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魔界貴族公爵『疫病』のネルガル①/吹雪の中で

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『起きろ、おいロイ、起きろ!!』
「ん~……?」

 ふかふかぬくぬくの毛布に包まれていたロイは、大きな欠伸をして薄ぼんやりと目を開けた……が、ぬくぬく布団が気持ちよく、再び目を閉じてしまう。
 すると、デスゲイズがふわっと浮かび、ロイの頭をコツンと叩いた。

「いでっ……あぁもうなんだよ、昨日蒸し風呂で長湯しすぎたせいで、すっごくだるい」
『寝ぼけるな馬鹿!! この気配───……魔界貴族だ』
「……えっ」
 
 ロイは起き上がった。
 
『正確には、魔界貴族の残滓のような、小さな気配だ。何かがこちらに向かっている……』
「な、な、なんだそれ?」
『わからん。だが、放置するとマズい。仕留めに行くぞ』
「おう……うぅ、こんな朝っぱらに来やがって」

 ロイは、机の上にあったオヤツの果実を何口か齧り、速攻で着替えた。
 
「『黒装トランス』……よし、行くぞって寒っ!? さっむ!?」

 変身し、デスゲイズを手に窓を開けると、とんでもない冷気が部屋の中に。
 慌てて窓を閉めた。

『何してる、お前』
「さ、寒いんだよ!!」
『いいから行け。火のダンジョンでは熱い熱いと言ってただろうが』
「あっちはあっちでヤバいけどこっちもヤバい!!」

 こんな日に限って、外は吹雪いていた。
 レイピアーゼ王国の外壁で多少は守られているが、それでも今日が吹雪なことに変わりない。むしろ、外壁の外はこれ以上だろう。
 すると、デスゲイズは『わがままな奴め』と言う。

『コートに魔力を流せ。火のダンジョンのときもそうしていただろう』
「うぅ……熱いのは多少我慢できるけど、寒いのマジで無理だ」

 意を決し、ロイは窓を開けて飛び出した。
 
 ◇◇◇◇◇

 やはり外は吹雪いており、屋根の上に立ったロイは身震いする。

「さ、さむっ……おいデスゲイズ、ほんとに魔界貴族いるのかよ」
『さっきも言ったが、名残のような物だ。魔界貴族本人ではない』
「それ、エレノアたちに言った方が」
『エレノアたちは城だったな。あの広い城のどこにいる? 探すまでにどのくらい時間がかかる? 真正面から仮面を被っていくか? それとも、生身のお前が行くか? それでどう説明する?』
「う……」
『今回はお前が直接動いた方が速い。魔界貴族のような何かは、王都に向かって接近中だ。急げ』
「今回も何も、俺毎回動いてばかりだけどなっ!!」

 ロイは屋根を伝って、デスゲイズの感じる気配の方向へ。
 仮面のおかげで視界はクリアに保たれている。おかげで、寒さを我慢すれば何とか動くことはできた……が、寒い。
 手が寒さで固くなっているのがわかる。

「マズいな」
『……手か?』
「ああ。これ、狙撃に影響出るぞ」

 そう言いつつ、レイピアーゼ王国の外壁に到着。
 魔力を目に集中させ、二キロほど先を見ると───……何かが、いた。

「……なんだ、あれ」

 それは、真っ黒なヘビだった。
 普通、冬にヘビは冬眠するものではないのか。だが、一メートルほどの長さの蛇は、雪の上をズルズル這いながら移動している。
 すると、デスゲイズは言った。

『そういうことか……あれは、トリステッツァの配下ネルガルの力、『疫病』だ」
「疫病、って……蛇だぞ?」
『ネルガルの血を浴びたんだろう。地面に染みた僅かな血が触れ、ああなったんだ』
「……どう見ても、放っておいたらマズいよな」
『ああ。あれが町に入ったら、奴の血液が目に見えない粒子となって、王都全体に降り注ぐ。人類が未経験の疫病がまん延するというわけだ』
「…………」
『チッ……非常にマズいぞ。ロイ、ネルガルの血を浴びた生物はあの蛇だけじゃない……王都を囲うように、さまざまな生物が向かって来ているぞ』
「……クソっ」

 ロイは矢筒から矢を抜き、一瞬で放った。
 矢は蛇の頭を貫通。蛇は即死し、黒い身体の色が抜け落ちるように白くなった。

『お前、弓に影響を及ぼすとか……』
「影響出てる。蛇の頭蓋を撃ちぬくつもりだったけど、右に七ミリほどズレた……このくらいなら修正できるかな」
『お、おお……』

 つまり、ほとんど影響がない、ということだった。
 だが、ロイは焦る。

「デスゲイズ、大まかな数は」
『……約800だ。蛇だけじゃない、昆虫や羽虫、小動物たちが一斉に汚染され始めている。どうやら、一度ネルガルの血に触れた生物から、さらに汚染を拡大させることができるようだな』
「……ッ」

 一人では不可能。
 だが、泣き言を言っている暇はなかった。

「エレノアに連絡する手段、必要かもな……」

 そう言い、ロイは胸ポケットからメモを取り出し、文字を殴り書きし始めた。

 ◇◇◇◇◇
 
「ふぁぁぁぁ……」

 エレノア、起床。
 ぬくぬく布団から出て大きく伸びをする。すでに部屋の暖炉が点いており温かく、ベッドから出るのは苦ではなかった。
 手早く着替え、メイドが準備した湯で顔を洗い、髪を整えいざ朝食……だったのだが。
 朝食へ行こうと部屋から出ようとした瞬間、窓がコンコンと音を立てた。

「ん? なになに、白い……鳥?」

 なんと、白い鳥が窓をコンコン叩いていたのだ。 
 まるで、用事があるから開けろと言わんばかりに。
 窓を開けると、鳥はエレノアの肩へ止まる。

「わわ、何この子、すっごいかわいい……ん?」

 ふわふわして可愛い鳥……と思ったが、足に何か結ばれている。
 それを取り、広げると。

「え、これ……ロイの字? えーと……って、え!?」

 そこに書かれていたのは。

『魔界貴族の『疫病』が迫ってる。なんとか理由付けて応援頼む。俺は今その原因を迎撃中』

 そう、書かれていた。
 朝食、なんて言っている場合じゃない。
 エレノアは部屋を飛び出し、隣の部屋のドアを乱暴にノックする。

「ユノ、ユノ!!」
「……エレノア、うるさい」
「それどころじゃない!! ってかあんたまだ寝間着? じゃなくて、非常事態!! マリアさんところ行くよ!!」
「……? よくわかんないけどわかった」

 ユノは着替え、欠伸しながら部屋を出て来た。
 そして、「こっち」と言いながらスタスタ歩き、立派な装飾が施されたドアの前で止まった。

「マリアさん、ここ?」
「うん」

 ノックもせずにドアを開けるユノ。

「えっ」
「む?」
「義姉さん、エレノアが話あるって」
「マリアさん、非常事た───……」

 と、ユノを押しのけ前に出たエレノアが見たのは。
 ベッド。マリア。グレン。脱ぎ捨てられた衣服。覆いかぶさるグレン。そしてマリア。
 物凄く、見てはいけないシーン。
 エレノアが硬直。グレンは「おお、これは恥ずかしいな!!」と笑い、マリアがガタガタ震え、ユノはいつも通り無表情だった。

「エレノア、お話」
「そそそそそ、それどころじゃないでしょぉぉぉぉぉっ!? こんの大馬鹿ァァァァァァァァァァ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぬぉぉぉっ!?」

 ユノを連れてエレノアは部屋から飛び出し、マリアはグレンの顔面を蹴とばし、グレンは吹っ飛んで壁に激突。兵士たちがすっ飛んで来る事態となった。

 ◇◇◇◇◇

「よし、次はあっちだ!!」
『数は順調に減っているが、王都へ近づく獣は増えている。このままでは───』
「それでもやるしかないんだよ!!」

 ロイは、外壁を移動しながら矢を放ち、王都へ近づく『血』に染まった黒い獣たちを屠っていた。
 数は100ほど始末したが、まだまだ大量に向かって来ている。
 このままでは、王都に『疫病』がまん延する。城の騎士たちの応援も欲しいところだ。

『外壁から攻撃魔法で無力化する以外ない。近づけば、聖剣士でも疫病に侵されるだろうからな』
「めんどくさいなぁ!!」

 矢を放ちながら外壁を移動していると───おかしなモノが見えた。
 思わず、ロイは止まってしまう。

「───何だ、あれ?」
『ロイ?』
「デスゲイズ……あれ、何だ?」
『……───まさか、あれは』

 ロイに指摘され、デスゲイズも気付いた。
 吹雪の中、車椅子があった。
 黒い髪が風でバサバサ揺れて表情は見えない……が、白いワンピースは血に濡れ、顔や手には包帯が巻いてある。さらに、両足が膝から切断されたのか存在しない。
 あまりにも、存在感が薄い。魔力を感知することに長けたデスゲイズすら見落としていた。
 すると、車椅子の少女の口が、三日月のように裂けた。

「っ……」

 ロイを見て、右手を上げる……そこにあるべき『指』が、ない。
 ロイは瞬間的に矢を抜いて構え、迷うことなく少女に向けて放つ。
 間違いなく、魔界貴族。
 矢は心臓に突き刺さり、少女はのけぞる……が、首をカクカクさせながら笑っていた。

「なっ……心臓、外したのか?」
『違う。核に届いていない……』
「え?」
『気を付けろロイ。あいつはネルガル……魔界貴族公爵、『疫病』のネルガルだ!! クリスベノワとは桁の違う、本当の魔界貴族『公爵』だぞ!!』
「……ッ」

 ロイは眼を細め、矢筒から『魔喰矢グロトネリア』を抜き、ネルガルへ向けて放った。
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