルズオルムとは違う。『美』にこだわりのあるフロレンティアには、到底受け入れられる存在ではなかった。
「まぁ……ほんの少しの付き合いだし、いいか」
フロレンティアは醜悪な笑みを浮かべた。
このテュポーンは、必要ない。さっさと処分して、魔帝に新しい召喚獣を───。
「───クァ」
「え?」
そう考え空を見上げた瞬間……テュポーンは大きな口を開け、フロレンティアの右腕に喰らい付いた。
ブチブチと右腕の肉が喰われる。
「いっ……っがぁぁぁぁっ!? な、貴様……ッ!!」
「くさい」
「このっ!!」
フロレンティアはテュポーンの顔面を殴る。だが、皮膚が鋼鉄よりも硬くなりダメージがない。
ブチブチと肉が噛み千切られ、牙が骨にまで達した。
とうとう、フロレンティアはブチ切れた。
「餓鬼糞ガァァァァァァっ!!」
「おふっ」
「テメェ、このアタシを舐めんじゃねぇぞ!!」
「あうっ」
腹に膝蹴り、手刀がテュポーンの腹に突き刺さる。
ここで、ようやくテュポーンはフロレンティアから離れた。
フロレンティアの右腕の大部分がえぐれ、骨まで見えている。
対するテュポーンは、腹に大穴が空いたのにもかかわらず平然としていた。口元をぬぐい、フロレンティアに言う。
「おまえ、くさい。あたいのこと嫌らしい目で見てた……むかつくから食べちゃう」
「…………」
フロレンティアの髪がブワッと広がり、顔じゅうに青筋が浮かび、全身の血管も浮き上がる。目は真っ赤に充血し、牙がバキバキと伸びていく。
そこで───ふと思った。
「ああそう。そんなにお腹空いたのね?」
「うん。おまえ食べちゃいたい」
「そう。そうそう……うんうん。じゃあ、お腹いっぱい食べられるところ、教えてあげるね?」
「っ!! どこ?」
「…………」
フロレンティアは、内側に怒りのマグマをグツグツ煮えたぎらせながら微笑んだ。
「アースガルズ王国。ここに、おいしいご飯がいっぱいあるの……ふふ、好きなだけ食べてらっしゃい」
フロレンティアは、『暴喰』の魔人テュポーンに笑顔で告げた。
ここに、二人の男女がいた。
一人は、執事風の優男。もう一人は、露出の多い恰好をした女だ。
男の名はベルゼブブ。女の名はフロレンティア。共に『魔帝ニュクス・アースガルズ』に仕える召喚獣にして、魔帝の力により人の姿をした『魔人』であった。
ベルゼブブは、ため息を吐く。
「困りました……ああ困りました」
困るベルゼブブに、フロレンティアは面倒くさそうに言う。
「さっきからうるさい~……もう、新人ちゃんをヤラれたのがそんなに悔しいの?」
「いえいえ。死んだことや負けたことは問題ないのです。ですが……未だに完全ではない魔帝様が苦労して生み出した召喚獣が、こうもあっさり……うぅぅ、なんてことだ」
ベルゼブブは、バハムートとミドガルズオルムが死んだことに全く関心がなかった。
それは、フロレンティアも同様だ。
「そんなことより、これからどうするのぉ? まだまだ人間をイジめちゃうの?」
「うーむ。魔帝様が完全復活するまでは人間を減らすことで問題ないと思いますが……私は魔帝様の傍から離れられませんし、あなた一人で頑張ってもらうのも……」
「うんうん。あたしも一人で頑張るの嫌ぁ……ねぇ、魔帝様にお願いしてぇ、新しい仲間を『召喚』してもらうってのはどぉ?」
「駄目だ!!」
ベルゼブブはいきなり叫んだ。
「か、考えないようにしていたのにぃ!! あああ……そうだ、その手しかないんだ!! 魔帝様のお力で同胞をぉぉぉぉ!! くはは、ああああ……ダメだとわかっているのに、考えが止まらない!! なんて強欲、なんて強欲なんだワタシワァァァァァァァ!!!!!」
「うるさっ……もう、ベルゼブブってば情緒不安定すぎぃ」
跪き、地面に頭を叩き付け始めたベルゼブブ。緑色の血が噴き出すが止まらない。
死にはしないだろうが非常にうっとおしい。フロレンティアは面倒くさそうにベルゼブブを蹴り飛ばそうとした───……が。
「えっ……!? これ」
「あ……あぁぁ、魔帝様、魔帝さまぁぁ!!」
黒いモヤがベルゼブブを包み、その動きを無理やり止めた。
そして、モヤが『右手』となり、五指がゆっくりと開いては閉じる。
「───……え?」
ベルゼブブは、確かに聞いた。
そして、フロレンティアも。
『モウ、スコシ───……ダカラ、コレ……ツカ、エ』
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 魔帝様のお声が、お声ギャァァァァ!! っぶがぁ!?」
「うるっさいわねぇ……魔帝様、使うとは?」
やかましいベルゼブブを蹴り飛ばし、フロレンティアがモヤに向かって質問する。
すると、右手のモヤがゆっくりと上昇し、右手から発したモヤが空間を捻じ曲げた。
右手が空間に手を突っ込む……これは、バハムートやミドガルズオルムの時と同じ。召喚獣を呼んでいるのだ。
だが、今回は少し違った。
「……これって、まさか」
フロレンティアは気付いた。
右手に握られている召喚獣は、一体ではなかった。
大きなドラゴン、蛇、ゴリラ、虎……凶悪な、一体一体がバハムートやミドガルズオルムに匹敵する強力な召喚獣が、十体握り締められていたのである。
フロレンティア、ベルゼブブは気付いた。
「まさか……おおお、まさか、まさか!!」
「うっそ……」
右手は、掴んでいた全ての召喚獣を握りしめる。
そして、黒いモヤが右手を包み込み、咀嚼するように五指がグネグネ動く。
開かれた右手にいたのは……一人の、小さな少女だった。
「……おなかすいたの」
「おおお……全ての召喚獣を融合させ、一体の召喚獣として生まれ変わらせるとは!!」
「おなかすいたの……」
「すっごいわねぇ……女の子? 子供じゃない」
「おなか、すいたの」
少女は、十五歳ほどだ。
足首近くまで伸びたボサボサの白髪、反り返ったツノ、気だるげな瞳をしていた。
フロレンティアをじーっと見て、同じことを言う。
「おなか、すいたの」
「ふふ。可愛いわねぇ……無垢な赤子みたい」
「おなか、すいたの……」
「ああ、ごはん───……」
次の瞬間、フロレンティアの顔面に拳が叩き込まれた。
「───っっげはぁ!? っが」
「おなか、すいたの」
「あ、がががっ……」
少女はフロレンティアの肩を掴み、無理やり肩の肉に喰らいつく。
ブチブチと肉が千切れた。少女は肉を咀嚼する。
「おいしい……もっと食べたいの」
「こ、の……クソ餓鬼っ!!」
「あう」
フロレンティアの拳が少女の腹に叩き込まれる。だが、少女の表情は全く変わらない。
肩の肉を喰って満足したのか、そのまま地面に寝そべり丸くなった。
「おお、強いですな」
「っぐ、このガキ……一体、なにを」
「ふぅむ。だが、この強さはいい。使えそうです……名が必要ですね。そうですな……テュポーンと名付けましょう」
「勝手にしなさい。私、この子大っ嫌いよぉ……!!」
こうして、新たなる魔人テュポーンが生まれた。
◇◇◇◇◇◇
「その子の教育はおまかせします」
「はぁ~~~!?」
フロレンティアは、ベルゼブブを睨みつけた。
だが、ベルゼブブはすまし顔だ。フロレンティアの抗議など聞こえていないのか、お茶の支度をせっせと続けている。
「私は魔帝様のお世話があります故。それに、魔帝様は間もなく完全にお力を取り戻す……その瞬間に立ち会わずして、右腕と呼べるでしょうか?」
「知らないしぃ……ってか、わたしが殴られて肩のお肉食べられた瞬間見てたでしょ? いくら魔帝サマの生み出した召喚獣ちゃんでも、次に同じことされたら殺っちゃうかもぉ?」
「だからこそ、そうならないよう、あなたが教育するのです」
「……はぁ~~~」
フロレンティアは、ポツンと突っ立っている少女。テュポーンを見る。
先ほどまで「おなかすいた」とばかり言っていたが、そこらにいる大型魔獣を与えるとムシャムシャと食べ始め、満足したのか今は黙りこくっていた。
今は、ベルゼブブが用意した服を着ている。靴を履くのを嫌がり、足首まで伸びたぼさぼさの髪を梳こうとすると頭をブンブン振っていやがった。嫌がることから意志はあるようだ。
だが、意志があろうとなかろうと、自分の顔を殴り肩の肉を食い千切られた恨みはある。幼い少女の姿をしていても、フロレンティアには関係なかった。
「まぁいいわぁ。教育係、引き受けてあげる……でも、わたしのやりたいようにやらせてもらうわねぇ?」
「お好きに。これより私は儀式に入りますので」
「……儀式?」
「ええ。魔帝様完全復活の儀式です」
どう見ても紅茶の支度にしか見えない。
だが、ベルゼブブは魔人最古参。フロレンティアが知らない何かがあるのかもしれない。そう考え、それ以上は追及しなかった。
そして、ぼんやりしているテュポーンに言う。
「ほらお嬢ちゃん、行くわよ」
「…………」
テュポーンは、無言でフロレンティアの後に続いた。
◇◇◇◇◇◇
二人が向かったのは、アルフヘイム王国の隣国であるミズガルズ王国。湖や川が多い『水の王国』と呼ばれている土地だ。
この地に住まう人々は、豊富な水源を使った農業や魚介類を養殖して他国との取引に使う。一番有名なのは、ミズガルズ領土民の主食である『米』という食材だ。
パンやパスタの代わりによく食べられ、アースガルズ王国とも取引をしている。アルフェンたちも何度か食べたことがある食材だ。
最初に行ったのは人間刈り……ではなく、お腹を空かせたテュポーンの食事だった。
「あーん……もぎゅもぎゅ、もぎゅ」
「……うえぇ」
大きな湖に飛び込み、湖の主である魔獣『リンドブルム』という大蛇を生で齧るテュポーン。内臓に喰らい付き、血をジュースのように啜る姿は、十五歳ほどの少女にしか見えないテュポーンが行うのにあまりにも不釣り合いだ。
フロレンティアの顔は歪み、あまりの気持ち悪さに口を押さえる。
「そういえば、人間ってわたしたちを変な愛称で呼んでたわね……あたしが『色欲』で、ベルゼブブが『強欲』……さしずめこの子は『暴食』かしら? 食べ方も汚いし品性のカケラもないし、ピッタリかもねぇ」
テュポーンは、リンドブルムの骨をボリボリ食べている。
複数の召喚獣が融合し、新たな姿となった召喚獣。
ベルゼブブ曰く、それぞれの召喚獣が持っていた『能力』が統合され変異を起こしているそうだ。
テュポーンの能力を見たフロレンティアは、やはりこの少女が好きになれない。
バハムートやミドガルズオルムとは違う。『美』にこだわりのあるフロレンティアには、到底受け入れられる存在ではなかった。
「まぁ……ほんの少しの付き合いだし、いいか」
フロレンティアは醜悪な笑みを浮かべた。
このテュポーンは、必要ない。さっさと処分して、魔帝に新しい召喚獣を───。
「───クァ」
「え?」
そう考え空を見上げた瞬間……テュポーンは大きな口を開け、フロレンティアの右腕に喰らい付いた。
ブチブチと右腕の肉が喰われる。
「いっ……っがぁぁぁぁっ!? な、貴様……ッ!!」
「くさい」
「このっ!!」
フロレンティアはテュポーンの顔面を殴る。だが、皮膚が鋼鉄よりも硬くなりダメージがない。
ブチブチと肉が噛み千切られ、牙が骨にまで達した。
とうとう、フロレンティアはブチ切れた。
「餓鬼糞ガァァァァァァっ!!」
「おふっ」
「テメェ、このアタシを舐めんじゃねぇぞ!!」
「あうっ」
腹に膝蹴り、手刀がテュポーンの腹に突き刺さる。
ここで、ようやくテュポーンはフロレンティアから離れた。
フロレンティアの右腕の大部分がえぐれ、骨まで見えている。
対するテュポーンは、腹に大穴が空いたのにもかかわらず平然としていた。口元をぬぐい、フロレンティアに言う。
「おまえ、くさい。あたいのこと嫌らしい目で見てた……むかつくから食べちゃう」
「…………」
フロレンティアの髪がブワッと広がり、顔じゅうに青筋が浮かび、全身の血管も浮き上がる。目は真っ赤に充血し、牙がバキバキと伸びていく。
そこで───ふと思った。
「ああそう。そんなにお腹空いたのね?」
「うん。おまえ食べちゃいたい」
「そう。そうそう……うんうん。じゃあ、お腹いっぱい食べられるところ、教えてあげるね?」
「っ!! どこ?」
「…………」
フロレンティアは、内側に怒りのマグマをグツグツ煮えたぎらせながら微笑んだ。
「アースガルズ王国。ここに、おいしいご飯がいっぱいあるの……ふふ、好きなだけ食べてらっしゃい」
フロレンティアは、『暴喰』の魔人テュポーンに笑顔で告げた。
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